富枝神社跡地は、四つの境内を、それぞれ階段で結んでいる構造をしている。四番目は広実一族の先祖で、三番目は銀島龍であり、二番目は金早龍。一番は玉枝を祀っている。
その二番目の境内にて、二人の魔法少女は変身を解いて、社の階段に腰をかけ、食事をしていた。
食べているのは、コンビニで買ったおにぎりなどの軽食。もちろん、夏音はお金を持っていないため、払ったのは結である。
彼女は実家からある程度仕送りされているようで、お金には困ったことはないようだ。バイトをしていたこともあるが、それも一時的なことであり、今は勉学と魔法少女の方に専念しているらしい。
結は一族であっても、ある意味半分そこから抜け出しつつある。少なくとも、結は自立を望んでいるし、将来は転々と旅をするつもりだ。では、何故勉学に精を出しているかと言うと、一人暮らしを続けるためである。従順なふりをすることで、優等生と見なされ、わがままを聞いてもらえた、という経緯があるため、そのイメージを保ち続けなければならないのだ。
結は、大変だよ全く、などと言いながら、前の話に戻る。その前の話とは、この神社についてのことである。夏音はボロボロの跡地が何故できたのか興味があったため、質問したのだ。
「それでね、ここは僕も存在しか知らなかったんだ。ほとんど皆知らなかった。神社に関わるくせにね」
広実一族は龍神信仰の系列の神社管理をしている。重要な場所は東家などの家が、小さなものは、伊尾家などの比較的身分が高くない家が管理している。そして、この神社は本来、東家が管理しなければいけない神社だった。
しかし、手が回らなくなってしまった。一族は、年々人数が少なくなっていた。断絶する家は数えしれず、しかしそれでも“ある習慣を続けた”彼らは、いらない神社を捨て始めた。大していらない神社を取り潰し、放棄した。
富枝神社も、そうやって忘れさられたらしい。富枝神社は、実は複数あるらしく、ここは最も信者が来なかった場所。御神体を移動させたあと、当然、管理されなくなった。
結がここの場所を発見したのも、単に魔女が周辺にいたからだ。それで結は神社跡地に魔女の結界を縫いとめ、育てていたのだが、あの二人にバレて激しい奪い合いになった。
結局魔女はサチに倒され、グリーフシードは手に入らず、罠もそのままだが、その後ここは、結の拠点とも言うべきところになった。残存魔力があるため、それを利用して、様々なことができるのは、たくさんの利点があったのだ。
当時のことを語りながら、結はふっと笑みを零してしまったらしい。次には、ちょっと恥ずかしげに苦笑をして、なんとも、明るく言った。
「いやあ、懐かしいね。楽しくもあったし、何も悩まなかった。一直線に、振り向かず、ただ目の前しか見えなかったよ。あの頃は、本当に幸せだった」
夏音は微妙な顔をする。幸せ、と言った意味が、測りかねたからだ。対立関係を二人と築いて、何故楽しいのだろう。二人は邪魔なはずだし、争いたくないのならば、当然嬉しくもないし、愉快にもなりはしない。
それに、だった、なんて、過去形ではないか。つまり今は、不幸であると言うのか?現状が不満であるのに、変えようともしないのか?いや、むしろできないというのか?それは何故?
彼女はこのことが心苦しいと、入理乃が言ったように、それは本当のことだと思うが、だが幸せで楽しかったのなら、後悔する必要なんてない。何かあったのか、それとも、やはり自分の行いがいけないものと反省したのか、そのどちらかだろう。
だったら、やはりその過去を綺麗さっぱり、消したいなどとは思わないんだろうか?払拭したいと思わないのだろうか?
何か、確かめなければいけない気がした。逆行した者として、不幸な結果に絶望した魔法少女として、同じことを目の前の少女が思ったのかと考えると、気が気ではなかった。怖いが、それでも聞きたい。この人に、自分と合致する部分を見つけ出し、少しでも安心したい。
夏音は、内に秘めるべき疑問を言葉にして紡ぐ。菊名夏音は、広実結に質問する。
「あの頃に戻りたい、と思いますか?やり直したいとは、思わないんですか?」
一瞬だけ、結は面食らったように、固まった。眉を潜め、口は一文字になり、視線があっちこっちに移動する。完全に、しかめっ面だ。こちらに答えようとしない。驚き、というよりも、戸惑いや動揺といった感情が、そうさせたように見える。
夏音は途端、申し訳なくなった。好奇心の天秤に、その重りが乗った。しかし、それで片方の重りが上がることはなかった。
「僕は……、戻りたくない。やり直したいとか、そんなの烏滸がましい」
やがて、しばらくして、結はふと空気に混じってしまいそうな、小さな声で、息を吐くように呟く。だが、はっきりと明確に、再度、己の思いを吐露し、繰り返す。
「戻りたくない。やり直したいとか、思えない。しょうがないよ、やり直したところで、また同じになる。所詮、僕はーーーいや、なんでもないや」
続きに注目していた夏音の期待を裏切り、結は滑りかけた口を防いだ。馬鹿なことを言いかけた、とばかりに、結は謝る。だが、それを言うならば、馬鹿なことを言ったのはこちらであるため、夏音も謝罪する。相手の気持ちに不用心に踏み込むのは、無礼なことだ。罪悪感が、心に注がれていく。
無論、夏音は少しがっかりしていた。知らない人物のことをもっと知るチャンスだったのに、と残念がった。まあ、探りをいれるなんて、まだ早すぎたのかもしれない。
結は、そんな風に思っている夏音を、無表情で眺めていたが、奇妙で、不気味で、それでいて、何事もなかったように、素早く面に出す感情が入れ替わった。まるで仮面を交換したように、のっぺりと、結は笑う。やはり、夏音はそれにぞくりとした感覚を感じるが、差し出された手に持たされた物を受け取る。
「…グリーフシード、それに三つも?いいんですか?」
「良いんだよ。僕のを浄化した後で、二つはあと一回しか使えないしね。あ、魔力どのくらい残ってる?」
夏音はグリーフシードを見る。確かに三つのうち二つ、少し濁っていた。結の言った通り、穢れを吸い込んだのだろう。ともかく、夏音は自分のソウルジェムを卵型にし、結も確認できるように見せた。すると、既にほとんどが真っ黒になっていた。
「うわ、真っ黒!体きつくなったり、不調になったりしなかったの?」
「? 全然大丈夫です」
「そう…? と、とにかく、早く浄化しなよ!大変なことになるよ!?」
ぐい、と結は迫りながら、普段の笑い顔を外し、怒り半分、焦り半分を込めたように怒鳴る。あまりにも迫真な勢いで、必死な様子だ。本当に、自分が“死んでしまうかのような”、それをなんとか止めようという気迫が伝わってくる。
促されるように、夏音は言われるがまま宝石に卵を当てる。黒々としたもやが乗り移るように、ソウルジェムから離れて、グリーフシードに移る。
「夏音ちゃん、ちゃんとこういうのは伝えなきゃ駄目だよ!? 何考えてんの!?どうして伝えなかったの!?」
「それは……」
濁りきっても、なんともないから?大体、そんなのどうでもいい。ソウルジェムが黒くなったとしても、関係ない。自分には、支障なんてない。魔力がなくなろうが、なんだろうが、どうにかできる。
「………?」
……あれ、と思う。こんなこと、自分は考えていたはずがない。伝えなかったのは、グリーフシードを特訓以外の理由でせびるのが、言いずらかったからだ。それに濁っていた、ということは魔力を使った、ということになるから、余計な詮索されるのではないかと懸念したためだ。どうせグリーフシードが手に入るのだから、その時に浄化しようと思ってーーー
「とにかく!!」
「は、はい!!」
「ソウルジェムは定期的に浄化することが重要なんだから!!分かった!?」
「はい!!」
敬礼して答える。それに、困ったように、腕を組んで溜息をつくと、満足気に笑って、結は魔法少女に変身する。首を傾げる夏音をよそに、結は言う。
「ごめん、ちょっと私用があるから席離すね?君も、一人でしたいって言ってたしね、特訓」
「はい。…あの、すいませんでした。それと…、ありがとうございます。心配してくれて」
ぺこり、と頭を下げる。結は驚いたように、口を開けたが、照れ笑いして頬を人差し指でかいた。
「いや、心配するのは当然だよ。…うん、特訓頑張ってね」
結はそう言って、背を向けて遠ざかり、階段を登っていく。それを見届けてから、夏音は魔法少女に変身した。ハルバードを出し、くるりと回す。
「よし…」
夏音は魔法の特訓を始める。その魔法が、どんなものかのか、見定めるために。それをどう使えばいいのか、思案するために。
◆◇◆◇
「結」
ぴょこんと何かが、社の屋根にいる結のそばに現れた。しかし、それでも結はそちらを見ず、魔力で強化した望遠鏡で、下を見て夏音の様子を監視する。
結にはそいつが近くに来ただけで分かった。自分の名を呼んだ者の正体が。それは、純白の体毛を生やした、小さく四足歩行の生物。人の言葉を喋る、不思議な存在、キュゥべえだ。
「夏音に黙って盗み見みかい?」
「しょうがないじゃん。彼女の魔法を知ってた方が得でしょ?」
夏音は自分の魔法を隠したがってる、ということは様子を見ていれば分かる。しかし、こちらはそういう訳にもいかないのだ。彼女の魔法を把握しておかないと、いざという時対処できないし、守れない。結は夏音が大切なのだ。結は夏音をそばに置いておきたい。ずっと、ずっと、永久に。
キュゥべえは結の肩に登ると、尻尾を振る。ゆさゆさ揺れる尻尾が髪にあたって鬱陶しい。しかし、今はどうでもいい。それより、夏音の様子に集中するべきだ。
「結。キミは相変わらず、狂っている」
「どうもありがとうございます。僕は狂っていますよ」
「こんなこと、無駄以外のなんでもない。菊名夏音は、広実結の求めに応じないと思うよ?」
そうだろうね、と結は同意する。結局、夏音は自分の気持ちに答えてくれないのかもしれない。わがままを押し通すのも、無理がある。
結自身、愚かだと思う。だって理由が身勝手なんだから。でも、そうせずにはいられない。孤独でもいい、誰にも理解されなくていい。ただ、誰か自分のところにいて、自分を見て欲しい。
彼女は、自分を見てくれる。何故なら、部外者だから。広実一族じゃないから。色眼鏡をかけずに、そのままの姿を理解してくれる。
「それで、用事があるの?」
「いいや。ただ結達の様子が気になってね」
なんでもないように、キュゥべえは可愛らしい高い声で言う。酷く耳障りが悪い声に、結は警戒する。絶対、何か企んでいる。すぐにでも追い返したい。
…いや、待て。むしろちょうど良かった。ずっと、気になっていたことが、これで聞けるではないか。結はほくそ笑みながら、そう考えてキュゥべえに問いかける。
「ねえ、キュゥべえ。夏音ちゃんの正体って何?」
双眼鏡のガラス越しで、少女が魔法を発動させているのを見ながら、メイドの魔法少女は問いかける。菊名夏音が何者なのか、実は結の望みとは全く関係ない。だけど、気になる。好奇心のみで、結は夏音のことが知りたかった。
「彼女の正体はねーー」
こうして、結は夏音のことを知る。夏音が未来の人間であることを、夏音が時間を巡り、ここに辿り着いたことを。
「……………そっか」
全てを聞いて、思ったことはただ一つだった。
「立派だなあ」
彼女は、やり直せる。そうならば、役に立ちたいな、と。純粋に、そう思った。