※一部設定と矛盾している箇所を見つけたので、修正しました。
私は、私の魂にひびが入って、そこから黒々とした穢れが溢れていくのを見ていた。
この穢れは、恐らく私の怨嗟と悲しみ、そして諦めと郷愁が混ざり合ったもの。私の負の感情。それは今からはっきりとした形になって具現化する。
ならばせめて、私のなりたい姿であれば良いのにと望んでしまう。私は自然と理想の私を思い描いていた。
それはラスボスのドラゴンだ。鋭い爪。強靭な顎に生える牙。あらゆるものを薙ぎ倒せる尻尾。空を駆ける翼を持っている。全身にびっしりとある石のように硬い鱗は何でも防いでしまう。瞳は爬虫類特有の目で、きっと遠くまでよく見える。
ああ、私はドラゴンになりたい。私はその爪で憎いものを切り裂いてやりたい。私はその牙で邪魔なやつを噛み砕いてやりたい。私はその尻尾で障害を撃ち払いたい。私はその翼で元いた場所に帰りたい。私はその鱗でどんな攻撃でも効かないようになりたい。私はその目で従姉妹達を探したい。
そう思ったら、ぐるりと。ぐらぐらと、ギュルんと。視界が回って回って。深い沼へ落ちてくみたいに意識が溶解が始まった。
急速に感覚が失せていく。きっとこれは、私というものがなくなっていく証明のようなものだ。アルバムに貼られた写真が色あせていくように、思い出も、罰も罪も、己の絶望さえもわからなくなっていく。最早何故こんな風になったのか、原因が思い出せない。
私は暗闇の中でどうでも良いことばかりを考えている。私の大切なもの、それはたくさんあったはずなのに、そうじゃなくなっていく。
思い出の地である早島から離れて、見滝原にやって来たのは一体何のためなんだろう。私はどうしたら魔女にならずに済んだんだろう。
教えてよ、助けてよ、許せないよ。だからーーどうか、神様。私の願いを叶えてください。
◇◆◇◆
恋とは、成熟する人としない人がいる。成熟した人は幸福な人。逆にしない人は負け組。私はその負け組で、不幸な人間だ。私の恋は叶ったことがない。というかそもそもの話、私は最初からそんな権利など生まれた時からないのだ。
大体私は昔からモテたためしがない。従姉妹の広美結や、東順那は、多少告白されたことがあるらしいが私には一度もない。
従姉妹達曰く、私には女らしさが欠片もないのだそうだ。確かに、私は身なりには無頓着で、めんどくさがりである。だから、魅力というものが欠けているのかもしれない。しかし、そんなことを言うなんて失礼であると思う。
まあ、それはともかくとして、私は恋愛なんてものにあんまり期待なんてしていなかった。それどころか、諦めてさえいた。私にとって恋愛とはただの憧れであった。
私は恋に恋していた。私は好きになった相手にいつも告白できなかったし、しなかった。そしていつの間にかその恋を忘れて、取っ替え引っ換えするように、次々と新しい恋をしていった。私は恋すること自体を楽しでいた。好きになった男子はブラウン管の中のアイドルとおんなじだった。
だからその噂を、お昼休みに友人と席で話しているさいに聞いたときは、本当に本気で自分の耳を疑った。
「え? 私のことが、好き?」
「そうだってよ。マジ、ヒョロガリ気持ち悪」
私たちのクラスには竹林という、いつも一人でいる男子がいる。かなり痩せており背が高いため、ヒョロガリと呼ばれており、クラスでは浮いた存在だった。女子からも男子からも、その根暗でボソボソと喋る様子や、ガリガリな体形から気持ち悪がられている。
私は別に好きでも嫌いでもなかった。というか興味がなかった。どうでも良い群中の中の一人って感じだった。それに言うほど見た目が酷いわけじゃないと思うし、内面はそこまで悪いやつには見えなかった。もちろん、聖人ってほどに良いやつでもなさそうだけど。
「なんでもね、放課後にミズハの下駄箱をうろついていたんだって。手紙持ってね」
「まさか、私へのラブレレター…!?」
「たぶんね。で、それを昨日クラスの男子が見たんだって」
しかし朝来たときには、ラブレレターなんか入っていなかった。結局ラブレレターはいれなかったのだろうか。もしや、恥ずかしくなっていれられなくなったのかな。
…いや、噂だから本当かどうかわからない。浮かれちゃいけない。期待なんてしない。期待なんて、しないんだから。なんて密かに恥ずかしがっていると、友人が心底こっちを憐れんでいて、私は心の中でぎょっとした。なんだか、嫌なものを感じとったからだと思う。
「でも、かわいそうだね、ミズハ」
「え……、かわいそう?」
「だって、ヒョロガリキモいもん。そんな奴がミズハに好きっていうの、気持ち悪いわ。災難だね~」
友人が眉をひそめた。それに私は疑問を感じた。
ヒョロガリは嫌われいるが、だからってそんな反応はないんじゃないんだろうか。噂なので嘘かもしれないけど、私のことが本当に好きなのかもしれない。その“好き”という気持ち自体を気持ち悪がるなんて間違っている。
「本当よね。寒気がするわ」
しかし私は否定せず、彼女に同意するようなことを言ってしまった。私は怖かったのだ。彼女に嫌われることがじゃない。本音を言って、非難されることを恐れたのだ。
「あ……」
ちょうどそのとき、竹林が教室の扉を開けたまま固まっているのが見えた。彼はかなり驚いた様子で私達に視線を向けていた。私達が座っている席は、入り口のすぐ近く。ばっちり先ほどの会話を聞かれてしまっただろう。
何かを言おうとする前に、見かねていたように複数の男子が、痩せた少年に近づいた。ニヤニヤと嫌な顔で笑っていて、私には彼らの方が数倍醜くい姿をした悪魔のように感じられた。
はやしたてる彼ら。私のことが好きだということを、声をあげてクラス中に聞こえるようにからかう。口々に、友人もヒョロガリのことを悪く言う。
同調するものがクラスから何人か現れた。彼らはクラス内では少数だったにも関わらず、それがまるで全体の総意のように痩せた少年を気持ち悪がった。竹林は傍目から見ても可哀想なほどに、萎縮してしまった。
クラスの大半はその様子に口を出さない。当然止めようとはしなかった。ただみんな冷たい目で見るだけだ。
私も止めなかった。ここで何か言えば、その矛先は私に向かうだろうことを考えると庇ってやろうという気持ちは失せてしまった。私は自分の方が大事だった。
その日からいじめがはじまった。竹林にしょっちゅう男子が絡んで、ちょっかいをかけはじめるようになり、その度にクスクスと女子が愉快そうに嘲ける。クラスメイトからも竹林は無視されるようになった。まるで関わりたくないとばかりに。そのうち彼らも竹林の悪口を目の前で言うようになった。
いじめはどんどん酷くなっていき、気がついたときには竹林には暴行が振るわれることが当たり前となり、彼が蔑まれることは自然のこととなっていた。
たぶんあの噂は、単なる切っ掛けにしかすぎないのだろう。いじめている男子らや友人達は、ずっと心の奥底では竹林を馬鹿にして面白がりたいという思いがあったに違いない。毎日の中で抑圧されて生じた鬱掘を、玩具にぶつけたかったというのもあるだろう。人としてではなく、それよりも下の存在としてみなせば、何の気負いもなく案外簡単に、醜い行為を愉快に笑いながらできるものだ。
しかしそういう風に相手を見ていなくても、酷い行為はできる。保身のためなら、人は残虐なことにも手を染める。
私は彼をいじめた。友人に誘われ、断ることができなかった。友人はクラスの中心的存在であり、実質私は取り巻きみたいなもので逆らえない。だから私は彼のものを隠し、彼を友人と同様に侮辱した。
でもある意味このいじめは、私のせいかもしれない。私がいなければきっと彼は何もされずにすんだはずなのだ。そんなことを考えていたせいか、なんだかいつも後ろめたかった。いじめる度に、竹林への謝罪の言葉で心がいっぱいになって、心底嫌になった。
だからついキュゥべえに、いじめに巻き込まれたくないと頼んだ。その願いはすぐに叶えられ、私はいじめに参加しなくてすむようになった。しかしそれは結局のところ逃げだ。いじめている子以外の、その他多数の観客になったなっただけの話。罪悪感がそのうち生まれ、さらに学校からも逃げて、家にいるようになった。
そのことで順那と言い争いとなり、一方的に絶交された。その時私には、何で彼女が怒っていたのかわからなかった。順那は変わっていて、時々何か理解できないことを言うけれど、怒っていた際の彼女の言い分は尚更理解できなかった。
結とも関係がぎぐしゃくしてしまった。私は結が信用できなくなってしまった。彼女は神様を信じようとしなかったというのが、言い争うでわかったからだ。役目を果たそうともしない結に幻滅さえしていた。
だが今思えば、彼女の気持ちを図ろうとしなかったことは間違った選択だった。ずっと来てくれたのに、彼女の思いを私は踏みにじって傷をつけてしまった。
私は部屋にいる間、昔の三人での思い出を閉じたアルバムをよく眺めていた。姉さんが原因で、家族共々私は三滝原にやってきた。ちょうど二年前、中学校の入学と同じタイミングだ。
でも中学校に入って仲が良い友達は皆いなくって、周りに話しかけづらくて馴染めなかった。私は人見知りになって、人の顔色ばっかり見てるようになった。気がつけばへこへこ頭下げてて、好きでもないやつのご機嫌伺いをしていた。
ここには良い思い出がないに等しい。本当、気に食わないやつばっかり。私の居場所なんて、とてもありはしなかった。三滝原という町そのものが憎い。私は三人一緒のころに戻りたくて戻りたくて仕方がなかった。
だから、私はリノちゃんと仲良くなれて喜んだ。順那と同年代ということもあって彼女にその姿を重ね合わせていたし、従姉妹達とはほとんど本当の姉妹みたいなものだったので、妹的存在がまたできて嬉しかった。サチちゃんとリノちゃんに魔女狩りを任せることは心苦しく、自分の中の責任感が激しく私に責め立てたが、どうしてだかリノちゃんとは楽しく付き合えた。多分シンパシーってのを感じたのかも。
そんな彼女に、みっともない自分を見せるのが恥ずかしいと思うのは、時間の問題だった。私は客観的にミズハという少女を見てみた。すると何もしていない、何もできないクズがそこにはいた。
ああ、なるほど。確かにこんなやつ、順那も叱責したくなるはずだ。本当に見放されて当然である。
………じゃあこのままでいたら、また順那の時のようになるのでは?そんな思考が一瞬頭をよぎり、そしてそれはすぐに明確な不安となって即座に私の大部分を支配した。
私は変わることにした。再び大事な子に嫌われるのが嫌だったからだ。学校にはどうしても体が拒否して、足を踏み入れられなかったけれども、とにかく外の世界へ自分の足で歩いた。そんなことさえ私には大きな負担だったけど、ようやく学校の校門を遠く見られただけでも本当に嬉しかったのだ。
しかしそんな行為は無駄だった。私には何もできなかった。結局私は逃げ続けたままで、そんなやつは現実を何も変えらない。
その日私は竹林の自殺を電話越しで聞いた。遺書にはどうやら私のことが書かれてあったようだ。その内容は私への謝罪。そしてわたしに対する思い。彼は本当に私のことが好きだったのだ。
ああ、何故私はいじめを終わらせてほしいとあの時祈らなかったのだろうか。いいや、そもそももっと最初からいじめに反対しておけば良かったんだ。そしたらなにかが変わったのかもしれない。自分一人で逃げるんじゃなかった。私は彼を見捨てたんだ。
絶望は私の宝石を一瞬にして濁らせた。ふと、気がついて手の中を見れば、“ソウルジェムなのにソウルジェムじゃない”ものがあった。
いつのまにか周りの景色は変わっていた。私は空き地に立っており、空は暗くなっていた。そういえば、ショックで家をそのまま飛び出してしまったんだった。そのあとふらふらとさ迷ってこんなところまでやってきたのだろう。記憶がかなり曖昧で自分でも不気味だった。何をしていたのかさっぱりわからない。
……私はこのまま怪物になるのか。これは罰なのだろうか。一人で逃げた罰。人を殺した罰。この罰は償いとして受け入れなければならないのだろう。
でも怖い。どうしようもなく怖い。死にたくない。逃げたい。
「認めたくないわよ、こんなの。でも、どうしようもないし。…私はどうすればいいの。化け物になって、殺されたくもない。せめてーー」
そのとき視界の先にスマホが目に入った。外に出るさいにたまたま持っていたものだ。電話をとる前に、私はこれでゲームをしていたのだ。
運が良かった。最後の最後に神様が私のささやかな願いを叶えてくださったんだ。それはあの白い獣から願いを叶えてもらったときよりも嬉しかった。
私は自分を殺してもらうためリノちゃんを呼んだ。こんな形で死にたくないけど、でも殺してもらうのは彼女良い。これが私の抵抗。絶望に対しての最終手段。逃げ続けた私はようやくここで逃げなかった。
魂に亀裂が走る。私は後悔と自分への失望を抱いて涙を流した。
今までありがとう。リノちゃん。こんなことさせてごめんね。本当にごめんね。
でもなんでかな。私ってば悔しいの。どうしようもなく、私は何もできないのが嫌なのよ。
私、やっぱり納得できないよ。何で私ばっか辛い目に合うのよ。竹林を殺したのは私だけど、クラス全体が同罪じゃないの?何で私一人が重荷を背負わされるの?私だけが損して、何故みんなも損しないの?おかしいじゃん。
ていうか三滝原に来なきゃそもそもこんなことになってないじゃないの。そうだよ。私の人生、三滝原に狂わされたんだよ。
ああ、憎い。私はーー三滝原が憎い。私を苦しめたこの土地が大嫌い。この手でいつか殺して呪ってやる。
伊尾ミズハ
年齢 十四
身長 156センチ
好きなもの ゲーム 従姉妹達
嫌いなもの 目覚まし時計
見滝原中学校二年生。戦闘能力はあるが、固有魔法のせいで、魔女と戦えない魔法少女。武器は炎でできたダガーで、変身時はローブを身に纏う。明るくお調子ものであり、人をからかうのが好きなフランクな性格だが臆病なところがある。ゲームが好きなインドア派で、親しい者には基本的に面倒くさがりで雑。感性がずれた従姉妹のなかでは、一番普通。