魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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厄災の序曲

 ここが、何処なのか。今いる場所が、どこに位置しているのか。その少女には、それはよく分からなかった。

 少女にとって、それは無理もないことだっただろう。なんせ、元に戻ったのは良いが、記憶は抜けたもの(・・・・・)が多く、完全ではなかったのだ。以前見た場所も、覚えているべきはずの住所も、多く忘れ去っている。そんな状態で、この今いるところはここだよと地図で刺されても、はあと生返事ぐらいしかできなかった。

 

 しかしそんな彼女でも、この胸に宿る感情だけは忘れなかったようだ。今でも、こうして静かに何もせずにいれば、その炎はより勢いよく燃え続ける。

 

「……何だろうね」

 

 少女は自らに起こったすべてのことを振り返りながら呟く。

 

 運命というものが、果たして最初から神様がお決めになっているのだとしたら。この自分がここにいることにも、何か意味があるのかもしれない。

 ……いや、絶対に意味はある。無意味な運命なんて、きっとこの世には存在しない。それを、運命とは決して呼称してはならない。

 だからこの摩訶不思議、かつ奇々怪々な運命を、偶然とか幸運とかの安っぽい何かで納得して済ませることは、少女にはできない。それほどまでに自らの運命は重く、そして尊いものだ。それに責任を持ち、この願いを成し遂げることこそ少女がすべきことなのだろう。

 

「だからさ、貴女をこんな風にするのを仕方がないって思っちゃうんだよね。だって計画に邪魔だからさ……?」

 

 少女は上を見上げた。

 そこにはガラスでできた、人間大の正十二面体が、上から吊り下げられている。中は何らかの青い溶液で満たされており、僅かに正十二面体が揺れる度に、水面も揺らいでいる。

 

「……貴女には、恨みなんてこれっぽっちも抱いていない。むしろ憐れみを感じている。……だって、貴女は可愛そうすぎるもの」

 

 初めから、きっとサチと入理乃はすれ違っていた。どうしようもなく、埋めようがなく。

 サチは入理乃を信頼していた。入理乃もサチを信頼していた。その絆は、三年を経てより太く強固となった。

 だが、それはお互い一方的なものだったのだと、少女は理解していた。二人は勝手に思い込んだパートナー像へその絆の紐を繋げ、理解し合えたと、その結び目を強くしていただけに過ぎないのだ。サチも入理乃も、本来の相方へ紐を繋げていなかった。

 

 今回のような結果になるのは、時間の問題。必然だったと言える。だが二人にとって不運なのは、それが最悪のタイミングで起こったことだろう。

 時期がずれていたら──夏音が現れなければ、彼女はこんな目に合わずに済んだだろう。もっと穏便な形でサチは入理乃の元から遠ざけられたはずに違いない。

 

「……でもそれが貴女にとっての運命なのかもね」

 

 運命とは、偶然に非ず。ましてや運に非ず。そこには何らかの因果や縁が、間接的に、あるいは直接的に、順序立って働いている。

 さながらそれはドミノ倒しと同じ。因縁という名のドミノがぱたぱたと倒れ、運命というゴールに辿り着くのだ。

 今回の件だって、そのドミノが揃わなければ起こらなかった。それを互いに用意して並べ、夏音が倒してしまったからこそ、ゴールに到達してしまった。

 それに、自分も、サチも、入理乃も、夏音も、皆が皆ドミノの並べ方を誤った。あべこべに、無茶苦茶に、滅茶苦茶に並べたものだから、そのルートはガタガタになって、歪な線を描きながら、幸せな本来辿り着くべきゴールを外れたのだ。

 

「その確定してしまった運命は、覆らないよ。それは、貴女にとっては凄く酷なことだよね。とっても、辛いよね……」

 

 そう言いながらも、意地悪くニヒルに少女は笑う。その顔は、少女がよく知っている、従姉妹とそっくりの顔だった。

 それもそのはずだろう。ほぼ姉妹同然に育ったのだから、仕草も当然共通部分がある。

 それに、彼女達従姉妹の母親は三つ子だった。母親似の従姉妹三人は、だから必然的に顔も驚くほど似ているのだ。

 そのためか、ある日親達が自分達従姉妹三人を、同じ服装で並べてみたことがある。それは、身長差こそあったものの、かつての彼女達の幼少期の頃を彷彿とさせたに違いない。はしゃぎあっていた親達の姿は、今でも目に浮かぶ。

 

 そんな少女たちを、無意識かもしれないが、何かと母親達は一つのグループとして見ている節があった。何かあると三人ひとまとまりにさせられてきた。年も近く、当時は家も近くにあったため、一緒に遊ばされる事も多くあった。

 

 最初はグループとして見られるのは、嫌な事だった。こいつらと自分は違いのだと思ったから。しかしやがてその輪が、もう一つの姉妹の集まりのように錯覚し始めた。ここにいるべきなのだと、その認識を変えていった。

 ……少女にも兄弟は三人程いたが、いずれも年が一回り離れており、物心つく頃にはほぼ一人っ子のような状態だった。彼らは気のいい親戚のお兄ちゃん程度しか、交流がなかった。だから、実の兄姉だという感覚はほぼないも同じだったのだ。

 

「だから、どうかそこで大人しくしていてちょうだい」

 

 一生、その水面の底に沈んで、揺蕩って居て欲しい。船花サチなんて、所詮この感情の前では、炎を燃やす薪でしかない。邪魔されたら、今の自分は彼女を殺してしまうだろう。

 しかし自らが死神となり、その鎌をふるって首を刈り取り、高らかに叫び笑うのは、少女の本意ではない。少女が鎌を向けるべき相手は、もっと他にいる。サチは、薪にすべき存在ではないのだ。

 

 ……きっと、このまま目覚めない方がサチや入理乃のためにもなるだろう。

 入理乃は恐らくサチを受け止めきれないし、受け入れられない。その分からない、理解できないという恐怖の感情から、サチを傷つけ拒絶し、排除するのが目に見えている。

 しかしそれはある意味自傷行為そのものといえるだろう。サチを大事に思う心は、恐怖を抱いていても変わらない。だから、大切なものを傷つける度に、心には消えない怪我を負わざる得ない。

 

 そこまで考えた時、背後から足音がした。てっきりここには来ないと思っていた少女は、若干びくりとしながらもその人影へと振り返る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 着物姿に、頭の花飾り。両腕には和装に不釣り合いな金属の籠手。足には下駄。

 そこにいたのは、魔法少女に変身した、阿丘入理乃だった。

 

 少女は気づかれぬように僅かに顔を曇らせる。その目の前の入理乃の表情が、あまりに淡白なものだったからだ。一切の感情を排した、と表現すれば、それがいか程のものか分かるだろう。

 

 少女は、入理乃のソウルジェムを見る。その輝きは案の定、穢れに飲み込まれて、大分曇っている。それは、彼女の精神状態を如実に表していた。

 正直、絶句する。まさかここまで、と思わずにいられなかった。

 

「貴女……、ソウルジェムが……」

「……」

 

 言われ、入理乃は己の魂の宝石を確認する。そうして、僅かに驚いたかのような、いや、呆気に取られたような顔になる。どうやら今の今まで、気づいていなかったらしい。

 

 入理乃は苦々しい様子でグリーフシードを取り出し、穢れを吸わせる。

 そのグリーフシードは、サチが集めてきたものだということを、少女は知っていた。“彼女”が最後に、サチのグリーフシードの在り処を教えてくれたのだ。

 

「ありがとう」

 

 入理乃は浄化し終えると、素直にお礼を言う。大分、それは先ほどの顔と比べたら、朗らかで柔らかいものだった。

 だから少女も、出来るだけ優しい、包み込むような笑顔を向けた。

 

「うん。どういたしまして」

 

 すると入理乃は、くしゃりとした泣き顔にも似た笑みを浮かべる。少女は見ているだけで、彼女に同情した。そんな顔をされたら、せざるを得なかった。

 

「……貴女は、本当にあの結とは違うね。こんなにも顔は似ているのに」

 

 何てことないような、普段の喋り方と同じトーンだったが、その口調は、結への侮蔑が含まれていた。

 それに、どこか腑が煮え繰り返るところがなくもなかったが、しかし結を嫌っているのは少女も同じだ。

 少女は、結を憎んでいる。正当ではなく、しかも逆恨みに近い形で。だから、そんな身勝手な理由を抱いている少女は、何も言えない。言ってはいけないのだと、少女は言葉を飲み込んだ。

 

「“彼女”の様子は、どんな感じ?」

「……消え去った。この体に宿る違和感はごく僅か。殆どないって言っても良い」

 

 と言っても、やはり馴染みがない。この腕も、足も。どうにも、本調子になれそうもない。

 

 ……だからか、時々すべては妄想なのかもしれないと感じる。この眼球が映し出す視界も偽物のように思えるし、この鼓膜で捉えた世界の音は、幻聴かもしれない。すべてが、まるで現実なのか否か、判断が難しい。

 

「“彼女”がいないってことは、もう貴女一人だけなんだね」

「うん。でも、辛いけど頑張ろうって思える」

 

 ずっと前から覚悟をしていたことだ。だから今更ころりと覆るはずなどない。それに“彼女”のことを考えれば、少女はその覚悟を放棄してはならないのだ。

 

「……“彼女”が居なくなって、とても寂しい。でもだからこそ、すべてを終わらそうと思えるの」

 

 この喪失感は、何をすべきなのか少女に教えてくれる。胸の内に宿る感情が望みし戯曲を紡げと。

 ならば、奏でようではないか。作詞作曲、お任せあれ。タクトを振るう練習は些か足りないが、それでも華麗に振るってみせよう。楽器の具合も分からないが、きっと奏者は上手く演奏してくれる。

 

「ええ、そうね……」

 

 同意する入理乃。まるで、ああ、安心するといったように。

 入理乃は、少女のことを理解できると思って、心安らいでいるのだろう。恐らく、自分の事を利用するために共にいるのだと、思い込んでいるに違いない。

 そしてそれは、半分間違いで半分当たっている。少女は彼女を庇護すべき友人共思っている。だが、少女は確かに入理乃を、自分の望みを遂行するための協力者としても見ているのだ。

 

「私も、もうこの因縁を、消し去ってしまいたい……」

 

 その“因縁”とは、多分夏音のことだろう。それ以外に彼女を指すべき言葉は、見当たらない。

 

 少女は、夏音について考える。

 菊名夏音のことを、少女はよく知らない。会ったこともないし、話したことさえ──いや、ある意味話したことはあるが、それも一度きりである。入理乃の口ぶりからして、どうも良い子だというのは何となく分かったが、しかしそれもそれでいまいち彼女の人物像を把握しずらい。優しいとか、性格が良いとか、そういうありふれた褒め言葉は、実はこの上なく曖昧な表現なのだ。

 だから彼女の人格に対して、どうこう言うことはできない。だがその存在が、あらゆることの起因に繋がっているのだということは、無視できない。暴論だが、夏音はすべての元凶だと言えるかもしれない。彼女は、いまやこの早島のあらゆる因果の終着点。魔法少女の中心人物だ。

 

 どちらにしろ、菊名夏音は純粋に排除すべき敵だ。こんな厄介な存在を、放置するわけにはいかないし、殺しておかないとまずいだろう。

 

「絶対、計画を成功させよう。そうしなければいけない」

「うん。そして呼び寄せよう。この手で」

 

 少女は愉快になって、高笑いした。その笑い声は、まるでカラスにようにやかましいものだった。

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