魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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有り得ざる声

「ありがとう、サチ。これで、お姉ちゃんと話ができるよ」

 

順那は何気なく礼を言う。瞬間サチは、たらりと冷や汗をかいた。途端何かが引っかかったような気がして、仕方がなかった。しかし、サチは自己が捉えたものを分析するといったことが、得意な方ではない。だから、どうしてそう感じたのか、この時のサチにはわからなかった。ただ、末恐ろしいものが腹に沈殿していった。

 

突然の変な感情に、訳も分からなくて、サチは苛立った。狭い箱しか持っていないサチは、すぐに溢れたイライラを元に、あえて乱暴に手を離して、小馬鹿にするように鼻で笑った。

 

「……別に、互いの利害が一致しただけでしょ?お前みたいなクズと協力してやるんだから、むしろそっちがもっとありがたがってよね」

「うん、わかったよ。ありがたやー、ありがたやー」

「…おちょっくてんの?」

 

いきなり手と手を合わせて拝み始める順那。それをサチは怒りの笑みで、冷ややかに言う。自然と、ピクっと眉が釣り上がる。しかし順那の方は一瞬だけ、本当に驚いたような顔をした。

 

「え、違うけど」

「まさか本気だったの?ありがたがる方法ズレてない!?」

「ということは、さらに拝めばいいんだね?」

「そういうことじゃない!」

「じゃあ、別の方法なんだね?よし、ミズハ直伝アクロバットどけ座を披露し、そのあとで拝めばいいかな?」

「ミズハはどんなことをテメエに教えてたんだよ、つか結局拝むんかい!?」

 

ぜえぜえと肩で息をする。突っ込み疲れってこういうことかな、なんて意味不明なことを考える。なんか、話するだけでも疲れる。おかしい。自分はどちらかと言うと相手をからかう立場なのに、何故振り回されるんだろう。途方に暮れ、額に手をやる。

 

「あはは、なんか懐かしい。お姉ちゃんみたい」

「ふざけんな、人をからかいやがって!!」

「別にからかったつもりはないけど…」

「ちくしょう、天然野郎が…!!」

 

順那が、サチの様子に楽しそうに笑う。サチは若干殴ってやりたい気持ちに駆られたが、舌打ちをして順那に尋ねた。

 

「アンタら従姉妹の普段の感じってどんなだったのさ…?」

「んー、そうだね…。ミズハがあたしをからかって、あたしが何か言ったら、お姉ちゃんが突っ込んで…、でもお姉ちゃんもズレてるとこあるから、そういう時はミズハがあたし達を止めて…。ミズハは案外いたらずら好きで、元気でね、お姉ちゃんはいつも過保護で心配性だったんだよ」

「……ミズハってそんな性格なのか。それに結がブレーキ役?信じらんない…」

 

サチにとってミズハは、重要人物であるものの、悲しげな大人しい少女だった。入理乃ほどじゃないけど、気弱な感じで、笑った顔もどこかやりきれない何かがあった。少なくとも大人しく、アグレッシブという性格ではない。対して、結は一方的に支離滅裂なことばかりを話す、薄気味悪い奴だった。いきなり笑い出すわ、切りかかるわ、とにかくまともではなく、狂気に支配されていた。

 

だから、想像してみるも、うまく光景は思い浮かばない。ミズハと結の見えない側面を知っても、知っていた部分からくるイメージの方が強いくて、印象は変わらない。

 

「ねえ、あたしが今から行くところに、一緒に行かない? 時間ある?」

「時間?まあ、あるにはあるけど」

 

まだまだ昼だし、グリーフシード集めは他の日にもできる。協力者となった相手から、付き合ってほしいと言われたら、そっちの方が気になるし、優先させるべきだろう。

 

「でも、この船花様をどこに連れていこうとしてんの?」

「…それは、ついてからのお楽しみだよ?でも、これだけは言っておく。貴女は、今から狂気の一端を見ることになる。覚悟した方がいいよ?」

 

神妙な顔で、順那が平坦な声で忠告するものだから、どきっと心臓がはねる。覚悟なんて言葉が使われるほどのものとは、一体何であるのか。少し恐怖が湧いて、僅かに黙る。しかし、渋ったところでどうにかなるものでもないし、後に引き返すことも出来るわけがない。

 

「わかったよ。何があっても驚かないし!!」

 

サチは、粗暴な態度で怖い気持ちを隠し、ぶっきらぼうに、ふんと鼻を鳴らした。そんな姿が、幼稚であったか、愚かしかったのか、順那は声をあげて笑った。それでますますサチは憮然とした顔になって、恥ずかしい心を誤魔化すように、また鼻を鳴らした。

 

 

◆◇◆◇

 

境内では、まだ戦いの音が響いている。

 

反響する、ハルバードと二丁の飛来する鉈。骨の錨が、地面をえぐり、ハルバードが操る魔力の斬撃の進路を邪魔する。

 

高く登った太陽も、からりと青く晴れた空も、流れる時間によって、姿を変える。武器を振るい、逃げ惑い、怪我を負って痛い目をみて、魔法を不発する。特訓をがむしゃらに行ううちに、段々と日は沈み、赤く風景は染まっていく。いつしか、すっかり辺りは暗くなりつつあって、カラスが頭上を横切った時、境内で戦っている魔法少女のうちの一人、広実結は武器は、ぴくりと体をはねさせて、ふと武器をおろした。彼女は一瞬酷く慌てた様子で考え込むと、何か思いついたように笑った。

 

そうして、何の気兼ねもなく、唐突に言った。

 

「よし、今日は逃げの訓練は、ここまででいいかな」

「…………え?」

 

これに驚いたのは、彼女の相手をしていた菊名夏音である。しかし、彼女が驚いたのは、別に特訓が途中で中途半端に終わりだと告げられたからではない。特訓そのものが終わる時間帯になっていたということに、今更驚いたのだ。

 

菊名夏音は、真面目な性格である。言われたことはきちんとするし、不満があっても、道理が通っていれば、なんだかんだでやろうとする傾向がある。だからか、放たれたボールがまっすぐ進むように、夏音も集中してしまえば、周りのことが見えなくなって、一つのことにのめりこんでしまう。前の時間軸でも、嫌がっていたのに、魔法少女の体験コースに付き合ったし、行方不明になった入理乃を家にも帰らずに、探し回ったのも、この気質に起因するものだ。

 

つまり、裏を返せば、夏音は、加減があまりできないタイプだと言えるだろう。それは長所でもあったが、しかし同時に彼女の短所でもあり、十四才特有の未熟さ故のものでもあった。今回も、夢中になりすぎて、他のところに目がいかなくなったのだろうか。

 

とはいえ、逃げきれてもいないのに、終わりとはどういうことか。戸惑いは隠しきれず、夏音はたどたどしくお礼を言う。

 

「あ、ありがとうございました。…あの…えーと、明日からも、頑張ります…」

「…なんか勘違いしているようだけど、特訓は終わらないよ? 」

「そうなんですか?」

「逃げの訓練が終わっただけ。…中途半端で驚くのはわかるけど、ヤツが起きたから、仕方ないんだよ。安心して、これが終わったら、今日は一日終わりだから」

 

ヤツとは一体何だろう、と首を傾げる間もなく、ついてくるように言われ、素直について行く。階段を降りて三番目の境内に着くと、そこから続く道を進む。舗装のされない、ごつごつした石の道を通り、数分でこじんまりとした、木でできた、古びた社につく。予想どうりと言うべきか、腐りかかった柱に支えられた、苔で覆われた屋根の上には、結の鉈が刺さっている。

 

それを視認した途端、得体の知れない感覚が襲いかかり、なんとなく、嫌な感じがした。それでいて、波のように、来るのには間があく。これは、魔力の波長なのだろうか。だが、結のものとは性質が違うというか、奇妙なことに、どちらかというとーーー

 

「この社にはね、魔女が封じ込めているんだよ」

 

魔女。悪しき、化け物。ここにそれがいる。認識した途端、脳裏に記憶が蘇る。前の時間軸にいる前、船の魔女が突如として出現する。その使い魔が親子に迫り、体に牙を突き立てる瞬間、鮮血が舞い散る。捕食する音が、残響する。

 

「…魔女が?」

 

恐る恐る聞き返す。声が、何故か掠れた。体が、冷たくなっていく。目に見えない衝撃のようなものが、精神を揺らす。しかし、それに結は気づいていないようで、淡々と説明する。

 

「そう。僕は魔女を管理する際、判別できるように、仮名称をつけてる。工具の魔女、鉄塔の魔女って具合に。そして、この魔女の名前は、お嬢様の魔女。ヤツは、早島で最も多くいる魔女だよ。君が来る数日前にここに閉じ込めて、封じてたんだ」

 

言った瞬間、屋根に刺さった鉈が、一人でに光り出す。すると、爆ぜた音ともに、徐々に、目の前の空間が歪み始め、風景を曲げる。目を見開く間もなく、魔女の紋章が現れ、黒い結界の口が開いた。

 

「これ、今から倒してきて」

「魔女を、私が…………?」

 

混乱と共に、問いかける。縋るような視線に、結がちょっと罰が悪そうにしたが、すぐに首を降って真剣な眼差しで言った。

 

「突然だけど、ごめんね。でもちょうどいい機会だと思ったんだ。こいつ、ずっと眠らせてたはずなのに、どうしてだか、今動き始めてしまった。そうなると、すぐに僕の結界から逃げ出されてしまう。それを追いかけて連れてくるのは、結構大変だ。魔法少女である以上、魔女を倒さなきゃいけない。その役目を、君も果たすべきだ」

「私が…役目を果たす?」

 

ーーー菊名夏音は、真面目な性格である。言われたことはきちんとするし、不満があっても、道理が通っていれば、なんだかんだでやろうとする傾向がある。

 

魔法少女が魔女を倒すのは当然、当たり前の責務。魔法少女の願いの代償。道理が通っている。結が言っていることは、何も間違ってない。

 

「そう…ですよね」

 

だから、彼女は怯えていても、無理矢理に前に出る。足がすくむものの、入口に近づいた。結の顔に、若干不安気な感情が浮かぶ。

 

「やります。魔女…倒してきてきます」

「…いざとなったら助けるけど。でも、そんな状況になって欲しくはないから、気をつけて」

「はい…」

 

行ってきます、と結に夏音は言って、ハルバードを手に持ち、ぎゅっと目を瞑り、突入する。そうして、目を開けると、そこはもう外界から隔絶された異界、結界だった。夏音は辺りを警戒するように、武器を構えてビビりながら、周囲を見渡し、ふとあるものを見つける。

 

「…………?」

 

曇り空の下、ボロ小屋が立ち並ぶ貧民街。その一軒のそばにある、木の看板。その張り紙が、不思議と夏音を引き寄せる。そばに近寄ってみると、張り紙は、実に奇妙な形の文字で一言何か書かれている。しかし、見覚えがないわけではない。

 

この文字は、前の時間軸で変な夢を見た直後に、ノートに書いてあった文字ーーー“自分”で書いた、奇形な文字。あの時は読めなかったけど、今なら読むことができる。習っていなくても、理解ができる。夏音は、その文字の意味をつぶやく。

 

「お腹がすいた?」

『うン。おなかすイタの』

 

頭に、ノイズが交じった言葉が響く。立ち上がる危機感と共に、反射的に夏音は振り返り、武器を向ける。前方にはいつの間にか、尻に木屑を詰め込んでいる、手が大きな、しかしサイズは小さな、豚のぬいぐるみがいた。

 

夏音は唾を飲み込み、攻撃できる体制をとる。しかし、一歩も足を動かすことができない。まさか、という予感がして、気になって、使い魔の様子を伺う。やがて、ぬいぐるみは、ぱくぱくと口を開閉させた。

 

『オナか、スいた…。オナカがすいたよう…』

「……!?」

『たべもの、タベもの…たべ…も…ノ…』

 

再度、響き渡る幼い雑音混じりの声。その度に動く、使い魔の口。予感が的中した。夏音はそれを理解し、青くなる。驚愕し、腕がぶるぶる震え、カタカタと武器がなる。

 

「な……、使い魔が、喋った…!?」

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