魔女を殺した次の日から、結はキュゥべえを壊すのを止めた。代わりに魔女を、壊して、壊して、壊しまくった。
魔女を壊すのは、キュゥべえを壊すより喜悦だった。
自分を壊したい。でも壊れたくない。魔女を壊せば、その二つの望みが一変に叶えられたれたのだ。これがどれほど嬉しいことか。
結は魔女を壊してる限り、あらゆることから解放された。
矛盾も、世間も、ミズハも、一族も、誰のことも考えなくて良かった。
だからその日も、いつも通り魔女を壊そうとしていた。
◆◇◆◇
円形にぐるりと構成された観客席。その中央に設置された、大きな広場。
まさに闘技場と呼ぶに相応しいこの空間こそ、結界、その最深部であった。
そこでは互いの命を削らんと、先程から二つの人影が、金属音を響かせながら武器をぶつけ合っている。
交差している武器の内、鉈を振るっているのは、メイド服の魔法少女、広実結。大剣の方は、囚人の格好をしたミイラの魔女だった。
その戦闘は、一見するとミイラの魔女が押されているように見える。
結の攻撃は、捨て身の攻撃だ。それは我が身の無事を考えない代償に、凄まじい速度と威力を誇っていた。次々と繰り出される鉈は反撃をする猶予すら与えず、魔女を防御に回らせている。
しかしミイラの魔女は、その場から一歩も後退していないかった。それどころか、いくら結が攻撃を畳みかけようとも、的確に跳ね返してしまう。
その点で見るならば、決定打を与えきれていない結の方が負けていた。しかもこちらは、魔力のリミットがあるのだ。先にどちらが限界を迎えるかは明白だ。
だがそんなもの、結は求めていなかった。
魔力切れしてしまったら、流石に魔女に殺されてしまう。しかしそれでは、あまりにもつまらない。
魔女との戦闘で求めているのは、傷つき、傷つけ合うこと。互いに壊れ合うことだ。だから、こちらだけ傷を負うのは我慢ならない。
「いい加減壊れろぉ!!」
怒り任せに、力いっぱい上から鉈を振り下ろす。
当然それも、簡単に弾かれる。
次に素早さを重視して、めちゃくちゃに鉈を振り回す。
だが同じ速さで弾かれる。
諦めず、今度は急所をピンポイントで狙う。
でも大剣に邪魔されて弾かれる。
何度も何度も鉈と剣が火花を散らし合い、弾かれていく。それが先程から幾度となく繰り返されていた。
結の中で、苛立ちが増していく。やはり、何度やっても攻撃が通らない。これでは最悪の事態に陥ってしまうだけだ。
そう思っていると、突然魔女が後ろに大きく飛んだ。
どうやら、魔女の方も現状では上手くいかないと判断したらしい。
ようやくこの状態が崩れたのでほっとなる。それと同時に、そのまま動かなくなった魔女を興味津々に観察した。何か面白いことが起こってくれればと期待したのだ。
しばらくして、魔女が手に持っていた大剣を投げ捨てた。大剣は大きい音で地に倒れ、瞬間霧散する。
魔女の周りが揺らめくと、使い魔が生み出される。その数、約三体。その姿は、どれも魔女をミニチュアにしたような小さな囚人ミイラだ。若干目つきは悪いが、デフォルメされているためか、意外と可愛らしい。
だが魔女は、躊躇なくその使い魔の一匹を無理やり掴む。そして──あろうことか、こちらに砲丸投げでもするように、投げ飛ばしてきた。
「!?」
それは、かなり予想外の攻撃だった。そのため、なんとか回避したものの、姿勢のバランスが崩れた。
そこに追撃するように、また使い魔を投げる魔女。
今度は逃げきれない。そのまま、使い魔は自分の元へ一直線に飛んでくる。
だけどようやく、面白くなってきた。
結はこれから先、どれだけ自分が壊れるか想像して、笑みを浮かべる。気分が高揚し、素直に使い魔がもたらす痛みを受け入れ──
「行け……!!」
突如として、横から風を切りさくような音が響いた。それとまったく同じタイミングで、使い魔が吹っ飛ぶ。その体には、深々と矢のようなものが突き刺さっていた。
結はそれが飛んできた方を見て、目を見開いた。
そこには、二人の少女がいた。
一人は以前、ミズハを探していた時に会ったことがある少女、阿岡入理乃。その顔は結程ではないにしても、驚きでいっぱいだ。
もう一人の方は、知らない顔だ。肩までの髪と小柄な体躯が特徴で、いかにも大人しそうな印象を与える。だが、それは黙っていればの話だろう。さっきから苛立たしげに、これはどういうことだと文句を言っている辺り、中身は外見と真逆らしい。
二人の格好は、この場に似つかわしくない変な服装だった。
入理乃は着物を、知らない少女はセーラー服を着ている。それぞれ大筆と巨大な錨を手にしていて、持っているものまで珍妙だ。
だが、結には彼女達の格好の意味が分かる。そしてこの場にいる意味も。
だって彼女達は、
「魔法……少女」
初めて、自分以外の魔法少女に出会った。だからか、変な感じだ。
本当にいるんだな、とここに来てようやく実感が湧いた。結は漠然と、魔法少女は実は自分だけなのではないかと、心の何処かで思っていたのだ。
そして一番驚きなのが、入理乃が魔法少女だということだ。見知った人物が自分と同じだなんて、何かの間違いであって欲しい。
「その通りだよ、このボケカス。……つーかいつからなったんだよ、こんなの聞いてねえぞ」
開口するなり暴言を混ぜながら、小柄な少女が答える。しかし乱暴に言うわりには、困惑気味な声音だった。
入理乃の方も、見定めるようにこちらを観察している。
だがこっちだって、二人の事情がよく分からない。何が何だがさっぱりだ。
「……いや、そんなことはどうでも良い」
「……?」
何を言ってるんだ、という小柄な少女を無視し、結は一歩を踏み出す。
結にとって大切なことは、この魔女を壊すことだけだ。それ以外、何も考えるべきではない。考えたくなんかない。
そうだ。他のことなんてどうでも良い。二人のことも、どうでも良い。
「ッ!!」
その刹那、魔女が残った使い魔を投げつけてきた。
よほど強く握られていたためか、使い魔は泣きながらこちらへ飛来してくる。
結はチャンスとばかりに、その場に留まった。このまま傷の一つでも負いたかったのだ。だからあえて、逃げようとはしなかった。
「あ、危ない!!」
だが使い魔が己の体に当たる直前、あの小柄な少女が飛び出す。
槍のように突き出された錨が、使い魔を貫き、消滅させた。
(え……?)
驚きのあまり、結は固まった。
ダメージを負うことにわくわくしていたのに、それが邪魔されたのだ。ショックのせいで、つい呆然としてしまう。
結が動かない間にも、勝手に状況は進んでいく。二人の魔法少女はほれぼれするほど息ぴったりの連携で、魔女を追い詰めていった。
そうして気がつけば、魔女は既に動けなくなっていた。入理乃が地面から紙の帯を無数に生やし、魔女を締め上げたのだ。
「サチちゃん!!」
「任せろ!!」
入理乃が合図を送ると、サチと呼ばれた少女は力強く頷いた。
瞬間、カチリと何かが作動する音がして、あっという間にアンカーが長銃に変形した。
構えると、銃身から青い火花が散り始める。
「死ねや、クソ魔女!!」
口汚く罵り、サチは引き金を引いた。
空気が破裂するような発砲音と共に、魔弾が打ち出される。それは魔女の体を一直線に穿ち、大きな穴を開けた。
「漢那音mホmslんwls!!!」
案外致命傷だったのか、それだけでミイラの魔女は体を崩れせていく。手強かった魔女だけに、なんともあっけない最後だった。
結界がなくなり、風景が元の廃ビル跡地へと戻る。思わず、結界の入口があった方をぼんやりと見てしまった。
結界に入る前は、あんなにも弾むような気持ちだった。しかし今は、心が完全に白けている。
「おい、テメエ!!」
「……何?」
怒鳴られたので、サチの方へ向く。案の定、彼女は心底から怒っている様子だった。
「何逃げようとしねえで突っ立てたんだ!お前、あれわざとだっただろ!!見てて分かったぞ、このクソボケが!!」
「せ、船花ちゃん、……お、落ち着いて……」
入理乃が慌てたように、サチを宥める。だがサチは怒気を強めて吠えた。
「こいつ、命を捨てようとしたんだぞ!?それがどういう意味か分かってんのか、入理乃!!お前がよく一番分かってる筈だろう!?アホか!?」
「そ、それは……」
そう言われ、着物の魔法少女は暗い表情で俯いた。そしてくしゃっと顔を歪めると、泣くのを堪えるように口の端を噛む。それきり、何も言わなくなった。
そんな彼女を少し心配そうに一瞥すると、サチは改めて結に向き直る。詰め寄ると、力強く睨んだ。
「こんな馬鹿なこと、何でしたんだ!?死んだらなあ……、どれだけ周りの奴が苦しむのか分かってんのかよ!!」
「……それが僕を庇った理由?……笑わせないでよ。僕が死んで、誰が悲しむんだよ。それに何で余計なことをしたの?僕の邪魔をしないでよ」
「は?」
サチが首を傾げる。自分が何をしたのか、分かっていないらしい。
そのことが腹立たしく思えて、結は彼女の胸ぐらを掴んだ。
「僕はねえ、魔女を壊したくて壊したくてしょうがないんだよ……。ぐちょぐちょのぐちゃぐちゃにして、その腹わたを切り裂きたくて仕方ないんだよ。それを何勝手に壊しちゃってくれてるの?」
悦楽の時間が始まるはずだったのに、その機会をこの少女達は奪ったのだ。その時間は、今の結にとって唯一の生き甲斐であり、自分であるために必要不可欠のものだった。
だからこそ怒りが収まらない。結はサチに顔を近づて、忠告を告げた。
「僕から魔女を奪うな……。さもなければ、どうなるか分かっているよねえ?」
ニタリ、とわざと笑う。
その表情が不気味だったためか、目の前のサチの顔が恐怖に染まった。緊張したのか、その額に汗が滲み出す。
「イ、イかれてる……」
思わずといったように呟いて、入理乃が一歩後ずさる。完全に怯えた様子で、蒼白していた。
「アハハ、何言ってんの?僕は正常だ。魔女を壊せば壊すほど、僕は狂わなくて済むんだから」
「……」
更に怯えたように、入理乃は身を萎縮させる。本当のことを言ったのに、どうしてそこまで怖がるのか、訳が分からない。少し失礼だ。
「あ、そうそう。そういえば、この前キュゥべえから聞いたんだけどさ、魔法少女には縄張りってのがあるらしいね。それ、僕にくれない?」
胸ぐらから手を離すと、結は笑顔を浮かべたままそうお願いする。
縄張りがこの手にあれば、結はこの町で好き勝手できる。そうなったら、きっと今以上に楽しいはずだ。
「……」
二人は顔を見合わせる。そこには渋い表情が浮かんでいた。
「そんなの……、駄目に決まっているじゃない」
入理乃がすぐに首を振る。気弱な態度が嘘かのように、とても強気な態度だ。
そのためか、驚いたようにサチが瞠目する。だが数秒程ではっとすると、自身も入理乃に続くように拒否の意を示した。
「そうだな……。テメエにこの町は預けられないよ」
「……どうして?何もかも良いことばっかりなのに……」
これは互いにとって良い提案の筈だ。魔女狩りなんて危険で、ふとした拍子に死んでしまうかもしれないのだ。だったらそんなの、結に押し付けてしまえば良い。キュゥべえが言うには、魔女を狩るのは魔法少女の使命らしい。でも、だからと言って素直に従ってやる必要はないと思う。魔女は狩りたい奴だけが狩れば良い。
「……だってお前、まともじゃないもん。そんな奴に、魔女から一般人を守れるの?」
「守れるよ。あとさっきも言ってるけど、僕正常だから。狂ってないし、普通だし」
「……何処が普通なの?」
ぼそっと入理乃が呟く。いくら言っても、結の言葉が信じられないようだ。
「……それならしょうがないか。だったら力付くで奪うよ。ほら、かかってきなよ」
「……このクソ野郎が!!」
挑発するようくいくいと手で手招きすると、サチが怒りで顔を真っ赤にさせる。彼女は乱暴に、手に持っていた銃を発砲した。
弾が肩筋に命中し、血を流させる。サチは一瞬だけそれに目を背けたものの、銃口を向けたまま低い声で脅した。
「……さっき言ったことを撤回しろ。今なら許してあげる。さもなければ、もう一発食らわせるぞ!!」
「……君も甘ちゃんだね。本気で心臓とかに撃てば良かったのに」
「な……!!」
結は涼しい顔で魔法を発動させる。みるみるうちに血が引いていき、傷跡が逆再生のように治っていく。
その様子に、サチは驚愕したように息を飲んだ。
「な、何だそりゃ……。今明らかに時間が巻き戻ったみたいに……」
「僕の魔法、動物の細胞の操作だけど、本質は時間操作なんだよ。まあ半年の期間しか巻き戻せないけど、この程度ならどうってことない」
「つまり貴女の魔法は、正確には“肉体限定の時間操作”……」
「そういうことだよ、っと!!」
気配を察知し、体を捻る。その脇を、目視できないスピードで何かが通り抜けた。
首を捻って、後ろの地面に突き刺さった何かを見る。それは紙でできた、一本の槍のように長い針。入理乃の方へ視線を向ければ、強い敵意を秘めた目でこちらを見ていた。
「今のは危なかったよ。惜しかったね」
「……船花ちゃんと私の縄張りから……出て行け!!」
入理乃は目の前の空間に、大筆で黒い軌跡を描く。そこから何百もの紙吹雪が吐き出されて襲いかかった。視界が大量の白で遮られる。
冷静に結は二丁の剣鉈を呼び出すと、紙吹雪を瞬く間に微塵にする。
だが視界が晴れた瞬間。その隙を突くように、サチが背後から元に戻した錨を振るった。
「!!」
驚きつつも、その攻撃をかわし、足払いを仕掛ける。
サチはギリギリで逆にその足を蹴り返し、大きく錨を振り上げた。それによって、胴ががら空きとなる。結はそのタイミングを狙って、強くその腹を押し出すように蹴った。
苦悶の声をあげるサチ。そのまま二メートル後方まで下がり、よろめく。
入理乃が慌てたように筆で地面に線を描き、無数の紙の帯を放つ。それはどう見ても、魔女を拘束した時のような意図で生み出されたものではない。その先端は鋼のように硬化しており、確実にこちらを殺そうとしている。
サチも合わせて、突撃してくる。前と後ろから、帯と錨が迫ってきた。
ニヤリ、と結は笑った。
同じ魔法少女なのに結を壊そうとしてくる二人がちょっと面白かったのだ。
高く高く、結は飛んだ。
それを追いかけるように、帯の軌道が変わる。だが結はその帯を軽々と足場にして、更に飛んだ。
そしてくるりと空中で体を捻ると、サチへ飛び蹴りをお見舞いする。
その体に足がめり込み、サチは血を吐いて仰向けに倒れる。結は起き上がれないように組み伏せ、その首筋へ鉈を押し当てた。
「っ、……」
サチは声にならない息を吐き出す。彼女の体が震えているのが、結にも分かった。
入理乃はこうなることを予見していたのか、少々諦め気味な顔をしている。それでも苦々しい感情が面に出ていた。
「これで分かったでしょ?僕には敵わないって。……早くこの場を立ち去ってくれないかな。じゃないと、自分でもどうするのか分からないからさぁ」
サチは逡巡するかのように黙る。そして首に押し当てられた銀色の刃を、恨めしそうに見つめた。
「……分かった」
しぶしぶと言ったように、サチは答える。ありがとうと礼を言うと、結はサチを解放して、彼女が入理乃の元へ行くまで見守った。
「………」
サチは血を吐き出したことで汚れた口元を拭うと、力一杯両手の拳を握り締めた。こんなポッと出の魔法少女に負け、しかもかなり痛めつけられたのだ。当然その怒りは、尋常じゃない程燃えたぎっていることだろう。
やがて彼女はべっと舌をこちらに出すと、踵を返していった。
入理乃はその背を見てから、こちらを睥睨した。その目にははっきりと、鈍いながらも確かな憎しみの炎が宿っている。
『……いつか必ず、お前を倒してやる。覚えてろよ、このババアが』
相方にも負けない暴言をテレパシーで言うと、入理乃は親指を立て、それを下に向けた。地獄に行け、と言いたいらしい。そうして背を向けて、大股で去っていった。
結はそれに呆気にとられたものの、しばらくしてくつくつと笑った。妙におかしくおかしくて仕方なかった。