携帯は滑らかにお気に入りの音を奏でる。呆気に取られたのか、夏音とサチは頭を上げて、こちらにどうするのかと視線で問うてきた。サチはさっきとは別の意味で困ってしまい、愚痴を漏らした。
「なんなんだよ。何でこんな時に…」
頭によぎったのは、ゴスロリファッションに身を包んだ、淡い色の髪を結った少女だ。サチは予感が当たっているのかどうか、一応念のために、スカートのポケットから電話を取り出して、画面を確認する。すると思った通り、表示されている名前は東順那。
どうしようと思う。こんなところで電話のやり取りなんてしたら、万が一の時が恐ろしい。しかしこの場には結がいるのだ。もしかしたら、電話越しだったら結は順那と話をしてくれるかもしれない。
サチは迷いなく結の方を見た。それに何かを感じ取ったらしい。結は眉を下げて口を上げる。実に完璧な、事務的な笑顔が瞬時に浮かびあがった。人形というよりも、無機質なロボットをこちらに連想させる笑みだった。
サチは結の笑顔に、誰かに掴まれたみたいに喉の辺りが苦しくなった。結はそれを察したのか、不自然に柔らかく優しい口調でサチに質問した。
「もしかして、東順那?僕の従妹からなの?」
「家主さんの…従妹さんの電話…?って、東順那!?本当に、あの東順那!?」
夏音は順那の名前を聞いた途端、目を丸くする。明らかに、知っているものが、突然話題に出た時の反応だった。結はそれが気になったのか、夏音に尋ねる。
「夏音ちゃん。僕の従姉妹の名前を聞いた時にも驚いてたけどさ…。もしかして順那を知ってるの?」
「はい…。とうちゃん…、じゃなくて東順那のことは、知っています」
夏音は仕方なさそうに答える。どうも順那とは同じ学校らしく、それで知っていたようだ。順那は、夏音達の間では、変人として有名みたいだった。
夏音が語るところによれば、順那は何らかの動きや働きを、じっと観察することが好きな子らしい。そして、自分が観察したものを話しては、楽しそうにしていた。
当然、周りから共感してもらるはずもなく、普通ではないからと敬遠されていったそうだ。しかし当の本人は図太くて天然なものだから、それを気にすることは皆無な様子だった。順那は良く言えばマイペース、悪く言えば周囲を気にしない人物のようだ。
夏音がまるで見てきたかのように話すものだから、サチはやけに詳しいなと疑ったが、夏音のネクタイの色を思い出して納得する。夏音のネクタイの色は、二年生の色だった。そして順那も中学二年生のはずだ。
だとしたら同学年だし、夏音と順那が話をしていてもおかしくない。下手したら同じクラスという可能性すらある。まあ、仲良くはないだろうが。
「しかし、解せませんね。どうして順那が貴女に電話をしてくるんですか?」
「色々あったんだよ、色々」
「色々って何ですか、色々って。何があったか気になりますね…」
「それより電話に出てあげなよ。順那が待ってるよ」
結は普段と変わらない態度でそう言う。それが逆に気が動転しているようにも見えた。そんな様子が気になったものの、彼女の言う通り、待たせるのも悪い。サチは画面をタップして通話をオンにすると、携帯を耳に当てた。
「もしもし、サチ?あたし、東順那なんだけど、盗聴器を取ってきて分かったことがあって、作戦会議をしたいと思うんだけど。時間空いてる?」
「…悪いんだけどさ、話は別のとこでしてくんない?目の前に結と夏音がいるから」
「え、何で会えてんの?縄張りは違うはずなのに?」
「それがさあ、魔女を追ってたら偶然縄張りの境界線で鉢合わせちゃったんだよ」
そう説明すれば驚いたのか、声が一切聞こえなくなった。それこそ、電話が切れたのかと一瞬疑う程だ。やがてしばらくして、笑い声が聞こえてきた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――」
幼い子供のような印象を受ける、どこまでも純粋な声だった。
あまりの不気味さにサチはギョエっとなって叫んでしまう。
「!? …な、何がそんな面白いんだよ!!」
「いや、だって!!とっても都合が良い偶然だもん!普通こんなのない!!おかしすぎるもん!」
確かに考えてみると、順那の立場からすれば都合が良すぎる。サチとわざわざ手を組んだ程に、従姉と話すのは難しかったのだ。それなのに電話をしたら、肝心の従姉がサチの前にいる。サチにとってはバットタイミングと言っても良いが、順那にとっては凄いグットタイミングなのだろう。
「ねえ、お姉ちゃんに話すようお願いして」
分かった、と答えてからサチは改めて結に向き直った。夏音はサチが訝しく思えたのか、不安げに二人の顔を見比べた。サチは夏音の行動にうざいと思いながら、駄目元で結にお願いした。
「結。順那がアンタと話がしたいってさ。…なあ、どうしても駄目なのか?順那と話をしてやってくれないか?だって何年も話してないって聞いたし、何か不憫だしーー」
「嫌だ」
結は案の定、即答で断った。横にいた夏音は、僅かにびっくりした後、悲しそうに俯いた。その行動は、何かを知っているからこそのもののように思えた。だからか、夏音が今感じている気持ちが、サチには手が取るように分かった。
「…どうして、順那と話したくないんですか?ぎぐしゃくしてるとは聞きましたが、それが原因なんですか?」
「…今更、あの子と話すことなんてない」
「家主さん、ですがーー」
「僕はあの子の声を聞きたくない」
夏音が何かを言う前に、結は邪魔するようにばっさりと言い放った。彼女は全くの無表情に見えたが、唇の端を噛んでいて、感情が出てこないように、必死に我慢しているらしかった。無意識なのか、手は握り拳になっていて震えていた。
「順那、結は話したくないってさ」
サチは諦めて、順那に結が会話を拒絶したことを伝えると、スマホからはあ、という息遣いの音がした。どうやら順那は溜息をしたようだ。落胆のためかと思ったが、次にはやっぱりと言ったため、どうやら困窮のため溜息をしたらしかった。
「もう良いよ。これ以上言ってもどうせ無駄だから」
「…どうせ無駄って、お前諦めちゃって良いの?大体どうしてーー」
「話したがらないかって?それをこれ以上結の目の前で言っちゃいけないよ。只でさえお姉ちゃんの精神は限界まできてるんだから」
「? 何それ?どういうこと?」
意味が分からず困惑してると、順那は勿体ぶるように黙ってから、次に愉快な話でもするかのような口調で言った。
「ねえ、早島の魔法少女、サチ、入理乃、結、ミズハの四人はね、共通してることがあるんだよ?それが何か分かる?」
「皆親戚ってこと?」
昨日、順那に見せてもらった家系図で分かったことなのだが、サチ、入理乃の家は外戚といえど、広実一族の分家からやってきた婿や嫁がいるらしい。そして当然ながら結とミズハは従姉妹同士であり、互いに同じ一族の血が流れている。全員が広実一族のDNAを持っているのだ。
「んー、それも共通点でもあるけどね。キュゥべえ曰く、早島において、広実一族の子孫以外は、魔法少女にならないようになってるんだって」
「え、何で?」
問いかければ、それが間抜けだったのか、順那はくすりと笑った。そしてそれから、朗々と本でも読み上げるみたいに、キュゥべえから教えてもらった、何百年も前のことを話した。
昔々、早島と三滝原は戦争をしていた。力の差は大きく、このままでは早島が飲み込まれるのも時間の問題。
しかしそんな時。丁度一つの災害が三滝原にやって来た。それは市の記録には残されていないが、広実一族の記録によれば、スーパーセルだという。豪雨による大洪水に、大風による建物への被害。死者は数えきれず、行方不明者は多く出た。お陰で三滝原は戦争どころではなくなり、早島は生き延びることができたのだ。
しかし災害の余波は早島にも及び、戦争直後は混乱が続いていた。それに乗じて、領主以外の他の家が権力を手にしようと動き出し、内乱が起こりそうになったのだ。
最終的には、魔法少女であった領主の娘の働きにより家は潰され、その家が権力を得ることはなかった。領主はそこで安心したが、娘の姫は安堵できなかった。
敵方は、実は魔法少女を知っていた。そしてその一族の末端の少女に契約をさせ、願いによって権力を奪おうとしていたのだ。そんなことが次に起こっては、自分達の家は今度こそ終わる。魔法少女であるが故に、その力もその脅威も、姫は十分に理解していた。
姫は他の一族すべてに、魔法少女の素質を持って生まれることがないよう、固有魔法で因果を弄った。例え庶民に素質を持った少女が生まれたとしても、何らかの形で死ぬようにレールを敷いた。こうして領主の一族のみ、魔法少女を生み出せるようになった。
「領主の家は、その後複数分派して広実一族となった。そして未だに魔法は早島全土に広がって、効力は無くなっていない。だからここでは広実一族の血を流す人じゃないと魔法少女になれないんだ」
「と、とんでもない、話だな、それ…」
まるで嘘のような話だ。まず因果を弄ったこと自体が無茶苦茶だ。それは未来を書き換えた、ということに他ならない。あらゆる可能性を別の物に湾曲するなど、スケールがでか過ぎる。
そして早島市のすべてに魔法をかけたという事実も、呆れを通り越して、驚きさえも消えてしまう程には出鱈目だと思う。サチ達も確かに早島を縦断する程の結界を造ったが、それは三人だからこそ出来たのだ。それぞれの魔法を掛け合わせなければ、成功はしなかった。一人でやれば結界の維持はもちろん、魔力が足りない。つまり姫はそれ程魔力を多く保有していたのだ。
何より恐ろしく、鳥肌が立ったのが、今もまだ魔法が切れていないこと。すなわち、何百年もの間、素質を持っただけという理由で少女が殺されてきたということになる。願いを叶える選択肢さえ与えられず、無理やり死を与えるなんて、虐殺と同じだ。考えただけで堪らなくなる。
「ん?じゃあ、おかしくない?何で夏音が…」
ふと気づいたが、そしたら菊名夏音は死んでいなければおかしいのではないのだろうか。彼女は広実一族でもなければ、その子孫でもない。ただの一般市民であり、普通の家系だろう。順那の言うことを鵜呑みにすれば、今ここに夏音がいること自体が有り得ない。
「流石にそこまであたしは知らない。もしかしたら早島の人間じゃないかも?まあそこら辺はキュゥべえちゃんから聞いてみたら良いよ?」
「…で、私達の共通点って何だよ?」
「生死に関する何らかの罪だよ」
脳髄にまで声が届いた途端、音が表す意味が理解できなかった。いや、理解は出来たのだ。しかしサチはそれを認めるわけにはいかなかった。認めたら最後、何もかもが瓦解するような気がしたからだ。
拒絶反応が手に震えとして出てくるのを、必死で抑え込む。サチは自分の口が半笑いになってるのを自覚しまいと意識しながら、改めて質問した。
「それがどうしたんだよ。それが共通点なの?」
「罪…というか、業って言い換えた方が良いかも。皆んなその業から逃げちゃってるんだよね。まあ、悪も正義も罪も罰も、自分とか皆んなが勝手に決めてるもので、本当は存在しないと思うんだよね。そんなのに苦しむなんて、人間って変だよね」
心底不思議がるような言い方だった。サチは順那に一ミリも共感できなかった。人とずれている、とは聞いたが、実際に相対すると、イライラしてくるし、頭がこんがらがってくる。
「そんなのって何だよ。理屈でどうこうなるもんじゃない」
「そう。理屈じゃないんだよ。お姉ちゃんはミズハのことに必要以上に責任を感じてる。けど、実はミズハの死に関しては割と悪くはない」
「…そう、だな。苦しめたかもしれないけど、決定的な要因じゃない」
サチには、結が行ったことが悪いことのようにどうしても思えなかった。結がやったことは、少なくとも一人の人間を幸せにした。結果的にそうしなければ、確実にその人は不幸になっていた。
「お姉ちゃんは、自分の業に恐怖して逃げた。でも、逃げ続けるだけの精神を持っていない。この二年、発狂しなかったのは奇跡だよ」
「奇跡…」
「お姉ちゃんが何をしたか、貴女だって知ってるでしょ?お姉ちゃんはそれを指摘されたくなくて、あたしと話したがらないの」
両親と一緒に博物館で見た、繊細なガラス細工を思い出す。流線的な、水から飛び出す龍。手で触れるだけで崩れ落ちそうで、透明で冷たくて、なんと美しいと思ったことか。その時は力強いという感想を抱いたが、しかし今は弱くて儚いと感じた。
「アンタは、何でそれを分かってて話したがるの?結を追い詰めたいの?」
「いいや。あたしはただ苦しまなくて良いよって言いたいだけ」
「…そうか。アンタは、やっぱり結を本気で思ってるんだな」
それ以上は何も言えなかった。順那はすべてを理解した上で、結を救済しようとしている。それ程の覚悟があるのなら、文句はなかった。結のためにも、協力してやろうと思う。
「話は、公園でしても良いよね」
「うん」
「あ、でもその前に、入理乃が二人をどうしようとしてるか教えるね。彼女はねーー」
神妙な順那から伝られたのは、信じがたい内容だった。絶句してしまう。立ち尽くしてしまう。温度が体から抜けていく。
まさか、そんなことを?そこまで、相棒は落ちてしまったのか?どうして、どうして?いくらなんでも、入理乃がそこまでするのか?
「ど、どうしたんですか、船花?」
「!? な、何でもない!!」
様子がおかしかったのを心配したであろう夏音に、サチは過剰なくらい慌てて首を振った。何でもない、という言葉は、自分を納得させるものだったと、後から振り返れば思う。
「そ、そうだよ。何でもないんだよ、夏音!」
「…それなら良いのですが」
釈然としてなさそうな夏音。結は眼光鋭く、サチを見ている。何だか自分の事情を見抜かれてるようで、寒気がしてきた。後ろめたいことなんてないのに、居心地が悪くなってきたところで、夏音がサチに話しかけた。
「あの、順那と話をさせてもらえませんか?」
「何でだよ。夏音が話をする意味なんてないだろ」
「…そうだよ。順那と話さないでよ。夏音ちゃん」
便乗するように、結も反対する。しかし夏音はうんともすんとも言わず、意思を曲げない。サチは、どうして夏音がここまで順那と話したがるのかまったく分からなくて、困惑した。
「あたしは夏音に興味があるな。一言何か言わせて」
「は!?」
順那が突然勝手なことを言うので、サチは何を言っているのかと耳を疑った。そうやって訝しがっていたら、順那はお願いお願いと連呼し始めた。耳元がうるさくなって思わず、
「分かった、分かったから!!ただし、声が周りに聞こえるようにはするから!!」
「やった!!」
イラついて舌打ちをする。サチは音のボリュームを最大にしてから、携帯を夏音に渡した。夏音は受け取ると、耳に当てるのではなく、顔の前に携帯を持ってきた。
「もしもし、私は菊名夏音です。貴女は、順那ですか?」
「そうだよ。初めまして」
初めまして、と言われて夏音は何故か明らかに悲しそうな顔をした。しかし気を取り直すように首を振ると、話題を手探りするような口調で話し始めた。
「あの、貴女は魔法少女のことを知っているんですか?」
「知ってるよ。ミズハが、私の従姉が死んだ時に勧誘されたから。断ったけど」
「な、何で断ったんですか?」
神妙に夏音が聞けば、結の手がピクリと動く。ガラスの向こうからは、当然の答えが返ってきた。
「命を掛けたくなかったから」
「つまり死にたくないと?」
「デメリットとか考えると、まだ人間でいたかったの」
まるで魔法少女が人間ではない、という言い方だ。サチは自分や入理乃を馬鹿にされた気がして怒りを感じた。人間じゃないなら、自分達は何だというのだろう。嫌なことを言わないで欲しかった。
「貴女は何で魔法少女になったの?」
「わ、私は…」
口を閉じる夏音。複雑そうな顔からするに、並大抵じゃないことがあったのだと分かる。
魔法少女にとっての願いとは、人によってはデリケートだ。サチは違うが、夏音は願いのことを口にはしたくないだろう。それが理解できたので、サチには順那が不躾に思えてならなかった。
「…貴女はある意味、一番人間らしいんだろうね。あたしにはそんな貴女が好きになったよ、夏音。ぜひ友達になってくれないかな」
そう言われた瞬間、夏音はぱっと明るい表情になった。結は納得ができないように見ていたが、サチも同じだった。こんな奴と友達になりたいとは思えなかったからだ。しかし夏音は嬉しいのか、二人の胡乱げな視線に気づかず弾んだ声で提案する。
「ほ、本当ですか?じゃ、じゃあとうちゃん、ってあだ名で呼んで良いですか?」
「お、良いあだ名だね!とうちゃんって、可愛い!」
「可愛い…?」
とうちゃんって、あの父ちゃんに聞こえなくもない。かなり酷いネーミングセンスだと思うが、何故喜んでるのか、サチには理解できなかった。
「でも、あたしのことは、良かったらコルウスって呼んで」
「コルウス…?」
夏音はコルウスが何か知らないようで、同じ言葉を復唱した。結も分からないようで、一緒になって首を傾げている。唯一この場でその意味を知ってるサチは、コルウスが何かを説明した。
「昔の船の兵器。カラスって意味」
言いながら、苦い思いになった。入理乃がカラスを気持ち悪いと言ったことを、ふと思い出してしまったのだ。
「…分かりました。貴女のことは、これからコルウスって呼びますね」
「うん。ありがとう。でも残念だけど、これ以上話せないんだよね。充電切れそうだから」
どこか安心したように、結はホッと息をついた。だが話し足りなかったのか、夏音はシュンとして見るからに落胆していた。仕方なさそうに一言順那に言ってから、サチに電話を返す。
ボリュームを下げてから、再びサチは画面を耳に当て、自分に代わったことを伝えた。それから集合場所に行くと二人に気づかれぬよう、それとなくなく言ってから電話を切った。そして、どっと疲れた気がして、何気なく溜息を吐いた。
「私、家で休みたいから、もう帰るわ」
「グリーフシードは良いですか?」
「もう良いわ、どうせ手元にいっぱいあるし」
そう言えば、夏音は渋々ながら頷いた。悪いと思っても、受け取ることにしたらしい。相手も相手で、グリーフシードがいるのだろう。というか、入理乃の目的を聞いた今では、持ってくれていた方が助かる。
これでもうここにいる用事はなくなった。サチは先のこと考えながら憂鬱な気持ちで踵を返した。そうやって帰ろうとしたところで、ハッとして振り返る。そして、夏音の方を向いた。まだ彼女に伝えてないことがある。
「…聞いても良いか?どうして会った時怯えたんだ?魔女か何かの影響なの?」
「………」
夏音は何も答えない。サチはそれを肯定だと捉えた。
「でも、絶対に魔女を殺せるようになっとけよ」
「はい。あの、改めて色々とすみませんでした。酷いことも言っちゃって」
「良いって別に。もう気にしてねえよ」
「……ところで、一つ聞いて良いですか?船のような魔女を、見たことがありますか?ガレー船のような形をしていて、ピラニアの使い魔を従えているんですが…」
サチそう聞かれ、記憶を掘り返してみる。三年間、色んな魔女と戦い続けたため、魔女が本当に様々な姿をしているのだということは、誰よりも分かっているし、それを実際に目の当たりにしてきた。当然、その中に船のような姿をした魔女もいた。だが、ガレー船の魔女はいなかったはずだ。ピラニアの使い魔も、見たことがない。
「いや、知らないね」
「…そうですか」
どこか落ち込んだ表情をする夏音。そのガレー船の魔女と何かあったのは様子から何となく察せた。サチはなんだか、申し訳なかった。
「まあ、そのうちその魔女については分かるんじゃね?」
「そうでしょうか…?」
「多分分かるって。あ、あと…それから…ありがとう。魔女を怖がっていたのに、助けようとしてくれて」
頰を掻きながら感謝の気持ちを伝える。夏音と結が顔を見合わせて、何かを言う前に、逃げるように走っていった。照れて、恥ずかしくて、赤くなったのを、見られたくなかったから。
向こうでは、飛び去ったはずのカラスが、笑うように鳴いていた。