魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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ついに結の過去編始動。でも今回は短め


結 1

 何度見たか分からないほど、同じような演目が延々と舞台では続けられている。

 踊っているのは、白い動物のおもちゃ達。音楽を奏でるのは、これまた玩具。背中にぜんまいを付けた、ブリキ製のお人形だ。

 彼らには、おもちゃという以外にも、いくつかある特徴があった。

 それは龍のような仮面をつけていることと、赤い目をしていることである。ちなみに仮面をしているのに赤い目だと分かるのは、それが常に光っているからだ。

 

「……ようやく、ようやく思い出したんだね」

 

 特別な、夏音専用のボックス席。しかしそこには、魔法少女姿の夏音一人だけではなく、もう一人少女が座っていた。

 

「やっぱり、貴女には私しかいない」

 

 少女は黒い髪に黒い喪服を着ていて、龍の仮面をつけている。だが少女の表情が、夏音には手に取るように分かった。

 彼女は、きっと口を歪めて微笑んでいる。夏音を歓迎しているのだ。

 

「……。そうだね。私には、貴女しかいない。だから本当に申し訳なく思うよ。貴女が与えてくれた記憶を忘れちゃって、妄想の中に逃げ込んでいたのだから」

 

 ああ、本当に悪かった。

 あれは、とても大切なものだった。思い出して、初めてそれが身に染みて分かる。

 彼女が与えた記憶は、菊名夏音という人格を形成する上で大事な要素の一つだった。いや、核とさえ言っていい。あの記憶がない夏音は、夏音ではない。

 ……だから今まで自分は、紛い物だった。夏音という名を騙る、ただのお人形に過ぎなかったのだ。

 それがいかに自分の役割から逸脱していたか、想像するだけで恥ずかしい。

 

 なんと愚かな自分。記憶を忘れるなんて、馬鹿馬鹿しい!

 

「でもほとんど虚構だなんて言う割には……、その妄想はすべて記憶をパッチワークみたいに切りはりして作ったものじゃない。たしかに矛盾も多いし、しーちゃんには偏見が入ってる。けれども、リノちゃんは一貫してリノちゃんだし、後半のしーちゃんは本当のしーちゃんにとても近い」

 

 特に最後の船の魔女については、シチュエーションは違うけれど、本当のことだし。

 そう言いながら、少女は首を傾げる。

 

「けどさ、クリスの私。エリカの私では、それは妄想なんだ。菊名夏音が体験したことなんて……私が体験したことじゃないんだから」

「だけど、私と貴女は同じだよ。だから、船の魔女に恐怖を抱くことは、魔女を怖いと思う心は、偽物じゃない」

「……そうかな?」

 

 クリスの言うことに、こちらも首を傾げる。

 

(どうせそんなの……、エリカの自分にとっては全部虚構なんだ。だって私は……“私”じゃないんだから)

 

「そうだよ。偽物じゃない」

 

 しかし目の前の少女、クリスティーヌは、それが完全なる妄想ではないと否定する。

 夏音はそれが実に不可解に思えた。やはりクリスティーヌは自分のことを分かっていない。立場に違いがあり過ぎて、考えにも違いがあるらしい。

 

「……この世界は、貴女の目から見てどうかな?偽物じゃないかな?」

 

 夏音は舞台へと目を移す。

 そこでは大袈裟な演技で、ドレス姿の白い毛の猫が、真ん中で泣き崩れている。それを盛り上げるように、音楽の旋律も切なく激しくなっていく。演目はすでに、クライマックスだった。

 

「偽物じゃない。本物だよ。ここはまさに、私の、菊名夏音の心。龍神信仰の世界観などない、一切早島を省いた、私が満たされた私だけの世界」

 

 うっとりとした声音だった。クリスティーヌは舞台へ向けて、手を広げてみせた。まるで、そのすべては自分の物だと言わんばかりに。

 それは、実際に正しい。この世界は夏音が生み出したものだから、クリスもまた、この世界を共有している。つまり、ここはクリスティーヌの世界でもあるのだ。

 

「……ごめん。この世界に、結さんを、家主さんを引き入れちゃって」

 

 夏音は謝る。

 本来ならば、それは許されざる行為だ。この世界に、龍神信仰に関するものは入れてはいけない。そうすればたちまち、この世界は龍神によって汚染され、劇場は崩壊する。

 

「良いよ、別に。それくらい、私は耐えられるから。この世界観を守ってみせるよ。それに分かってるでしょ?」

「うん。結さんを助けることは、私達の望み。ならば私達の世界へ誘っても、私達は構わない」

 

 演目が終わる。舞台に立つ主演者は、深々とお辞儀をした。

 二人が惜しみない拍手を彼らに送ると、それに共鳴するように、何処からともなく、次々と歓声が湧き上がった。

 

「これで……、次の演目が始まるね」

「その演目の主役は誰なの?」

 

 クリスティーヌが尋ねる。エリカはそれに当然のように、決まりきっていると答える。

 

「もちろん、広実結だよ」

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 結は生まれた瞬間から、決められた人生を歩むことを宿命づけられていた。

 

 十七年前。広実一族本家に、娘が生まれた。

 その娘は久しぶりの娘で、実に十年もの間、本家には娘が生まれなかった。

 一族一同は皆歓喜し、彼女が生まれたその夜は盛大に歌い騒ぎ、それが一週間も続いた。

 そして彼らはその喜びから期待を抱き、それを娘の名前としてつけることにしたのだ。

 

 その名が(ゆえ)

 その血を子孫へ繋げ。本家の娘として、相応の家と結婚し、繁栄をもたらせ。

 その未来へ、一族を結え(・・)。そんな意味が込められた名だった。

 

 広実一族の起源は、魔法少女、巫によるものだ。

 その巫達は、ある一族たる広江の家の者から、遠く離れた集落のことを聞いた。そしてその集落をモデルとして、己の一族を徹底的に血統や信仰による管理をすることに決めたのだ。

 その考えは、今でもなお根強く残り続けている。

 男は家を継ぎ、または分家を作る。女は他の家に嫁いで、優秀な“女”を生み出す。

 広実一族は、それを昔からずっと続けてきたのだ。

 特に本家の娘は、直径の血を最も濃く受け継いでいる。この血を時代へと繋ぐのは、結の生まれながらの責務だった。

 

 だが、それ以外何も求められなかった。ただその責務さえ果たせばそれで良いと一族の皆は言った。

 繰り返し繰り返し、洗脳でもするみたいに、責務、責務、責務、責務、そればかりだった。

 

 まるで、責務を果たすためだけの道具。一族の奴隷だ。

 

 しかし結はそれを、幼い頃から疑問に思っていた。本当にこのまま、奴隷で良いのだろうかと。

 ずっと心の中では何かの感情が蠢いて、結を常に突き動かさんとしていた。それは結が生まれながらに持つ、やりたいことに違いなかった。

 結はそれに従って生きることが、本来の自分の生き方なのではないかと考えていた。感情を持て余し、世界はもうこの時から灰色に見え始めていた。

 ならばその感情を叶えれば、この世界は素晴らしいものになるに違いない。そしてその世界を素敵なもので埋め尽くせば、きっと幸せになれるのだ。奴隷から、解放される。

 

 でも、やりたいことなんて見つからなかった。

 小さい頃、結は本当に不器用でのろまだったから、何をやっても上手くいかず、上達もしなかった。そんな中、他の子達は上達し、結を置いていく。

 それに、どれもこれも、しっくりこない。やっても全然楽しくない。情熱を向けられず、最終的には苦痛になっていた。

 

 やがて結は、自分があまりにも空っぽなのだと気がつく。やりたいことなんて、そもそもこれっぽっちもありはしない。この感情が高ぶるものではない。

 ……そんな自分に、結は絶望した。生きる意味が、責務以外に何も思い浮かばなくなった。

 結局彼女は、奴隷でいることを選択した。夢が叶わないのなら、奴隷のままでいた方が良い。それ以外、やるべきことがなかったのだから。

 

 ……もちろん迷いはあった。

 結のすべては、責務じゃないのだ。やろうと思えば、もっと他の生き方だってある。そして感情は消化されず、目を逸らすにはあまりにも苦痛だった。

 いつだって、結はここから逃げ出せる。今からでもやりたいことを探して見つければ、この衝動を叶えることができる。

 

 しかし、勇気が足りない。自分に自信が持てない。それに気がつけば、大切な従姉妹達ができていた。逃げ出したら、彼女達にも迷惑がかかる。

 結はこのまま、奴隷であるしかないのだ。

 

 ──だから……、“それ”を見た時。結は純粋に、応援しようと思った。自分が叶えられない自由を、手に入れて欲しくて……。

 

 そして結は、ミズハを裏切った。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 “それ”を見たのは、まったくの偶然であった。

 

 結はある日、見滝原の町中を歩いていた。特にその日は用事はなかったが、暇だったので一人で見滝原に遊びに行っていたのだ。

 見滝原は早島と違い、何もかもが真新しくてあらゆるものが進んでいる。まあ、端的に言えばお洒落なのだ。だから、ただお店を回るだけで楽しい。早島は退屈でつまらないから、より一層そう、そう感じられる。

 

 結はきまぐれに、ゲーム関連の商品が売ってあるお店に足を運ぶ。そして店内を歩き回り、ある一角まで来た時、結ははっとして止まった。見覚えのあるゲームのパッケージを見つけたのだ。手に取り、確認してみる。

 

(やっぱり、最新作だ!)

 

 そのゲームは、超マイナーのゲームシリーズ。早島の店では見かけなかったゲームだった。

 結、ミズハ、順那は結構ゲームオタクだ。三人でよく集まって、休日はいつもゲームをするのだ。

 このゲームは、前々からミズハがやりたがっていたものだ。三人で対戦プレイもできるし、買えば彼女達と一緒に楽しむことができる。

 

 結は財布の中のお金を見、そして手持ちがどうにか足りることを確認する。

 実は案外このゲームは高く、本音を言うと買いたくはない。しかし、まあミズハの誕生日も近い。そのプレゼントだと思えば、構わないだろう。

 

(喜ぶだろうな、ミズハ)

 

 三人の中でも、特にミズハはゲーム好きだ。きっとあげれば、飛び上がって嬉しがるに違いない。

 そんな姿を想像して、ついくすりと笑う。気分が良くなって、結は鼻歌混じりで入り口近くのレジに向かった。

 

 ……しかしその時。ふとガラス張りの入り口を向いた時、外に見覚えのある女性を見かけた。

 しかもその女性は一人ではなく、知らない男性と一緒に歩いている。

 彼女は全体的に、らしくもなかった。普段着ないような、どこで買ったんだと思うような可愛い洋服を着ているし、化粧も普段よりも気合が入りまくり。一瞬、本当に別人ではないかと疑ってしまった程だ。

 

 驚いて、しばらく固まってしまった。まさか彼女に限ってこんなことをするとは、有り得ないと思っていたから。

 

 結は急いでゲームを買うと、店を飛び出して女性の後を密かに追いかけた。

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