順那のことを伝えたものの、結は何の変わりもなく、むしろ何事もなかったかのように自ら率先して道を切り開いていった。使い魔は相変わらず強かったが数も減って、それも合わさりサチは割と楽に戦うことができた。
戦う中で感じたのだが、広実結はやはり見ない間に相当な実力をつけていたようだった。手数が多い攻撃が特徴の結だが、以前にも増してスピードが上がっていて、パワーも上がっている。それだけでなく、フェイントや不意打ち、急所を的確につくなど、地味に凶悪さが混ざっている。頻繁に繰り出される足技はさらに鋭くなっていて、喰らった使い魔に穴が空いているのを見て、怖くなったのは内緒だ。
サチはなんだか、自分の自信が抜け落ち剥がれていくように感じた。魔法少女歴はこちらの方が長いはずなのに、どうして結といい、巴マミといい、佐倉杏子といい、短いはずの奴らが強いのか。
素質の問題なのだろうか。サチは素質は入理乃よりも結よりも劣っている。まさか夏音にまで負けているのだろうか。あんな奴に負けてたら、いよいよ立ち直れないかもしれない。
「アンタどうやったらそう強くなれるの?何、化け物級じゃない?どんな特訓してるわけ?」
仏頂面でそう聞けば、結はいきなり何で質問をしてきたのか、訳がわからなかったようだ。キョトンとした間抜けズラをした。しかし不思議そうな顔をしたのは僅かな間だけで、次には微笑ましいものでも見るような視線を向けた。
「案外サチちゃんって可愛いんだね」
「!?」
可愛い、と言われてサチは固まった。自称しているとはいえ、こうはっきりと言われたことは両親以外初めてだ。気分が良くなってきて、サチは胸を張った。
「か、可愛いのなんて当たり前じゃん。今更気づいたの?気づいたのならもっと可愛いと褒めてよ」
「あはは、嬉しいの?」
「……はッ!?私は何を!?いや、結が可愛いって、ええ!?やめて、やめて!?別に嬉しくなんかないんだから!」
「でも声が弾んでーー」
「うっさい、うっさい!」
断じてサチは認めない。嬉しくないし、ましてや照れてなどいないったら、いないのだ。ほだされかけてどうする。
「そんな不安になんなくてもいいのに」
「はあ!?不安になってなんかーー」
「自分のことが頼りないから、入理乃ちゃんに迷惑かけちゃったかもって思ったんでしょ?」
「………」
若干違うが、大体合ってるので言い返す言葉が見当たらない。
そもそもサチはいつだって不安で仕方がないのだ。サチは入理乃を認めてる。入理乃が大切だと思ってる。けれど当の本人はどう思ってるんだろうかわからない。捨てられるのが怖い。仲間じゃないと言われると思うと、泣きたくなってくる。
よくわからない入理乃に、サチは時々虚しくなる時がある。心の奥底を見せない入理乃に付き合ってどうなるというのだと、サチのどこかが耳元で囁くのだ。
しかしサチは決して、入理乃から離れようとはどうしても思えないのだ。きっと、サチは入理乃に認めて欲しい。認めた相手に認められたい。入理乃と本当の意味で友達になりたい。入理乃はすごいけど、あまりにちっぽけで、あまりに弱々しいんじゃないんだろうか。だから、どうにかしたくってほっとけなくて、寄り添いたいんだ。
「君は十分強いよ。自信を持っても良いんじゃない?」
「そうなの?」
「うん。それに君の強さは一人じゃなくて、君の相方との二人の時に発揮されるじゃないか。君は自分で思っている以上に入理乃ちゃんから認められてる。じゃなきゃあんなコンビネーションは生まれないって」
「そうだと良いんだけど…」
言いながら見えてきた扉を見る。潜ってきた階層から考えてみれば、どうやらこの扉は最深部への入り口らしい。魔女の巣へと誘うかにように存在するそれに近づくと、サチは考えていることを頭の隅の方へ追いやる。ドアに手をかけ開ける。
一気にドアが目の前に近づき、潜り抜けるように通り過ぎていく。それが何度も続いて突然終わったと思ったら、突如空間に放り込まれる。
甘い香りがより一層濃くなり、目の前には沢山のお菓子が。下は生クリームを彷彿させる白にマーブルの斑点が広がっている。立ち並ぶのは、身長の十倍以上もあるテーブル。そしてその上にいるのは可愛らしいぬいぐるみーー魔女である。
隣を見れば結は驚いていた。無理もないだろう。使い魔が強力なので、魔女も強いと考えるのが普通だ。しかし魔女は何の変哲もないぬいぐるみ。いささかイメージと違ったのだろう。
「あれ、あんな外見だけど中からでっかい蛇みたいの出てくるから」
「戦ったことあるの?」
「あるっていうか…偶然鉢合わせたことがある感じ?」
曖昧に言葉を濁す。腐ってもチーズおつまみを取られたなどとは死んでも言えない。
「言った通りかなり大きい。テーブルを超えるぐらい。鋭い牙があって、攻撃力は多分高い。あと結構巨体のくせに素早かった」
「厄介だね…。じゃあ、僕が夏音ちゃんにやった奴を魔女に仕掛ける。そして動きが止まったところを、一気にやろう。そうすれば勝機はある」
しかし結曰く、一つの鉈に込めた魔力ではせいぜい人間サイズぐらいしか体を停止させることはできないらしい。鉈はどこに刺しても良いらしいが、魔力が強すぎれば効かないらしく、確実に魔女を止めるためには、魔女の周りをぐるりと鉈で囲み、結の魔力を一点に集中させる必要がある。
「鉈は一気に召喚できるけど、あんまり速いと囲むことは難しい。それに僕はその間鉈に魔力を割くから無防備になる」
「要するにこの船花様が隙をつくれってこと?それなら入理乃と戦ってる時よくやるし、お安い御用だよ。どーんと任せてな!!」
不敵に笑えば、結は頼りににしてるよ、と返した。
「じゃあ、作戦開始だよ」
結は二丁の鉈を振り下ろす。クロスさせるように空を切りかれ、刃の形をした魔力が放たれた。高いテーブルが崩れ落ち、人形が落下していく。その隙をついてサチは接近して、野球選手がバットでボールを打つように、アンカーの爪で飛ばす。魔女は壁にぶつかり、口からにゅっと一瞬にして何かが飛び出す。着地した途端に大きい音がする。出現した黒い蛇は怒ったようにムッとした表情だ。結が素早く下がったのを確認してから、サチはアンカーを片手で持ち上げ魔女に向けた。
「お前の相手は、この船花サチ様だ!!こい!!」
触発されたのか、サチの方へとお菓子の魔女は大きく口を開けて攻撃をしてきた。サチは足に魔力を貯めてギリギリのところで飛び上がる。一気に地面からテーブルの上にまで移動。視界が魔女の顔で埋め尽くされその身が飲み込まれる前には別のテーブルへと着地する。
「うわっ!!」
ふいに魔女は、飛びかかるのではなく尾による叩きつけを繰り出してきた。サチはギリギリのところでジャンプで回避。テーブルが倒される。そのまま落下していき、魔女の頭をさらに踏みつけることで高く高く飛び上がる。遠くのテーブルに足を着けると、サチは嫌な汗を拭って悪態をついた。
「ちっ、このクソウナギが!!ちょこまかと来やがりやがって…!!本当どうすれば良いってんだよ!」
飛び移ったり避けたりしているだけでは駄目なことぐらい、サチにもわかる。動きを止めるためには、この魔女の周りを鉈で囲まねばならない。サチを追って魔女が常に動き回っているので、今のままでは結が狙いを定められない。結が狙いやすくするためにも、上手く魔女を何らかの方法で誘導する必要があるのだ。
しかし、結に大口を叩いておいてなんだが、正直に言えば避けるだけで精一杯で誘導することなどできない。そもそも誘導しようと考えようとしても、どうしても避ける際に思考が霧散し良い案が思いつかない。他のことに集中しようとすればするほど、魔女の攻撃に当たりそうになる。こんな時に入理乃がいればと思わずにいられない。
どうしようもないじゃんか、とサチが心の中で舌打ちをしていると、ふと大きなお菓子の物陰に隠れている結が身を乗り出してきた。避けながらも不振に思っていれば、結はサチにテレパシーを送ってきた。
『サチちゃん!申し訳ないんだけど、あの地点までできるだけ引きつけてもらえる!?』
『はあ!?あの地点ってどこだよ!?』
『すぐ近くの、テーブルが密集してるとこ!テーブルの上に鉈を召喚する!!』
なるほど、と思う。ちょうど結の指差す方のテーブルが密集しているところは、丁度上からみれば円状に配置されてある。そこに魔女を誘い込みさせすれば、位置的にテーブルに囲まれるという形になる。そのテーブルに鉈を刺せば、魔女の動きを止めることも可能だろう。
サチは途端に強気になって、わざと魔女の前を横切るように飛んだ。魔女はまるで引っ張られでもしたかにようにサチを追いかける。サチは黒い胴体にぶつかる寸前に地面に降りると、バックステップを駆使しながら、ジグザグに魔女を翻弄する。ちらっと場所を確認すると、後ろには結に指示された場所が迫ってきている。
一歩、ぐんと中心部に距離が近くなる。二歩で円心へ。三歩目で離脱すれば、代わるように魔女がサチがいたところにやってきた。
「結!!」
「うん!!」
次の瞬間、無数の鉈の雨がテーブルに降って次々と突き刺さる。眩い光がテーブルから発射され、魔女の頭上に大きな五芒星を描く魔法陣が四つ生み出される。緑の光線が下へと伸び、触れた瞬間に魔女を石化させたようにその動きを固まらせた。魔女の目が困惑したように泳いだ。
「よし、作戦成功!サチちゃん!!」
サチは結の声に合わせ錨を両手で支えて魔女に向けた。魔力を込め始めると瞬時に錨から溢れ、バチバチと弾ける音を発生させる。片足と手を引き、脇を引き締める。まるで剣を突き出すかのように、アンカーを前に出して魔力を放出させる。
青い魔力が唸りを上げてお菓子の魔女へと突撃していく。魔女は驚いたかにように目を見開くが、結の魔法が肉体を支配していて動くことはできない。全身全霊の一撃がぶつかって爆発が起き、煙が舞った。
これで魔女を倒せないはずがないだろう。なんせ先ほどの攻撃は、並大抵の魔女ならば三回は葬りさせることができるほどの魔女を込めたのだ。巴マミのティロなんとかよりも数倍の威力がある。
「よし、これでーー」
本当に、突然のことだった。煙から何かが飛び出したと思ったら、気がついた時には魔女が前にいた。その差は僅か二十センチ足らず。鮮明に魔女の顔が見える。
耳のように両側から青と赤の羽がぴょんと生えていて、白い下地に、ぐるぐるの目と高い鼻があり、とても面白い顔立ちだなと思う。しかし反面大きな口は不釣合いな気がする。その口が大きく開かれて牙が覗き、攻撃的な本性を剥き出しにしたみたいだった。
サチは恐怖を何も感じなかった。ただ漠然とぼんやりとしていた。きっと一瞬すぎて感覚が追いついていないのだろう。
黒い影がサチに覆いかぶさる。ぐわりと牙が体を両断ーーせずに、空中に体が移動して視界がぶれた。そのままオブジェのお菓子にぶつかって全身に痛みが走る。サチはしばらくの間呻きながらも、何がなんだかわからないままどうにか身を起こして、閉じていた目を開くとひゅっと息を飲んだ。
「ゆ…え…?」
声が掠れている。全身の震えが止まらない。それでも辛うじてサチは腕を持ち上げると、目の前にいつのまにかいた結を指差した。
「食われてる…!?」
結の体は、左半身がなかった。正確に言うならば、左腕から胸にかけて、食いちぎられていた。最早生きているのが不思議なほどガッツリなくなっていて、骨が飛び出ている。メイド服は全部血に染まっており、頭も破損したのか脳の一部が見える。流石の結も苦悶の表情を浮かべていて、辛うじて立っている状態だ。
考えるまでもなく、こんな状態になっているのはサチの身代わりになったせいだ。彼女は食われる前にサチを投げ飛ばし、それから攻撃を受けた後でここまでどうにか逃げてきたのだろう。
「な、何で…?私を庇ったの…!?どうして…!?」
「……だって言ったじゃん。僕は君を守るって。それを実行しただけだよ」
「だからって…!!」
サチは不思議で仕方なかった。まさか自分を犠牲にしてまでサチを守るだなんて、信じられない。しかも痛いだろうに、苦しいだろうに、こちらが無事だと分かった途端安堵したように溜息をついたのだ。本当にどうかしてるとしか思えない。
「それに僕は大丈夫」
結の体の時が巻き戻る。肉が復元されて骨を隠していき服に白い色が戻ってくる。血が蒸発していき、最後に頭の怪我が癒えると、ほら、なんてことないよ、と結は言った。
それにサチは思わずカチンときて胸ぐら掴み、説教の一つでもしようとしてーー妙な魔力の気配を感じてすぐさま手を離し、戦闘体勢をとった。
魔女の様子は明らかにおかしかった。まるで何か苦々しいものを食べたかのような苦しげな表情をしていて、こちらを襲ってこない。そして不思議そうな顔をした瞬間、魔女のぐるぐる目が白眼をむき、正気を失ったかのように舌をだらりと垂らした。
「な、何がどうなってーー」
「早島の残存魔力にお菓子の魔女がやられたみたいですね。それにしても相変わらず麻薬みたいですね、この魔力は。魔力反応から察するに、これは
驚いてサチと結は声をした方を振り返る。そこにいたのは、全身黒い服の魔法少女。左手に仮面、右手に彼女の武器たるブラッド、血の色をしたハルバードを持っている。
「夏音…?」
あまりにもいつもの雰囲気と違う。澄んでいた目は、今は冷たく諦観の色が滲んでとても濁っている。横に結んだ髪のせいかどうかは知らないが大人びたというか、どこかニヒルな印象を受ける。
「さっさと終わらせてあげます。そもそもこんな茶番劇、演じたくはないの。私が踊るのは、もっと別の舞台が相応しい」
そう言うと、夏音は武器を構えた。