魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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血統の因子

彼女は生まれながらに狂ってた。一族の皆も狂ってた。

 

血統の因子によるものなのだろうか。積み重ねた、掛け合わせた代の分だけ、彼女達の細胞に刻まれた魔法による呪いは蓄積していった。そして、彼女達の中で、先祖代々受け継がれた狂気も育まれていく。

 

その狂気は、衝動という。愛したい。満たされたい。何かに変わりたい。彼女達の一族は、そういう根源的な欲求のどれか一つが、呪いによって増長されていく。

 

しかし、狂気は一般的な一族であれば表面化することはない。魔法は狂気を生み出しているため、狂気を制御することもできるのだ。故に表面化するのは、一部の一族のみ。女性の、不思議な力を扱える素質があるもののみ、狂気が浮かび上がる。

 

と言っても、やはり狂気の強さにはそれぞれ度合いが違う。例えば彼女の従姉妹の一人には、狂気はほとんどない。運が良いことに、普通の人間に近い存在だった。

 

それを、彼女は正直に言って羨ましいと思っていた。自分にはないものを持っていた従姉妹を、妬み、恨み、羨望した。仲良くするふりをしながらも、心の中では常に従姉妹を罵倒し、笑顔の裏では悪態をついていた。

 

やがて、それも年を重ねていくにつれて泡のように無くなっていく。彼女と従姉妹は交流を積み、嫌悪感は親愛へと変化していく。

 

けれども、彼女のことを従姉妹が真に理解することはなかった。従姉妹は彼女のことを誤解していた。彼女のその姿を、龍神を熱心に信奉する格上のものとして敬い、尊敬するべきものとして見ていたのだ。

 

…しかし、彼女はそれを気にはしない。己がどんなものか、どんな風に見られているか、理解はしていたけれど。そんなもの、どうでもいい。見てくれさえすれば、それだけで良かった。

 

今更だったのだ。誤解されることは、日常茶飯事。誰も自分の本質を見ないし、見たとしても他のものとして認識されてしまう。それを悲しんではいたけれど、彼女にとってそれは当たり前のことであり、それこそ生まれた瞬間からそうであった。故に慣れ切っていたのだ。

 

彼らは現代において、あまりに時代遅れな一族だった。彼らの社会に蔓延っているのは、先祖から伝えられた古くからの理念である。それが彼らの価値観を固定していた。彼らはこの時代に取り残され、他とは違う感覚で生き、価値観から離れたものは醜いものとして嫌った。

 

無論、それを全員が全員是正したわけではない。古い習慣を受け付けようとせず、現代に染まろうとしない一族を毛嫌い、出奔したものは数多くいた。そして彼女もそんな人々と同じで、一族の価値観を全て受け入れることは出来なかった。彼女は、一族の考え方に否定的だったのだ。不可解でならなかった。

 

だから彼女にとって重視されるべきものは、自己と周囲の関係ではない。それによって生まれる様々な感情だった。従姉妹との触れ合いで気がついた、自分にはないと思っていた悪感情。従姉妹と一緒に遊んで、楽しいと笑い合った時の、楽しいという気持ち。互いにぶつかり合うさざ波のような、キラキラとした感情達。それらこそが、彼女の本当の宝物だったのだ。

 

それを無意識とはいえ教えてくれた従姉妹のことが、彼女は大好きだったし、大切だった。従姉妹が殺されそうになったのだならば、この命を惜しみなく差出せる程には愛していた。その愛は歪なものであったかもしれないが、確かに本物だった。

 

だから、許せなかった。従姉妹を消してしまった、一族の皆。早島と三滝原という土地。従姉妹と同じクラスメイトだった少年少女達。どれもが憎い。そしてそれ以上に、彼女は自分が憎くて仕方なかった。

 

自分もまた、従姉妹を誤解していた。いや、変わってしまった本質を、以前のままであると思ってしまった。自分が見てきたはずの姿が失われてしまったことに、彼女は怒りを感じていたのだ。

 

いじめから逃げ出すなんて、そんな子ではなかった。自分がいない間に何故弱くなった。貴女は一族の考え方に囚われていたけれど、それ以外の理不尽なことには立ち向かっていた。私はそんな姿に感動した。初めて湧き上がるような気持ちに気がつけた。なのに、どうして。

 

そんなことを、彼女は思っていたのだ。あんまりにも愚かな思考回路だった。そうしてはっと気がついた時には運命の歯車は回っていた。

あっという間に従姉妹は行方不明になってしまい、彼女は失意に沈んだ。

 

そして三日月の夜、真実を知って彼女は狂気に陥りーー狂い笑った。二つの赤い目に手を伸ばしながら、彼女はうっとりとして笑った。

 

「ねえ、キュゥべえーー」

 

彼女は自身の願いを言う。それにキュゥべえはしばらくの間、何も返さなかった。どうやら感情がないのにも関わらず、幾ばくか驚いているらしい。

 

「馬鹿げている。それに、何の意味があるんだい?」

「意味、ね。…この願いに意味なんてないのかもしれないね。無謀と言っても良いから。だけど叶えなくちゃいけないの。願わなくちゃいけないの。それがあの子のためでもある」

「訳が分からないよ。結局そう言いながら、君は自分の欲望を叶えようとしているじゃないかい?君はミズハのことなんて、これっぽっちも考えていない」

 

その言葉があまりに面白かった。堪らず彼女は吹き出した。

 

「何がそこまでおかしいのかい?」

「いや、キュゥべえも皆と同じなんだと思ったら、おかしくって。気を悪くしたらごめんね。あ、そう思うことも出来ないんだよね。可哀想に」

「可哀想?」

「うん。だってーー自分がどんなに無価値なのか、認識できないのだから。これが可哀想じゃなくて、何と言うの?ねえ、インキュベーター」

 

彼女はそう言ってまた口角を釣り上げる。まるでーー怪物のように。

 

 

◆◇◆◇

 

 

サチと別れた後、道の向こうからさっそうと現れたキュゥべえに、胡乱げな視線を向けてしまったのは、今でも少し夏音は申し訳ないと思っている。しかし、それ程までに怪しかった。何しろあんまりにも、タイミングが良すぎたのだ。その行動は、サチを避けているもののように見えた。

 

しかし彼は、少し落胆したような口調で、開口一番こう言った。

 

「やれやれ、サチとはすれ違ってしまったようだね」

「貴方、サチに会いに来たのですか?」

 

夏音は素直に疑問に思い、キュゥべえに尋ねた。キュゥべえは尻尾を一つ振ってから、疑問に答えた。

 

「というよりも、君達三人に会いたかったのさ」

 

その言い方に、夏音は妙なものを感じた。

 

早島の魔法少女は、菊名夏音、船花サチ、阿岡入理乃、広実結の四人のはずだ。しかしキュゥべえは、君達三人とはっきり言った。その三人は、言うまでもなく、夏音、サチ、結のことだろう。そこには当然入理乃は含まれていない。つまりキュゥべえの発言は、入理乃には用がないと暗に示していたのだ。

 

「…一体僕達に会いたかったなんて、どういうつもり?」

 

今度は結の方が、警戒しながら聞く。キュゥべえはその態度に溜息をついた。

 

「随分と気が立っているみたいだね」

「…そんなことないよ。それより何かあったの?」

「さっき、異常な魔力を感知してね。それで近くにいた君達の魔力反応を追ってきたのさ。あれが何か二人とも知らないかい?」

 

そんなことを言われて、ちょっとだけ夏音は驚く。てっきりこの魔力が何なのか、キュゥべえが知っているものだと決めつけていたからだ。だからキュゥべえに後で聞こうと思っていたのだが、逆に質問しようとしたことを質問されて、夏音は困ってしまった。

 

「…分からないよ。突然、あの異常な魔力が発生したと思ったら、魔女が暴走し始めたんだ。本当、大変だったんだから」

「そうかい。じゃあ何か不審だと思った点はないかい?」

 

そう聞かれ、結はちょっと考えるような仕草をしてから、疑問点を上げていった。

 

「まずね、結界内で使い魔が異常に出てきたんだ」

「具体的には?」

「床を埋め尽くすぐらい」

 

夏音はその様子を想像し、思わず背筋が凍った。あんなのが何匹も出てくるなんて、夏音にとってみれば、悪夢以外のなにものでもない。よく生きていたと、改めて感心する。

 

「次は話した通り、魔女と戦った時に突然暴走したこと。再生力は半端じゃなくなっていて、理性というものは消えていたよ」

 

魔女との戦闘を思い出したのか、結はげんなりした様子になる。夏音も戦った記憶自体はあるので、結に釣られてその記憶が頭をよぎってしまう。確かにあれは、とてもきつい戦いだった。結が疲れたような表情になるのも、無理はないだろう。

 

「それは魔力によって魔女が暴走したのかい?それとも、暴走した魔女自体が魔力を発していたのかい?」

「魔力によって魔女が暴走しました。こんなことって、前例はないんですか?」

 

何らかの外的要因があることは確定なのだ。ならば、前例から何か分かるのではないかと、夏音はキュゥべえに探りを入れる。

 

「前例が無いわけではない。わざと魔女を暴走させ、自滅させるといった戦法をとったり、悪意で魔女を使って人を襲わせる子もいるからね。ただそれなら、魔力反応が魔法少女のものでなければおかしい。あれは、明らかに別のものだ」

 

確かにあれは、魔法少女のものでも、魔女のものでもなかった。では、それは何に分類されるべきものなのだろうか。まったく発見されなかった種類のものだからこそ、謎も深い。

 

「そう、それが最後の疑問点だよ。あの異常な魔力は、早島の残存魔力にとても似ていた。でも何かが違う気がする…。異質なんだよ」

「異質?」

「うん…。何か、凄い妄念というか、執念のようなものを感じたんだよ。普通そんなの分かるわけがないのに。だって、禍々しいとかそういうあやふやなものは分かるけど、魔力からこんなにはっきりと感情が伝わることなんて、今までなかった…」

 

ずっと残存魔力を扱ってきた結がこう言うのだから、その言葉は的を得ているのだろう。証言として、これは確実に信頼できるものだ。ふむ、とキュゥべえも、結の発言に頷いた。

 

「何か他にないかい?気になったことがあったら、何でも教えてくれないかな?」

 

キュゥべえにそう聞かれ、夏音は自分に起こった出来事を話しても良いか、結に視線で尋ねた。結はそれに首を振らず、少しだけ下を向く。肯定でも否定でもない。好きにすれば良いということらしい。

 

夏音は遠慮なく、あの魔女との戦いにおいて、自分の身に起こった変化のことについて、隠すことなく話した。キュゥべえは時々質問しながら、夏音の話を耳を傾けた。そしてはっきりと、こう言った。

 

「なるほど、つまり君は意図的に思い出したくない記憶を封印しているんじゃないのかい?」

「…は?」

 

ーー何だ、それは。何を言っているんだ、こいつは。

 

その言葉を聞いた直後、全細胞が粟立つ。そんなことある訳がない、と夏音は強く心の中で否定する。意図的に封印したとか、信じられるはずがない。信じたくもない。そんなの嘘としか思えない。

 

しかし、何故だかそれを言葉にすることが出来なかった。認めたくないのに、キュゥべえの言っていることが正しいような気がしてくるのだ。夏音はぶるぶると、何かに対する怒りで、体を震えさせた。

 

「…あの夏音ちゃんは、ここにいる夏音ちゃんと同じってこと?でも本人は違うって…」

「思い出したくないからこそ、否定的なのさ。自分を認められないんだ」

 

夏音はふと、自分の手を見つめた。何の変哲もないただの手なのに、そこにはあの魔女文字が浮かんでいるような気がした。

 

「…だけど、今回のことが起こり、二人を守るために封印を一時的に解除したんじゃないのかい?問題なく魔女と戦えたみたいだし、本当の君は恐らくそれなりの経験を積んでいたはずだ」

 

…あり得ない、と夏音は呟いた。そんなことを言われても、急に受け入れられない。頭がこんがらがる。

 

夏音は数日前に魔法少女になったはずだ。だがキュゥべえの言ったことを鵜呑みするならば、夏音は一体いつ契約したことになるのだろう。一体どこから、記憶が欠落しているというのだろう。

 

「寝言は寝て言って!それとも何?感情がないくせに、人間みたいに冗談の真似事してるの!?片腹痛いんだけど!!これ以上笑わせないでよ!!」

 

気がつくと口から発せられるのは、以前では言わなかった罵詈雑言の数々。それが、夏音のいらいらをより助長させた。

 

「でも、君の境遇は一般的な視点から見れば、辛いものであるのは間違いない。大切にしていた家族に忘れられ、当てもなくなった。そんな中で一人で戦っていたのは想像するまでもない。君は目的のために邁進し続けたのだろう」

「だけど、夏音ちゃんはそれに耐えきれなかった…?」

 

結の視線がこちらを向いた。哀れむようなそれが、夏音には不快だった。

 

「何を根拠に…」

「夏音は自分が誰かに操られたと言っていたけれど、その誰かを夏音は“私”と呼称した。つまり本人がその誰かを他人ではなく自分だと分かっているんだ。そんなこと、分かるはずがないのにね」

 

言っていることが、夏音には訳が分からなかった。夏音はただ、キュゥべえを睨みつけるしかなかった。

 

「夏音。辛いかもしれないけど、その記憶を思い出せれば、あの異常な魔力の正体が何か分かるんじゃないかな?君は思い出した時に、魔力のことについて言及していた。君は、魔力のことを知っているんだ」

「…でも、無理に思い出させる必要はあるの?」

 

再び夏音に悲哀の眼差しを向ける結。いい加減にしろ、と言いたくなった。記憶が封印されていることを前提に話されて、とても困っているのだ。そんなことを、事実として捉えないで欲しい。

 

「…思い出した方がメリットがある。戦闘力も元に戻るし、情報も手に入るじゃないか」

「そうだけど、あんまりじゃない?記憶を思い出せって、僕だったら嫌だよ、絶対。絶対に、思い出したくない」

 

結は俯きながら、沈んだ声で言った。気を使ってくれているらしいが、そんなものは必要なかった。むしろして欲しくなかった。

 

「…そんなことしなくても、情報なら探せるんじゃないんですか?」

「何か提案があるのかい?」

「はい。早島の神社に行って、魔力を調べれば…」

 

異常な魔力は、残存魔力に似ていたのだ。そこにも何か異変が起こっているかもしれない。ある意味、調べるのは当然のことだ。

 

「…そうだね。結、明日ボクも付いて行くから、君の家の近くの神社に行って、調べてくれないかな?」

「…特訓の時間が減っちゃうけど、夏音ちゃんはどうする?」

「私は、異常な魔力について調べたいです」

 

それはきっと、特訓よりも大事なことだ。それならば、そちらの方を優先するべきだ。だから、

 

「私のことは、どうかお構いなく」

「…」

 

結は、無言で頷いた。そうしてーーキュゥべえの方を、ちらりと見た。それに夏音は、気がつかなかった。

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