魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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白い孵卵器

菊名夏音は一言で言えば、かなり重度の中二病患者だった。

 

例えば、普段からマイナーなロックバンドをわざと聞いてみたり(別にたいして好きでもないのだが)、絶対後で見て悶絶するような、転生主人公の小説を書いてアップしたり、こっそり両親に内緒で際どい黒のパンクファッションの服を買ったり、秘密の儀式をやってフィーバーしたりしていた。

 

それらを夏音はかっこいいと本気で思っていた。夏音は昔から、“かっこいい人”に憧れていた。そして自分もかっこいい人になりたいと願っていた。夏音のその思いは、彼女の考え方の基底に含まれるほど強かったが、しかし兄のせいでそれはどこかずれた方向へと向かった。結果夏音は想像の中でアニメや小説の主人公になりきるという、痛々しい趣味を持つ中ニ病患者になってしまったのだった。

 

しかし、だからといって、夏音はこんなシチュエーションを決して望んでいたわけじゃない。確かにそういうやつを、幼い頃に想像して憧れはしていたけれど、もう夏音はそんな年齢ではない。そんな夢物語なんぞ、とっくに自分の中では忘れ去った遠い記憶である。

 

だというのに、何でこんな夢を見るのだろうか。もしかしてやばいお薬に引っかかったのか?授業で知ったが、過去に麻薬などが日用品に紛れて売られていたという事例があったらしい。夏音もそのような詐欺に引っかかり、日用品に見せかけた麻薬を使ったのかもしれない。

 

思わず目を疑って、夏音はメガネを何度も何度もかけ直した。しかし、いっこうにそれは姿を消さない。ただ、ビー玉のような瞳でこちらを見て、不思議そうに首を傾げている。

 

「あのお、すみません。良く聞こえなかったんだけど、もう一度、さっきのセリフ、言ってもらえます?」

 

夏音がそう頼むと、嫌に媚びた動作で、

 

「菊名夏音、ボクと契約して、魔法少女になってよ!」

 

自室の机の上にいる、一匹の動物が言った。いや、そいつは本当に動物なのだろうか、と夏音は疑った。だって、動物って喋らないし。それに動物といっても何の種類なのだろう。

 

彼女は、じっくりとそいつの全身を見た。白い体毛に、とんがった耳。その耳から出ている長い羽みたいな部位。背中には丸い卵に近い円の模様があり、ゆらゆら揺れる尻尾はふさふさしている。

 

はっきり言ってこんな生物、見たことも聞いたこともない。あえて言うなら、猫か犬に近い外見だから、猫科か犬科かもしれない。下手したら狐に見えなくもないから、狐から派生した種族という可能性もある。でもどれも言い表すには中途半端だし、どちらかといえば、動物の一種類というよりも可愛らしいぬいぐるみといったほうがまだ納得できる姿だ。

 

「えーと……、マスコット的なやつなんですか、あなた?」

「マスコット?」

「お約束のあれですよ。魔法少女にくっついてなんかやっている、あれです」

「マスコット的なのはともかく、魔法少女をサポートするというのもボクの仕事の一つだ。そういう意味では、そうかもしれないね」

「やっぱりマスコットじゃないですか!でも、確かにかわいらしいんですけど、目が超赤くて怖すぎですよね。喋ってるとき口動いてないですし、不気味ですよね、こんなマスコットなんていらないのに、何で帰ってきたら平然と部屋にいたんでしょうかね。ていうか、これ夢ですよね。そうですよね?」

 

まさか、実は自分は密かに魔法少女になりたいと思っていたのだろうか。いやいや、この年になって魔法少女願望とか持ってなどいない。そうだったらヤバいだろう。アニメでいえば魔法少女の適齢期ではあるけど、夏音は何がなんでもこの状況を否定したかった。

 

しかし、幻覚の住人たるはずの獣は、夏音の考えを逆に否定した。

 

「残念ながら、夢ではないよ、夏音」

 

そんなまさか、と笑いながら、試しに思いきり頬をつねってみる。瞬間、そこの箇所に痛みが走った。ぎゃ、と声が出る。思わず頬を撫でた。

 

「…イテテ。夢じゃないの、これ?」

「ようやくわかってくれたかな、夏音」

「信じられないけど、わかったってことにします。夢じゃないって信じてあげます。とりあえず、説明頼みますよ。マジわけわかんないし」

 

うん、わかったよ、何て、白い小動物ーーキュゥべぇは、尻尾をふった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

魔法少女。それは、希望を振り撒く存在。魔法を自在に扱うことのできる少女。そして、魔女を狩る者、魔女を倒す使命を帯びる者。

 

魔女とは、人に害をなす存在。人に気づかれず、人に悟られず、この世界に潜み呪いをもたらしているもの。こいつらに食われたりさらわれたりして、自殺者や行方不明者が出ていたりするそうだ。

 

ここまで聞いて、夏音はキュゥべぇが何を要求しているのかを理解した。つまりこの小動物ーーキュゥべぇは、自分に化け物を倒してほしいと頼んできているのだ。もちろんただ倒してくれというわけではない。キュゥべいはちゃんと見返りを用意していた。それも破格の。

 

それは、なんでも一つだけ願いを叶えることができるというもの。億万長者になりたいという願いだろうが、世界征服という願いだろうが、何でも自分の望みを現実にすることができる。つまり、自分は今ある種の特権を与えられているのだ。しかしそれを行使すれば、命懸けの戦いに身を投じることになるのである。

 

もちろん、そうなれば自身はいつ死んでもおかしくなくなるし、平凡な人生や日常を捨てることになるだろう。そして、恐らく夏音はまともな人生を歩めなくなる。

 

なるほど、確かに“契約”。まさにギブアンドテイクというわけだ。ここまでするということはキュウべぇ側にも、魔女を倒して欲しい何らかの事情というものがあるのだろう。

 

事実、キュウべぇは魔法少女の素質がある少女を、常日頃から探し回っているらしい。それほどまでに、魔女を倒して欲しいようだ。そして、夏音には前々から目をつけ、ずっと観察していたらしい。とても迷惑なことだ、と夏音は思った。

 

「あの、何でしたっけ、その……魔女ですか?よく分かりませんが、魔法少女になったら、それを倒していかなきゃいけないんですよね?」

「そうだね」

「でも、何でも一つだけ願いを叶えてくれるんですよね?願った通りにちゃんとなるんですか?」

「なるよ。一つアドバイスするなら、願いは具体的であればあるほどいいよ。その方がよりキミの望み通りに願いが叶うだろう」

 

そう言って、キュウべぇは紅い瞳でこちらをじっと見た。

 

「夏音、もしかして契約する気になったのかい?」

「まさか……と言いたいところなんですけど、ぶっちゃけ興味はありますよ。だって、何でも一つだけ願いを叶えられるんです。こんなおいしい話はありません」

 

しかし、そうは言っても、夏音自身あまり叶えたい願いがあるわけではない。だって、夏音は今とても充実した生活を送っているからだ。父、母、兄の三人の家族は自分にとても良くしてくれるし、友達だってそこまで多いわけではないが、良い子達ばかりだ。学校生活もかさね良好と言って良いだろう。一番のネックは来年の高校受験だが、別にそれは自分で頑張るしかないと思っている。

 

しかし、だからといって、そのチャンスを手放したいわけじゃないのだ。だって、そのチャンスはあまりに大きいチャンスなのだから。その権限を使えば、何でも出来るのだから。

 

「でも、やっぱり都合が良すぎますよ……」

「というと?」

「いやだって、考えてもみてくださいよ。命懸けの戦いに身を投じることになるとはいえ、願いは何でも叶えるなんて、リスクよりも、リターン(・・・・)が大きすぎません?」

 

疑わしい目でキュウべぇを、またじっと睨み付ける。夏音は中二病だが、この夢見がちな年齢に反して同年代よりも比較的、現実的な考え方をする方だ。親が両方と共働きでしっかり者であったから、そのような性格に育ったのかもしれない。兄の影響を諸に受けてしまったが。

 

「大体、マジで本当に願いが叶うんですか。やはり、幻聴、幻覚なのでは………」

「やれやれ、やっぱり信じてくれないんだね。まあ、まれなタイプではないけど、夏音はちょっと変わってるなあ」

 

キュウべぇが、困ったような声で言う。それに、夏音はムッとせざる負えない。幻覚の類いとはいえ、人様の家に勝手に入ってきて悪口なんてあんまりじゃないのだろうか。つくづくこの小動物はムカつくやつである。

 

「じゃあ、こうしよう。夏音、明日の休日、空いているかい?」

「特に用事はないですけど、なんですか?」

「魔法少女の体験コースだよ」

「……体験コース?」

 

体験コースとはなんなんだ?

 

「そうだよ、夏音。この早島市に隣接する都市、見滝原にはね、君と同じような魔法少女の素質を持つ子達がいるんだ。その子達を、巴マミという魔法少女が、魔女の結界に連れていったんだ。そして、今回はそれと同じようなことを、早島の魔法少女にやってもらおうと思って呼んであるんだよ」

「な、勝手に呼ばないでくださいよ!」

「それで、どうかな?」

「無視ですか!」

 

でも勝手とはいえ、確かに実際に会ったり体験すれば、この現状が本当かどうかは、はっきりするだろう。幻覚ながら一理ある。それに、どうせ明日は暇だったし、何もすることがない。

 

しかし幻覚の言うことを、聞いても良いのだろうか。ここは、お断りしたほうが良いような。そう思っていると、外から何か声が聞こえてきた。

 

思わず声がした方を見る。その視線の先には、小柄な少女の影がいた。なぜか彼女は、自室のベランダの手すりの上に立っていて、大きく手を振っていた。しかも大声で叫んでいる。

 

「キュゥべい!!わざわざ私がきてやったよ!!さっさと中に入れてー!!」

「あれ、何なんですかね?何で人がいるの?…は?」

 

夏音は思わず、困惑した。玄関から入ってくるってものが常識であるはずなのに、どうしてベランダから訪ねてくるのだ。というか普通二階建ての一軒家のベランダに、ただの少女が登って来られるはずがない。ますます現状がこんがらがってきたように思えて仕方なかった。

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