魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

42 / 97
少し長めです

※間違いがあったので修正しました。正しくは五日ではなく、四日でした。


邂逅

普通よりも大きな、しかし質素なつくりの日本家屋。その隅の自室は、暗い闇に包まれ、赤い三日月の月明かりだけが、唯一の光源だった。

 

そんな静かな部屋の中、ふっと、蛍にも似た緑の光が浮かび上がる。照らし出された彼女の姿は、私服ではなく魔法少女の装束。コンプレックスから選ばれた、メイド服の格好は、少しも似合ってなどいない。ちぐはぐすぎて、気持ち悪いぐらいだ。

 

彼女は一瞬だけ迷ったように、耐えきれず泣きそうな顔をしたが、意を決したように、机に置いてあるお守りを握ると、畳の上に載せる。

 

このお守りは、自身の髪の一部を入れ、互いに交換する、という伝統的なお守りだ。親愛を込め、安全祈願をするためのもので、彼女は従姉妹達とそれを交換していた。いじめが始まって、従姉妹の一人が引きこもり、ついには死ぬ半年前に。魔法少女になる前に。

 

これには、その従姉妹の一人の髪が入れられている。つまり、従姉妹の体の一部が入ってる。ならば、理論上は戻せるはずなのだ。分離した髪を元に、従姉妹の肉体を生み出せるはずなのだ。

 

彼女は、自分でも思うほど、馬鹿馬鹿しい考えを抱いていた。死んでしまった従姉妹を、こんなことをしてでも、生き返らせたい。もう一度、その顔がみたい。

 

だが、大体そんなことができるわけがない。自分の魔法がいくら凄かろうと、ありえない。人一人の肉体を丸ごと生み出すなんて、神の御業以外、あるものか。

 

でも、認められない。従姉妹が死んだなど、認めるわけにはいかないのだ。自分を見てくれたあの子。姉と慕ったあの子は、宝だ。無くしたなら、それを取り戻してあげないといけない。

 

彼女はお守りの従姉妹の髪に、魔力を送り込む。変化はすぐに現れた。まるでコマ送りのように、ひと房の髪が、一瞬にして長く伸び、先から頭の皮膚を構成。さらに顔を復元し、首の骨を筋肉などが覆い、四肢が出来上がって、徐々に分離した前の状態、従姉妹の体になっていく。

 

呆けて、彼女はその様子を見ていた。やがて、顔を覆って、うわ言みたいに、呟く。涙腺が熱くなった気がする。自然と笑みが零れ、歓喜で息が震える。

 

「………、あの子だ。あの子がここにいる…」

 

彼女はかるく魔法で刺激してやって、全裸の従姉妹の目を覚まさせる。すると、ぱちぱち、目が閉じた。胸に耳を当てると、どくどく、心臓の音を感じる。命を確かに感じる。

 

「……信じられない」

 

今は、夢か、幻か。恐らくその両方だ。彼女はその時、そう思った。自分は、甘い甘い、理想の世界を見ているのではないかと。

 

「……信じていいのかな?」

 

その体は、からっぽになり、消滅したはずだった。それが、どういうことだろう。体は完全に元通りなっていた。手足、心臓、腸に肺に血管に、脳髄。それらがちゃんと揃って、一つの体として、目の前にいる。

 

「ねえ」

「………………」

「ねえってば…」

 

だが、何故だろう。反応はなく、抱き寄せても、自ら動くことはなかった。その従姉妹の目は虚ろである。何もない、というか、“存在していない”というか、まるでぬいぐるみみたいだ。しかも綿がなくって、萎んでしまったものにそっくりだ。

 

それを理解したのは、一時間たった後。声が枯れたあとである。

 

彼女は愕然とした思いで、従姉妹を見た。無表情な顔が、とても無機質。暖かなものが、途端に冷たいものに変貌した様に感じられる。月の光が、雲に影っていく。

 

……良く考えてみれば、分かることだった。これは、意思なんてない、ただの肉塊。魂はとっくにないのだから、心なんてあるわけない。従姉妹は確かに生き返ったのかもしれない。だが、肉体しかないのだ。

 

絶対、帰っては来ない。帰ってこない、だから、何も言えない。彼女に対して、何も。

 

「ーーーそうやって、安心しないでよ。馬鹿お姉ちゃん」

 

幻聴か、幻覚か。突然、抱き抱えた人形の顔が、ぐりんとこちらを向いた。閉じた目が瞬く。炎にも似た輝きが、月が隠された部屋の中で、ボッと二つ点て、彼女を凝視する。射抜かれ、思わずどくんと心臓が飛び跳ねる。

 

「………!?」

 

驚いたあまり、固まった。従姉妹の体が、勝手に起き上がって離れ、手の中が軽くなる。しかし、重みがこびりついたように感じられてしまう。

 

従姉妹はローブの姿に変身すると、彼女に相対する。その表情は、まったくと言っていいほどに闇夜で見えない。

 

不気味とは思わなかった。奇妙だとは思わなかった。ただ、恐怖があった。あんなにも、会いたいと思っていたのに、何でだろう。とても、とてもーーー

 

「……どうして?」

 

従姉妹は、低い声で尋ねる。ぎん、と双眼の火が燃え上がる。憎々しげに。怒りを従姉妹は纏い、全身に震えを出している。彼女が、ゆるゆる首を振るのも構わず、従姉妹は激情のまま怒鳴り、怨嗟を吐き出す。

 

「どうして、私はこんな目に合う!!!どうして役目を果たそうとしない!!!私はこんななのに!!お前は本家の人間だろうが!!」

「…ごめん」

 

彼女は涙を流す。

 

ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん。

 

謝る。

 

すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません。

 

頭が真っ白になっていく。

 

ごめんごめんごめん、すいませんすいませんすいませんすいません。

 

謝罪で、埋め尽くされる。

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

……そして、そこからハサミを脳髄にいれたみたいに、ちょっきんと、切られて。

 

モウナニモオモイダセナイ。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「ーーー!?」

 

あまりの悪夢に、目が強制的に覚まされる。汗だくになって、シャツが体に張り付いている。鼓動が、早く波打って、毛が逆立っていた。不愉快な頭痛と寝ぼけに、船花サチは顔をしかめる。

 

ガタガタ揺れる感覚がする。縦長の空間には、そこまで多くない座席が、列をつくっている。サチはその最後列の、一番広い座席にいて、他に座っているのは、三席前にいる黒い服を来た少女のみ。両端の窓から、バスの車体の赤いラインが見える。

 

最近、夜更かしもしていたから、眠ってしまったのだろう。しかも恥ずかしいことに、だらしなく奥の席で横になっていた。誰もいないからいいものの、この年でこんなことをするなんて、と一応反省する。深呼吸してから、サチは起こして、ため息を吐き出す。

 

スマホで時間を確認すると、三時十八分だった。そしてその上には、十月九日と表示されていた。そういえば、今日は本来は平日だった。テロの予告のせいで休みになったおかげであるが、そんなことあるのか、と思ってしまう。

 

「後、四日か…」

 

夏音とかいう知らない魔法少女。そいつのせいで、結が出てきて、入理乃がおかしい様子を見せて、結局話し合いをすることになってしまった。とんでもなくややこしい状況だ。それもこれも、夏音のせいだ。

 

むしゃくしゃして、サチは舌打ちをする。髪の毛を衝動的にぐちゃぐちゃに掻きたくなる。一体どうなるのだ、この早島は。今の状態でも苦しいというのに、縄張りがまた小さくなるのか。

 

サチ達はグリーフシードが必要だ。魔女との戦闘などですぐに消耗するし、そうなると、ますます魔女と戦いずらくなる。魔女を狩れなくなると、大勢の人は死に、早島は滅びてしまう。大切な養父がしんでしまい、思い出がなくなる。

 

でも、そのためには使い魔を放置して魔女にして、グリーフシードにして、使い切ったら、それも放置しておかなければならない。人を犠牲にして、人を救う。人を食わせる化け物を育てて、化け物を殺す。そうするしかない。

 

「……しょうがないんだけど、なあ。どうにもなんねえし」

 

でも、入理乃は何故わざわざグリーフシードを集めろ、なんて言ったんだろうか。彼女は二人を排除するために、グリーフシードが必要だと主張したが、そしていざという時のためにも従い、今移動しているが、そうしてどうするのか。皆目検討がつかない。

 

このまま言う事を聞いていて大丈夫なのだろうか。入理乃を信用してはいるけど、でも良からぬことをしたらどうしようか。彼女が何しでかすかわからないし、大体連絡しても出てくれない。家にもいないし、どこで何をしているん

だろう。

 

「……、この船花様を無視しやがって。くそったれの入理乃め。同じ魔法少女の仲間なのに」

 

思わず、溜息がでる。まったく、入理乃には困ったものだ。こういうところが入理乃にはある。自分の方が優れている。自分の方が賢い。それを理解しているから、全部自らやる。その方が早くて効率がいいと、入理乃は多分思っている。今までそうだったから、そうするのが一番だと信じているのかもしれない。

 

実質、今までそうだった。入理乃に任せておけば、大抵上手くいくのだ。それに感心し、同時にすごいと尊敬もした。言うことも自然と聞くようになりもしたし、気弱な態度のくせに、なんて思っていた彼女を見直したりもした。

 

だが、嫌な予感がする。夏音が、全てを壊すきっかけに、いや、全てを消してしまう、きっかけにしか思えない。今回ばかりは、上手くいくとは限らない。結の時も手こずったことを考えるに、しくじる可能性も捨てれない。

 

「………ちっ。ふざけんなよ」

「ねえ、どうしたの?」

 

幾度目かの舌打ちをした丁度その時、声をかけられた。イラつきながら、誰かと見ると、三列前に座っていた少女が立っていた。

 

ふと、サチははっと目を見開く。見知った顔が、目の前にいる。死んでしまった魔法少女、そしてかつて縄張りを奪い合った魔法少女。そのどちらにも瓜二つの顔を、少女は持っていた。

 

「……顔に何かついてる?」

「いえ…、別に」

 

血縁者だろうか、と思いながらも、改めて少女を見て、その服装に引く。眠っている間に来て、背を向けていたので気づかなかったが、少女の服はこちらが恥ずかしくなるぐらい、ふんだんにフリルがあしらわれた、漆黒のワンピースだ。薄い髪を高く縛るリボンも、カチューシャも、同様にフリルがたくさんある。派手派手しいし、ゴテゴテしているし、普通の服じゃない。

 

よくこんな格好ができるなあ、と心の中で嘲笑しながらも、サチは愛想よく笑う。どうでもいいやつには、本質は見せない主義であるサチは、お俊哉かなお嬢様のように、問いに返した。

 

「何もありませんよ?」

「そんなこと言われてもさあ、さっきからブツブツ独り言言ったりして、うるさいんだよ。あたし、気になって仕方ないよ」

「ぐ…、それでも、関係ないことです。貴女には」

「いいや、関係あるね」

 

訝しげに、サチはぴくりと眉を動かす。少女はそんな反応が面白いのか、意味深に微笑みを称えてから、言う。

 

「“魔法少女”、なんでしょ?」

「!? 」

 

サチはばっと立ち上がる。どうして、そんなことを知っているのだ?さっき独り言でそうは言ったが、それをおかしなことと思う様子もなく、からかう様子もなく、平然と自分のことを魔法少女と言えるのだ?

 

「お、お前一体なんなんだ!? 魔法少女のことを知っているのか!?」

「知っているよ?キュゥべえに勧誘されたから。断ったけど」

「キュゥべえから!?」

「うん。それに、従姉妹の結が魔法少女ってことも知っている」

 

やはり血縁者だったらしい。言われてみれば納得いく。顔も言わずがなだが、あまり濃くない色合いの髪も、瞳の色も、よく似ている。…いや、似すぎだ。本当に、何なのだろうか、一体?

 

「……ていうことは、従姉妹の…ミズハのことも?」

「知っている。魔法少女だったこと。魔女と戦えなかったけど、でも魔法を抑えることに成功して、結果的に結界で死んじゃったんだよね?」

「まあね…」

 

入理乃からは、そう聞いた。いきなりだったから、驚いたことが、今でも鮮明に覚えている。ミズハとサチはあまり話さず、親しくなかったが、入理乃は仲良くしていたのもあって、ショックだったらしい。

 

口調を変え、髪型を変え、性格もさらに暗くなった。お墓を結界の基点の上に秘密裏に建てて、密かに花を送っていたのもこっそり見た。ちなみに、サチも時々お供え物を置くが、来る度にきちんと掃除しているあたり、入理乃は欠かさず手入れをしているのだろう。

 

入理乃でさえそうなのだから、この少女だってショックを受けているはずだ。暗い表情から見るに、それは間違いないだろう。ちょっと気まずいなとか、ちょっと何を話したらいいのかとか、ちょっとこの雰囲気どうしようかとか、思いながら、サチは話題を変えようと、粗雑な態度で名前を聞いた。

 

「あー、私、船花サチっつーんだけど、アンタ名前は?」

「あたし、東順那。よろしく、サチ」

 

後ろに腕を組みながら、結にも似た、しかし彼女よりも明朗快活な笑みで、親しげにそう言った。

 

 

【挿絵表示】

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。