魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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役割

夏音は、しばらく何もできなかった。使い魔はそんな夏音を攻撃しようともせず、気にする素振りもみせず、お腹がすいた、とつぶやき続ける。それが、とても怖かった。いっそこちらに飛びかかってくれれば、まだ恐怖はマシだったかもしれない。

 

「あ…、ありえない。こんなの……」

 

現実離れした出来事に、思考が上手く働かない。それでも、理解し難い状況を必死に把握し、安心しようとするのは、人間の性。夏音は頭を回転させて、どうにか自分に、この声について納得のいく答えを探す。

 

そして、もしかして、幻術を魅せられているのかもしれない、と結論を出した。多分、敵を錯乱させるために、わざとそんなことをしているのだろう。いや、そうに違いない。だったら、惑わされちゃ駄目だ。

 

そう思いつつ、夏音は地面と一体化していた足を強引に動かして踏み込み、ハルバードの槍でぬいぐるみを刺そうと、切っ先を使い魔から見て、斜め上に向ける。実に魏心地なく、しかし力任せに思いきり、勢いよく振り下ろす。

 

『ネえ、キみ…』

 

しかし、既のところで動きは止まった。使い魔の視線が、夏音をじっと見つめたから。まるで値踏みでもするような感じが、どうも人間くさくって、夏音は金縛りにあったみたいに、また硬直した。

 

『……キ見、も、おなかスい他? タベ流…ごはんを、イッショ…、ゴハんだ…べ…よ』

「……つ…、う……!!」

『オイしソウーなものと、おなジ。キミは…タベもの?』

 

肩がはねる。夏音は震えながら、豚の口を見る。突如、その姿が変わり、骨が剥き出しのピラニアになる。呆然として見ていると、目の前に人間が二人、瞬きもしないうちに、船花久士、船花サチの親子が、現れた。

 

そして夏音が手を伸ばすよりも速く、ピラニアは二人に襲いかかると、体を食い始めた。その光景は、前の時間軸で見た時とーーー完全に、同一で、耳障りな音がする。

 

ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。

 

ばきり、ばきり、ばきり。

 

ああ、鮮血が舞い散る。ああ、こんなにも、あっけなくて、軽々しく命がなくなっていく。やがて、いつの間にか、二人の親子は腹の中に消えていて。代わりに、ピラニアの口には、夏音の頭部があった。そばを見ると、首なしの胴体があって、だくだくと首から赤い液体が流れている。引きちぎられたのだろう。

 

夏音は、ぼんやりと思う。

 

ーーー何……これ? 私が喰われている?意味、わからない。今からこうなっちゃうから、こんなの見ているの?私の末路…、使い魔に喰われることなの? 私は、喰われるのか? ……ああ、そうか、今度は私が、消えるんだね?死ぬんだ。喰われて…、私は、死ぬんだ。

 

あの親子と同じように、喰われて死ぬんだ。

 

そう、考えた次の瞬間、夏音は頭を激しく振って、

 

「イヤ、アアア…アアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

空想を吹き呼ばすために、喉から声を絞り上げ、叫んだ。

 

「食べないで!!……違う、違う違う!!私は、食べ物じゃない…!おいしくない食べないで食べないでごめんなさい!!」

 

最早、何を言っているのかわからないし、何か言いたいのか、自分でもわからない。死にたくないという欲求で、必死になって、懇願していた。お願いしたって、絶対に聞いちゃくれないなんて理解しているけど、それでも生にしがみつきたい。何もかも終わるなんて、嫌だ。何より、無残な姿になりたくもない。

 

あの親子みたいに、食べられたくない!!

 

「…お願い…、食べないで…、私はおいしくない…!!」

『キミ…を、わたシ、たべない。おいし居、じゃない。タベものじゃ無いカラ』

「…本当に!? 本当に、私を食べないでくれるの!?何でもするから…お願い、食べないで、死にたくない……!!嫌…!!」

 

夏音はぬいぐるみに、いつに間にか涙やら鼻水やらで酷い有様になった顔で聞く。お嬢様の使い魔は、ぶらんとさせた腕を僅かにあげる。

 

『じャあ、イッシょに、オショクジかいにイコーよ。ヒメは、キみにあいたいんだって差。コーエいな子とだよ』

「ヒメ…?」

『ボクらの…、オヤ。ハナシタイって、いっテル』

「……つまり、魔女? ヒメは魔女ってことなの?魔法少女と魔女が会う…そして話す…?」

 

馬鹿馬鹿しいにも、程がある。いや、使い魔と話している時点で、既に馬鹿馬鹿しい状況だ。怖いけど、この現状が、少し嘘みたいに思えてくる。そうなると、僅かに強気にもなって、誰が魔女と話すか、と言いかけた夏音は、しかし、もしや、これはチャンスなのではないだろうか、とも考える。

 

使い魔じきじきに、お嬢様の魔女のところまで連れってくれるのだ。幻覚だったとしても、大元を倒せばそれで解けるし、罠であっても、さっき何でもすると言ってしまった以上、ついていかなければ、喰われるかもしれない。

 

「わ、わかった。私、そのヒメにあうよ。案内して、使い魔」

『ツカイ間じゃナクて、トンジ』

 

使い魔はそう言うと、くるりと背を向ける。そこには、あの看板と同じ字で、トンジと赤い糸で縫われている。つまりは、この使い魔の名ということだろう。夏音は、使い魔にも名前があるのか、と少し驚いた。

 

それにしても、奇形な文字をどうして読めるようになったんだろうか。そもそも、この文字はなんという文字だ?わからないが、一応魔女文字、とでも呼んでおこう。

 

使い魔が、ついてこいとばかりに、ゆっくりと歩き出す。夏音は嫌に表情筋が凍りついたかのような表情で、ハルバードを携え、同じ速度で合わせて、歩を進め、スラム街を抜けて、ドアを開けて次の階層に向かい、一風変わって、日本屋敷の屋内になった通路を、ひたすら奥に行く。

 

その間に、使い魔がこちらに向かっていくことはなかった。それどころか、忙しそうに辺りを這いずり回ったり、かといって、興味を示さずに、料理を食べていたり、個々の思うままに過ごしている。

 

だから、夏音も何もしない。夏音は遠巻きに、彼らのやることを、観察して眺めるだけだ。薮蛇にわざと指を突っ込む馬鹿が、どこにいるだろうか。恐怖は拭えない。使い魔の様子を伺っているのも、いつこっちに来るかわからないから、警戒してるだけだ。

 

それでも、相変わらず使い魔は好き勝手にしていて、何をしているのだろうか、とも思えてくる。前にいるトンジ(どうやら、トンジとは使い魔の種類事態を指す名称らしく、同タイプにも、トンジと赤い糸で縫い付けてあった)に、夏音は恐る恐る質問する。

 

「お前達使い魔は、何のためにいるの?」

『や九め…反映のタメ…。ヒめの、シタイこと、ヒめが野ゾマれ、ヤりたい、ことをじっコウスる。トンジは、ソのタメのも乃』

 

つまるところ、要するにトンジという使い魔は、魔女の望みの反映という役目を果たす存在らしい。他の使い魔のことも聞くと、やはりそれぞれに役目があるようで、皆それに沿って行動しているという。

 

ということは、他の魔女の使い魔も、きっと同じなのかもしれない。使い魔は、魔女の願望、感情から生まれ、役目を与えられる。使い魔は、所詮、その役目を果たすだけの、道具に過ぎない。

 

『アア、デもおな化スいた…』

「…トンジは、そんなにオナカ減っているの?」

『ヒめがオナかスいた…、だカラ、おなか、スい田。あ…デも、そーイえば、キミの…なまえハ?』

「…………、私は…」

 

どうしてだか、言葉が詰まる。自分の名前を、無性に言いたくなくて、変な気持ちが湧いてくる。だが、別に自分の名前を名乗ったところでどうということもないだろう。だから、普段通り、菊名夏音の名を名乗ろうとする。しかし瞬間、頭痛がして、クラりと目眩が生じた。

 

武器を持っていない方の片手で頭を押さえ、なんとか耐えると、手を下ろして、見つめる。すると、ジジ…、と視界がぶれる。手袋に、一瞬だけ、奇形な文字が浮かぶ。しかし、びっくりして再度見ても、普通だ。

 

「……あれ…?」

 

何か、おかしい。何故か、何か忘れている気がする。それを今、思い出したような感じがする。大切なことのはずなのに、何で忘れているんだろう。

 

『シラナいの? カワいそーに』

「わ、私は、知らないんじゃなくて……、よくわからないだけ」

『まス増す、カわいソう』

「私はかわいそうじゃない!このままでいいの!!」

 

心が、酷くざわざわして、逆にむきになって怒鳴る。認めたくない、死にたくない。無意識に、切望する。でも、何でそう望むのかわからない。

 

ああ、自分がおかしい。魔女に関わるようになってから、おかしくなっていないだろうか。確かに、魔女と戦う変な夢を見たのも、勝手に体が動くようになって入理乃に酷いことを言ったり、意識がなくなったりしたのも、ソウルジェムの穢れがどうでもいいと感じたのも、どうしてだか、すべて魔女のことを知ってから、接触してからだ。

 

……つまり、魔女と関わったりする度に、自分がおかしくなっていくんだろうか。じゃあ、それだったら、最終的に、どうなってしまうんだろう?このまま、魔女と戦いつづけるのは避けられないし、逃げるつもりもないけれど、でも、それじゃあ、菊名夏音は菊名夏音じゃなくなる。

 

菊名夏音()が、菊名夏音(私ではない何者か)になる。

 

だとしたら、たとえどんなに、菊名夏音であったとしても、そう呼べなくなってしまうかもしれない。おぞましいことに。

 

でもーーーやらなければいけない。菊名夏音が、菊名夏音であるためにも。

 

この世は舞台。心は台本。人生は演劇。夏音は、この演劇を演じきる。死後も踊り続ける。菊名夏音の演目は、菊名夏音しか踊れない。

 

 

◆◇◆◇

 

 

結界の入口、富枝神社の末社は、しんと静かに冷たい。光が落ちていく空に、無機質な、三日月よりも、半月に近い赤い月輪が一つ。彼方にある星々も、何千光年離れた場所から、灯火を届け始める。

 

結は、息をふぅ、と吐いた。その吐息が、静かな肌寒い境内に、沈殿するかのように、空気に消えていく。結は結界の前に立ち、鉈を両手に持ちながら、やはり大丈夫かと気が気じゃなかった。

 

そこで、ふっと、結は何だかおかしくなった。妙に、懐かしい感情だ。従姉妹達と過ごしていた日々が、頭をよぎる。

 

まだ元気で、お茶目で、それでいて行動的なミズハ。変わり者で、天然で、誰よりも頑固で意思が強い順那。二人には、本当に困らされた。損を何度もさせられて、そのくせ何かあったら、お姉ちゃんだからって、自分だけ怒られて、無茶ばっかりするから、その度に冷や冷やした。

 

でも、凄く楽しかった。あの二人と、もっと笑いたかった。今では、できないけど。

 

「……もう、死なせたりはしないよ。それに、これは必要なことなんだ」

 

命を喰らわねば、命なんて維持出来ない。魔女が人間を食べるのも、食料としてみているから、という点が多いということを、結は知っている。彼女らは、呪いを振りまかねば、生きていけない。そういう存在になった、穢れの化身だから。

 

魔法少女も、魔女を喰わねば生きていけない。自然の摂理からは、逃れられない。尻尾を加えたウロボロスの輪のごとく、繰り返し、繰り返す。

 

「…だけど、僕は…」

 

鉈を見つめる。鈍い銀色が、チカチカして。結はにぃと口角を上げた。


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