※結の一人称が私になっていました。正しくは僕なので修正しておきます。
結はウキウキとした様子で、唇を三日月の形にする。彼女は上気したかのような頰に手を当て、弾んだ声でくつくつ笑った。
「久々の大物だもん。思いっきりやりたいんだよ、僕。ね、夏音ちゃん」
結に名前を呼ばれたと同時に、夏音はピクリと肩を跳ねさせ、冷や汗をかいたのか、誤魔化すようにぎこちない動きでうなづいた。わかりやすくらいに、顕著に怯えた反応だ。サチも結が未だに怖いと感じている部分があるので、彼女の気持ちはなんとなくわかる気がした。
よくよく思えば、夏音は運がないのではないのかもしれない、とサチは考える。結の側に居らざる得ない夏音は、二十四時間常に恐怖の対象と過ごさねばならない。それは、ある意味生き地獄すぎる。サチだったら絶対に無理だ。なんなら、自殺したほうがマシなレベルだ。
「…そうだね。そこから踏み込めないんだ。魔女は自由にしていいよ」
サチは苦々しい思いをしながら答える。こうなっては仕方がない。結の領域に入ったのだから、もう獲物の所持権はサチにはないのだ。
無論、言うまでもないことであるが、サチは本音の部分で言えば全然納得しきれていない。今すぐ許されるのならば、ぶっ飛ばして魔女を狩りに行きたいところだ。それか夏音を倒して再び監禁したい。
物騒なことを考えているのが顔に出ているのか、結はサチに獣みたいだなぁと困ったように懐かしそうに笑った。サチは気にくわなさそうに、柄の悪い態度でふんと鼻を鳴らした。
「うん、ありがとう。早速狩らせてもらうよ…と思ったけれど、本当はそんなこと嫌だよね?なかなか強力な魔力を感じるし、ここは共闘しない?」
「は!?」 「本気なんですか!?」
思わぬ結の発言に、サチと夏音は同時に声を上げた。もらっていいかと聞いておきながら、共闘とはどういうことか。いや、それ以前にサチにとって驚きなのは、あの広実結から共闘の二文字がでたことだった。
結はずっと暴れんぼうで、魔女のことしか考えていなくって、人の気持ちなんて慮ることさえ知らない有様だったのだ。そんな奴が、他人と協力しようと提案してくるなんて、想像できるわけがない。サチが気持ち悪いものにでもあったかのように顔が歪んでいくのも無理はなかった。
「どうしてこの船花様と結なんかが、一緒に戦わなきゃいけないんだよ?」
「やりたくなきゃしなくて良いよ」
「いや、その前にどうして共闘っていう発想が出てきたんだよ!?」
「だってこいつ、魔力パターンから察するに新種だから」
「?」
ちょっと言っている意味がわからない。
「こっちだって好みってのがあるの。魔女の姿とか、切り心地とか、殺した時の悲鳴とかいうことに、僕はこだわりを持ってるの。サチちゃんだって好きな食べ物にはこだわりとかあったりするでしょう?例えばカレーには納豆をかけるとか、その納豆はひき割りじゃなきゃ認めないとかさ」
「まあ、あるにはあるけど。食べ物で例えられても」
あとカレーに納豆は邪道だと思う。
「とにかく、僕は長い間苦労して、好みの魔女を研究して育てて、理想の環境をようやく作り上げたの。そんなところに、いきなり新種が広まっちゃったら管理に困るのよ。だから、なるべく新種は殺しておきたいの。でも僕こいつを倒せる自信がないから、協力者が欲しいなって思ったの」
「…うわあ、嫌な理由だわ」
返ってきた返答は、予想以上にとんでもないを通り越して、軽くやばい。魔女を殺すのを楽しむために、魔女を殺したいとはまったく理解に苦しむ。その感性は永遠に共感できなさそうにない。どうして魔女を殺すのを楽しむことができるんだろう。戦闘は慣れてはいるけど、サチは未だに楽しいとなんて感じない。魔女と戦うのは、養父とグリーフシードというメリットのためだ。
「ていうか夏音と一緒に戦えば良いんじゃないの?」
「夏音ちゃんは見たとうりなりたてだから」
「ああなるほど。弱っちそうだもんね」
「事実だけど、納得しないでください」
足でまといは連れて行きたくないということだろう。惑いは危険に晒したくないという配慮からくるものか。どっちにしろ、死んで欲しいとまでは思っていないので、夏音を連れていかないのには、サチも賛成だった。
「じゃあ、もしもグリーフシードが出てきたとしたら、それはどっちのものになるんだよ」
「揉めないように、グリーフシードはトドメを刺したほうがもらうってことにしない?」
「では、私はどうするつもりなんですか?」
この妙な展開についていけないのか、夏音が必要以上に様子を伺うように、不安げな顔をして結に質問する。結は安心させるかのように、柔らかな口調で、
「大丈夫。ちゃんとここに縛っておく。君が戦うことはないから。そもそも、今回はちょっと、夏音ちゃんには荷が重すぎるしね」
「わかりました」
夏音は素直にうなづいた。夏音が関わるのはフェアではないし、縛っておかないと、サチの方が結を信じることができないと判断したらしい。反対も言わないところを見るに、力が強い結に逆らう意思はなさそうで、決定には何の文句もないようだった。けれども一時とはいえ縛られるので、気分が乗らないのかもしれない。夏音は悲しげな複雑な表情を浮かべた。
「で、どうする?共闘する?ゆっくり時間をかけて、入理乃ちゃんと相談して決めてくれていいから」
サチは思い悩む。こういう時、真っ先に相談するべき入理乃は行方が分からないので自分で考えるしかない。サチは一人だけの時に共闘の提案がされた不運を呪いならしばらく考えて、
「言い分は理解した。私、結と共闘するよ」
「いいんですか?入理乃に何も聞いてないのに」
「私の相棒が私の立場でも同じこと考えるでしょ。あとグリーフシードを上手くいけば一人じめ出来るし」
入理乃を止めるためにも、グリーフシードは一つでも多く欲しいのが現状だ。それを考えるとこの魔女を逃すのはとても惜しいと感じられた。改めて魔女を探すのも大変だし、グリーフシードが手に入るチャンスを逃すのは嫌だ。
「本当に君一人だけで判断していいの?」
「いいよ、入理乃にはうまく伝える。きっと納得してくれる。さあ、さっさと魔女を狩りにいこう」
セーラー服の魔法少女がそう言うと、夏音が訝しげな顔をしてちらりと隣の少女を見た。結は答えるように一瞬だけ瞳を鋭くさせると、家の壁に刺さっている鉈を引き抜いた。その瞬間、結界の入り口は萎んで閉じて、結が固定するかのように、境界線の上に鉈を刺せば、再びその扉を開いた。
結はもう一本、鉈を召喚して、夏音の足元に飛ばす。ストンとそれは突き刺さり、突如輝いたと思ったら、地面に緑色の円を映し出して、そこから無数の光線が飛び出す。夏音は光線に貫かれ、ピクリともせず硬直した。
以前にサチも喰らったのと同じ技だ。入理乃の説明によれば、確か結の鉈は、あらゆる魔力を媒介する作用を持っているらしい。それを利用し、結の魔力を直接対象に通して、干渉。結の魔法を体の内側に展開することによって、目以外の全身を動けなくしているのだ。
「これで夏音ちゃんは動けない。彼女がこっちに来ることはできないよ」
「こうして見ると間抜けな顔してるなあ」
思ったことを口にすれば、ムカついたのか夏音はサチを軽く睨みつけた。しかし言ってみればそれだけしかできないのだ。何も言わないし、何もしてこない。ちょっと良い君だな、とサチは愉快な気持ちになった。
「それから揉めないようにって言ったけど、やっぱ揉めそうだから念を押して言っとくけど、とどめを君がさしても文句は言わないから、僕が魔女倒した後で、サチちゃんも文句言わないでよ?特別な場合を除いてさ」
「え、今更そんなこと言うの?この船花様が言う訳ないでしょ。結は私が文句を言うと思ってるの?」
「思ってなきゃ釘を刺してない」
瞬間、夏音がこちらを目だけで笑った。喋れない状態だが、動けたとしたら恐らく口を手で塞いで、笑い声を必死に抑えていただろう。サチは気に食わない夏音に馬鹿にされていらっときたが、すんでのところで我慢する。
しかし一発どころか百発は滅多打ちにしたいので、代わりに脳内で夏音を殴りつけ、罵倒し、ボコボコにする。夏音を服従させ、ついでに結もボッコボコにして、さらにはチーズおつまみを奪いやりやがった魔女をボッコボコにしてやる。そうやって手に入れたグリーフシードを掲げて勝ち誇れば、惨めったらしく泣いて謝る彼女達。
ああ、本当にそうなればどれだけ良いだろうか。脳内で描いたようなことはなくとも、実際にグリーフシードを手に入れれば見せつけてやれることもできる。悔しがる結が目に浮かび、俄然サチはやる気が湧いてきた。
「そこまで言うんなら、私がとどめを刺してやる!結なんかに負けないからね?わかった?」
「競争じゃないんだから、そんなはしゃがないの。本当、君はすぐそうやって調子に乗る性格みたいだね。先走らないでよ?」
嗜めるかのように結が腕を組みながら言う。まさか説教くさいことを言われるとは思ってもみなかったので、サチはちょっとだけ驚く。しかし順那が、結が従姉妹の中では一番年長者で抑え役だったと言っていたことを思い出して、納得した。そして、結の性格って面倒だなあと眉をひそめた。
「ちょっと、話聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる」
「聞いてないでしょ!いい?死んじゃったらそれまでなんだよ?死ぬって本当にダメなことだからね?重大な怪我も一緒だからね?怪我したらすぐに言ってね。治してあげるから。ソウルジェムの穢れは定期的に浄化した方が良いよ。真っ黒になったらやばいから。これは確実なことだからね?あと怪我したらいけないって言ったけど、怪我以上に良くないのは、ソウルジェムが割れちゃうことだよ?自分の体よりもソウルジェムを優先的に守って。理由は聞かないで良いから。そして私が倒れてやばいと感じたら逃げて。出来る限りかばうけど、守れる保証なんてないんだから。他にはーー」
「ね、ネチネチうっさいな!心配性のオカンか!」
「お、オカン…」
地味にショックだったようで、結が固まる。それから思った以上に自分の心配症なところを気にしていたのか、結は頭を抱えて予想以上に落ち込んでいた。
なんなんだよ、と思いながらサチは結を無視して結界へと入っていく。後ろから、
「いざとなったら、逃げるんだからね!?わかった!?」
という言葉が聞こえてきたが、過保護すぎて余計なお世話だと思った。