魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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東順那

年齢 十四

身長 156センチ

好きなもの 人間観察 ゴスロリファッション

嫌いなもの キュゥべえ

早島中学校二年生に在籍している少女。結とミズハとは従姉妹。たちの悪い天然で人を苛つかせ、周囲からは嫌われているが、それを気にしていない。むしろ自分の周囲などの悪口や偏見でさえも、興味深く面白いと感じる変人で、結構性格は良い方ではない。マイペースかつ独自の価値観を持っており、それを誇りに思っている。コスプレ趣味のためかゴスロリファッションが好きで、普段の服装にもそれが現れている。実はクソアニメ好き。


コルウス

「……順那ね。ふーん、珍しい名前だわ」

「普通にいると思うけど。まあ自分の名前、そこまで良い由来じゃないし、サチって名前の方が良かったな、あたし」

 

羨ましげに順那は言うが、しかしサチは不快で鼻で笑う。この名前が良い名前なわけがない。忌むべき両親の片割れの母親から付けられたその名を、いかに恩着せがましいほどに説明されたか。その事を思い出すだけで、反吐が出る。

 

「私の名前より、アンタのがよっぽどマシでしょ」

「そう? あたしの名前の由来、本当にまともじゃないよ。いや、マジで。ひどすぎんだろ、って感じでさ。嫌になっちゃうよ」

「じゃあ…そのひどい由来ってなんなのさ?」

 

順那という名前の意味なんて、サチにとっては、正直どうでもいい。しかし、そこまで言われると、逆に気になってしまうものだ。本人が心底嫌そうに言っているようには感じられないから、多分気にしてはいないだろうし、聞いてもいいのではないかと、サチは思った。

 

後から考えてみれば、とても失礼な思考ではあった。嫌そうな素振りがないのは、己の感情を隠しているだけとも、読み取れたはずである。しかし順那は考えた通り、眉一つ曲げなかったし、気軽そうに、まるで雑談でも喋るみたいに、話し始めた。

 

「あたしってさ、生まれる前に、那お子っていう、姉がいたんだよ。だけど言うこと聞かなくて海の事故で死んじゃったんだよね。だから両者は、今回の子は、従順な子が良いなって思ったんだよ」

 

曰く、逆らう我が子が、元々順那の両親は好きではなかったという。わがままなものより、静かなものが。元気なものより、大人しいものの方が。ずっと扱いやすくて、面倒くさくない。だからお前はそういう子になれと、順那はいつも言われ続けてきたのだと、何でもないように言う。

 

「……まさか、そんな理由で、順那…っていうの?」

「うん。従“順”な“那”お子で、順那だよ」

「……………」

 

思わず、黙ってしまった。順那の笑みに、戦慄する。

 

「親の跡をついで、その使命を果たす子を、父さん達は求めていたんだ。使命を果たせないものは、いらないし、使い道がないんだよ?」

 

サチは絶句して、驚愕に染まった瞳で順那を見つめた。自分が思っていたよりも、あんまりな、身勝手なその由来に、薄ら寒いものが全身に広がる。かつて、サチは全てを支配されてきた。だが、親から理想を押し付けられながらも、愛してくれたのは事実である。でも順那の話を聞く限り、彼女の親は全くそういったことを感じない。

 

まるでーーーー使い捨ての道具だ。そう考えると、なんとも言えない、胸のもやもやが強くなった。

 

「………。まともじゃないね、その親達。下衆なんじゃないの? アンタも、何で何気なくそんなこと言って笑ってるの?ありえなくない?」

 

震える声が、最後には沈む。怒りなのか、やるせないのか、普段自分が抱く感情とは程遠いであろう熱が、拳を握らせる。順那は横に座ると、平然とした顔を向けた。

 

「でもあたし達にとっては、これが普通なの。あたし達広実一族は、龍神様を称えるための存在なの」

「広実一族…? 」

 

龍神信仰のことについては、親が信者だった影響で知っているが、広実一族なんて、聞いた事がない。少女が、得体のしれない、それこそ魔女よりも訳のわからないものに思えてくる。

 

「知らないの?サチは船花家出身なのに?」

「知るわけないでしょ? 大体元々私は……。つか、船花家が、広実一族?ってのに関係あんの?」

「大有だよ。広実一族の外戚といえば、阿岡、香干だよ。船花は香干の分家じゃん」

 

当たり前のように順那は言うが、サチは初耳なので、あんまり実感がない。元々の家がそんな家系なのも今初めて知ったし、入理乃の家との繋がりも、ピンとこない。

 

「交流もなくなったし、船花の人間が広実一族を知らないのも無理ないね。でも、それならよく龍神信仰知っていたね?…香干の家出身?情報管理の東家だから知っているけど、数年前に、確か娘は伯父に引き取られたんじゃなかったけ?香干夫妻が死んだから」

 

瞬間、元の両親が冷たくなった感触を思い出し、サチは瞳を一瞬だけ大きく見開いた。喉に、吐き気が込み上げてくる。不愉快で、不透明な感情が渦巻き、暴れて口から飛び出す。

 

「私は香干じゃねえ!この船花様が、あんな家の苗字だったわけねえじゃねえか!」

「あんなって…、やっぱり元々は香干だったんじゃん。というかずっと思ってたけど、同時に二人死ぬのおかしいよね。死んだことと、関係あるの?」

「関係ねえ!この船花様は関係ねえ!違えんだよ!」

 

もう、自分は違う。もう、自分は違う。両親が死んだのは、仕方ない。あいつらが悪かったからだ。罪なんてない。自分のせいじゃない。だから、自分は違う。万が一に責められるべきは香干サチで、船花サチではない。

 

「この“船花”様ねえ。何で、そこは船花様なの?サチ様じゃなくて?」

「何が言いたいんだよ!」

 

我慢の限界だった。背けていた部分を見たくなくて、激情のまま、がっと少女の胸ぐらを掴む。順那はその腕に右手でそっと触れて、愛しいものでも見るように、瞳の形を細めた。

 

「認めたくないんだよね? あたし、わかるよ。貴女、ずっと自由がなかった目をしている。乱暴な態度も、その反動でしょ?」

「何言ってんだ!私は根っからこういう性格でーーー」

 

言う前に、彼女の弧を描いた双眸が、心の内を覗くように、睨みつけた。帯びた光は妙な迫力があって、サチは硬直する。ゆっくりと、静かに力の抜けたサチの手を離させる。

 

「それこそ違うよね?貴女はミズハと同じく、罪から逃げたくて、でもそれを自覚しているから、イライラしてるんでしょ? 鬱憤がたまってそんな風になっちゃたんだよね?」

「……鬱憤なんて、溜まってない。不満なんかなかった」

「船花様、って言って自分を香干じゃないって言い聞かせて、全部過去の自分に押し付けているだけだよね?」

「……悪いっていうのかよ。“今の”私が、悪いっていうのかよ。両親を殺したのは、“今の”私が悪いのかよ」

 

サチはサチだ。それは、変わらないし、変えられない。でも、でも、でも。自分は変わった。変わる前と変わったあとは、別人なのだ。昔の自分が罪人である。今の自分は無罪だ。

 

「悪いも何も、殺したなら、貴女が悪いんじゃないの?」

「偉そうに言うんじゃねえよ。さっきから、何言いたいんだよ。認めろっていうことか?正しくない…、てことか?私が、船花サチ様が、悪いということか?」

 

何となく、責められているように感じて、サチは目尻を上げる。正反対に、反抗的な態度の少女をものともせずに、順那は飄々と答える。

 

「あたしは、貴女のこと、悪いと思う。だから、悪いって言うけど、貴女が正しいって思うんなら、両親を殺したことは、正しいことになるんだよ?」

「それは、私の中だけってことになるじゃんかよ」

 

罪は、誰がなんと言おうと罪だ。悪いことは、定められていて、決められているものである。自分がいくら正しいと思っても、それが無罪になることは無い。まあ、サチはもう、船花サチだから、何の重荷もう背負っていないけど。

 

「悪いか、正しいか。罪か、罪じゃないか。そんなの、人によって様々だよ。自分の価値観に従って、善悪を決めれば? それとも、ずっと悩み続ける?逃げ続けるの? それも良いよ?そうする?」

 

無表情に、抑揚もなく、八つ裂きに質問が浴びせられる。悪い、正しい、様々、価値観、善悪、逃げる。耳の鼓膜に、無数の声が反響する。直に頭を揺さぶられる様な気がして、サチは目眩を覚える。混乱のまま、やはり訳のわからない、不気味な少女に、つい言う。

 

「お前は、何考えてんだ?」

「逆に貴女は何を考えてるの?今、何をしたがっているの?あたしは、それが知りたいな」

「テメエに話すことなんて、これっぽっちもねえよ!!何でテメエ如きに、私がしたいことを話さなきゃならねえ!?」

 

怒声を撒き散らし、サチは隣の少女を噛み付くように見る。体が酷く熱い。興奮気味なサチは、唸るように荒立てた息をする。きょとん、と順那は首を傾げ、苛立ったサチをどうでもいいように普通に口を開いた。

 

「あたしが、それを聞きたいから、聞く必要があるからだよ。あたしは、貴女が、魔法少女の今回の“対立”で、どうするのか知りたいの」

「なーーー!?」

 

声が詰まる。この少女は、どこまで知っているのだ。キュゥべえが、そこまで話したとでも言うのか。対立のことまで知っているなんて、

 

「順那、私達が今どんな状態なのかも知っているの!?」

「知っている。阿岡さん…まあ、入理乃でいいか。まあ、その入理乃が、昨晩訪ねてきたんだ。事情を話して、協力してほしいってね」

「…嘘だろ!!そんなの……」

 

またも知らなかった事実に、歯ぎしりしてムカムカする気持ちを抑える。でも、魔法少女ではない少女が、入理乃の役にたつとは思えない。話しかけた意図がわからない。

 

「あたしを戦力として加えたかったんだろうね。未知には未知をぶつけるってね。それに、あたしにはお姉ちゃんをどうにかしたいって気持ちもずっとあったから…」

「そうか。魔法少女にまだなっていなかったもんな、アンタは」

 

サチの能力は知り尽くされているし、結相手に一人だと勝てない。でも従姉妹である順那だと、相手を動揺させ、不意打ちさせることもできる。こんな言い方はしたくないが、性格的にも順那の方が、駒として使える。つまり、サチはそこまで信頼されていなかったということだ。

 

頼ってもらえず、しかもまだ一般人である順那を使おうとするなんて。考え方は理解したけど、限度というものがあるだろう。やっぱり、何か良くないことをしようとしているのだ。無性に腹立たしくて、サチは舌打ちする。合理的選択だと思ってしまって、ますます悔しい。

 

だが、サチの入理乃への友情は揺らがなかった。初めての仲間で、初めて自分と似た感情を持っていた友人で、初めての相棒だった。だからこそ、自分が止めなくては。

 

ああ、入理乃には、どうしても執着してしまう。裏切られようが、見捨てられようがーーー

 

「それでも、まだ彼女のことが信じたいんだね?」

 

自分の心を正直に言い当てられ、動揺する。黒い少女が、それを逃さず、そうでしょう、と再度問う。苦々しい表情が途端に浮かんだ。

 

「そうだけど…」

「本当に?」

「しつこいなあ!!そうだよって言ってんじゃん!つか、意味わかんないんですけど。私の気持ちなんてどうでもいいじゃん!!」

「どうでも良くないよ。貴女の気持ちがどのくらい強いのか、あたし確かめたかったもん。そして、予想どうり、貴女は意思が強いね。うん、互いの目的を達成するために、協力し合おう!」

 

サチ入る理乃を止めたい。順那は結を止めたい。そのために、手を結ぶのだ、なんて順那は嬉しそうに笑う。サチは眉を顰め、馬鹿にした。

 

「首突っ込むの?部外者のくせに?魔法少女じゃねえくせに、協力なんてし合えるか!」

「………魔法少女じゃなきゃ、協力できないの?突っ込んじゃだめなの?」

「当たり前だろ!」

 

魔法少女同士のことは、魔法少女同士の問題だ。一般人が立ち入る隙なんて、どこにもない。無理に来られるのは、わがままだし、迷惑だ。

 

「あたしには、資格があるよ。あたしにだって、できることはあるよ。あたしは、戦うことができないし、争いに介入できない。でも、魔法を使わなくても、説得はできる。お荷物になるかもしれないけど、あたしは、お姉ちゃんにもう一度会って、言ってやらなきゃいけないんだ」

「そんなの、個人的にすればいいじゃん」

「それができなきゃ、協力し合おうなんて言わない。でしょ?」

 

すっと、順那が手を差し出す。色白の肌が、陶器のように見える。サチは出しかけた手を、迷って引っ込めようとした。しかし、その視線からの圧力から、外すことができない。不思議な強制力が、魅力が、そこにはあった。順那の瞳は、黒く黒く、濁っていて、全身の服装と合わさって、全てが影に同化して見える。

 

サチは、自然と順那の手を握る。がしりと掴んだそれは、予想に反して、暖かい。彼女は満足そうに、さらに笑った。


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