夏音達は、そのままあの異常な魔力を調べるために、移動を開始した。
その間、キュゥべえは何故数ある神社の中から、この早島神社を選んだのかを説明してくれた。
なんでもキュゥべえ曰く、残存魔力というのは龍神信仰関連の土地にあるものだが、その中でも特に魔力が集まっているスポットというものが存在しているらしい。ここはその内の一つで、五つ指に入る、強力な魔力が秘められた場所だ。しかも結が住むマンションに近い。他のスポットは遠いところにあるか、入理乃達のテリトリーに点在している。残存魔力を調べるには、ここが一番打って付けなのだ。
しかし、だからといってこの場を所構わず調べれば良いわけではない。魔力は満遍なくこの地に残留していない。特定のところに集中していて、そこから離れれば離れるほど、魔力は薄くなっていく。本当に魔力を調べたいのなら、残存魔力が集中している箇所に行かなければ意味はないらしい。
「そしてその残存魔力が集中している場所が、すぐ近くの摂末社……ですか?」
「そうだよ、夏音。残存魔力というものは、信仰の対象になっているものの近くに集まるんだ」
キュゥべえが説明を補足する。夏音は、ますます残存魔力のことが不思議に思えた。
そもそも残存魔力自体、正体は分からないし、異常な魔力と関係しているというだけでも、十分奇妙だ。そして先程聞いた、信仰の対象に集まるという話も、奇天烈だ。残存魔力というものがこの早島の地に存在し、龍神信仰関連の土地という限られた場所のみに残留していることと、何か繋がりがあるのだろうか。
…それらの鍵を握るのは、恐らく龍神信仰だろう。残存魔力に関わっているそれは、もしかしたら残存魔力の正体や、残存魔力が存在する原因に、何かしらの形で要因として働いているのかもしれない。
「そこはちょうどあまり人気もないし、結界を張れば心起きなく調べられると思うよ」
「ところで、摂末社って何ですか?」
疑問に思い、夏音は結に尋ねる。
信仰の対象というからには、神社にとって大切なものだということは理解できるが、しかしそれが何か、夏音にはよく分からない。何分、神社には興味が一欠片もなかったので、そういうものは知識の中にないのだ。
「境内とか、本社の近くに小ちゃい神社があるじゃない?あれのことだよ。関係のある神様何かを祀ってて、枝宮とか言うこともあるよ」
「へえ。家主さん詳しいんですね」
「結は龍神信仰の本家の娘だしね。そこら辺の知識は一般の人よりはあるさ」
「まあ、自然と身についてね……」
喜んで良いのか分からないのか、微妙な顔をする結。余計なことを言ってしまったかもしれない、と少しだけ夏音も複雑な気持ちになった。
龍神信仰も、一族のことも嫌いだろうに、その関連の話題で褒められても、思うところはきっとあるはずだ。それを考えなかった自分が、夏音は恥ずかしい。
「す、すいません。余計なこと言っちゃって」
「いや、こっちこそ別に良いよ。そんなことをいちいち気にしてたら、僕も君も息つまるでしょう。気楽にいこう。気楽に」
「は、はい……」
夏音はちょっとだけしゅんとしながら答える。結はその様子がおもしろいと感じたのか、くすりと笑った。
しかしその刹那、断続的に響く、うるさい鳴き声が空から降り注ぎ、二人の顔が顰められる。上を見れば、広闊たる空に黒い染みのように浮かび上がる烏が、くるくると同じ場所を回っている。
「うるさい烏ですね。さっさと何処か行けば良いのに」
夏音は思いっきり眉を寄せながら、さも不機嫌そうに言った。この烏が、妙に気に入らなかった。
「君本当に口めちゃくちゃ悪くなったね……」
「何言っているんですか?私は元々からこんなですよ?」
小首を傾げる。どうして、結がそんな風に心を痛めるような顔をするのか、分からない。
「にしても、最近烏が多いですね。昨日もいましたし」
「そうだね。ていうか……あの烏、何か変じゃない?足、三本ない?」
「え……?」
結に言われ、烏を観察してみる。
すると確かに、本来二本足があるはずの場所に、もう一本足が生えている。それによくよく見れば目もおかしい。辰砂を溶かし込んで、固めたような色合いをしている。
夏音はぎょっとして、後退りした。ひぃ、と口から小さな悲鳴もどきが零れた。
「な、何ですか、あれ……!?」
「恐らく病気か何かでああなったんじゃないのかい?一種の奇形かもしれない。でも、初めて見る病例だよ」
冷静に分析するキュゥべえ。
しかし病気でああなるのか、夏音は甚だ疑問に思った。もしかしたら、あの烏は新種の烏ではないだろうか。
「……でもあの烏には悪いけど、ちょっと不気味すぎるよ」
そこは夏音も首を縦に降る。
あんな烏は、初めて見た。普通の烏ではなく、言っちゃ悪いが使い魔のような見た目をしている(魔力を感じないので、あり得ない話だが)。恐らく結界にあの烏が紛れても、何もおかしくなさそうだ。
夏音達は、その様子をじっと見つめていた。あまりにも奇異だったためか、目が離せなかったのだ。何か予感がして、心臓がどくどく鳴って、変な気分だった。
烏は、やかましく一頻り鳴いた後、夏音と結の頭の上を通り過ぎる。ばさりと翼は鳴って、漆黒の羽がひらりと一つ落ちる。そうして、やがて点となって、しばらくしてそれも消えてしまった。
「!?」
刹那、夏音は不可思議な波のようなものを感じた。間違いなく、これは魔力反応、しかもこのパターンは──
「使い魔……」
悪寒が体を走り抜けていく。その存在を認知した途端に、精神の根底の部分から悲鳴が上がった。
夏音は、何故こんな時に魔女が現れるのかと、疎ましく思った。魔女を倒せるようにはなりたいけど、今は魔女に会いたくなかった。
「夏音、結……!」
「急ごう、夏音ちゃん!!」
「は、はい!!」
夏音は先を走っていく結の背中を追う。湧き上がる恐怖は、必死に抑えなければ、すぐにでも言葉として出てきそうだった。
◆◇◆◇
入り組んだ道を歩き、着いた場所にあったのは、本殿とは別の、一メールくらいの子規模な神社。つまり、結が言うところの摂末社だった。
そこは何の偶然か、夏音達が向かっていた摂末社だったらしい。社のそばにいるだけで、残存魔力のパターンが魔女のパターンに混じってやって来る。
夏音は何だか、掛け合わさったその魔力パターンが、何処かお菓子の魔女のパターンに似ているような気がした。しかし、微妙に違うような気もして、気のせいではないかという気持ちにもなって来る。
結は変身してメイド服に身を包むと、鉈を手に持って摂末社に向かって空間を切り裂いた。
するとぱっくりと裂け目が肥大化し、不可思議で奇妙な紋章が浮かび上がる。次に結界への入り口が、夏音達の目の前に現れた。
「やっぱり使い魔だね。魔女になりかけの」
キュゥべえがすてっと地面に降りて結界を見据える。そう言われてみれば、確かに使い魔の割に強力な魔力反応だ。かと言って魔女程強くない。彼の言う通り、この使い魔はあと一歩のところで魔女になるのだろう。
「でも何でそんな使い魔がこんなところにいるの?こんなところにずっと居たってことは、まさかここに来た人を食べて……」
「それはないと思うよ。そうしたら、少なくとも騒ぎが起きているはずだ」
「じゃあ、たまたまここに流れ着いたということですか…?」
しかし、そんな都合よく使い魔が現れるなんてあり得ない。しかもこの摂末社に現れるのも変だ。少し出来過ぎなのではなかろうか。
「…けど、今は考えるより倒さないと」
「そうですね。今は使い魔を倒さないと……」
このまま使い魔を放置しておく訳にはいかないだろう。ここには少ないけれど、人間がいる。倒さなければ、その人達が使い魔に食われて、被害はどんどん酷くなるだろう。
だが、やっぱり本音では戦いたくない。とても恐ろしい。使い魔のことを考えると、足が震えてきてしまう。
結はそんな夏音のことを察したらしく、心配そうな顔になった。
「……大丈夫?」
「はい……。すいません」
結の気遣いに、心が暖かくなる。駄目だなぁ、とますます自分のことが不甲斐なく感じた。
思えば、魔女に対しては怯えてばかりだった。普通の人間だった時も、魔法少女になった時も、それは変わらなかった。勇気を振り絞っても長く続かなくて、重要な場面では夏音は何も出来なかったし、誰も救えなかった。
──果たして、このままで良いのだろうか。こんな自分では、何も変えられないのではないだろうか。…いや、まず変わるべきは、この菊名夏音ではなかろうか。迷っている自分ではなかろうか。
夏音は薬指にあるソウルジェムを掲げる。赤い光が零れ落ち、体へと魔力が浸透していく。着ている服が別のものに糸単位で変わり、結び、解け、再構築され、黒い装束となる。宙に現れた帽子を深々と被り、夏音は顔に装着された仮面を外す。そうして、ハルバードを手に呼び出すと、結の顔をじっと見た。
「夏音ちゃん……?」
「……家主さん。私にこいつを任せてください」
「え……?」
「使い魔を倒したいんです。自分一人の力で」
ここで逡巡して一歩前に踏み出さなければ、他にも手は伸ばせない。その最初の足がかりとして使い魔を倒すことで、その実感を自分のものにしたい。そうすれば、多少は怖いものも怖くなくなるだろう。
「キュゥべえからも、お願いします。私、自信を持ちたいんです」
「…そうだね。今の夏音なら、そう簡単にやられはしないだろう」
すると、結は少し考えるように目を閉じ、そしてしばらくすると、
「……分かった」
夏音の決意が伝わったのか、結はこくりと肯首した。夏音の顔が、ぱあっと明るくなる。
「あ、ありがとうございます!家主さん」
「…あ、でも使い魔だからといって油断しちゃ駄目だからね?ちゃんとソウルジェムの魔力を確認しながら戦うんだよ。本当、大変なことになるからね」
前に夏音がソウルジェムの穢れを浄化しなかったためか、思い出したかにように魔力切れを気にするよう、結は念を押す。その圧はかなりのもので、ちょっとだけ夏音はたじろぎながら頷いた。
「わ、分かりました」
「そんなに心配だったら、僕が彼女について行こうか?」
「お願いするよ。君が居れば、もしもの時忠告してくれるだろうしね」
結は、その方が良いという感じでキュゥべえの提案に賛成する。確かに彼が居た方が、何かとアドバイスをくれたり、サポートはしてくれそうだ。
「じゃあ、行きましょうか」
夏音とキュゥべえは、横一列に結界の前にまでやって来る。
ぐっと得物を握りしめると、自分を鼓舞させ、黒い魔法少女は結界の中へと飛び込んだ。