剣鉈が、体へと吸い込まれるように、飛んでくる。そのスピードはとても速く、普通では到底捉えることはできない。だけど夏音は、それらをはっきりとはいかずとも、捉えていた。
魔法少女は、人間の肉体を凌駕する運動神経を持っている。腕力、膂力といったものから、体力的な面を含め、戦闘に関する機関が、ほぼ強化されているからだ。そして、動体視力でさえも、それは例外ではない。動体視力がもし平時のものであったら、敵に対応出来ずにすぐに殺されてしまうだろう。そうならないためにも、魔法少女は他の運動機関同様に、無意識のうちに目に魔力を流す。
夏音も意識なくそれを行った。結果、鉈の動きが見えたのだ。そして見える分、体も動かすことができる。最初のような、反射的な動きではない、意識的な動きが可能となるのだ。
夏音は、足を動かそうとはせずに、手を動かした。握ったハルバードが、真正面で半円を描く。夏音に触れようと来る鉈と、行く手を阻もうとするハルバードの軌跡がぶつかり合い、打ち砕く金属音が響く。明後日の方に飛ばされた鉈らがくるくる回って、あちこちの床に刺さった。
結はそれを最小限の動きで交わしながらも、おっ、という顔で驚いたように、嬉しそうに見る。攻撃を弾き返すことは、何も特別なことではない。現実では、銃の玉を剣で防ぐといったことは、物理的に不可能なことだ。しかし魔法少女は、非現実的な存在。そんなアニメのようなことも容易にできる。
だがそれならば、回避だって同じことだ。このくらい、後ろならともかく前なのだから、避けることは十分できた速度だった。だが、夏音は回避ではなく、防御を選んだ。逃げるためには“自分の身を守る”必要がある。一度痛い目を見たためか、ちゃんと夏音はそれを頭に入れていたのだ。
「ふーん、それじゃあ、これはどうかな?」
そう言うと、結は警戒する夏音をよそに、楽しそうに、ポケットから取り出した瓶を取り出した。その中には、大量の人骨。蓋をとって、中身を鉈とともに、同時に前に落とす。
緑色に発光する、結の魔力が絡みついたそれらは、地面へと触れると溶けて、地中へと浸透していく。そうやって、土に含まれた残留魔力と結の魔力が結びついてーーー石畳を突き破り、無数の骨の手が、ぼこぼこ、大量に出現した。
「ヒィ!!」
まるで、ホラー映画に出てくる光景。人間の部位が植物のように生えているのは、おぞましい。しかも、わさわさ、カタカタと動いているのだから、尚更見ているだけで気持ち悪い。
「
新たな鉈を両手に生み出して、髪を抜きながら、左手を振るうと、一斉に骨の手が夏音へ伸びていく。無数の、何百といった手が、生者の命を消して、黄泉の国へ誘うように、夏音を掴もうとする。流石に夏音も、これには防御しようなどといった考えは浮かばない。叫び声を上げながら、逃げ惑う。
「アハハ、こっちも追加だよ?」
髪と一緒に右手の鉈を落とすと、爪の時同様に地面に溶ける。ボコリと、人間の五倍はありそうな骸骨の頭部が、走っている夏音の前に生えて、彼女を食おうと大きく口を開け、狭ってくる。夏音は悲鳴を上げながら、後ろから向かってくる手から逃れるために、咄嗟に大きくジャンプする。その足に、赤いオーラを纏わせながら。
どがあ、と骨の手と頭部が互いにぶつかり合い、弾けてバラバラになっていく音が聞こえたのも一瞬、視界が遥か上空を映し出す。ふわりと、体が浮く感覚がして、怖い。下を見ると、結が鉈を構え、空に浮かぶ六本の凶器を侍らせながら、笑っていた。
「そおれ」
歌うように指示をだされた鉈が、滑るように夏音の元へ飛ばされる。弾き飛ばした際よりも、幾分か速いスピードで飛ぶそれらを、夏音は、しかし“意識的に魔力を通して”、赤く目を輝かすと、それらを“はっきり”と視認する。
夏音はハルバード、ブラッドを力強く握りしめる。槍の部分に、ジャンプした時と同じように、赤いオーラが回りながら集まっていく。そうして、彼女は思い切り突き出し、放出。回転するオーラは散らせながら、鉈を吹き飛ばす。
菊名夏音は、地面に降り立つ。ハルバードを見ながら、自分がやったことに、驚愕しながら。結は考えるように顎に手を当てる。興味深そうに、夏音と同様にハルバードを見つめる。
「面白い武器だね。さっきの赤いのは何?どうやったの?」
「…ぶ、武器に魔力を通したら、赤いのが纏わりついたんです。好きなところに」
「その武器に流した魔力がオーラになって、任意の場所に現れたってことか」
つまりそれが、夏音のハルバードの能力ということだろう。流した魔力を操つり、それをオーラなどといった形で、具現化させる。ただ単純にそれだけで、決して万能ではない能力だ。だが、汎用性はありそうだ。
「色々使えそうです。ああ、そうか。こうすればいいんだ」
なんとなく、どう戦闘すれば良いのか、分かってきた気がする。夏音は再び武器にありったけの魔力を込める。それに比例するように、ハルバードが光り輝く。
結はじっと、ハルバードを眺める。その魔力が如何程か、計っているのだろう。そうして、ふとニヤリと不敵に笑った。粉々に砕けた骨の手を拾いながら、鉈と接触させながら言った。
「よし、次はこれだよ!!」
鉈と骨が、融合していく。状態が変化し、骨が伸びて湾曲する。そうして気がついた時には、それは錨になっていた。結は、錨をぶんぶん降るって、調子を確かめる。ブオンと空気が鳴って、こちらに軽そうな感じとして伝わってくる。
夏音が驚いたように呟く。この武器、明らかに骨で構成されて、如何にも禍々しいが、どこかで見たことある。このデザイン、この形状、どう見てもーーー
「船花の武器…」
「あ、二人の武器知っているの? 戦ってないのに、どうやって知ったのかな?」
目を細め、結は探るように目を覗き込んでくる。ぎくっとして、夏音は慌てて、たまたまだと言う。まだまだ本当のことを言う訳にはいかない。夏音は、結を信用していないのだ。真実を伝えるほど、気を許すつもりも、親しくするつもりもない。
それにしても、何故錨を創り出したりなんかしたんだろう。今まで通りの戦い方で、自分を攻めればいいのに、どうしてそんなことをするのか。
と、そこではっとする。言うまでもなく、これは特訓である。内容は、この境内の上に逃げること。“船花サチと阿岡入理乃から逃げる練習”である。であるのならばーーー二人の攻撃を再現しなければ意味などない。この錨はそのために、創り出したのだ。
よく思い出してみれば、鉈を飛ばす攻撃は、鉄塔の魔女の時に見た入理乃の攻撃に似ている。硬化した紙と、鉈という違いはあるが、飛ばして攻撃する点は同じだ。となれば、あの手や骨の頭も、模倣の可能性が高いのかもしれない。
……なんとなくそれを想像し、ちょっと嫌な気持ちになる。骨の手がわさわさ動くシーンを思い出すと、吐きそうになるくらいゾッとした。
「それじゃあ、いくよ」
骨の錨を振り上げ、夏音に結は接近する。それは、鉈の攻撃よりも遅い速度で行われた。だから、結の錨を夏音はハルバードを簡単に、横で受け止めることができた。
「う、うぐ………!!」
しかし、予想に反して重い。カタカタ手が震えて、その質量を支えるだけで、足が地面にめり込んでゆく。入れようにも、上手く力が入らない。筋肉一本一本が、叫んで限界が近いことを知らせてくる。結がさらに力を込めると、アラーム音が酷くなった。
「ほら、どうするの?」
結が煽るように言ってくる。それにイラつきながらも、確かにこの状況をどうにかしなければ、と思う。ぱっと、武器の能力をついて考えていた時に思い付いたことが、閃光のように、頭に駆け巡る。
「や、やああああああ!!!」
ばあん、と腕に魔力を纏わせ、武器を押す力をブーストする。思ったよりもきいたようで、結が後ろめりになる。その隙に、夏音は後ろに大きく飛び、再度斧槍に魔力を流す。
「まだまだ!!」
体制を立て直した結は、錨を突き出し、だんと、右足を踏み出す。彼女の元来の運動能力、さらに倍加され、強化された膂力が合わさって、爆発的な瞬発力を生み出し、結の体を押し出す。
「ーーー!!?」
夏音は突然のことに、目を見開く。それでも、反射的に体は動くようになってきた。夏音の足がオーラを纏い、右へ反らせる。びゅおん、と僅かすれすれのところを、錨が通った。
夏音は、冷や汗を書きながらも、さらに後ろに大きく飛ぶ。しっかりとその手の武器に、悟らせないように、慎重に魔力を流す。流し続ける。攻撃を避けながら、飛び続ける。できるだけ、後ろへ後ろへ。
攻撃はしない。防御もしない。錨の攻撃は重いから、抑えるのは難しく、魔力を消費しかねない。それは困る。一撃が重くても、動きは遅いから、よく見て避ける。そして、後ろに後退する。徐々に。
やがて、夏音は敷地内の隅に追い詰められる。夏音は緊張しながらも、魔力を通し続ける。結は行き場のない夏音に対して、頑張ったけど、残念という顔で笑ったままで、無言で錨で足を狙う。
だが、それは夏音の計画通り。正直、こんなことに引っかかるのか心配だった。だが相手は、今自分に対して油断している。だから、自分にはもう後がない、そう思ってくれた。ここでまたやり直しだと気が緩んで、隙が生まれてくれた。
鮮血の魔力が足を包む。錨が斜め上から弧をつくったその前に、夏音の体は上に飛び、武器を構えたと同時にずどんと、錨の爪が地面にめり込む。
結が驚愕したように、空にいる夏音を見たが、豊富な戦闘経験を積んでいるだけあって、すぐに切り替えて、鉈を幾多も発射する。だが、それも予想していたことだ。ぐるりとハルバードを回転させて弾いた。
夏音は落ちていくのを感じながら、階段に武器を向けた。ハルバードを握りしめ、その武器を大きくして、長く長く伸ばしてーーー結がいる隅から見て、真正面、近くもなく、遠くもない、右の階段に突き刺す。そして、一気にハルバードを元の長さに戻す。
「え!?」
柄が短くなる勢いで、夏音はすざましい速さで、階段に引っ張られる。奇想天外な動きに、呆気に取られた結が視界に一瞬だけいれると、風を受けながら、夏音はしっかりと迫り来る石の階段を見据え、足のオーラが集わせる。
だん、と着地したと同時に、武器を抜きながら、もう一方の足を突き出し、身体を前へ前へ進ませる。慌てて結も、錨を持って駆け出すも、距離が離れて、しかも重い武器では、流石に素のスピードでは追いつかない。
長い階段を二段飛ばし走る夏音は、一陣の疾風になって上の境内へ向かう。武器を通して貯めた魔力が、夏音をバネのように押し出す力をくれる。
「うあああああ!!!」
残り十段を、魔力を放出する勢いで飛び上がる。夢中だったせいか、訳がわからないくらい、声がでる。そうして、足が石畳踏みしめる。ブーツが、カツン、カツンと、二回なって勢いが減速し、夏音は立ち止まる。
目を開くとそこは、三つの社がある境内だった。さらに上にも境内があるようで、右端に坂が伸びていて、左手を見ると、後ろと同じように下り階段がある。つまり、夏音は無事に上に上がり切ったのだ。
「や、やった……!」
「おめでとう、夏音ちゃん」
喜ぶ夏音の背後から、結が声をかけてくる。振り返ると、彼女はにこやかに笑っていて、夏音と同じ場所にくると、
「じゃあ、さっきの特訓の続きしようか」
「え、さっきの特訓内容はあれだけなんじゃ……?」
「ごめん、言い忘れてた。実は一番上につくまで、これ繰り返すんだよ」
夏音の顔が、真っ青になる。結が実に良い笑顔で、骨の錨を手に目を細める。
その後から、夏音は記憶を保持していない。ただ、昼になった時には、立てないほどぐったりしていたのだった。