魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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今年もよろしくお願いします。


結 12

 闇夜の中、入理乃とサチは路地裏を全速力で駆けていた。

 彼女達の前方には、メイド服の魔法少女が同じように全速力で逃げている。その差は、ぐんぐんと引き離されていっている。

 

「くそ、あいつ速すぎだろ!」

 

 隣で並走しているサチがぼやいた。

 確かに、結の速さは尋常じゃない。こちらは名一杯脚力を強化しているというのに、結は何もしていないのだ。その素の運動神経だけで、入理乃達から逃げきろうとしている。

 勿論、入理乃達が特別足が遅いわけじゃない。むしろ、ベテランな分そんじゃそこらの魔法少女よりかは速い。

 それだけ結の能力が出たら目だということだ。結は誰よりも魔法少女の資質が高い。

 

(あんなことがなければ……!!)

 

 走りながら心の中で、自分がやってしまったことを悔やむ。

 結が叫んだあの時、思わず柄にもなくやばいと思った。

 あのまま結に魔女になってもらわれたら、サチに魔女の真実がバレてしまう。それだけは、なんとしても避けねばならなかった。

 だからグリーフシードでソウルジェムを浄化したのだが、まさかその時に帯を落とすとは、なんてドジなのか。

 焦って失敗してしまった。自分で自分が嫌になってくる。慌てず、もうちょっと冷静に対処すればこんなことにはならなかった。

 だが後悔しても後の祭りだ。今はくよくよしているよりも、結を捕まえなければならない。

 

 入理乃は結が角を曲がったタイミングで、もう一帯を放とうと手に魔力を集める。

 だが、結を追いかけて角から飛び出したその時、パッと幾つもの灯りが飛び込んできた。

 角の向こうに、多くの灯りをつけた店が並び立っていたのだ。どうやら市内でも数少ない、人が多く集まるところらしい。通行人が結構いて、店の前の道路にもビュンビュン車が走っている。

 

「……!!」

 

 慌てて入理乃達は角に身を隠す。

 しかし、結の方は変身を解かずに町の中へ走っていく。

 少し周囲がざわついた。結が目の前を通ったのが一瞬過ぎて、何が走っていったのか分からなかったのだろう。誰もが首を傾げていた。

 

「あいつ……、有り得ないだろう」

 

 サチが信じられないといった感じの呆れ顔をする。

 魔法少女の姿のまま一般人の前に行くのは、色々ややこしいことになりかねない。にも関わらず、結は魔法少女のまま飛び出していった。普通ならば有り得ないことだ。

 

「彼女……、見えなくなっちゃったわね」

 

 辺りを見渡しても、結が何処にいるのかは分からない。彼女の背はあっという間に小さくなって、通行人に紛れてしまった。今頃、もっと見つからない場所へ向けて逃走していることだろう。

 

「……入理乃。どうしてくれるんだよ。結が逃げたの、テメエのせいじゃねえかよ」

 

 不機嫌そうにサチが言う。入理乃はびくりと肩を跳ねさせて縮こまった。

 

「……ご、ごめんなさい……!!」

 

 サチに迷惑をかけたことが心底申し訳なくて、入理乃はこれ以上ない程怯えた。

 入理乃にメリットが見出しているから、サチは入理乃と一緒にいるのだ。役立たずと判断されたら、きっとサチは入理乃の元から去ってしまう。だからこちらを攻めるサチの視線が怖かった。

 

「……そう怯えるなよ。心底責めているわけじゃねえし」

 

 居心地が悪くなったのか、サチはちょっとだけばつが悪そうにする。

 申し訳なさが増して、入理乃は悔しさのあまり俯いた。

 

「それに……何で結のソウルジェムを浄化したのか、とか、色々気になることもあるんだけどさ。……何か事情があるんだろ?なら聞かないでおくよ。答えたくなさそうだしね」

「船花ちゃん……」

 

 内心、ちょっとだけほっとする。深く追求されずに済んだのは、かなり運が良かったと言えるだろう。これで誤魔化す手間が省けた。

 

「とりあえず、結を探そう。そうしたら、全部解決済んだから」

 

 元気付けるように、サチは入理乃の肩を叩いた。その心遣いに、じんと胸が熱くなる。

 入理乃は顔を上げ、うんと小さく頷いた。

 

「そうね……」

 

 二人は一旦変身を解くと、角から出て結の魔力パターンを追った。

 しかしあまりにも結が速く逃げすぎたためか、何かに邪魔されたように上手く魔力を捉えることが出来ない。

 

「なんかおかしくねえか?……何でこんな魔力の痕跡がねえんだよ」

 

 訝しげにサチが呟く。彼女の言う通り、ここまで魔力反応がないのはおかしい。

 結の魔法か、と入理乃は一瞬思う。

 だが、結は今までこんな魔法を使ったことは一度もない。それにあの逃亡時の様子から、冷静な判断が出来ているとは考えにくい。彼女に小細工は不可能のだろう。

 

「……でも、そう遠くに逃げているわけがない。あんなに速く走って行ったんだもの。……体力の限界はすぐに訪れるわ」

「でもあいつ、あんな反則級の魔法もってるんだよ?」

 

 結の固有魔法、肉体の時間操作を使えば、疲れる前の状態に幾らでも戻せる。つまり、疲労なんて一瞬で回復してしまうのだ。

 走り放題じゃねえのか、とサチは疑問を口にする。入理乃はそれに、首を振って答えた。

 

「……あんなじゃんじゃん使っているから分かりづらいだろうけど、……あの魔法は魔力消費量が比較的高いし、ソウルジェムにもかなり負担をかけるわ。最近、お互いグリーフシードの量は少ないし、何度もあの魔法は使えはしないはずよ」

「……ふーん。なるほどねえ。それじゃあ、やっぱり遠くまで逃げるのは不可能なのか」

 

 説明を聞き、サチは納得したような顔をする。

 

「なあ、だったら二手に分かれようよ。そうした方が速いでしょ」

 

 入理乃は考える仕草をする。そして、サチの言うことに頷いた。

 

「……そうね。そうした方が早いかも……」

「なら、船花様はこっち探すから。入理乃はあっちな」

「ええ。……見つけたら、連絡する」

「分かった。こっちも見つけたら連絡する」

 

 サチはそう言うと、すぐ横の道を曲がっていってしまった。

 入理乃はそれを見届けることなく、心当たりの場所へ走っていく。

 その場所は、小さな神社跡地。ここで一番近い残存魔力があるところだ。

 人目を避けるため、再び路地裏へ入ると同時に変身。走るスピードが、一段と速くなった。

 道をショートカットしながら約十分間進むと、目当の神社跡地に辿り着く。

 きょろきょろと周りを見渡し、魔力を集中して探る。しかし空振りだったのか、結の魔力は感知できなかった。

 期待外れか、と少々落胆する。そうして、さっさと次の心当たりへ行こうとした。

 

「……!!」

 

 だが、足が止まる。背後から、何か足音が聞こえてきたからだ。しかも、感じ慣れぬ魔力パターンまでする。

 急いで武器を召喚し、警戒態勢をとって振り返る。そして後ろにいた人物を見た瞬間、酷く驚いた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 結は脇目も振らず、とにかくがむしゃらに走った。

 何処に逃げようかなどは、まったく考えていない。もちろん、周りの目なんてものも考えていない。

 あらゆることに、気が回らない。ただただ逃げることだけを、足を動かすことだけを優先して、必死になっていた。

 

「……はあ、はあ、はあ」

 

 やがて体力の限界が訪れ、結はそばにあった家の壁に手をついて立ち止まる。

 呼吸は酷く荒い。心臓の鼓動が、耳の奥でばくばく鳴っている。

 

 結はふと、何をやっているのだと自分で自分に呆れた。

 あの場で素直に捕まっておけば、縄張り問題も多少は丸く解決したかもしれない。だが逃げ出したことで、そのチャンスを潰してしまった。

 ……魔女をあれだけ壊したいと躍起になっていたのに、完全にその気は失せていた。

 魔女を壊したところで、この呪いじみた破壊衝動はなくならない。壊すだけ無駄だ。それどころか、より狂って正気を失っていたのだ。

 それなら、縄張りなんて面倒なもの、いらない。グリーフシードもいらない。結が持っていたって持て余す。

 結は自分のことを、阿保だと嘲笑った。

 何が、魔女を壊せば壊すだけ正常になるだ。そんな訳がないだろう。ただ何かを壊したくて仕方がなくて、言い訳していた。自分で自分を正当化し、やりたい放題、好き放題していただけだ。

 愚かにも程がある。何て馬鹿馬鹿しい。

 結局、結が普通になる方法などないのだ。結は根っこから狂っている。

 でも何で、自分はこんななのだろう。何故、こんな風に生まれてきてしまったんだろう。

 皆、皆、普通だ。なら結だって、普通に生まれてきても良かった筈だ。

 結は自分と周りを比較し、すべてのものに憎悪する。

 大嫌いな一族も、仲が良かった友達も、結婚したユミハも、死んでしまったミズハも憎い。何より一番憎いのが、からっぽで、何一つ上手くいかない自分。他人を憎んでいる自分だった。

 

 こんな時に、ミアが居てくれればと思う。心が不安定になった時、ミアの毛を撫でれば、それだけで心がすっと軽くなった。

 しかし、ミアはもう結の元にはいない。願いを叶えたあの後、結はミアを別の家に預けた。また自分がミアを殺してしまうのではないかと思うと、怖くて仕方がなくなったのだ。

 ……これで、結の理解者は一人もいなくなった。結はミアを殺した時から、完全に独りぼっちになってしまった。

 

「広実結」

 

 少年の声が、名前を呼ぶ。結ははっとなった。

 

「……!!」

 

 すぐ近くの外灯の光が、小動物、キュゥべえを照らし出している。

 自分よりも小さいくせに、変な迫力はあるように感じられた。結は怖気付くように、少し後退った。

 

「キュゥべえ……」

「どうしたんだい?ただ事じゃない様子だけど」

「それは……」

 

 沈黙し、俯く。

 ここは詳しく説明するべきだろう。だが、素直に話そうとすると、喉の辺りでつっかえるのだ。次第にどうしたら良いか分からなくなって、感情が膨らんでいく。

 結はつい、キュゥべえに助けを求めた。

 

「……償える方法を教えて」

「償う方法?それは誰に対しての償いなんだい?」

「ミズハだよ。伊尾ミズハ」

「……君はもしかして、ミズハに謝りたいのかい?」

「そうだよ……」

 

 自分のやってしまったことを、ミズハの前で懺悔したかった。この気持ちを、ミズハに伝えたいと思った。

 それは神の前で、何かを必死に祈る時の心情と同じだった。

 

「だけど、ミズハ本人は既に死亡している。もしも彼女の墓に謝ったとしても、それはミズハには届かない」

「……」

 

 そんなの、言われなくても結は分かっている。いない人間にいくら話しかけたところで、何も返事は返ってこない。

 だったら、いっそのこと──

 

「僕、ミズハを生き返らせたいんだ……。生き返らせて、この理不尽な現実を無かったことにしたい」

 

 結は自分の孤独を、認めたくなかった。新しい自分の理解者──自分を救ってくれる人が欲しかった。

 だから、もう一度だけで良い。ミズハの顔に触れて、ミズハの言葉を聞きたかった。この現実を──ミズハが死んだことを改めて否定したい。

 

「……だって、おかしいよ。何であの子は死ななきゃいけなかったの。僕のせいで、何で死ななきゃいけなかったの?」

 

 ミズハはもっと生きるべきだった。幸せになるはずだった。死ぬとしたら、それはある程度老いて寿命で死ぬべきだ。

 それが、結のせいで死んでしまった。まだ中学生で、この先もっともっと楽しいことが待ち受けてる筈だったのに。

 

「あの子は普通に生きる権利があった。あの子は自由だった。それがどうして……。……皆死んでしまえばいいのに。ミズハの代わりに、僕も皆も死んでしまえばいいのに。アハ、アハハハハハハハハハ……」

 

 怒りと苛立ちが湧き上がり、結は自分の腕を引っ掻いた。その際に力を入れ過ぎたせいで、ぎゃりっと皮がむけて血が流れた。

 破壊衝動が、少しだけ満たされる。それが煩わしくて、結は腕を治癒しながら少しだけ笑った。

 

「……死んだなんて、認めない。僕が、生き返らせなきゃ」

 

 ミズハを殺してしまったからこそ、ミズハをこの手で生き返らせる必要がある。

 ……そう思わなければ、とてもではないが平静さを保てなかった。

 

「……」

 

 キュゥべえは、結をしばらくの間無言で見つめていた。

 結には、キュゥべえが何か熟考しているように思えた。不思議と緊張してしまって、結もキュゥべえを見続ける。

 そして、やがて彼は唐突に衝撃的なことを言ってのけた。

 

「……。生き返らせることとは違うかもしれないけれど、伊尾ミズハを復活させることはできるよ」

「……え?」

 

 耳朶に飛び込んできた言葉が、一瞬冗談に思えた。

 でも、キュゥべえは何でも一つだけ願いを叶えることができる魔法の使者だ。どれだけ非現実的であろうとも、キュゥべえの言うことなら、何でも実現可能のように感じられた。

 

「……ど、どうすれば良いの!?教えて!!」

 

 縋るように請う。

 どんなに大変なことだろうが、ミズハのためなら何でもやりたい。たとえ、自分を犠牲にしてでも彼女にまた会いたい。

 

「……ミズハの体の部位から、彼女の全身体を復元すれば良い。その部位が切り離されたその前の状態に、君の固有魔法、肉体の時間操作を利用して再現するんだよ」

 

 思ったより突拍子もないことを言われ、結は息を飲んだ。

 結の固有魔法で、肉体を復元?自分にそんな力があるなんて、想像したこともなかった。人一人の肉体を丸ごと生み出すなんて、神の御業だ。

 

「キュゥべえを疑う気はないけどさ、……ほ、本当に出来るの?僕なんかが?」

「前々から思ってたけど、結構君は自信がないところがあるね」

 

 キュゥべえがこちらに歩み寄る。結は魅入られるように、その赤い目を見つめた。

 

「そう弱気になる必要はない。理論上は可能だし、結はそうできるだけの力がある。もっと自分を信じるんだ」

 

 ごくり、と生唾を飲み込んだ。結は自分を信じたことが、一度もなかった。だからこそ、そう言われて急に手汗をかいてしまった。

 

「……分かった。キュゥべえの言う通り、自分を信じる」

 

 ありがとうと礼を言って、結はキュゥべえを抱える。そして大きく飛躍し、近くの家の屋根に軽く降り立つ。ぴょんぴょんと、次々と家々の屋根を飛び移り、結は目的地へ急いだ。

 

「一体どこへ向かっているんだい?」

 

 腕の中でキュぅべえが聞いてくる。結は足元に気をつけながら答えた。

 

「僕の家だよ」

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