魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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没落の魔女

結界内を、どのくらいの時間歩いたのだろう。一時間、二時間、それとも数分だろうか?どうも魔女の結界にいると、時間感覚が狂う。

 

魔女の結界に入るのはこれが三度目だけど、やはり魔女の結界はイカれた裏側の場所らしく、常識ではありえない法則が働いていると思う。鉄塔の魔女同様、この結界も階層を跨ぐ度に周りの空間が変わる。まるで扉を壁として、複数の世界を並列にくっつけたみたいだ。

 

その世界を五つくぐり抜けた時、ようやく最下層、最後の扉らしき、蝿の紋章が刻まれたドアにたどり着いた。

 

夏音は最後の階層に繁華街で見た光景を思い出す。

 

お客様をご招待。ヒメ様の、ヒメ様のための、ヒメ様のお食事会。餌は豊富なので、お客様も楽しまれるでしょう。

 

そんな文章があちらこちらに、ベタベタベタベタ書き込まれていた。壁にも、天井にも、床にも。建物すべてに魔女文字が浮かび同じ文言が刻まれたビラを、使い魔が配りまくっていた。

 

「うっ……」

 

気分が悪くなって顔がひきつる。もしかして自分も餌にされるのではないか。やっぱりこの使い魔について行くのは、油断しすぎだのではないか、という考えが浮かんでは消えていく。しかし足に逆方向へ走れと命じることさえもできないまま、使い魔トンジは扉を開けるように指示する。

 

『さァ、尾キャくサマ』

「わ、わかったよ。開ける、ヒメ様に会いにいくよ」

 

言われるがままにドアを引き、ギイ、と静かに音を響かせる。黒々とした虚空に怯えながら、菊名夏音は魔女のいる空間に進み、後ろからは豚の使い魔がポテポテついてくる。

 

ドアを後ろ手で掴んで閉める。バタン、と部屋を隔絶すると、夏音は魔女の庭を見る。

 

ボロ布の垂れ幕が、単体で浮かび上がったいくつもの木の枝に引っかけられ、赤黒い空に棚引ている。華美過ぎる襖が乱立し、畳に机がズラっと各所に設置されてある。部屋を横断するのは何百もの光の帯だ。最初は綺麗だと思ったが、それが近くを通りすぎた事でぎょっとなった。光の正体は、なんと羽虫。蛍のように尻に火をつけ、飛んでいたのだ。

 

ふとカタカタカタ、という不気味な音がして、ビクリと上を眺める。そこには、派手な着物を着た、天井にへばりついた女。蝿の翼を持ち、羊の曲がった角を生やしたろくろ首で、六本の腕はすべて人間の腕だった。

 

口だけの顔が歯を剥き出しに笑う。夏音は醜悪な姿に、生理的な嫌悪感を感じた。まるで目が腐ってしまいそうだ。こんな魔女をずっと視界になど、とても入れたくない。だが、信じられないことにトンジは、うっとりとした様子で声を漏らした。

 

『アア…、アア、ヒメさま、おうツクシい…』

「…これがヒメ様、お嬢様の魔女…。これが…」

 

美しい、とはとんでもない。なんて醜い。なんて汚らわしい。なんてとてもおぞましいんだ。

 

鳥肌が止まらない。震えも止まらない。冷や汗が止まらない。何故か思わず自分の手を見る。するとあの文字が浮かび上がったことがフラッシュバックして、自分自身が嫌になく不吉なものに思えて、吐き気が込み上げてくる。

 

『…ア…、ずいブン億びょうなオキャくダ』

「!?」

 

頭上から声がしてハルバードに力を入れる。一体誰がと戸惑いながらも警戒して、やがて天井の魔女に、恐る恐る視線を向ける。声の主は途端に三枚の舌を伸ばして夏音の頬を舐めた。

 

「うひぃ!!」

 

頬の冷たいヌルッとした感触に身がこばわる。ゆっくりと舌が離れる。だがそのあとも感触が妙に残っていて、背筋がぞっとする。

 

よだれが付着しているのが堪らなく嫌で、恐怖を誤魔化すようにゴシゴシと袖で拭うと、夏音は追い詰められた獣ように武器を構える。体が固くなっているのを悟らせぬように、懸命に魔女を睨みつけた。

 

しかし魔女は夏音を恐れる様子は見せなかった。それどころか首を傾げて、不思議がった。

 

『やっぱりリオイシくない。タベものチガう』

「…そうだよ。私は…食べ物じゃない。じゃ、じゃあさ…わかったなら食べないでよ…私のことを。本当に、食べたら病気するからさ…」

『マズ胃ものクウはズナイ。けいか医し那いデ。ハナシをしよ雨よ』

「…………わかった。ベルゼブブ」

 

夏音は武器を向けるのをやめ、魔女の舌に書かれてあった化け物の名を呼ぶ。すると嬉しそうに、魔女ベルゼブブはカタカタカタ歯をうち鳴らす。不快な思いを必死に表に出さないようにしながら、夏音は緊張して聞いた。

 

「……何で、お客様として招待なんかしたの?」

『キョーみ会った。だぁら、あイタくナッタ。タベモのジャないの、ハジメて。コトばわかるのも、ハ字めて。ハナシをしよ兎』

「で、でも…。わ、私から話すことなんて、これっポっちもないよ」

『…じゃ、シツもんシテ、ナンデもいいよ?』

 

そう言われて夏音は少しだけ考える。

 

聞きたいことはたくさんあった。魔女はどんな存在なのかとか、グリーフシードはどのようにして生み出すのかとか。だけど一番聞きたいのはそういうことではない。夏音は未だに這い上がる冷たさを、生唾と共に飲み込み魔女に尋ねる。

 

「貴女達は…自分のことをどう思っているの?そんな姿で呪いを振りまかねばならなくて…悲しくないの?」

『ナニ?ドうイうコト?』

「……魔女は、普段どう思っているのかなってこと」

 

魔女は化け物だ。きっと、人間と同じ思考回路をしてない。だけど、本人達はそれをどう感じているのだろう。魔女にもそういう感情らしきものがあったりするんだろうか。ふと、なんとなくそう思ってしまった。会話できるとかいう、到底信じられない(というか幻聴かもしれないけど)状況だからか、変な考えをしてしまちゃのかもしれない。

 

『オナカすいた。フ団おも羽のは、ソレダけ。デも、いまナゼか目がさめた。ほかノカンガエれる…かもしれなイ。デモオナかすいた』

「目が覚めた…?いや、それはともかく…、お腹すいた、しか思えないの?憐憫とか、後悔とか、恐怖とか、感じないの?」

『カンジれるけど…、デモ目がサメタからそうおもえるダケ』

 

駄目だ、と夏音は落胆した。よくわからないけれど、とてもがっかりしているのを夏音は感じていた。希望が踏み潰されたみたいに胸くそ悪くて、何もかもやけくそになりたくなった。そしてそんな荒々しい感情を持っている自分に、夏音は驚いていた。

 

『どうしてそンなイミノ無いこトを言うノ?ムダナコトをする乃?』

 

没落の魔女は夏音を訝しがるようにそう聞いてきた。口だけの顔であるはずなのに、どうしてだかギョロりと全身を見られた気がする。うひぃ、と夏音は舌で舐められた時同様、情けない悲鳴を上げた。

 

『キミは…ナぜそんななの?』

「私は………、私であるために……」

『ヤッパり、オカシい。キミは、オカしい、クルっテル。君は何?』

「何って、私は…。私は、魔法少女だよ」

 

そう答えた時。言いようもない冷気のようなものが辺りを包んだ。お嬢様の魔女はーー没落の魔女は、口を噛み締める。夏音の傍らにいた豚の使い魔も、めいいっぱい口を大きく開けて、歯をうち鳴らす。

 

ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ。

 

結界いっぱいに、波紋のように伝染していく音。羽虫の使い魔も、豚の使い魔も、魔女も。顎を上下に動かし、歯と歯を合わせ鳴らしていく。

 

ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ。

 

堪らないのに、もどかしい。そう主張する反響。

 

ふいに一斉にしんと静かになる。あまりにも呆気ないほどうるさかった音が消える。残響が何も残らないほどに。

 

『…、へえー、そう。オも白イジョウだんだ。マホウショウジョ、ヨうジュつつかい………』

「………あ、貴女達魔女は…魔法少女が嫌いなの…?」

『キライキライ!!ダイキライ!!』

 

魔女が、絶叫する。使い魔も同じように、ダイキライ、と再度復唱した。

 

『ダイキラい、アイツラのせ意で、家が、いえがツブレて、オカネなくて…、ああああああああぁぁぁ!!オナか、す居たああああああ!すいたよおおおおお!!!!』

「きゃ!?」

 

魔女が欲望を吐き出し、地面に背中から落ちて夏音は驚きたじろぐ。どん、と地面の衝撃が走る。起き上がれずに、わさわさ人間の腕を動かす魔女。その姿は蜘蛛をひっくり返してしまった時の動きとそっくりで気持ち悪い。

 

『ゴハん、持ッテきて!』

 

天井にポッカリと穴が空いた。その穴からボテボテっと大量の“ゴハン”が落ちてきた。それらは酷く見覚えのある、細長かったり、丸かったり、赤かったりしたものだ。

 

戸惑って、もう一度目を凝らす。だけどどう見ても、それらは酷く見覚えのある、細長かったり、丸かったり、赤かったりしたものーー“広実結”の腕だったり、頭部だったり、血だったりした。

 

「……は?」

 

夏音は無数の肉体の山を見た。感情が一瞬にして焼き尽くされ、真っ白になる。そうしているあいだにも魔女は首を伸ばし、ゴハンを検分している。そうして、こちらを向いて、

 

『イッショにタベる?』

「………は? 私が何を食べるって?」

『ゴハン』

「ご飯?」

『そう。ニク、オサカナ、マッシロなたキタてのおコメ。タベナイの?』

 

……ニク、オサカナ、マッシロナタキタテノオコメ?

 

「……違う、でしょ」

 

目の前のものが、ご飯?冗談じゃない。あれらはただの肉体だろう。多分広実結そのものではない。彼女が魔法で生産したただの肉体だろう。じゃなきゃ、ここにある説明ができない。

 

ニクでも、オサカナでも、マッシロナタキタテノオコメでもない。

 

菊名夏音のご飯じゃない。

 

「こんなの、食べものじゃない……!!なんなの…、貴女、何でこんなのご飯だと思うの……私に、どうしろっていうの…!?」

『ゴハンキライ?オキャくサ真ナノニ』

 

突如。ろくろ首の顔が、ぐいっと視界いっぱいに広がる。夏音は息をのみ叫び声を抑える。口の奥から、歯が見える。赤い血と、生臭い匂いが鼻につく。夏音は恐怖のあまり、少し口角が引きつった。

 

「…私…ゴハンキライ…はは、そう、ゴハンキライです!!」

『ゴハンキライ……なら井いや。クオう、オナカすいたよォお、マズクテも、もう、ドウデ喪イイや…オイシくない、タベル』

「…ちょ、や、やっぱり、そうじゃないの!!違います!違いますぅ!!」

 

夏音は全身全霊で否定する。違うと。ゴハンが好きだと主張を続けた。

 

何か言い続けないと。それだけを夏音は考える。それだけしか、考えれない。

 

でも、現実は無情だ。捕食者にとって獲物の御託などどうでもいい。

 

その口がぱっくり大きく開いて空虚な腹に夏音を落とさんと向かう。夏音はぎゅっと身構えて、せめて最後の時を耐えようとしーーその前に、がっと腕を掴まれ後方に大きく体が浮遊した。

 

「……え?」

 

驚愕して、自分の腕を引っ張っる人物の袖を見る。何が起きているのか一瞬理解できない。ただその人物の服の袖が、何度か見たメイド服の袖であることが、瞬時に脳裏で蘇る。夏音が人物の正体を確信した瞬間、同時にろくろ首の歯と歯が噛み合う音がする。

 

地に落ちて、足がつく。腕から手を離し、メイド服の少女が若干呆れたように言う。

 

「こいつ弱くてちゃんと倒せるのに、隙を見せすぎだよ。夏音ちゃん」

「……家主さん!」

 

夏音は安堵と希望、疑念を織り交ぜた、縋りつくような声音で彼女のあだ名を呼ぶ。広実結はそれににこりと返しし、

 

「あ、ありがとうございます!!」

「うん。でも、油断しすぎ」

 

次の瞬間、ぐるりと足を軸に回る。

 

その勢いのまま、鉈が一線。飛びかかからんとした三びきの豚の胴体が、綺麗に二等分切り裂かれた。鮮血が飛び散る。彼女の白いメイド服のエプロンに、顔に、全身に返り血が降りかかる。鉄の匂いが鼻腔をくすぐる。結は鉈を下に向ける。ぽたんと液体が刃を伝ってたれる。

 

「………!!」

 

夏音は青ざめる。

 

危なかった。全然、気づかなかった。先程もそうだか、もしも一人だと本当に死んでいた。

 

夏音は再度結にお礼を言おうと口を開く。しかし何故だろうか。異様な雰囲気を感じて夏音はピタリと止まった。

 

結がおかしい。そのまま後ろ姿で立ったまま動きがない。不振がって夏音は声をかける。

 

「……家主さん?」

 

メイド服の魔法少女は反応して夏音の方を向く。そして、顔についた血を拭うと、にぃ、と笑った。夏音がその動作に動揺するのを見ずに、結は鉈の方を眺める。赤く赤く、血がついたそれを、結は楽しそうに、面白そうに、角度を変えて観察し、

 

「アハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

実に、愉快そうに笑い声を上げた。




没落の魔女、その性質は虚しさ。
仮名称、お嬢様の魔女。煌びやかな生活から、一気に転落したオヒメサマ。満たされていたはずなのに、いつも空っぽ。華やかだったはずなのに、今は遠くにそれがある。彼女は空腹のまま喰らい続ける。その空腹が何を意味するのかは、彼女にはわからない。

没落の魔女の手下、その役割は反映
仮名称、お嬢様の魔女の手下。魔女の望みを聞くお手伝い。生前の魔女の道具にそっくりで、魔女は彼らを愛している。手下にとっても、それが一番。他はどうでもいい。だが、生まれた時点ではそうではなく、魔女にキスをされてその役割を自覚する。
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