魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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結 6

 学校から家に帰ると、何か奥から母が起こっている声が聞こえてきた。気になって、何があったのかと聞き耳を立てた。

 

「……何を言っているのよ、結をそちらに行かせるわけにはいかない!たとえ、ミズハちゃんのことでもね!」

 

 ミズハの名前に、結訝しがる。急いで声がする方へ行くと、古めかしい旧式の電話を手に立つ母に駆け寄った。

 

「ミズハに何かあったの?」

 

 一瞬だけ母が固まった。そのせいか、受話器の向こうからよく聞き取れない、困惑するような声が聞こえた。母は思わずといった感じで、受話器に空いている無数の穴を両手で覆った。

 

「あ、貴女は知らなくていいことよ」

「そんな訳にはいかない。教えてよ、母さん!!」

 

 母に詰め寄る。母の様子から、何かがあったことくらい察せられる。そしてそれは母の発言によると、ミズハのことらしい。聞かずになんて、いられるものか。

 結の強い眼差しに、母はたじろいだ。そしてしばらくの間逡巡したのち、堪忍したかのように結に電話を渡した。直接電話の相手と話した方が、早いということだろう。

 すぐにそれを耳に当ててミズハのことを問う。

 

「もしもし、結です。ミズハに何かあったんですか?」

「結ちゃん?」

 

 相手が驚いた声を出す。その声に、結は相手が誰かを理解する。声の主は、間違いなくミズハの母親だ。

 だが、何故わざわざ彼女がこちらに電話してきたか分からない。序列は下の方になっているし、普通なら絶対かけてこないはずだ。

 つまりは、それ程よっぽどのことが起こっている、ということだ。

 結は嫌な予感に震えながら、自然と声を荒げていた。

 

「叔母さん、ミズハはどうなっているの!?酷い目にあってないよね!?」

「そ、それが……」

 

 叔母はここにきて、途端言いづらそうに口を噤んだ。そして数秒経ってから、お願いがあるの、と言ってきた。その間がどうしてももどかしくて、結は食い付き気味に、お願い?と復唱する。

 

「……ミズハ、家に引きこもっちゃって、学校に行けなくなっちゃったの」

 

 結は瞠目し、動揺した。嫌な予感がこれ程当たって欲しくないと思ったのは、初めてのことだ。

 ミズハを案ずる気持ちが高まっていく。

 学校で何か酷い目にあったに違いない。その心の傷が原因で、家に引きこもったのだろう。ならばその傷を、せめて分かち合いたい。こういう時、電話越しじゃ駄目だ。直接彼女の元へ行って話をしないと、気持ちが上手く伝わらない。

 

「学校には行きたくないって、突然言い出して。色々試してみたけど、事情を話してもくれない。学校側に問いかけてみたけど、問題はありませんでしたって、それだけ。そこで結ちゃんなら、ミズハから何か聞けるんじゃないかと思って電話をかけたの」

 

 その後詳しい事情を、叔母は話していく。結は何とか落ち着いている風を装って頷く。そうしないと、少し冷静になれない気がした。

 

「主人はかけない方が良いって言ったけど、……この際、序列とか関係ない。娘が引きこもってまで何もしない訳にはいかないわ。結ちゃん、どうかミズハに会ってやってくれない?」

「もちろんです」

「無理に決まっているでしょ?」

 

 即答した瞬間、母が横から否定する。信じられぬ気持ちで見ると、こちらを叱る時にするいつもの顔になっていた。

 

「ミズハちゃんと会ってはいけない。それに事情が知れただけでも充分でしょう?」

「……っ」

 

 電話を握る力がきゅっと強くなる。胸が悔しさで満たされた。

 口にはせずとも、母が言いたいことが結には分かる。

 要はミズハは序列が下だから、会ってはいけないということだ。

 

(ここでも……!!)

 

 また一族の悪しき考えが、結を鎖で縛りつける。まるで飼い犬にでもなった心地だ。結はその鎖を無理にでも引きちぎりたくて仕方がなくなった。少し待つように言うと、一旦受話器を置いてから、反抗する檻の中の獣のように怒鳴った。

 

「全然充分じゃないよ!!僕はあの子のお姉ちゃんなんだよ!?僕が行かなくて、誰が行くのさ!!それなのに言っちゃ駄目ってどういうことなの!?」

「決まっているでしょう。序列が下だからよ。本家が下の者と親しくしちゃいけないの」

「母さん!!何で分かってくれないのさ!」

「むしろ、どうしてこっちの言い分を分かってくれないの?」

「……」

 

 自分の母親なのに、結は彼女に憎しみを覚えた。いや、いっそ呆れさえ感じる。まさかここまでだとは思わなかった。その盲目さに、同情する。この人は本気で可哀想な人だ。結は心の底から、親を薄情者だと思った。

 この人は、皆と同じでいつもそう。一族の考えを押し付けて押し付けて押し付けて押し付けて。それに反することをしたいと主張すると頭ごなしにすべて否定して、言うことを聞けば一族に相応しいと褒めそやす。

 

(……歪んでる。どうして僕の母親はこんな人なの?クラスメイトは皆、普通の親なのに)

 

 抱えている不満が怒りと結びつき、ますます膨れ上がっていく気がした。

 母の目に映るのは、果たして誰なのだろうか?本当の広実結を見てくれたことなんて、多分ない。

 何で自分の周りは、こんなにもぐちゃぐちゃなのだろう。もっと普通が良い。普通の家に生まれたかった。

 そしたら、全部しょうがないと諦めなくて済んだのに。自分の母親は普通と違うけど、でも仕方がないよねって、無理矢理納得せずに済んだのに。

 

 思えば、ちょうど限界だったのかもしれない。一族への貯めこんでた感情は、受験勉強や“しょうがない”の一言でますます強くなっていた。それは抱え込みやすい彼女の性格もあって、外に吐き出されず、内で悶々とし続けていた。

 ……だから、親にこんな押し付けがましいことを言われて、我慢なんか出来なくなった。トリガーが引かれたら、もうその感情は止まらなくなった。

 

「そんなにも、その考え方は大事なの!?叔母さんでさえ一族の考えより娘を優先したのに!!僕のことは、僕の意思は、母さんにとっては一族の考えより大事じゃないんだ!!……ミズハがいつか言ったよね?貴方達は狂ってるって!!僕もその通りだと思うよ!!母さんも皆もおかしいよ」

「何てこと言うの、結!!」

「どうして僕はこんな一族に生まれたの!?どうして僕は普通じゃないの!?皆はさ、こんな変な親とかいない!!それどころかさ、押し付けがましくないんだよ!子供のことちゃんと考えてる!!でも母さんや一族の皆は違う!!良いように縛り付けてる!そりゃ、ユミハもこんな一族捨てるさ!むしろ捨てて良かったよね、うん、正解だよ!!だって、皆ろくでなしだもん!!」

 

 頰が全力で叩かれた。涙が出るくらいには痛かった。母の顔を確認すると、見たこともないくらい怒り狂った表情を浮かべていた。結は彼女の本性をその奥に見出し、冷ややかだが、とても激しい気持ちになった。

 最早この女を、許せはしない。結のことを何も理解せず、一族のことしか考えてない母を、親と思いたくない。母もまた、娘に対して怒りを抑えきれないようだ。

 

 両者は互いの顔を取って食わんばかりに睨み合う。そしてまた、罵り合おうと口を開く──前に、足音が聞こえてきた。いつの間にか、向こうに一族の長がいた。

 

「……ミズハのところに行くことを許す。行かせてやれ」

 

 長の発言は、絶対のものである。いくら母でも、逆らえはしない。

 それでも母は訳が分からさそうにしている。長の考えが理解できないのだろう。それは、結も同じだ。

 

「どうして……許してくれたんですか?」

「…………。ただの気まぐれだ」

 

 長い沈黙の後、これまた本音を誤魔化すかのような返答。結は老人に詳しく尋ねたくなったが、しかし余計な詮索は失礼だと思い、その思いを消す。親しき仲にも礼儀あり。いくら祖父でも、踏み込んじゃいけないラインは存在する。

 

「俺の気が変わらないうちに行け」

「ありがとう、爺様!!」

 

 手早くお礼を言うと、叔母に待たせてしまった謝罪と、そちらに向かうことを伝える。そして、母が止めるのも聞かずに家を飛び出す。もう、母の言うことなんか聞く気になれなかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 電車に乗り込むと、ほんの数十分で見滝原についた。そのため、季節の関係もあってまだ空は青く明るい。

 幸いにも住所は知っていたので、タクシーに乗り込む時に付近のコンビニで降ろしてもらえた。そこから伊尾家の書道教室を地図アプリで検索し、それを用いてミズハの家へと辿り着く。ミズハの家は、書道教室も兼ねた作りになっているのだ。

 だが見た目は大きめの一軒家でしかない。正面入り口に、看板がかけられていなければ、書道教室だと気づかないだろう。

 結は正面入り口とは別の、目立たない横の入り口のチャイムを鳴らす。すぐにミズハの母親が出迎えてくれた。

 

「……結ちゃん。よく来たわね。電話から結構揉めてる声が聞こえてきたけど、大丈夫?」

「大丈夫です」

「そう……。何はともあれ、来てくれてありがとう」

「いえ……」

 

 来るのは当然だ。それが、姉というものだ。

 

(それにしても……)

 

 少し、叔母が老けた気がする。苦労をさせたことに、胸が張り裂けそうになった。そう感じている自分にも、何様のつもりなのだとも思った。

 心が言い訳で満たされていくのが気持ち悪い。自己嫌悪で、吐きそうになる。二年間、ずっとずっとこんなものを感じ続けている。

 

 案内されて、家に上がる。伊尾家の匂いが馴染みのないもので、本当にこの家にミズハが住んでいるのか疑問に思った。

 だがそこは当然、ミズハの家だ。上がった二階の先のドアに、ちゃんとミズハと書かれたプレートが下げられている。それで、ああ本当にここは伊尾家なんだな、と実感した。

 

「ミズハ、ちょっと良いかしら?」

「……何?もうあたしのことなんか、ほっといてよ」

 

 母親が声をかけると、いかにも鬱陶しいといった返事が返ってきた。そこがいかにもミズハらしい。

 

「母さんは話をしたいだけなの。それが済んだら、もう何もしないわ」

「本当にそうなの?」

 

 するとどう受け止ったのか、ミズハは嫌そうな声を出す。昔の記憶が蘇り、ちょっとだけ懐かしい気持ちに襲われた。

 

「……せ、説得しようなんて無駄だから。あたしは、絶対に学校行かないわ。絶対によ!」

 

 少しムキになったのか、ミズハは大声を出した。いつものことなのか、母はうんざりした風だ。もう少し近所のことも考えて欲しいと思ってるのだろうか、と結は何となく思った。

 

「……ミズハ」

 

 勇気を出し、結はミズハに声をかける。刹那、しん、と場が静かになった。怒鳴っていたミズハが、まるでカセットテープを一時停止したように、黙り込んだからだ。

 

「ゆ、結!?」

 

 やがてどたどたと音がして、がちゃりと自らドアを開けた。そしてジロジロと結を見て、驚愕したように口を開けた。

 

「ど、どうしてここに!?来ちゃいけないんじゃないの?」

「叔母さんに頼まれて。ああ、爺様からちゃんと許可は貰ってあるから」

 

 その説明を聞いて、ミズハは複雑そうな顔をした。結が来てくれて嬉しい反面、“母親の頼み”を良く思わなかったのだろう。

 責めるように親にジト目を向ける。母親は悪戯が成功したかのように笑った。やはり、こういうところはそっくりだ。

 

「……何でこんなことに。余計なことしないでよ!」

「でもこうでもしないと、まともに顔も合わせてくれないじゃない」

「だからって……、ああ、もう、良い!!母さんのバカ!!結、こんなのほっといて二人で話そう!!ほら、母さんは出て行って!」

 

 ミズハは母親をしっしっと手で追い払う仕草をすると、結の手を掴み自分の部屋へと連れ込む。ばたんと扉をしめた。

 自分の座布団を二つ向かい合うようにおき、ミズハは窓側の方に座った。結もそれに習って、ドア側の方へ座る。

 

「結、ごめんね。……母さんのせいで、迷惑だったでしょう?」

「いいや。それにそう言う風に言うもんじゃないよ。君の母さんは心配して僕をここに呼んだんだから……それに──」

 

 自分の母親と違って、君のことを見てくれているんだよ、とつい直前で言いかけてしまい、咳で誤魔化す。そして、勤めて明るい表情を浮かべた。ミズハも同じように微笑んでくれた。

 

「……こうして会えるなんて、夢みたいだわ。正直、嬉しい」

「僕もだよ。ミズハに会えて嬉しい」

「あたし、そっちにいなかったけど……順那元気だった?あの子変人だから、学校上手くやれてないんじゃないかな……」

「そんなことはないよ。……あの子はあの子なりに上手くやっているよ」

 

 結が首を振ると、ほっとしたように安堵の顔になる。どうやら順那のことを心配をしてくれていたようだ。

 

「久しぶりだから、色々話を聞かせて欲しいの。良いかしら?」

「良いよ」

 

 結は、電話で言っていないことを含めて、この二年間のことを話し始めた。

 受験勉強がとても大変なこと。友達の失敗談。先生の愚痴。新作のゲーム。順那が最近言うことを聞かず、反発し始めたこと。一族は相変わらず考えを改めようとせず、この前一人出て行ったこと。

 とにかく思いつく限り、途切れることなく一気に喋った。ミズハはどんな下らない事でも楽しそうに耳を傾けて、時にはリアクションを取ってくれた。だから話しているこっちも楽しくなって、さらに話題は弾んで行く。

 ……気がつけば、空が赤らんできていた。時計がないから良く分からないけど、恐らく一時間は喋っていただろう。

 

「そろそろ帰らないと、不味いんじゃないの?明日学校でしょう?」

 

 ミズハが空へ目をやるが、結は大丈夫と笑った。

 

「終電まで時間あるし、まだまだ話せるよ」

 

 出来るだけ家に帰りたくなかった。母と顔なんて、合わせたくなかったのだ。

 その感情が表に出たのか、ミズハは少し心配そうに聞いた。

 

「何かあったの?」

「ちょっと、勉強が億劫でね。……それより、そっちこそ何かあったんじゃないの?そろそろ、話して欲しいな。もちろん無理に言わなくて良いから」

 

 当然、そこまで強制的に聞こうとは思わない。ミズハの中で解決するまで、待つつもりだ。それまで、彼女の隣にいよう。い続けよう。もう母や父に反対されても知るか。兄や弟も何か言うだろうか、すべて聞き流そう。

 

 従姉妹は、薬指に輝く指輪をじっと見つめた。いつの間にそんなものを付けるようになったんだろう、とちょっと疑問に思った。そんなの、興味がなかったはずなのに。

 

「……結なら話しても良いかな」

「話してくれるの?」

 

 まさかこの場で話してくれると思わなかったので、結は驚いて問い返す。だがミズハは何の躊躇もなく頷いた。

 

「うん」

「本当に?」

「本当に話すよ。だから、何も言わずに聞いて」

 

 そしてミズハは深呼吸をすると、母にも言えなかった、学校での出来事をぽつりぽつりと説明する。

 曰く、ミズハは中学校に上がると、なかなか友達が出来なかったらしい。小学校からそのまま中学校になった子が沢山いたので、グループが既に出来上がっていたのだ。

 ミズハは一人取り残され、そんな彼女を可哀想だと思ったのか、クラスの中心人物が自分のグループに入れた。しかしそこでは明確な序列があり、余所者のミズハは下の位置に居らざる得なかった。何もされなかったとはいえ、当然周りの目は冷たい。いつの間にか、ミズハは人の顔色を伺うようになっていたらしい。

 それは二年になっても変わらず、ミズハはその中心人物の取り巻きを務めた。そしてその子に逆らうのが怖くて、一緒になってクラスメイトの男子を虐めてしまった。その罪悪感に耐え切れず、こうして家に閉じこもってしまったようだ。

 

 結はすべてを聞いて、愕然とした思いになった。電話で定期的に話していたのに、そんな話、一度も聞いたことがなかった。学校では友人も沢山いて、楽しくやっている話ばかりしかしらない。

 ずっとずっと、嘘を突かれていた。真実なんて、これっぽっちもなかった。

 無論、ミズハを責める気持ちにはなれなかった。ただ気づけなかった自分に、相談してくれるに値しなかった自分に、とことん嫌気がさした。

 

「……ごめん。こう言うのも何だけど、あたし今まで言おうとは思ってたんだ。だけどやっぱり何となく言いずらくて」

「……君は何も悪くないよ。言えない気持ち、良く分かるから」

 

 ミズハは共感してくれたことが嬉しいのか、微笑した。そしてふと、沈んだ表情になった。

 また、指輪を見つめる。その指輪に何か特別な意味があるのだろうか。この時は、それが分からなかった。

 

「何で、こんなことになっちゃったかな……。どうしてあたし、こんなになったのかな?」

 

 遠い遠いところを見るように、目を細める。

 ……深い悲しみと後悔、結には分からない何かに対し、ミズハは沈んだ表情を浮かべた。

 そして自分に問いかけるように、呟いた。

 

「やっぱり、見滝原に来ちゃったせいかな?」

「……っ!!」

 

 瞬間、結は自分がやってしまったことを理解する。

 まさか、こんなことって。いや、でも。結がユミハなんか説得しなければ。

 ミズハの言うとおり、彼女が見滝原に行かなければこんなことにはならなかった。仲の良いグループにそのまま一緒にいることができただろうし、人の顔色なんか見なくて良いはずだ。つまりは、いじめに加担せずに済んだ。

 ミズハを見滝原に行かせたのは結だ。ミズハが引きこもった原因は、元々を辿れば結にある。

 

 自分のやってしまったことに戦慄すると共に、後悔の念が押し寄せる。

 自分のせいだ。全部全部全部全部全部全部──

 

「結?」

 

 様子のおかしい結に、ミズハは訝しげにする。しかし結は取り乱しながら、頭を抱えた。

 

「見滝原に行かせた僕のせいだ。僕がいなきゃ、ミズハは……」

「何を言っているの?あたしが見滝原に行くようになった原因は、姉さんじゃない。姉さんがその事に関しては一番悪い」

「……悪くなんかないんだよ。ユミハは何も悪いことなんかしてない」

「姉さんは悪いに決まってるでしょ!!」

 

 ミズハが大きな声で怒鳴る。瞳には、二年前からずっと抱いている憤怒が宿っていた。

 

「……あの人なんかいなければ!!あたしは、あたしは……!!最初からいなければ良かったのよ!!龍神様を見捨てた姉さんなんか!!」

 

 その時、静まっていた怒りの炎が燃え上がった。

 龍神様、という言葉がミズハから出たのが許せなかったのだ。一族の考えを肯定するミズハが、癪に触った。何より、ユミハを否定したのが嫌だった。

 

「何でそんなこと言うの!?ユミハは正しい選択をしたんだよ!?それに龍神様龍神様って……、ミズハも母さんとおんなじなの!?龍神信仰なんて、この世で一番下らないものなのに、どうしてそんなものに拘るの!?」

 

 途端、はっとした。勢いでつい、隠していたことまで喋ってしまった。

 恐怖が広がっていき、蒼白した。

 やばい。とても不味いことをしてしまった。でも、何れ言わなきゃいけなかった。こんな日はいつか必ず訪れた。だからってこんな時に?ずっと隠し通さなきゃいけないのに。言ったらどうなるか分かるでしょう!?そしたら、自分がどんなに孤独になるか!

 矛盾した思考がループする。だから何を考えているのか、自分でも分からなくなった。だが妙に冷静な部分があって、今の状況を客観的に分析していた。

 

 ミズハは結の問いに、信じられぬものでも聞いたかのように、しばらく呆然としていた。

 考えるように俯き、数分経ってからようやく答える。

 

「……だって拘らなきゃ、いけないもの。そう教えられてきた。……あたしはこの教えに縛られて生きていくしかない。他の生き方なんか、やっちゃいけない……。だから私は……、あたし(龍神様を信じる私)になったのに」

 

 辛うじて聞こえる声だった。ミズハはいつの間にか、体を震わせていた。もちろんそれは、怒りによるものに間違いない。顔を真っ赤にさせて、彼女は叫んだ。

 

「私達は決められた人生しか生きられない!生きちゃいけないの!!私はあたしを、この考えを変えられない!拘らなきゃ、しょうがないの!!」

「しょうがないって何さ!!今からいくらでも変えられるのに!!」

「何も変えられない!二年前の皆の態度、見てたでしょう!?あいつらは、何も庇っちゃくれなかったわ!!そんなあいつらの考えなんて変えられる気がしない!!」

「そう言う意味で言ったんじゃない!!この一族に縛られるなって言うことを言ってるんだよ!!ユミハみたいに、こんな一族捨てちゃえば良いんだよ!!こんな誰も個人なんか見ない一族、見捨てれば良い!!」

「何で姉さんがやったことを私がやらなきゃいけないの!?私はあんな奴らでも、家族だと思ってるの!!大切なの!!家族が信じるものを、あたしは信じなきゃいけない!!どうして結はそんなこと言うの!?」

「嫌いだからだよ!!龍神信仰が、一族が!!古い考えを持つ人皆、僕は嫌いなんだよ!!」

「……じゃあ私のことも嫌いなのね?だって私も古い考えをもつ一族の一人だもん」

 

 ミズハは途端、冷たい表情になった。

 全身の毛が逆立つ。結は慌てて、違うと言い放つ。しかしミズハの顔は、もう歪んでいた。

 

「約束したのに。嘘つき。……私の方こそ、大嫌い」

 

 足元が、崩れ落ちたような気がした。実際にはそうじゃないけれど、でも何か大事な心の支えが無くなったことだけは、確実だった。

 

 無理矢理部屋の外に出される。ノックをしても、何も言わない。結はショックのあまり、その場に立ち尽くした。

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