あの日から数日後。伊尾ユミハは、いなくなった。
同じシェアハウスをしていた彼女とミズハの姉、フタバがいないすきに荷物を纏めて出て行ったらしく、慌てて旅行から帰ってきたフタバが家に戻った時、そこにユミハの所持品を含めた数々のものがなくなっていた。
代わりにあったのは、丁寧な文字で書かれた手紙。内容は、好きな男性と結婚するので、一族から離れるということだった。
それは瞬く間に連絡網を飛び回り、本家の日本屋敷へと一族を収集させる。集まった彼らは、広い畳の間に序列順に座りながら、そのあまりに唐突かつ身勝手でわがままな手紙の内容に、口々に腹を立てた様子で悪口を言った。
「なんと愚かなことを!龍神の教えに背くとは」
「まったくだわ!私達の存在は、龍神様を讃えるためにある!龍神様の教えに逆らうなんて馬鹿でしかないわ!そうすれば私達は幸せになれるのに!」
「だいたい、これで何人目だ!?今年に入って三人目だぞ!?お前の家は、確か子供達に伝承を教える係だっただろう!?ちゃんと教えたんだろうな!?」
「な……、なんだと!?俺を馬鹿にするのか!?そういうお前こそ、息子が一族から離れるのではないかと噂になっている!お前の方が、ちゃんと教えたんだろうな!?」
やがて、悪口は互いの罵り合いへと変わる。お前が、お前が、お前たちが、ちゃんとしていなかったから、一族から人が離れていく。そう言っては、責任を押し付けて、過去の失態を抉りて突きつけ、みっともなく騒ぎ立てる。
誰一人、今回の件で自分は何も悪くないと思っていて、教えを守らない者は悪だと、周りに吐き捨てている。
本家の人間として上座にいる結は、どこか冷めた目を彼らに向けた。この場所は、親族全員を見渡すことができる。だからこそ、一族の醜態を嫌でも客観的に見ることができた。
(皆、何を言っているんだろう。教えを守ったからと言って、龍神様が僕達を幸せにするわけがない。龍神信仰は、そんなに尊いものなの?僕にはそう思えない。そう思えるなんて、狂ってるよ。龍神信仰を、僕は信じない……)
だって龍神なんて、いるわけがない。神様なんているわけがない。それらは全て、人間が作り出した作り物であり紛い物。紛い物に縋り
付くなんてどうにかしている。本当に馬鹿みたいだ。
しかしいくらそう思おうとも、それは結だけの思考。この場において、同じことを考えている人間などいるわけがない。つまり、結に同意してくれる者はいないのだ。
(僕がいくらユミハに罪がないと主張したところで、彼らは教えに背いたと言うだけだ。彼女の罪は軽くなりはしない)
……決意を固める。
ユミハを結婚へと促した結には、ミズハやその家族を守る責任がある。そしてそれを約束した。
どこまでやれるか分からないけど、結はやり遂げなければならない。……ミズハのために。
「静粛にしろ」
ただ一言。それだけで、場がしんと静まりかえり、声を発した人物に全員が注目する。
「騒がしい。少しは落ち着きというものを覚えろ、忌々しい馬鹿どもが」
結のすぐ側にいる、細身の老人が威厳ある声でまた言う。彼こそが、一族の長たる結の祖父。広実
「伊尾家の者よ。前に出ろ」
おずおずと中年夫婦、そして伊尾家の子供達が長の前にやってくる。その中には当然ミズハの姿もある。こっそりとその表情を伺う。
「……」
ミズハは困惑しているのか、緊張しているのか。訳がわからないと言ったように、若干眉を潜めて、額に汗を浮かべている。
結はミズハに対し、土下座をして謝りたい衝動に駆られた。その顔を見ているだけでも、とても辛い。
でもそんなことは今できないし、やるべきことではない。
(僕がやることは、責任をとること。だけど……僕は本当に、この策でミズハを守れるのだろうか。僕が“こんなこと言ったら”……爺様はなんて言うんだろうか)
祈るような気持ちで、長を見る。どうか、自分の都合が良く動いて欲しい。
「お前の家の者は、大罪を犯した。責務を放棄したのだ。……我らの始祖がお決めになさったその教えは、龍神を信仰する上でとても大事なものだ」
「……」
「何とユミハは情けない。そしてそういう風に育てたお前達を、とても残念に思う。本当に今まで何をやっていたのだ」
伊尾夫婦は俯き、暗い表情のまま答える。ミズハは両親を心配そうに見つめていた。
「責務を放棄する者を生み出した家は、我が一族に必要などない。よって、伊尾家は今日より追放とする」
思ったよりも容赦なく、知造は告げる。
結は僅かに目を見開いて、自分の見立てが相当甘かったことを自覚する。まずいと思って、慌てて口を開こうとする。
しかしその時、ミズハがばっと立って、夫妻を庇うように彼らの前に来ると、長に詰め寄った。
「お、お爺ちゃん!あたしは納得いかない!あたし達は何も悪くないもん!」
「……だが罪は罪。当家の罪は、当家の者が責任を持って被るべきだ」
「な……!!」
ミズハは絶句したように知造を見た。だが親族達は、後ろから長の言うことの同意する。
「そうだぞ、ミズハ。あまりに言い訳がましい。お前達は、追放だ」
「な、何よそれ……!!」
ミズハはぶるぶると体を震せた。そして次には耐えきれなくなったのか、怒りの表情を浮かべて激昂した。
「何でそうやって責めてばかり!?何で誰も庇おうとしてくれないの!?この際だから言わせてもらうけど、いつも思ってたわ!……貴方達は、どうかしてるわ!!普通じゃない!!何を言っているのか分かってるの!?」
「お前こそ何を言っている。教えを破った分際で」
一族の、あまりに心底疑問に思う声。ミズハはますます怒ったようで、その怒りに飲み込まれたように強く吠える。
「ふざけるな!!あたしは教えは破ってないわ!……どうしてあたし達が悪者扱いなの!?悪いのは、姉さんなのに!……そう、姉さんが勝手に出て行ったのが悪い!こんなのあんまりよ!罰を受けるのは、姉さんであるべきよ!?ねえ、結!!」
「ッ!!」
ミズハが縋るように結を見て、彼女は固まる。
思わず、何か言おうとした。しかし口さえも固まって、何も言えない。
……すべて自分が悪いだなんて、この場で言うことができなかった。
(ミズハ……。ごめんなさい、ユミハを選んでしまって……。ごめんなさい……)
だから、心の中で謝る。
激しい悔恨が今更のように浮かんできて、痛みのようものが胸いっぱいに広がる。それがあんまりにも痛いものだから、結は泣きたくて仕方がなくなった。
「アンタまであたし達を……」
けれど、それは伝わりはしない。その感情は、内側にしかない。表には出されてはいない。
……きっと結は、側から見ればただ目線を逸らしただけに見えただろう。だって、ミズハの姿をとてもではないが見ることができなかったから。
ミズハは裏切られたように呆然とする。
「どうして……!?」
彼女は憤怒を向ける。その熱は炎となり、痛みに直接押し当てられた。
痛みはさらに増し、じくじくと傷になって膿を出す。
(……。何か、言わないと……)
見えない何かからプレッシャーを感じ、心臓が爆発しそうなほど鼓動が速まる。場の雰囲気が結の首に手を添えて締め上げ、かなり息苦い。
彼女はそれに圧されるように、どうにか声を絞り出す。
「ま、………。……待って……、ください……」
その声は、勇気を出した割に小さい声だった。とてもか細くて、弱々しい。まるで頼りになりはしない。
「結?」
だがミズハの目が失望したものから、何か期待するものに変わる。ほんの少しだけ、結はほっとする。息苦しさが軽くなり、語調が少し強くなる。
「じ、爺様。これ以上追放したら、不味いのではないですか?ならいっそのこと……」
「……結。お前まさか……」
「……一族が抱える問題を、伊尾家に押し付けては如何でしょうか?見滝原にある神社の管理を、任せてみては?」
結がミズハを守るための索。それは、ミズハ達一家を見滝原へ移住させることである。
見滝原は一族が住んでいる数も少なく、龍神信仰を奉じる古い家がない。だからそこに住めば、ユミハのことで差別的な目で見られることはない。
しかしこのままただ追放されたり、お取り潰し程度で、伊尾家は早島から離れることはないだろう。ミズハの両親は、それはもう熱心な龍神信仰の信者だ。だからそこに住まう龍神から遠ざかることは、決してやらない。
そこで、それを“罰”という形で叶える。
見滝原には昔早島だったところがあり、龍神信仰を祭る神社が複数ある。そこはどれもが古く、ボロボロになっている。しかし捨てるにはあまりに由緒正しき神社であり、維持をしていかなければならない。
だから皆、その管理を誰もやりたがらない。しかも見滝原に住むと言うことは、実質的に一族の中で序列は下となる。龍神から遠くなるのを、ミズハの両親同様嫌がるのだ。
それを、罰として伊尾家にやらせるのだ。もちろん、追放やお取り潰しの代わりの罰の主張としてはかなり弱い。
だが……妥協点として出せば、もしかしたら祖父に一案として聞いてもらえるかもしれない。もうこれ以上容赦なくお取り潰しするのも限界に近いはずだ。一族の人数が減ったことで、色々問題が出まくっている。それを知造が悩んでいることを、結は知っている。
我ながら随分と楽観的な策だ。しかしこれ以上は何も浮かばない。方法は、一つしかないように思えた。
「そ、そんなのは……」
ミズハは納得がいかない顔をする。罰を受けるのに、どっちみち変わりはない。だからこそ、不服なのだろう。
……許してくれとは言わない。だが、しょうがない。これもミズハを守るためだ。
「お願いします。爺様。伊尾家にあの神社を任せてください」
その場がざわっとなった。
当たり前だ。こんな考え、今までなかったのだから。
「……確かに、結様の言う通りかもしれない。あそこには皆困っていたからな……」
「し、しかし教えには追放ということになっていたが……」
「私は良いと思うわ。ぶっちゃけ、何から何まで追放しなきゃいけないのもちょっと……。それに“追放”っていうのは、厳密に言えば、昔の始祖が始めた慣習よ。教えに反してはいない」
「そうであっても、わしは認めない!昔からやっているのなら、それも守るべきだ!」
皆顔を見合わせて話し合う。
意見は実に様々で、反対意見もあれば、肯定的な意見もある。しかしどちらも同じくらいの数の意見なので、話は一向に進まない。平行線のまま、彼らはぐだぐたと論争を続ける。
「静粛に」
そんな彼らを、長は最初の時同様一言で黙らせる。一族はしんとなって、知造を見る。
だがそれを知造は一瞬だけ煩わしそうにすると、結に問いかけた。
「……お前は、どうしてそんな提案をしたんだ?」
「……そ、それは、このまま一族を減らすわけにはいかないと思ったからです」
まさかミズハを守るためです、とは言えなくて、結はごまかす。正直、自分の顔が苦笑いしていないか不安だった。
「だ、だいたいさっき、親族の方も言っていましたが、何でもかんでも追放追放って……。ちょっと酷なんじゃありませんか?」
「結、さっきからお父様に向かって無礼よ!少しは黙りなさい!」
結の親が祖父に変わり、嗜める。だが結は親の言うことを聞かず、そのまま続けた。
「そこまでやる必要性が、僕には分かりません。考え直していただけませんか?」
「そ、そうよ!どうしてそこまでやるの!あたし達が追い出される道理なんてない!」
ミズハが結の言うことに強く頷く。結もお願いします、と言って知造に頭を下げた。
だが、それを見ていたミズハの父は首を振った。
「……ミズハ。やめなさい。結様も、ありがとうございます」
「と、父さん……!!何言ってるのよ!!」
ミズハは父に憤慨する。すると彼は心底申し訳なさそうに、娘や結、長を見渡した。
「これ以上ご迷惑をかけるわけにはいけない……。ミズハ、お前ももう僕達を庇わなくて良い。大人しく、一族を出て行こう」
「そうよ。そんなことをしても無駄よ。だから、どうか……」
「母さんまで……。何よ、それ……。どうして……」
両親にそう言われて、ミズハは膝から崩れ落ちてどさりと座ってしまった。結もその様子にショックを受け、悲しげな表情を浮かべた。
(ミ、ミズハ……。僕のせいで……。それにこのままじゃまずい……!!)
ミズハの両親が自ら出て行こうとしては無意味だ。それでは彼らはこの早島に残ることになり、ミズハ達を守ることができなくなる。
結は焦燥を感じ、伊尾夫妻に考え直すように主張する。けれど彼らは聞き入れようとせず、出て行くと言って己の意見を変えない。
「はいはーい。……ちょっと良いかな〜」
その時だった。比較的前列に座っていた順那が、場に似合わない気の抜けた声で、手を上げながらそう言った。
順那に目線が集中する。それに順那は、にたりと笑みを浮かべた。
「順那!!このような時まで!!」
「まあ良いじゃん。許してよ、お母さん」
母親に叱られるが、順那は特に反省した様子もなく、ふざけた口調で謝る。それで諦めたのか、母親ははあと困り果てたように溜め息をついた。
「私達に何か反論があるの?」
順那にミズハの両親は質問する。少しその顔には、怒りが浮かんいた。
しかし順那はそれに一瞬失笑すると、氷みたいに冷たい表情になった。
「あのさ、ミズハや結の言うことに長はまだ何も答えちゃいないんだよ?……あたしは長の意見が聞きたいんだよ。それを何勝手に自分たちでもう決めちゃってるわけ?」
……それは、あまりにも正しい正論だった。だから伊尾夫妻は何も言えない。結やミズハ、周りも無言になって、順那に釘付けとなった。
普通これほど堂々と、このような場面で正しいことは言えない。ましてや、まだ順那は小学五年生と幼い。そんな少女が、長相手に臆せず、むしろ当然のように言ってみせるのだ。妙な迫力があって、皆順那に呆気に取られていた。
「ていうことでさ、長。ぶっちゃけどうなの?」
「……」
しばらく知造は、順那をじろじろと見る。そして結、ミズハを見やった。
「……お前達は、哀れだな。巫の素質があるのに、それがこうして仲が良くなるとは……」
「……爺様?何をおっしゃっているんですか?」
「何を言っているのか、理解しなくて良い。その方が、ずっと良い。あまり深く気にするな」
結達三人はきょとんとしていたが、すぐに頷く。まったく意味不明だが、今は気にすることではない。
長は彼女達のその動作を確認し、気を取り直すようにふうと息を吐いた。
「…………。結の言うことは、もっともだった。その提案、聞き入れよう」
「え……?」
意外とあっさりと聞き入れてもらったので、結は思わず驚いた。知造はもっと渋るのではないかと思ってたので、ついぽかんとしてしまった。
「よろしいんですか?」
「ああ」
結の父が聞くが、知造の答えは変わらない。
いつもならば問答無用の追放しているのに、今回ばかりは結の言うことを聞くので、結の両親は知造を不思議がるように首を傾げた。この知造は、何かがおかしかった。
「……二人とも、それで良いか?」
「はい……」
伊尾夫妻も素直に返事をする。長の決定に逆らう気がないからだろう。
「ミズハも良いか?」
「……あたし達は、何も悪くないのに」
ぶすっとしたようにミズハは答える。それを彼女の兄弟が宥めた。
「仕方がないよ。……受け入れよう。追放より、まだましだ」
「……分かった。けど、あたしは自分達が悪いなんて思わないんだから」
ミズハは自分の祖父を睨みつける。彼女の瞳は、真っ赤に燃えていた。
しかし知造はただ、哀れみを込めた目で見るだけだった。
◆◇◆◇
それから、知造は詳細な罰を伊尾家に言い渡した。
まず見滝原に行くのは、来年の四月。管理する神社は、二つの神社。そして伊尾家の序列を、下から数えて三つ目とすること。
その処分に、ミズハも最早何も言わない。これ以上騒いでも迷惑になると悟ったからに違いない。ただし、顔は渋いままだった。
すべてを知造は言い終えると、さっさと部屋を出てしまった。他の親族も、つられるように出て行く。伊尾家も、そして東家も、結の両親も、外に出て行く。
その場に残ったのは、結、ミズハ、順那の三人だけ。特に仲が良かったので、せめて話をさせてあげようと言う親達の意図により、ここに残らされたのだ。
「そんな優しさがあるのなら、庇ってくれても良かったのに」
ミズハは体育座りをしながらぼやく。
あの時、誰もが追放に反論しなかった。それがミズハにとっては許せないのだろう。
「味方は結達だけだったよ。ありがとう」
「あたしはただ、言ってやりたかっただけ。だからお礼なんか良いって。ね、お姉ちゃん?」
「う、うん……」
結は暗い表情で肯首する。本来ならば、お礼を言われる立場ではないからだ。
「……でも、ましにしてくれたとはいえ、こんなのあたしは嫌だ。だってこんなんじゃ三人ずっと一緒にいられない!中学も別々だし……。結と順那とは、もう気軽にお話さえ出来ない序列になっちゃうし。これじゃ……、パーティとかも出来ないだろうな」
「ミズハ……」
「こんなの嫌だ……。姉さんが悪いのに、どうしてあたしばっかり!?うわあああああああん!!」
わっと泣き崩れる。悲しみの泣き声がぐわんと飛来して結の中まで飛び込んできて、あの痛みに響き渡る。
結は自分の愚かさを呪う。
こんなに悲しむんなら、ミズハを選べば良かった。こんなことになるなら、ユミハを選ばなければ良かった。
どうしてそれができなかったんだろう。こんなに大切な、妹みたいな子なのに。彼女を選ぶのが、結のするべきことだったのに。
……しかしあの時、ユミハを選ばなかったら、代わりに泣いているのもユミハだ。それも、嫌だった。ユミハもまた大切な存在だ。不幸になんかさせたくなかった。
(何で……、両方とも選ばなかったの?そしたらどちらか片方を悲しませることなんてなかったんじゃ……)
だが、そんなの出来っこない。現実はそんなに甘くない。どっちかを取らないといけなかった。
「僕がこんなんじゃなければ。……ごめんなさい。ユミハは何も悪くないの」
不甲斐なさすぎて、謝ってしまう。
すべて悪いのは、この広実結だ。罵倒は全部聞く。ちゃんと傾聴しよう。
だから、どうか怒りをぶつけてくれと思う。そうする権利が、ミズハにはある。
「結……。姉さんが全部悪いのよ。そうに決まってる!だから庇わなくて良いの」
「……で、でも──」
「そうじゃなきゃ、怒りが収まらないの!!頼むから……、そう思わせてよ……」
そのまま、ミズハは俯いてしまう。それに動揺した結は、順那の方を向いた。
「……僕、僕が悪いのに……」
「けど客観的に見れば、あたしもユミハお姉ちゃんが一番悪いと思うな。結お姉ちゃんは見事ミズハを守りきったんだし、そう自分を責めなくて良いよ。もともと抱え込みやすいタイプなんだから」
「そうよね。……冷静に考えると、確かに守ってくれたんだし。結は何も悪くないよ」
そう言って笑顔を向けられ、また心が痛む。傷口が、さらに深く深くなっていく。
(こんなの、守ったなんて言えないよ)
悲しませておいて、守れたなんて嘘だ。
漠然と、見滝原に行かせさえすれば良いのだと思っていた。でもその方法は、ミズハの気持ちを蔑ろにしたものだったのだ。
結は守るどころか……、ミズハを傷つけた。
「ありがとう。守ってくれて。離れるけど……ずっと、ずっと、結のことを思ってるから」
でもミズハは結が守ってくれたと勘違いして、“ありがとう”なんて言ってくる。そう言っちゃいけないのに。
「う、うん……」
だが結は、頷いてしまった。それ以上、ミズハに違うと言うことは、もうできなかった。