魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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結 5

 早島市に存在する市立中学校は、早島中学校以外に四つある。

 その中でも和馬中学校は最も伝統があり、前時代的なお堅い教育方針もあって校風は厳しく、厳格と言っても良い。そこに在籍する生徒のイメージが何かと聞かれたら、大半の他の中学生は、生真面目で品行方正と答えるだろう。

 だが実のところ、それほど多くの生徒は真面目ではない。嫌々ながら校則を守り、渋々先生方の言うことを聞いて、大人しくしているだけに過ぎない。

 流石に他校と比べて不良の数は少ないものの、裏では先生の陰口や色んな不満を、友人同士で言い合うのが常である。

 

「今日の野口さ、めっちゃ話長くなかった?しかもどーでも良いことばっか話すしさー」

「分かるわ〜。何でそこでマスコットの話?あのオッさん変人だよね」

「しかもマスコットの話ばっかのせいで、一時間経っちゃったよ。もう少し私達のこと考えてくれても良いのに」

 

 昼休み、和馬中学校の屋上。そこに先生がいないことを良いことに、結を含めた仲良しグループ四人はお弁当を食べながら、口々に野口について悪口を話す。やはり彼女達も生徒達の例に漏れず、普段からこういった話題で盛り上がるのだ。

 ちなみにここで話されている野口という名前は、実は本名ではない。単にその先生が野口英世ファンなので、野口という渾名が付いているだけだ。

 

「……はあ。あの人、やっぱり私達が受験生だってこと、分かってないよ」

 

 一人が、溜め息を漏らす。

 野口はさっきの会話内容から分かるとうり、授業中にマスコットの話ばかりするのだ。他にもどうでも良い趣味のことばかり話し、そのせいでなかなか先に進まない。

 

「勉強しないといけないのにね」

「でも勉強したくないよ」

「うん。受験とかなくなっちゃえば良いのに」

「早く中三終われー!!」

 

 青空に向かって、三人は思いっきり不満を言う。相当勉強のストレスが溜まっているようだ。

 

(受験……、かあ……。もうそんな年なんだよね)

 

 だがその割に、長くなかった。ミズハが見滝原に行くまでの数ヶ月間もあっという間だったが、この二年間も同じくらい早かった。

 

 別れた後、結と順那はミズハとの交流を続けていた。

 流石に会うことは無理だが、電話やラインなどは携帯一つでできたので、お互いそれらを利用して談笑した。

 しかし格下の序列の家と仲良くするのは、一族内ではタブー視されている。

 ミズハが早島を離れるまで、一応伊尾家の序列は元のままだったので、その間は大目に見られていた。だがその期間を過ぎたので、親に見つかれば唯では済まない。

 だから結達は、こっそりと見つからないようにミズハと話した。そんなことで、この関係を断ち切らせたくなかった。

 でも、そんなことを続けているうちに、次第に連絡のやり取りは減っていった。

 毎日だったのが、一週間。一週間が、半月。最終的には、一ヶ月に一回になった。

 

 ミズハがいないことを寂しく思いつつも、やがてはそれにも慣れた。

 そうなってから、急激に時間のスピードが速くなった。

 ミズハ抜きの日常が自然だと思えるようになったからだろう。

 それとも、ミズハのことを忘れようと日々を過ごしていたせいか。

 

 ……どっちにしろ、あれからもう随分と時間が経った。二年という長さは、結達十代にとってはあまりに重い。

 中学校と高校は三年で卒業してしまう。二年間はその三分の二を占め、それぞれの期間を足した六年でも、三分の一だ。

 それは大人が過ごす二年よりも、濃厚な時間であることは間違いない。

 

「そういやさあ、志望学校決まった?」

 

 友人がそういえば、とでも言うように皆に聞く。受験のことが出たので、他の人がどこに進学するのか、少し気になったのだろう。

 

「私、早島高校。結ちゃんは?」

「僕?僕は……」

 

 そこで言い淀んでしまう。

 正直な話、決まっていない。高校は受かりさえすれば、どこだっていい。やりたいこともないし、将来の夢もない。どうせ、一族の奴隷として生きるしかないんだから、何をしたって無意味だろう。

 だが、友人達は勉強が嫌だと言いつつも真剣に自分の進学先を考えている。そんな彼女達に向かって、決まっていないですと言うのは、とても恥ずかしい気がした。

 

「富ノ枝、かなあ……。あそこ、就職率良いみたいだし」

 

 結局適当なところを言う。実際そこは候補のうちの一つなので、あながち嘘も言っていなかった。

 しかし周りは、ちょっとだけ意外そうな顔をした。

 

「大学行かないの?」

「……うん。高校出たら、働こうと思ってるんだ」

「もったいないよー。成績は良いんだし、どうせなら和馬高校にしちゃえば?結ちゃんなら受かるんじゃないかな?」

 

 僅かに驚く。和馬高校という進学先を、一度も考えたことがなかったのだ。

 

「でも和馬高校って、進学高だし……」

「けど、考えてみても良いんじゃないかなぁ。今のうちじゃないと悩めないもん」

 

 確かに、今は五月。まだまだ余裕がある時期だ。これが夏休みになると本格的に勉強が始まって、二学期には追い込みに入る。

 彼女の言う通り、今だからこそ進路をゆっくりと考えられる。

 

「結ちゃん、ちょっと将来決めつけちゃってない?もっと自由に考えても良いんだよ?」

「……っ!!」

 

 自由という言葉に結はびくりと反応する。

 それは、結が最も焦がれるものにして、最も手に入れられないものだ。

 

(僕が自由に考える?広実結が、自由……?)

 

 何度夢見ただろう。責務なんてなかったら、もっと普通の家の子だったら、自由になれたのにと。

 その妄想は一応、実現可能だ。一族以外の、唯一無二の何かを選び、掴み取れば良いのだ。

 しかしそんなの、無理に決まっている。自分には、自由なんてない。こんなにもからっぽだから、選ぶとか、掴み取るとか、出来るわけがない。

 

(何をしたいか、なんて。僕にはないもの……)

 

 せめて、この情動が分かれば良いのにと思う。そしたら、こんな諦め気味な自分なんて、変えられるかもしれないのに。

 

「……難しいかも。ごめん」

 

 申し訳なさそうな顔をして謝る。すると仕方ないよね、と友人達は顔を見合わせた。

 

「……まあ、難しいよね。それに結ちゃんの進路だし、私達があれこれ言ってもね。しょうがないか」

 

 “しょうがないか”。その部分が、ぐさりと結の心に突き刺さった。

 それが……、何だか妙に、腹立たしかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 休日ということもあって、その日は何も用事がなかった。だから、やることは一つだけしかない…即ち、受験勉強である。

 

「こうして豊富秀吉は、明智光秀を打ち……」

 

 結は自室に篭り、学習机に座りながら教科書を声に出して読む。

 これは彼女なりの記憶方法だ。他に色々試したこともあったが、こうして音読した方が、一番覚えやすい。

 そのまま後五ページまで読み進め、次に買ってきた問題集の、先程音読した範囲のページと、問題集用のノートを開く。そして問題を解いて、答えをノートに書いていき、最後に見直しをしてから採点をしていく。

 果たしてその結果は──

 

(……半分もいってない)

 

 結は思わず、頭を抱えた。

 実はここのところ、何の教科をやっても覚えが悪い。成績は下がる一方で、この前のテストは過去最低の点数を叩き出しそうになった。

 その原因は、きっと勉強に集中できていないからだろう。友人が言った自由という言葉と、しょうがないという言葉が引っかかって、ふと頭に散らつくのだ。

 でも、何でこんなことに引っかかっているのか、何となく分かってはいる。だからこそ、どうしようもないというか、延々と考え込んでしまう。

 

「なーんか、やりたくないな……」

 

 元々勉強自体好きではない。せめて高校は皆卒業するので、自分も入らなければと思ってやっているだけだ。

 そのせいか、一旦意欲が失せるともう駄目だ。教科書さえ見たくなくなる。

 

(最近勉強ばっかりだし……。息抜きに遊びに行こうかな……)

 

 時間を確認すると、まだ午前だ。充分、今日一日遊ぶだけの時間がある。

 結は立ち上がると、仕度を整えて、自室を出て行った。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 都会の町並みを、歩いていく。しかし周りにある建物は、見滝原のような近未来感はない。それどころか若干レトロで、明治時代に流行った西洋建築物や、日本の古い家が目立つ。

 ここは見滝原とは別の、早島の隣町、飛有角(ひゆうすみ)市。

 見滝原ほど人口はなく、さりとて特別な町ではないが、この独特な風景は一種の観光スポットとして密かに人気だ。

 結もこの町が嫌いではない。それに案外こう見えて、遊ぶところなどは非常に充実している。だから自由に歩き回って、時々お店の中に寄るだけで楽しいのだ。

 

 やはり飛有角市の方が、早島より何百倍も面白い。

 早島にあるのは、廃れた文化と老人だけ。しかし飛有角は古いものの中に、新しいものを取り入れて発展している。自分達の良いところを伸ばすとと共に、積極的に他のものを参考に町興しをやっているのだ。

 そういうところに、結は感心していた。

 早島の人々では、こうもいかない。龍神信仰のせいか、かなり他力本願。自分から何も変えようとしない。ただ、誰かが変えてくれるのを待っている。

 

(あれ……?)

 

 何気なくコンビ二の角を曲がった、その時だった。見覚えのある女性の姿が、目の前の信号を渡ったのだ。

 しかもその顔は、ミズハとよく似ていた。服装も以前着ていた洋服だし、背格好も同じ。唯一の相違点として、若い一頭の柴犬を連れていることが挙げられるが、それは後から飼ったのだと考えれば説明がつく。

 疑いようもなく、女性はユミハで間違いなかった。二年の時間を経て、また偶然にも彼女を見かけてしまったらしい。

 

(同じことが二回もあるなんて……)

 

 驚いて、一瞬のうちに呆然。だが、すぐにその背中を追いかけねばと思った。さらに先の角に消える前に、早足で追跡する。

 ユミハはしばらく十分くらい歩いて、飛有角駅まで行く。そしてそこで、再び数分だけ待った。

 やがて、ユミハの元に一人の人影がやってくる。その人物は、かつては彼氏だった、今は夫であろう男性だ。

 

「すまねえな。ちょっと用事が立て込んでて、遅くなった」

 

 男性がちょっとばつが悪そうに言うと、ユミハはわざとらしい怒ったような口調で言った。

 

「そうよ。約束と全然違うじゃない」

「ご、ごめんな!そんなつもりじゃ……」

「もう、冗談よ。でもこの子は、待ちくたびれたかもね」

 

 女性が確認すると、柴犬はオン、と一声吠えて、男性へとじゃれついた。彼は顔を舐められて、擽ったそうに笑う。

 

「もうその辺にしてあげなさい」

 

 ユミハは周りが見ていることに恥ずかしくなったのか、主人を倒さんばかりにはしゃぐ柴犬を、無理やり引き剥がす。すると芝犬は切なげな声を出し、潤んだ瞳を男性へ向けた。

 

「う……」

 

 男性は若干すまなさそうにする。あんな目で見つめられたら、誰だってやられてしまう。

 勿論結だって同じだ。何も悪くないのに、堪らなく謝りたい衝動にかられた。

 

「ご、ごめんよ」

 

 謝られると、柴犬はぱっと表情を明るくさせて、また激しく尻尾を振った。ユミハは呆れたように、やれやれといった仕草をしてみせた。

 

(可愛いな、あの子)

 

 結はユミハから隠れながら、柴犬を見つめる。

 あんなにも甘えている姿が、とても愛らしく思える。出来るなら、自分の胸にも飛び混んできて欲しい。

 

「ほらほら、さっさと行くわよ。今日は家族三人で遊ぶんだから」

「お、おう。そうだな」

 

 男性は照れ臭そうに笑うと、ユミハの手を握る。それはとても自然な動作で、ユミハでさえも数秒遅れてはっとした程だった。

 夫の突然の行動に、妻はしばし驚いて固まったが、すぐに心の底から幸せそうに笑った。

 

(……良かった)

 

 ほっとする。

 結婚して上手くやれているのか、正直言って心配していた。男性を選んだからといって、必ずしも正解とは限らないことを、この二年間の間に気づくことができた。

 そうなった場合、自分の思いがすべて否定されるような気がして怖かった。せめてユミハだけでも、幸せでいて欲しかった。

 でも、その不安は杞憂だったらしい。こうしてユミハは、ちゃんと幸せそうにしている。

 ──そう。自分と違って、幸せそうにしている。責務を捨て去って。

 

「……」

 

 浮かび上がる感情に、目を逸らしたくなった。

 こんな感情を抱くのは、駄目に決まっている。身勝手で、わがまま過ぎる。

 

 結はその場から立ち去った。これ以上、醜い自分を見ていたくなかった。

 けれども、その感情は一層強まるばかりだった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「で、お姉ちゃん。その猫は一体どうしたの?」

「最近親に頼んで、一族の人から引き取ってもらったんだ。名前はミアちゃんって言うんだよ」

 

 結は白い子猫を抱いて、順那に見せる。順那はミアを観察しながら、訝しげに首を傾げた。

 

「どうしてこんな時期にペットなんか?」

「……ちょっとね、ペット飼っている人が羨ましくなっちゃったんだ」

 

 あの犬が、結にはどうしても忘れられなかった。そして自分も、あんな風に懐いてくれるペットが欲しいと思ってしまったのだ。

 ちなみに犬ではなく猫なのは、単純に結が猫派だったからだ。それに一族は猫を飼っている人が多く、そこから子猫を引き取ることができる。

 

「にしても、よく懐いているね。本当に可愛い」

 

 ミアは結の腕の中で、ごろごろと喉を鳴らしている。実に機嫌が良さそうだ。

 

「でしょ〜」

「……!?」

 

 口元がゆるゆるになって、だらしない笑みを浮かべる。順那は普段見せない結の表情に、ぶはっと吹き出した。

 

「ミアちゃんは本当に本当に、可愛いんだよ。この子の前では、すべての猫は見劣りしちゃうね。ねえ、ミアちゃん」

 

 ミアは呑気に欠伸をする。結は欠伸とはいえ、デレデレになって猫撫で声を出した。

 

「眠いのか〜。そっか〜」

「ぷっ、ぷぷ……」

 

 そんな結に、順那は顔を真っ赤にして笑いを堪える。誰がどう見ても、猫バカ以外の何者でもなかった。

 

「お姉ちゃん、そんな一面もあったんだね」

「……だ、誰にも言わないでよ」

 

 友人見られたら、流石に恥ずかしい。こんなところ、家族以外見せられない。

 

「……あら、寝ちゃったね」

「本当だ」

 

 気がつくと、真っ白な子猫は結に身を任せるように、その腕の中で眠っていた。

 結は微笑む。その信頼が、とても心地良く感じられた。

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