魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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魔女への感情

 侵入した異界のその様は、夏音にとって見覚えのある場所だった。

 空は夜と朝の境の色。浮かぶ無数の雲に建つのはトラス構造の純白の鉄塔。踏みしめるのは地面ではなく、鉄の骨組み。その隙間からは雲が見える。周りに浮遊しているランプには、奇妙な目玉があって気持ち悪いことこの上ない。 

 

「鉄塔の、魔女結界…」

 

 そう。ここは、前の時間軸で初めて遭遇した魔女、鉄塔の魔女の結界に似ている。意匠など細部違うところはあるが、この雰囲気といい、この鉄塔やランプといい、あまりにも同じである。

 何の因果か、夏音が飛び込んだ結界の主人は、どうやら鉄塔の魔女の使い魔らしい。あまりの偶然に、夏音は大いに驚いた。

 

「この使い魔について、知っているのかい?」

 

 キュゥべえが聞いてくるので、夏音は素直に頷いた。

 すると、少しだけキュゥべえは考えるように黙ってから、

 

「……じゃあ、ここの使い魔の特徴は掴めているんだね?」

「はい。ちょっとびっくりしましたけど……、こっちの方がかえってやりやすいかもしれません」

 

 攻撃方法が分かっているだけでも、よく考えてみたら有難い。それに、これが何も分からない使い魔だったら、混乱してしまうだろうし、こうして何とか平静でいられるのも、この使い魔を知っているからだろう。

 

「気をつけて……来るよ!」

 

 キュゥべえが、ふと唐突に叫ぶ。反射的に武器を構えた瞬間、ざわり、とより強い魔力の波動が迫る。

 そうして──

 

『ああいゥ、恋羽いぅ!!』

 

 陽炎のように揺らめきながら、何もない空に突如として鳥が現れた。鳥の足に掴まれているカンテラの中では、絶えず炎が踊り、煌々と夕焼けにも負けぬ赤い光を放っている。

 

 夏音はその使い魔を捉えた途端、情けなく尻込みし、一歩下がった。彼女は引きつった表情を浮かべる。体が動きずらくなっていくのを感じた。

 勇気を出したとはいえ、恐怖が消えてくれるわけではない。それだけで、トラウマは乗り越えられるほど甘くはない。たとえ記憶を無くしているかもしれなくても、だ。

 

「……こんなの駄目だ!!」

 

 夏音は首を強く降り、迷いを振り捨てる。ぎゅっと、ハルバードを握りしめて、深呼吸をする。

 逡巡してはいけないのだ。怯えても良い。恐怖を捨てなくても良い。だけど何かを変えたければ、自分が変わらなければならない。暗闇の中で怯え、丸まる猫のように縮こまってはいけない。本当に怖いことが何なのか、すでに夏音は自覚している。だから、

 

「この使い魔を殺して、私は“力”を得るんだ!!」

 

 叫び、ハルバードに魔力を込める。同時に鳥の使い魔が動く気配。カンテラの炎が一段と燃え、それを一点に放出しようと使い魔の魔力が高まっていく。

 夏音も、赤黒いオーラを纏わせたハルバードを使い魔へ向け、一気に魔力を収束。カッとカンテラの炎が噴射したのと同じ瞬間に、魔力を解放した。

 

「ボウリュウノアギト!!」

 

 魔力が形をなし、螺旋を描いて、躍り掛かる。さながら小さな竜巻である。しかしながら、見た目に反して威力は些か足りないらしい。炎を飲み込むことが出来ず、僅かに拮抗して互いに相殺される。

 勿論夏音はそれを見越していたので、そのことにはいちいち驚かない。使い魔へ走り寄ろうと、スピードをブーストさせるために、オーラを足に纏わせる。そうして前身しようとする動作に移行した。

 

 しかしその直後カンテラが光り、炎の雨が発生。次々と降り注いで、夏音を消し炭にせんと強襲する。

 夏音はその迫り来る熱気に息を飲んで、慌てて前のめりになった姿勢から、後ろに飛び跳ねた。無理矢理な動きだったが、オーラを纏わせたこともあって、回避はぎりぎりで間に合った。

 だがこれにより、近づいて叩こうとしたにも関わらず、大きく夏音と使い魔との距離が離れてしまう。しかし、遠距離から攻撃できる使い魔にとって、その間は大した問題にはならない。

 すぐさま豪炎が浮かび上がり、また夏音へと向かってくる。夏音はそれに反応できず、思わず固まった。

 

「危ない!!」

「……っ!!」

 

 キュゥべえの声ではっとなり、急いでその場から走る。すぐ横を炎が通り過ぎ、床の一部が焦げる。それを目の当たりにして戦慄し、夏音は震え上がった。

 

「あ、ありがとうございます、キュゥべえ!」

「大丈夫?」

「はい……」

 

 先程は本当に危なかった、と夏音は心の中で呟く。恐らくキュゥべえに声をかけられなければ、動けなかっただろう。そうなった場合、今頃消し炭になっていたに違いなかった。

 

「よし、もう一回近づいて……」 

「……冷静になるんだ、夏音。さっきもそうだけど、あれくらい避けられたんじゃないのか?」

「ッ!!」

 

 突然キュゥべえに言われ、どきりとする。何か隠している時に、その秘密を暴かれた時のような気持ちが広がっていく。特に何も、やましいことはしていないのに、苦々しさを感じた。

 

「それはそうかもしれませんけど……!!でも……」

「怖いとか以前に、体が反応しなかったんだろう?」

「けど、私は──」

 

 と言いかけたところで、炎の追撃がやってくる。夏音は咄嗟に避け、さらに距離をとった。

 

「もう一回言う。君は今、冷静じゃない」

 

 キュゥべえが、またもや注意してくる。それを半ば自覚していた夏音は、何も反論する気にもなれず、かといってどんなことを言っていいのか分からず、黙ってしまった。

 

「……」

「落ち着くんだ。何故そこまで突っ込むの一点張りなんだい?」

「そう、ですね……」

 

 言われて、夏音は自分に呆れ返った。

 まず遠距離の攻撃を仕掛ける相手に対し、近づいて攻撃するのは、常道にして基本、かつ有効で確実な一手ではある。しかし何も考えずにそればかりに気をとられて無闇に突っ込むのは、まさに愚の骨頂だ。さらにこの使い魔は飛んでいるし、飛び上がって攻撃しようにも、簡単に避けられるだろう。それに夏音は近距離の武器だが、魔力のオーラを放出すれば、遠距離攻撃も可能だ。近づかなくても、攻撃する術を夏音は持っている。

 夏音は、保有する手札を使おうともせず、工夫もしようとしなかった。ただただ馬鹿正直に、無謀に攻撃しようとしていたのだ。それが、明らかに悪手なのに。夏音は、そのことにも気づけなかったのだ。

 

 これは確かに冷静な思考回路ではない。恐らく、使い魔への恐怖と、倒さなければならないという焦りが、判断能力を割いていたのだ。

 先走りすぎたし、こんなミス、恥ずかしいったらありゃしない。迷わないようにすることも大事だが、逸る心をもう少し抑えなければ、今と同じような失敗を繰り返してしまうだろう。

 

「……落ち着け、冷静になれ……考えろ……」

 

 夏音は静かに、鳥の目の前に浮かぶ、三つの炎を睨みつけながら呟く。

 思考が高速で回転し、使い魔を分析する。そうしてこちらが持っている攻撃の手段から、有効なものが何かを抜擢し、一分にも満たない時間で、作戦を構築していく。

 刹那、二つの火の玉が落ちるまえに横に駆ける。ついで来たる三つ目の炎は、斜めから斬り伏せるというよりも、鈍器で叩くような動きで振り下ろして防ぐ。

 

「……ニンギョヒメノナミダ!!」

 

 オーラを三つ生成してリング状にする。じゃ、と針を無数に円に沿うように生やすと、オーラを鳥目掛けて殺到させる。当然、すんなりと使い魔は避ける。そこを追撃するようにもう一発放つが、これも難を逃れて外してしまう。

 しかし、夏音は構わず集中して魔力の操作を行った。すると、四つの円がくるりと軌道を変更し、使い魔へとそれぞれ迫っていく。予想外だったのか、逆に使い魔は慌てたように夏音を視界から外し、チャクラムに対抗するために火を放った。

 

「えい!!」

 

 だがその隙に、夏音は五つ目の輪を使い魔の上に生み出す。そうして火を吹き終わったタイミングを見計らい、全力で叩きつけた。

 

『胃でぃ射出っァAAA!!』

 

 ちょうど羽の付け根に直撃し、翼が引き裂かれる。飛ぶための機関を失えば、もう空にはいられない。血を流しながら、使い魔が床に落ちる。その拍子に、からんと足で掴んでいたカンテラが離れた。

 

「成る程……。四つの輪を囮にして、その間に攻撃したわけか」

 

 キュゥべえが頷きながら感心する。

 

 キュゥべえの言う通り、四つの輪は本命に気付かせぬための囮だ。注意を引きつけさせるためのもの。軌道を変えて向かわせ、ふいをつくことで、五つ目の攻撃に確実に繋がるように仕向けたのだ。四つも輪を放ったのは、当たるわけがないと使い魔に油断させるのと、逃げ場を作らせないためである。

 

 夏音は乱れる動機を抑える。作戦どうり墜落させることに成功したものの、思ったよりも何故か心臓の音がうるさい。目の前がぼやけたように遠く感じられる。

 使い魔は、まだ力なくピクピクとしている。だと言うのに、この場から逃れようと動いていて、小さな鳴き声を時折上げている。

 

「……」

 

 夏音にはそれが、意味のある単語として聞こえる。使い魔の鳴き声が鼓膜を通り過ぎ、神経を通して脳髄にたどり着いた瞬間、知っている言語へと変換されていくのだ。拒んでいるのに、勝手に認識してしまう。

 痛い、Itai、イタイ、いたい。

 シンプルな言葉だが、それ故に使い魔の苦しみが伝わってくる。自分でその苦痛を与えたくせに、これ以上傷つけたくないなどという腑抜けた考えが頭をよぎった。使い魔が弱々しくなった途端、まるで自分が悪逆非道なことをしている気分になる。

 

「どうしたんだい……?早く殺すんだ」

 

 キュゥべえが、夏音に対して使い魔を倒すよう催促してくる。それはこの場ですべき事であり、最も正しい判断だった。ここまでやって最後の最後で撮り逃すなんて以ての外だし、被害のことを考えたら、やはりその危険は摘み取るべきなのだ。

 

「キュゥべえ……。この使い魔、なんか可愛そう……」

 

 夏音は、武器を下ろす。キュゥべえがその動きを驚いたような様子で目で追いかけた。

 

「何かあったのかい…?」

「……私、何か悲しいんです。使い魔を殺すんだと思うと、苦しくなるんです。使い魔なんかに……、そういうこと思っちゃいけないって、分かってるはずなのに」 

 

 しかし、それでも哀れに感じてしまう。言葉が分かるせいか、この使い魔が普通の動物や人間といった生命と、同じように見えてしまうのだ。異形の姿をしている、呪いから生まれし怪異だと言うのに、こうして命を永らえさせようと死に抵抗する様は、あまりにも胸が痛くなる。

 

 キュゥべえは、あり得ない、と一言言った。

 

「……そう思う子がいるなんて、信じられないよ。その魔女に恐れを抱く感情は理解できる。誰だって、魔女は怖いだろう。初心者の子は魔女がトラウマになって、戦えなくなったというケースは多々あることだ」

「……」

「だけど、君みたいな子が使い魔や魔女を憐れむのは、初めて見たよ。……君は本当に稀有な存在だと思うよ」

 

 やはり、夏音のように憐憫を持つのは稀らしい。それはそうだろう。誰が怪物などに、同情や、哀れみや、悲しみを向けたりなどするのだろうか。誰もそんなもの、殺したいと願うし、排除したいと思うに違いない。

 

「……私、何なんだろう……」

 

 その問いかけを自分に向けるも、答えは出なかった。キュゥべえでさえも、何も言わずじっと黙っているのみである。

 

 使い魔の動きが止まる。どうやら限界がきたらしい。やがて、その体を構成していた組織が崩壊し、穢れや魔力が霧散していく。

 それに合わせて、周りを取り囲み結界も、掻き消えた。

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