昔話をする前に、龍神信仰のことについて話すね。
ねえ、そもそも龍神信仰のことを、詳しく知っている? ……うん、知らないんだね。まあ、無理もないかもしれない。君のような年代の子は、龍神信仰を信じていないことが多いから。じゃあ、改めて、詳しく説明するね。
龍神信仰は、その名の通り、龍神を崇める信仰なんだよ。随分と前から根付いているそれは、今でも一部の人々に厚く信仰されていて、早島の人々の根本にも染み付いているんだ。信仰において、重視される考え方なんかが、地域的に残っているんだ。早島の人々は、神頼みすることが多いんだって、東の叔父さんも言っていたくらいだよ。
龍神は二匹いて、双子で対の関係だ。生を象徴する、金早龍。死を象徴する、銀島龍。彼女らは、信仰するものに、恵みを与え、逆に反逆者には呪いをもたらす。この世の摂理や理、循環するものを司っている、といわれている。
この龍神信仰の起源は、僕らのご先祖さまの建てた神社が始まり。昔話にでてくる二匹の龍神を祀ったんだよ。
では、その昔話はどんな内容かだって?色々とパターンはあるのだけど、一般的には、二匹の龍神が富枝、つまりは昔の早島に現れて、貧弱だったこの地に降臨し、人々を救うという話だ。オチとしては、信じるものは救われるという、典型的なもので、信仰心のない人は、必ず罰が下されている。
でも、今から話す本来の昔話は、ほぼ違う内容だ。この話は、時が経つにつれて、欠けたり、脚色されたりしているんだけど、それでもまだ、原型を保っている。
どうか、聞いてくれないかな。本来の伝説をーーー
◆◇◆◇
昔々、何百年も前のこと。世はまさに戦乱の時代。お殿様達は、皆天下統一を目指していました。民のために、自分もために、平和のために、利益のために。それぞれの野望、価値観、そして“願い”を持って、お殿様達は領土を奪い合いました。
それはこの地、富枝と、見滝原も例外ではありません。二つの土地は争っていました。
富枝のお殿様は、見滝原を何としてでも破壊したくて仕方がありませんでした。富枝のお殿様は、見滝原をどうしよもなく、滅ぼしたがっていました。
二つの土地は、互いを元々嫌っていました。それは、この地があまりにも貧弱なせいでしょう。土地柄、作物が育たず、目立ったところもない、何もない土地。望みに伸ばす手を枝として、それが豊かなものになるようにとの願いが込められた、富枝の名前を持つこの地の人々は、しかし絶望していました。この地が嫌いで呪ってさえいました。生活することが大変で、とても貧しかったから。
対して、見滝原はそれはそれは豊かな土地でした。田畑は山々に広がり、長閑な風景の中で、人々はゆったりと暮らしました。そこは物が溢れ、富が溢れ、自然が溢れたところでした。希望に満ちたその地を、人々は誇っていました。恵身を与えてくれる見滝原に、感謝していました。
しかし、富枝は見滝原を妬みました。当然といえば当然でしょう。だって、自分達は苦しんでいるのに、向こうは実に幸せで、豊かだったのですから。嫉妬しないほうが、おかしいのです。そして、そんな感情を向けられて、見滝原も良い気はしません。
互いが互いを嫌悪するのは、自然の流れといえるでしょう。関係は最悪。希に、仲良くしようと、努力した代もあったようですが、それも一時的なものであり、次の世代になると、途端に破綻しました。
それでも、互いに争うといったことは嫌でしたので、そういうことにならないようにはしてきました。しかし、残酷なことに。時が重なるにつれて、負の感情もその分積み重なっていくもの。些細なことがきっかけとなり、とうとう戦争が、始まってしまったのです。
結論から言いますと、この戦争は富枝が非常に不利でした。だって、そもそも土地の豊かさが違うのですから。貧しい方が力が弱いのです。豊かな方が、強いのです。つまり、富枝は見滝原よりも弱いのです。
多くの血が、流れました。多くの民が、死にました。それは、どれも富枝のもの。働き手の男がいなくなったことで、田畑は耕せなくなり、飢饉が発生。戦争の出費で、金はなくなり、人々はさらに困窮しました。
しかし、見滝原は違います。まったくと言ったら過言ではありますが、そこまで酷い被害は出ていませんでした。逆に、富枝の財を奪ったおかげで、潤ったぐらいです。見滝原の勢いは盛んになり、富枝を飲みこむかのようなに、さらに攻め込んでいきました。
富枝の人々は、震え上がりました。このままでは、戦争にまけて、富枝がなくなってしまう。そうなれば、自分達の命はなくなる。見滝原のお殿様は、富枝が嫌いだったので、人々はそんな未来を噂したのです。
そうして、とうとう、見滝原の軍隊は、瞬く間に富枝のお殿様が住む、お城を取り囲んでしまいました。
お城の中には、民達がいました。そう、彼らは戦から逃げてきたのです。怪我人でそこは一杯で、子供の泣きじゃくる声が、あちらこちらから聞こえてきました。町や村からは火の手が立ち上り、上から見下ろすと、黒い煙がところどころに空に向かっていく様子がわかりました。
軍隊の中から、平服せよ、という大きな声がします。その声の主は、軍の大将たる、見滝原のお殿様。人々はそこに目を向けて。次の瞬間には、悲鳴をあげました。
何故ならば、彼の顔が笑っていたのです。まるで、化け物のように。しかしそれは、ただの錯覚だったのかも知れません。実のところ、見滝原のお殿様は、そこまで民に興味がありませんでしたから。ですが、少なくとも、富枝の人々の目には、そう映りました。彼らは、予感していた最悪の結末が、今やってきたのだと、そう確信し、恐怖したのです。
ですが、その結末は訪れませんでした。その部分を、ある一人の少女が書き換えたのですから。
ふと、天から光が、上から下へと降り注がれました。雲がすっと払い除け、空が晴れ渡っていきます。煌々たる聖なる明かりは、下界を照らしました。城を、村を、人々を、軍を、富枝のすべてを。その輝きはーーー燃え盛る炎を消し、傷を瞬く間癒してしまいました。
人々はどよめき、その奇跡に驚嘆します。その中の一人が、窓に近づくと、見ろ、と突然叫びました。つられて、全員がそこに駆け寄り、その視線は上へと向かいます。
空に、一人の少女が、神々しいまでの輝きを浴びて浮かんでいました。裾の長い、白い白い着物と髪。それらが、空気に解けるように、ふわりと世界を撫でるように、たなびいています。美しい顔が、凛とした花のように引き締まると、彼女はゆっくりと両手をあげました。
すると、何ということでしょうか。軍が風にさらわれたかのように、跡形もなく姿が消えてしまったのです。本当に、この光景は、出来事は、何なのでしょうか。人々は信じられないものを見るように、少女を見ました。
そんな人々の考えが少女に伝わったのでしょうか。彼女はふっと笑うと、その身に炎を纏わせてると、黒い煙に包まれて。ドロドロと体を溶かしながら、一匹の白猫の姿へと変化しました。
一声鳴いて、猫は天へとかけ登ります。そうして、雷雲を引き連れながら、去っていきました。あとに残った空の光は、地へと移るかのように、大地の隅々へと行き渡りますーーー恐らく、この光こそが、魔力。染み付いた濃厚な力ーーー辺り一面に、一瞬にして、花が咲だれ、植物が青々と生い茂りました。富枝の土地は、作物が育つだけの土地へと変わったのです。
さらに数日後。富枝に、ある知らせが届きました。なんと、見滝原に嵐がやってきて、壊滅していると言うのです。富枝も、資金があまりありませんし、両者共、もう戦争を続けられません。こうして、殺し合いは終わり、富枝は救われたのです。
しかし、それでも、富枝は別の脅威に晒されてしまいました。見滝原に潜伏していた賊がこちらにやってきて、悪さをするようになり、再び富枝に多くの血が流れたのです。
人々は、祈りました。あの奇跡がもう一度起きないか、と。戦争によって弱まった富枝は、もうそれに縋るしかありませんでした。起きなければ、富枝は滅びるだけです。
そうやって、幾日も幾日も、願いを捧げた人々の思いが届いたのでしょう。ある日突然、白い猫のように、空から二人の少女が降臨しました。彼女達は、金と銀、二つの龍に変化して、賊をあっという間に飲み込ん出しまいました。
そして、猫の使者たる龍のうち、金色の方が、このようなことに二度とならないように、人々に力を与えました。しかし、力に溺れるものが現れてしまいました。そんな者には、銀色の方が現れて、力を剥奪して、賊と同じように飲み込んでしまいました。
金と銀の二つの龍は、良きものには力を、悪しきものには罰を与えました。同様に、恵みをもたらし、不敬なものには貧しさをもたらし、生と死を自在に操りました。彼女達は、いわば世界の理、自然の精霊なのです。
二匹の龍は、今はお隠れになりました。しかし、その体は、まだこの地にある。あの白い猫の配下の龍を敬いましょう。従いましょう。
そうすれば、いつか必ず、貴方達は幸せになれるのですから。信じる者は、きっと、あの白い猫の恩恵をもらえます。
さすれば、この富枝に繁栄が約束されるでしょう。もしも、そうしなかった場合はーーーどうなるのでしょうかね。