結は自分の家である日本家屋にまで辿り着くと、庭に回った。そしてそこから自室の窓を開け、中へ入る。
玄関から入っても良かったが、鍵ではガチャガチャと煩い。おまけに玄関の引戸は古くなったせいか、開けると結構音がする。それならば、こうやって中に入った方が静かで良い。泥棒に間違われるのは心底ごめんだ。
結は照明がわりに(蛍光灯が切れていたので仕方なく)、緑色の光る浮遊する球体を呼び出す。
そして、机の引き出しからお守りを取り出した。
「これをどうするんだい?」
「これを使って、ミズハを復活させるんだよ」
このお守りは、自分の髪の一部を入れ、互いに交換する、という伝統的なお守りだ。親愛を込めて安全祈願をするためのもので、彼女は従姉妹達とそれを交換していた。いじめが始まって、従姉妹の一人が引きこもり、ついには死ぬ半年前に。魔法少女になる前に。
そしてこのお守りには、先程も言った通りミズハの髪が入っている。つまり、ミズハの体の一部が入ってる。ならば、理論上は戻せるはずなのだ。分離した髪を元に、ミズハの肉体を生み出せるはずなのだ。
「っ……」
いざやるんだと思うと、緊張して躊躇が生まれた。込み上げてくるものがあって、思わず泣きそうな顔をしてしまう。
だが逡巡している場合ではない。意を決してお守りを握ると、畳の上に置いた。
彼女はお守りのミズハの髪に、魔力を送り込む。
変化はすぐに現れた。まるでコマ送りのように、ひと房の髪が一瞬にして長く伸び、先から頭の皮膚を構成。さらに顔を復元し、首の骨を筋肉などが覆い、四肢が出来上がって、徐々に分離した前の状態、ミズハの体になっていく。
呆けて結はその様子を見ていた。
「……ミズハ」
顔を覆って、うわ言みたいに呟く。涙腺が熱くなった気がする。自然と笑みが零れ、歓喜で息が震える。
「………、あの子だ。あの子がここにいる……」
結は畳に座ると、うつ伏せになっている全裸の従姉妹へ、魔法で軽く刺激し目を覚まさせてやる。
すると、ぱちぱち、目が閉じた。抱きしめて胸に耳を当てると、どくどく、心臓の音を感じる。命を確かに感じる。
「……信じられない」
今は、夢か、幻か。恐らくその両方だ。彼女はその時、そう思った。自分は、甘い甘い、理想の世界を見ているのではないかと。
「……信じていいのかな?」
その体はからっぽになり、消滅したはずだった。それが、どういうことだろう。
手足、心臓、腸に肺に血管に、脳髄。それらがちゃんと揃って、一つの体として目の前にいる。
「ねえ」
「………………」
「ねえってば……」
だが、何故だろう。反応はなく、抱き寄せても、自ら動くことはなかった。
その従姉妹の目は虚ろである。何もない、というか、“存在していない”というか、まるでぬいぐるみみたいだ。しかも綿がなくって、萎んでしまったものにそっくりだ。
それを理解したのは、一時間たった後。声が枯れたあとである。
「……どうなっているの」
彼女は愕然とした思いで、従姉妹を見た。無表情な顔が、とても無機質。暖かなものが、途端に冷たいものに変貌した様に感じられる。
「……キュゥべえ!!ミズハは僕の魔法で復活したんだよね!?なのにどうして動かないの!!」
裏切られたような気持ちになって叫んだ。しかしキュゥべえは、何も表情を変えることがない。そしていっそ冷酷とも取れる平坦な声で告げた。
「あくまで復活したのは、体だけだ。心まではどうにもならないよ」
「そんな……」
「……でも、このミズハに自我はないが、聴覚は正常に働いている。君の謝罪は彼女に届く」
「……。そういうことじゃない。僕が望んでいるのは、そういうことじゃない」
納得できない思いに駆られる。親しい人物に、騙されたような心地だった。
しかし、……良く考えてみれば、分かることだった。これは、意思なんてない、ただの肉塊。魂はとっくにないのだから、心なんてあるわけない。従姉妹は確かに生き返ったのかもしれない。だが、肉体しかないのだ。
(……そっか)
やはり死者は絶対帰っては来ない。だから、何も言えない。彼女に対して、何も。
「ふふふ、まあ、……そうだよね。上手くいく訳ないよね。だったら……」
「──そうやって、安心しないでよ。馬鹿お姉ちゃん」
その時、窓の方から声がした。その方を向くと、結はぎょっとした。
窓脇に、色素の薄い髪の少女──東順那が座っていたのだ。
何でこんなところにいるのか分からなくて、言葉も出なかった。しかしそれよりも、結は少女のその格好に驚いていた。
順那は黒いゴスロリ服を身に纏っていた。まるで魔法少女の服装だ。頭には大きなリボンがあり、ソウルジェムと思わしきものが付いている。
「順那……」
絶句した眼差しを向ける。
だが順那はにこりと微笑むと、窓枠から降りて中に入ってくる。結の前まで来ると、自慢するように両手を広げた。
「見て、この魔法少女衣装。とっても可愛いよね」
「……信じられない」
悪い悪夢でも見ているようだ。頭痛がしてくる。こんなの、まったく聞いてない。
「何やってんの……、順那」
「そっちこそ何やってんの?どうして死んだミズハがそこにいるの?」
「それは……」
結は言い淀んだ。何と説明したら良いか、分からなかったからだ。
まさかミズハに会いたくて、魔法でミズハの肉体を復元したなんて、言えるわけもない。
「お姉ちゃん、ミズハに謝りたいの?だから、そんなことをしているの?」
順那は首を傾げた。
その明るい調子が彼女らしくもあったが、それが返ってぞくりとする。順那の瞳はとても純粋すぎて、人間離れしていた。今まで妹同然に可愛がってきたのに、結は心底彼女のことを気持ち悪いと思った。
順那はにこにこしたまま、ミズハの体に触れる。
すると、突然抱き抱えたミズハの顔が、ぐりんとこちらを向いた。
ミズハの目が瞬く。炎にも似た輝きがボッと二つ点り、彼女を凝視する。射抜かれ、思わずどくんと心臓が飛び跳ねる。
「……!?」
驚いたあまり、固まった。
従姉妹の体が勝手に起き上がって結から離れ、手の中が軽くなる。しかし、重みがこびりついたように感じられてしまう。
ミズハは立ち上がって、魔法少女の衣装と思わしきローブの姿に変身すると、結に相対する。その表情は、まったくと言っていいほどに闇夜で見えない。
「……あ、ああ……」
動くはずがないと言われたのに、ミズハが自ら動いた。明らかな異常に、結は瞠目した。
しかし、結はミズハを不気味だとは思わなかった。奇妙だとは思わなかった。
ただ、恐怖があった。あんなにもミズハに会いたいと思っていたのに、何でだろう。とても、とても──
「……どうして?」
ミズハは、低い声で尋ねる。
ぎん、と双眼の火が憎々しげに燃え上がる。結がゆるゆる首を振るのも構わず、彼女は激情のまま怒鳴り、怨嗟を吐き出す。
「どうして、私はこんな目に合う!!!どうして役目を果たそうとしない!!!私はこんななのに!!お前は本家の人間だろうが!!」
「……ごめん」
結は涙を流し、謝る。頭が謝罪で埋め尽くされ、真っ白になっていく。
ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん。
すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません。
ごめんごめんごめん、すいませんすいませんすいませんすいません。
「許さないで許さないで決して許さないで許されようとは思っていません思ってませんから君を忘れた罪も君を殺した罪も入理乃ちゃん達を傷つけた罪もちゃんと清算します清算させてください僕は汚い罪人だ罪人は裁かれなくちゃいけない罪人は罪人らしく酷い目に遭うべきなんだ僕なんか死刑がお似合いなんだよ僕はいちゃいけないんだ僕には相応の報いが必要だ罰は受けます罰をきちんと受けます贖罪しますどうか僕を詰ってください、だから──!!」
「──僕を罰して欲しい?」
息が止まった。全身の毛が逆立つ。ゆっくりと、順那の方を向いた。
順那は、よく分からない表情を浮かべていた。
「……お姉ちゃん、ミズハが動かないって分かって安心したよね?それが自分の罰だとでも思ったの?」
「ち、違う……」
声が酷く弱々しかった。強く否定したかったのに、結にはそれが出来なかった。
順那は少しだけ、憐むように微笑んだ。
「……罰を受けるのは怖いけど、でも罰して欲しいんだよね。貴女は罪で苦しんでるけど、その罪は簡単に許されるわけじゃない。だから、それ相応の報いを受けて解放されたいんでしょ」
「そ、そんなことない……」
「じゃあ、何でそうやって笑ってるの?」
「……!!」
そこで、結は初めて気がついた。自分の口角が、僅かに上がっていることに。
思わず愕然とする。全身が震えた。
「……
可哀想ね、と順那が俯く。瞬間、結は奇妙な感覚を味わった。
彼女の雰囲気や表情が、急に変わったのだ。しかもその感じが、何処か見覚えのあるものだった。
順那はミズハの体に再度触れる。すると、ばたりとその体は畳の上に倒れた。結は驚きのあまり、我が目を疑った。
「結。悪いことをしたわね。今の私は順那に縛られてるから、彼女の悪ふざけを止められなかったの」
申し訳なさそうに謝ってくる。
結はそんな順那の変わりっぷりに戸惑いを隠せない。一体、何がどうなっているのさっぱりだ。
「……とても信じ難いことだ。いくら魔法少女の奇跡であっても、復活なんてできないはずだ。それが、もしかして……」
キュゥべえが珍しく、驚いたような口調になる。順那は、らしくない笑顔を浮かべて見せた。
「そう、私は伊尾ミズハ。順那は成功したの」
「……え?」
ぽかんとなった。結からして見れば、どこからどう見えても彼女は順那だった。
それが、ミズハだと名乗ったのだ。結は順那の気がおかしくなったのではないか、と思わず疑った。
しかし、かなり嫌なものを結は感じていた。何か、良くないことが自分の知らぬうちに起こったような……、そんな予感がして仕方なかった。
「……何、……言ってんの?順那がミズハの訳がないじゃん……。それにミズハは死んだんだ。絶対に帰ってくることなんてない……」
「……そうね。普通、死者は帰ってこない。でも、それが魔法少女の奇跡なら?」
「……じゃあ本当に?」
その言い分は、ある程度真実味を持って聞こえた。結は魔法少女の奇跡を、誰よりも信奉しているところがあったのだ。
だが、結はこの時、それらに恐ろしさを感じていた。魔法少女の存在が、まるで触れてはいけない、禁断の果実に思えてならなかった。
自分だって生き返らせようとしたくせに、いざ目の前でミズハが生き返ると、幽霊みたいで不気味だったのだ。
「……色んな意味で、夢みたいだ」
生き返らせようとして、絶対に帰ってこないというと思っていたのに、次の瞬間、ミズハが登場した。
それが酷く衝撃的すぎて、現実味がなかった。そのためだろうか、素直にミズハが生き返ったことを喜べない。半信半疑になってしまう。
「……信じがたいことだが……、彼女の言っていることは本当のことだよ、結。とても出鱈目だけどね」
キュゥべえが順那の言うことを肯定する。結はそれに、苦い表情を浮かべた。
「一体どういうことなの……?説明して……」
「……うん。ちゃんと説明する。キュゥべえも私がどうやって復活したのか知りたいだろうし」
そう言うと、順那は──ミズハは真剣な顔になった。
「順那はね、私が死んだことをそこのキュゥべえに聞かされて、こう思ったらしいの。“もっとミズハに生きて欲しかった。その人格が消え失せるなんてこと、許さないって”」
それは、実に当然の感情。誰だって、大切な物を無くしたら嘆くし、怒る。順那も、ミズハが死んだと知って同様の思いを抱いたのだろう。そしてそう思ったら、ミズハを復活させようと願っても何もおかしくない。
だが、
「……順那はそう、願わなかった。代わりに“ある三つの魔法を手に入れる”ことを望んだ。その魔法を使って、私を自らの手で復活させようとした」
「……まったくそんなこと、無駄だと思ったけどね。だけど、本当に成功させてしまうとは」
「……」
結はしばらくの間、ミズハの話を聞いて沈黙してしまった。
まさか結と同じことを、順那がその前にやろうとしていたなんて、想像していなかった。
だが、ミズハを生き返らせること自体を願うのではなく、ミズハを生き返らせる力を願う辺りが、順那らしいといえば順那らしい。意外と、順那はそういうことを気にする。大切なものは、自分で掴むとることが重要だと彼女は思っていた。
そんな順那のことを考えると、何だか居た堪れなくなって、自分が情けなくなってくる。
もっと早く、ミズハを生き返らせることを結が願えば良かった。そうじゃなければ、順那は魔法少女にならずに済んだ。
「……いくつか質問があるんだけど、まず三つの魔法って一体何なの?」
「それが僕にもさっぱり分からないんだ。何しろ、その三つの魔法がどんな魔法か、僕にも説明してくれなかったからね。ミズハは何か知らないかい?」
そうキュゥべえが問うと、ミズハは首を振った。
「……私もその三つの魔法が何か分からない。私、順那の記憶を見ることが出来ないし、魔法のことも教えてもらえない。今だって頭の中で、あたしは絶対に言わないってうるさいし」
「頭の中……?」
変な言葉だと思った。まるで一つの体に二つの人格があるような……。いや、実際見ている限り、そうなのだろうが、
「……君達、何でそんなことになってんの?」
普通、復活させるとしたら、ミズハの体ごと復活させるはずだ。それがどうして、人格だけなのだろうか。訳が分からない。
キュゥべえが、そうか、と納得したように頷いてみせた。
「それが、順那の魔法の限界だったんだね。人格の復活には成功しても、肉体の復活には成功しなかったんだ」
その結果、一つの体に二つの精神が宿っているのだろう。……しかも様子を見る限り、ミズハ達はそれぞれ別個の存在として思考し、一つの体を自分の体として共有している。かなり歪な状態だ。
「そんな状態で君達大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。そういう風にしてるから」
にかっと笑う。恐らく順那の方が表に出てきたのだろう。その不思議な光景にちょっと面食らいながら、本当に大丈夫かと結は訝しげな顔をした。何かあったら、それこそ嫌だし、耐えきれない。
「てか……、何でもっと早く言ってくれかったの?そしたら……」
「……成功したのが今日だったんだよ。しょうがないでしょ」
ミズハか順那のどちらか分からないが、勘弁してよとでも言いたげに、疲れた顔をした。
そこに苦労の数々が滲み出ているようで、結もそれ以上何も言えなかった。
「……でも、これから先そんな状態でどうするの?何とかならないの?例えばミズハの人格を、別のものに移動させるとか。……ここに都合よく、ミズハの体があるし」
気まずげに、結は倒れている空っぽのミズハの体を指した。
二つの人格が一つの体にあるのなら、その一方をこの体に移せば良い。そうすれば、ミズハは元通りだ。
「それは難しいだろう。恐らくこのミズハは──」
「インキュベーターは黙れ」
ミズハが冷たく言い放ち、キュゥべえの言葉を遮る。そして、結に向き直った。
驚いていると、ミズハは決意を込めた目で言う。
「……ねえ、結。私、どうしても貴方に話したいことがあるの」
「話したいこと……?」
「そう。私が死ぬまでの経緯。そしてそこに隠された真実よ」
結は自然と、顔を強張らせた。ミズハの圧に押され、緊張したためだ。
ミズハは僅かに迷いを見せながら、しかしあの決意を込めた目の光を強くした。
「……正直、本当は話すべきじゃないのだけれど、でも伝えておかなきゃいけない。どうか、落ち着いて聞いてね」
そうして……、泣きそうな声でミズハは話し始る。まるで、葬式で遺言状を朗読する、遺族のように。
「……私は、いじめをしていたことにかなり罪悪感を感じていたの。だから、いじめに巻き込まれたくないって、そこの奴にお願いをして魔法少女になったの」
ミズハは忌々しげにキュゥべえを睨みつけた。キュゥべえは迷惑そうに、そこまで敵意を向けるのはやめないか、と言った。
(……思っていたとうりだ)
結は顔を曇らせ、俯いた。
こんな予感は、どこかでしていた。
……ミズハが魔法少女になる理由なんて、いじめのことしか考えられない。
「……じゃあ、やっぱりミズハは僕のせいで、魔法少女になったせいで死んだんだね」
「……どうしてそう思うの?」
「だって、魔法少女は魔女と戦う危険な仕事だもの。命を落とす理由なんて……、それしか考えられない」
直接確認するのは怖くて、ミズハの死因をキュゥべえに聞いてはいない。
だが、魔法少女を殺せるのは、魔女くらいなもの。魔法少女は結構頑丈で、ちょっとやそっとのことじゃ死なない。交通事故とか病気とかで死ぬはずがないのだ。
だから、結はミズハは魔女との戦闘で死んだのだと結論づけた。それに遺体が残っていないのも、魔女との戦闘だったら説明がつく。
「でも……、それって僕が殺したようなものだよね。僕さえいなければ、君は死ななかった……」
「……そうね」
ミズハが無表情で頷く。
それに結は、自分が串刺しにされたように思えるほど胸が締め付けられた。だが、結は彼女に少し安心感を得ていた。
……ミズハが自分を“大罪人”として見てくれると思うと、自分が理解されているような気になった。
もちろん、そんなことは結は認めたくなかった。結はその安心感から、必死に目を逸らし続けた。
「……結。でも、ミズハは魔女との戦闘で死んでいない」
「え……?」
驚きの声を出して固まる。
キュゥべえはミズハの方を向くと、不思議がってる結に、詳しく説明した。
「ミズハの固有魔法は、あらゆる災難を跳ね除けるというものだ。そのせいでミズハが魔女と出くわせば、魔女の方から逃げてしまう。入理乃達に縄張りを任せてたくらい、彼女は魔女を狩れない魔法少女なんだよ」
「……な、なら、どうして死んだの?」
魔女に殺された以外で、死んだ要因があるというのだろうか。
だがそんなの、考えつかない。ミズハが自殺したとは思えないし、入理乃達がミズハを殺したのも想像できない。
ミズハは戸惑う結に対し、何と言ったら良いやらわからない、といった表情をして見せた。そして、はあとため息をついて、
「私ね……ある日竹林……いじめていた子の自殺を、学校の連絡で知ったの。私は深く絶望したわ。当然、ソウルジェムは真っ暗に染まりきってしまった。そして……、そこからソウルジェムが別のものに変化して、そのせいで私は死んでしまったの」
「……別のもの?それって──」
「グリーフシードよ」
ミズハが告げた瞬間、腹の底がぞくりと冷たくなった。頭が真白になる。
「……で、でも。それがどうしたの……!?ソウルジェムがグリーフシードに変化しただけなんでしょ?」
話の方向がおかしい。
ソウルジェムなんて、ただの変身アイテム。そのアイテムがグリーフシードになったところで、ミズハには何の影響もない。
「ソウルジェムは、魔法少女の魂そのものなんだよ。つまり、魔法少女の本体なのさ」
「……は?」
結は素っ頓狂な声を出した。こんな石ころが魂とか言われても、ピンとこない。ちょっと顔が引きつってしまう。
「……そいつが言ってることは本当のことよ。私は嘘はついてない」
「……そうなの?キュゥべえ」
「うん。彼女は嘘は言っていないよ」
視線が、自分の太ももに移る。そこで輝いているのは、自身のソウルジェム。その輝きはいつも綺麗だと思っていたのに、かなり不気味に思えた。
こんな石が、魂とは信じられない。そしてグリーフシードになると言うことも、信じられない。
でも、ミズハは嘘ではないと言う。キュゥべえも嘘は言っていないと言う。
ならば本当に?だとしたら──
(僕は……ミズハを魔女化させて、挙句に動く抜け殻になって、魔法少女を殺してた?そして魔女になる?)
全身から血の気が引いた。体が冷たくなっていく。がちがち、と歯がなった。
罪の重圧が心の中で肥大化し、押しつぶされそうな感覚に襲われる。
その重さに、絶望の目が育ち、成長していく。目の前が真っ暗になった気がした。
自分が何れ、自分ではなくなる。狂った怪物になって、暴れ回る。
それが結にとっては、どんな罪よりもかなりの恐怖だった。
もうこれ以上何も壊したくなかったのだ。何の罪も、増やしたくなかったのだ。衝動に支配されるなんて、ごめんだったのだ。
何より、自分が死ぬのが嫌だった。
「ひっ!!」
短く悲鳴を上げる。ソウルジェムの端に穢れが生まれ、じわじわとその光を飲み始めたのだ。
結はミズハに縋り、必死の形相を浮かべた。
「た、助けて!!僕、魔女なんかになりたくない!!」
「……」
「詰って!ぶって!!僕を殺して!!僕をどうか、どうか……!!」
開放してくれ、開放してくれ、開放してくれ、と結は懇願する。
罪の重圧、衝動、嫌悪感、魔女の恐怖、それらから逃げたかった。
だから、ミズハに自分の断罪を求めた。罰を受ければ、罪は清算されるから。
しかし、ミズハは首を振った。そして、静かにグリーフシードを結のソウルジェムに押し当て、浄化しながら言う。
「……東順那は、貴女を許す。けど、私、伊尾ミズハの模倣人格は、貴女を許さない。だから、罪の清算なんてさせない。だから、何もしない」
「そんなの……」
怒りが込み上げてくる。
それは、逆恨みに近い感情。自己中心的な、理不尽な感情だった。
「……開放されるなんて、甘い考え許さない。もし解放されたいなら、そのうじうじした態度を止めて、自分を、絶望を乗り越えろ。私なんかに縋ったら、結は自由じゃなくなっちゃう。それは本当の結じゃない」
「……。知ったような口を聞くな……」
さも理解しています、なんていう風に言わないで欲しかった。
自分なんて乗り越えられない。絶望なんて乗り越えられない。
誰かに縋るしかないし、何かに逃げるしかない。目を逸らさなきゃ、やっていられない。
それを、簡単に乗り換えられるから、とか励まされても困る。
「……お前は、所詮ミズハじゃない。そんな奴が、僕のことを語るな。偽物は、出て行け……。僕のことを詰ってくれないお前なんか──」
いらないし、忘れてやる。
「……!!」
それを言う前に、ガリン、という音が目の前で広がった。
はっとすると、目の前が一瞬グニャリと曲がる。
そうして、気がつけば。順那──ミズハの姿も、キュゥべえの姿も消えていた。
代わりのように、何故かそこには入理乃が立っていた。
「……ようやく、こちらを向いたわね」
何処かうんざりとした様子で入理乃は言った。こちらに近寄ると、すざましい勢いで彼女は結に追いすがる。
「一体、どうなっているのよ!!何でミズハさんの偽物がいるのよ!!意味わかんない!!貴女、何か知ってないの!?こんなの、あり得ないわよぉ!!」
口振りからするに、入理乃もミズハに会ったらしい。かなり困惑した感じで、青ざめて泣いている。
それが、結には少し哀れに思えた。だから、提案した。
「……ねえ、入理乃ちゃん。ミズハに関する記憶、消さない?」
「え……?」
思わずと言ったように、入理乃が呆けた。結はそんな彼女に微笑みかける。
「お互い、ミズハのことを覚えてたって辛いだけ。このまま魔女になるくらいなら、忘れた方が良くない?」
「貴女、知ってたの……?」
びっくりして、更に入理乃は気が抜けたような表情になった。結はニコニコと笑顔を崩さない。
「残存魔力とかあれば、記憶ぐらいどうとでもなるよね?あのミズハとか覚えてても気が変になるよ」
そう言うと、入理乃はしばらくの間、顔を俯かせた。前髪が目を隠し、その表情を分かりにくくさせた。
そしてそのままの姿勢で、考えるように沈黙すると、僅かに首をこくんと頷かせた。
「……ありがとう」
心の底から、礼を言う。でも何故か、何かが引っかかって苦しかった。
ちなみにミズハと交換し合ったお守りは、こっそり指定郵便を使って交換し合ってます。
連絡自体は取り合っていたので、時々電話だけでなくお手紙のやりとりをしていたようです。