魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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少しぐらい甘い物

サチの養父、久士は中々器用な人だった。その上わりと凝り性で、料理にもそれが現れる。朝が苦手だから、といった理由で妥協は許さない。いつも、プロ並の盛り付け、プロ並の味付け。クオリティは落ちないけど、でも全体的に重い。

 

今日の朝ご飯は、サラダ、スープ、ライス、牛肉のステーキ。それからデザートのケーキ。飲み物はいつもの紅茶。中々肥えた舌を満足させるにたる絶品の品々に、今日もサチはご機嫌で、しかしきちんとしたテーブルマナーで食べ進める。そんなサチを、この時ばかりは、少し潜めた眉を下げ、久士は微笑ましげに見る。サチも、久士の表情が嬉しい。自分を見てくれてるのが嬉しい。

 

いつもの朝の光景が、今日もゆったり流れている。この時間は幸せで、穏やかで、それでいて、サチのかつての理想そのもの。理想の親は、理想の生活、理想の暮らし、理想の暖かさをもたらした。

 

養父は時々、サチに感謝の気持ちを伝える。サチに会って、自分の本当の自由と存在意義がわかったというのだ。

 

かつては伯父は、とても人の面倒を見る人ではなかったらしい。悪い人ではないけれど、気ままにぶらぶらして、周りなんて顧みない性格だった。しかし、三年前にサチを見て、守りたいと思ったのだそうだ。どんなことがあっても、大切にすると誓った。そんな彼を、突然人柄が代わったみたいだ、と伯母が話していた。

 

サチは伯父に会ったことすらなかった。思えば、両親の葬式で、初めて出会った。だから、サチにとっては、今の久士がすべてだ。どうであろうとも、その思いは嬉しい。偽物じゃない。

 

でも、サチは不安になる。幸せを噛みしめるほど、楽しいと思うほど、疑念が心で渦巻いて、ひどくイラつく。罪が目の前に権限して、その度にサチは今の自分が船花サチだと言い聞かせる。

 

そうしないと、気持ちが落ちつかない。

 

サチは、養父をちらりと見る。機嫌が大分柔らかくなっていることを見て、少し安心して、それから呼びかける。

 

「…………。ねえ、お義父さん」

「どうした?」

 

サチがいつもより大人しいからだろうか。久士が、可笑しそうな、珍しいものでも眺めている顔をする。サチは一瞬だけ口ごもり、ゆっくり尋ねる。

 

「もし…、もしもさ、何でも願いが叶うよって言われて、その子が自分の願いを願って実行するじゃない?すると、周りが変わっちゃって、書き換えちゃったとしたら…どう思う?」

 

サチは、どうして、養父にこんなことを聞いているんだろうと、疑問に思う。だけど、すぐに答えがわかった。多分、この人に、悪くないと言って欲しかった。自分が悪くない、という確証が欲しかった。

 

「サチ、そんなこと言うなんて、本当にどうした? 何で変なことを唐突にいうんだい?」

 

訝しげな久士。シチュエーションも限定的であるし、彼の言う通り、変なことだ。奇妙そうにするのも無理はない。サチは何て言ったらいいのか分からず、これまた変な言い訳をする。

 

「…いや、自分でもこんなこと言うなんて、キャラじゃないし、おかしいと思うんだけど。えーと…、そういう話?を見たんだよねえ。だから、その話について、どう思うのかなって」

「ふうん。何時も、鳥とか船とか、あとは超ベタベタな恋愛ドラマしか見ないのに、そんな話のものを見たのかい?」

 

サチは思わず、超ベタベタで悪かったですよ、と悪態をついた。別にいいではないか。乙女の端くれでもあるサチだって、男子とイチャイチャしたいと思うのだ。ドラマでくらい、主人公に自己投影してキュンキュンしたい。

 

ちなみに入理乃は全くそういうものに興味はない。テレビも見ないから、芸能人も知らない。ただ、雑学の本を読んだり、彫刻したり、編み物をしたり、模型を作っている。意外と多趣味であるらしい。

 

「でも、その話ってアニメだよね?」

「え、まあアニメ、かな」

「そうなのか。じゃあやっぱり、歌劇場ってアニメかい?」

 

サチはあまり知らないが、歌劇場、というのは、三十年前ほど前に流行ったアニメだと聞いたことがある。演者と呼ばれる少女達が、それぞれの思いを糧にした特別な力を振るい、脚本、つまり歴史を改変しようとする敵勢力と戦うというストーリーだ。特に敵の幹部、ハニーガールは有名で人気があるとかなんとか。

 

「…あー、うん。そんな感じのタイトルだったわ」

「懐かしいな、クラスのみんな見てたよ。サチが言っているシーンは、超名シーンのあれだろう?」

 

曖昧にうなづく。あれとか言われても、知らんという感じだ。

 

「そうだな、あれは正直言って、同情もできたけど、勝手だったと言わざる得ないだろう」

「へえー、そうなんだー」

 

もう、いつのまにかアニメの話になっていて、望んだ返答は返してくれなさそうにない。アニメの話題に繋がってしまったとか、思ってなかった。だいだい、やっぱり変な質問したサチ自身が馬鹿だった。サチは後悔して、そんな自分にまたイラついた。

 

「だけど、その思いはどうであれ、尊かったんじゃないかとも思う」

「じゃあさ、お義父さんはさ、わーーーううん、他の子が同じ立場だったとしても、同じことをやっても、尊いと思う?」

「ああ、もちろんさ」

「ふーん…」

 

サチはケーキを頬張る。サクサクの生地。まろやかな味わい。甘さは控えめだった。このぐらいがちょうどいいけど、もっと甘さが欲しい時もある。今が、その時のような気がした。

 

 

◆◇◆◇

 

 

食事を食べ終えて外に出て、約束の時間ギリギリについたサチは、同じくギリギリに来た順那と挨拶を交わした。会話をすれば、相変わらずのわざとなのか天然なのか、よくわからない論点ズレまくりな彼女に辟易とする。サチは前回と同じく振り回されながら、絶対に悪用しないことと、失敗しないことを言い含めて、レプリカスペアキーを渡した。順那は軽い調子で受け取って了承し、不安で仕方がないサチは、ジト目で彼女を見ていた。

 

それから、少しだけ会議をしてそれぞれ別れた。そして現在ーーーサチは魔女狩りに明け暮れていた。

 

「オアアアアアア!!!!」

 

サチの唸り声が上がり、錨が振り回される。だんだんと大きくなっていた椅子の影が、盛大な音で弾かれ明るくなる。綿毛にヒゲのついた使い魔を横にはたき、汗を拭い、サチは魔女ーーー黄色い雌しべのような胴体に、蝶の羽、緑の薔薇の生えた髪、さらには無数の触手という異形を見据える。

 

「だあ…、めんどくさい!ちゃんと今回は、グリーフシード落としてよね!」

 

結界、最深部。灰色の壁に囲まれた、薔薇の花が咲く場所。そこは、薔薇園の魔女、結から仮名称として、花の魔女と呼ばれる魔女の、大事な花園。魔女にとって、これは全てであり、これを汚すものは敵である。他の魔女の例にもれず、薔薇園の魔女は全身全霊を持って、この敵を倒そうとして、そしてサチもまた、魔女を退治しようとしていた。しかし、どちらが上かは、もうこの時点で決まっている。サチはそれを信じて疑うことなく、錨を持ち直して、駆け出す。

 

魔女が髪の毛を振り上げ、雷鳴の如く、蔦が降り注ぐ。一つ、二つ、三つ、飛び跳ねて回避して、四つ目は突っ込んで切り裂き、魔女の懐に飛び込む。錨の半月が押し出す勢いのまま、魔女の身体と共に、一直線に移動。壁に魔女の身体をぶつからせ、縫い付ける。

 

「ーーーーー!!」

「るっさい!!」

 

文句を言って、柄を離して距離をとり、新たに手にした武器のギミックを発動。変形させた長い銃の銃口に、魔力を注ぎ込む。中に仕込まれた弾丸と反応しあい、薄く淡く、銃が輝く。

 

反動と共に、銃が砲撃の声を上げる。魔女の頭部が、瞬間火を吹いた。続いてもう一発、二発、三発。胴体を貫く。そして合計五発目、ちょうどその頃に、銃の魔力が胎動する。そろそろだ。

 

「オラァ!」

 

サチは銃を思い切り魔女に放り投げる。空中で、銃がチカチカと点滅し始める。

 

サチは、基本接近戦をとる。それどころか、遠距離戦は滅多にせず、避けたがる。武器を銃に変形できるのに、だ。別に銃が苦手なわけでもない。ただ、遠距離担当の入理乃がいたから、やらなかったという事情もある。しかし、最大の理由は、銃自体にある。

 

サチの銃は、五発しか弾がない。だから、撃てる回数も少ない。そしてそれを超えると、魔力が暴走して、子規模な爆発を生み出す。こんなんだから、危なくて使えないのだ。だが、それが敵に向けば話は別である。

 

銃が放射線を描いて、黄色い胴体に触れる。魔力が爆ぜた。

 

ドン、と炎が炎上して魔女が焼かれる。薔薇に火の粉が燃え移り、大切な園が、ぐちゃぐちゃにされていく。魔女は萎むように黒くなり、灰になって、グリーフシードが落ちる。

 

結界が揺らぐように消滅した。元の場所ーーーガラガラになった、デパート近くの商店街に降り立つと同時に、セーラー服が紐解け、私服にかわる。黒い宝石を手に取ると、サチはやっとか、と安堵した。そして汗を拭い、誰もいないのを確認してから、どっかりベンチに座り込んだ。

 

「もう無理!! 誰か変われよぉ〜…!」

 

魔女狩りは、足だのみである。移動し続ける魔女を追うのは大変で、最悪一日で見つからない場合もある。そしてグリーフシードは滅多に出ない。それでもサチは、ある程度経験がある。そして、結との対立の時に、彼女が魔女を狩るために、どこを好み、どこに潜むのか、的確に研究して狙ってきたお陰で、大体の魔女の居場所に目星がついていた。

 

けれど、その情報を使っても、ここまで歩いてきて、尚且つ連続戦闘は流石に疲労が溜まる。さっきのを合わせた戦闘回数において、二十回中六回のグリーフシード出現率のなさにも、泣きたい気分だ。いや、よく考えてみれば、普通の確率なのだけど、前持っているのと合わせても、七つなのだ。二人で分けるには、まだ全然足りない。しかも一つ、ちょっと使ってしまった。

 

「あー、船花様ってば、超偉いわー。いやあ、マジで。うん、やっぱ我ながら良いやつだわ、私って」

 

サチは、密かに自分を褒める。サチがここまで頑張るなんて滅多にないことだ。だから、少しぐらい、ぬぼっとしててもいい。幸いにも、誰もいないようだし、だらしなくしても問題ないだろう。多分。

 

サチは再度周りを警戒し、それからしばらくそうしていたが、やがてまた、勤務時間を終えたサラリーマンのように、両手を背もたれに乗せて、だらんと脱力して座った。

 

ボーと空を見る。青い空。白い雲。確か二時くらいだったと思うけど、もう三時ぐらいになっただろうか。いや、時間なんてどうでもいい。

 

「ああ、魔女狩りもどうでもいいや。他の人がやってくれ。いや、やれる人がいないから、自分がやるしかないのか。あーあ、魔女とか滅びてくれないかなあ。メンドクセ〜」

 

サチは愚痴り続ける。どうしても、独り言は多い。昔っから、両親に束縛された反動というか、やはり一人だと何もかもが、気が緩む。もちろん、孤独が好きなわけではないが。

 

グゥ〜と、ふと腹が鳴った。人はいない分、恥ずかしさも感じないサチは、そういえば、お昼を食べていないな、とぼんやり思った。サチはふふ、と笑いながら、鞄から効果音交じりに袋を取り出す。

 

「ジャジャーン、チーズおつまみ〜」

 

このチーズおつまみは、父からパクったものである。久士は、大層チーズおつまみが好きで、サチも好きだ。一つねだって食べてみたが、あの超庶民的なお味は、サチにとっては軽くカルチャーショックだった。だが、あんまりにも気に入って、勝手に全部食べちゃったことがあったので、以来食べさせてもらえない。どころか、独り占めするのである。

 

何という、馬鹿な大人か。子供のわがままの一つや二つ、許すのカンヨーさがない。だからいつまでたっても、童貞なのだ。

 

サチはこっそり食べ続けていたが、もう我慢ならなかった。だから、報復としてレプリカの袋に、チーズおつまみを半分詰めた。これでいつでも好きな時に食べられる。そして今がその時だ。

 

袋を開け、チーズおつまみを出す。むひひと笑いながら、チーズおつまみを口に入れようかしたその時ーーー魔女の魔力反応が走った。

 

「ハィ!?」

 

驚いて立ち上がった瞬間、現実が湾曲して、甘ったるいお菓子の世界が広がっていく。チーズおつまみを持ったまま、サチは無意識のうちに変身する。視認できた、高い椅子に座った可愛らしい人形の口から、大きな影が飛び出す。黒地に赤い斑点のポップな大蛇が、いかにもポップな顔立ちで、ペロリと舌舐めずりし、ドクロを巻いて出現した。

 

「な、こんな時にぃ!って、おわ!」

 

突然に、魔女がその巨体に見合わぬスピードで襲いかって、反射的に避ける。ホットしてコンニャロウと睨みつけてーーー手に持った袋がないことに気がついた。魔女の方を見ると、そこに落とした袋が。魔女はニッコニコの笑顔で、袋を飲み込んだ。満足そうに、味わいながら。

 

むしゃむしゃ。ごくん。

 

食べ終わると、魔女はそっぽを向いた。興味がなくなった様子だった。

 

結界が掻き消える。菓子の臭いが遠ざかる。肌寒さが再び戻って、商店街の風景も目の前に戻った。

 

呆然として、サチは突っ立った。次の瞬間、頭を抱え叫んだ。

 

「私のチーズおつまみがーーー!!」

 

食べ物の恨みだ。絶対に逃がすものか。休んでいる暇などあるものか。成敗してくれる。

 

「追いかけて、絶対に、徹底してクソヘビをぶちのめしてやる!」

 

サチはそう言うやいなや、変身を解除して走り始めた。

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