※設定変更に伴いすべて修正&書き直しをしております
話の流れ自体は一緒です。
戦いの合図――それは、金属がぶつかり合う激しい音によって告げられた。
菊名夏音と広実結、二人の少女の初動はまったく同じだった。
それは相手の元に突っ込んで、武器を振り下ろすという、単純なもの。
どっちが先に、なんて考えちゃいない。ただ感情の赴くまま、身を任せるままに、一歩を踏み出し、距離をゼロに詰める。
そしてハルバードと剣鉈が、鏡合わせのように軌跡を描き、激突したのである。
「――くッ」
しかし両者の表情は正反対。
夏音の顔には苦々しさが、結の顔には狂笑が浮かんでいる。
その原因は一目見れば分かるだろう。
なんせ膂力のすべてを持ってハルバードを振るった夏音に対し――結はたった一本の鉈でそれを受け止めているのだから。
その差は歴然である。
武器が振り下ろされた速度が同じでも、その重さが違っているのは明白で……尚且つもう片手に握られた方の鉈は自由だった。
その鉈が、結の笑みが深まると共に閃く。
そのまま抉るような角度で、下から夏音の腹部へ。
が、凶刃が自分の元に到達する前に、夏音は冷静に対処していた。くるりとハルバードの柄を回す。二つの鉈、両方ともを弾いた。
「――。……へえ」
途端、愉快半分、驚き半分と言った具合に目を細める結。
お返しとばかり、今度は夏音の方から仕掛ける。
斧槍を頭上から打ち下ろし、返す刀の容量で右下から斜め斬り、連続の刺突を放ち、目まぐるしく攻撃の嵐を浴びせる。その度に穂先についた鉄塊が、その身に宿る破壊力を物語るかのように風を切りながら唸り声を上げる。
並の使い魔だったなら一撃で沈んだことだろう。
だが、そのことごとくを結は防いだ。
弾き、逸らし、躱して、受け流す。
やがて互いの武器の衝突が数十を超えた頃、再び同じ速さで振るわれる剣鉈とハルバード。
――またも甲高い金属音が響く。
それでも決着は付かず。
そのまま押し合いになるかと思いきや、二人は勢いを利用し跳ね退くように後方へ。最初の時のように彼我の間隔を開ける。
「……ちィ」
そして、苛立たしげに舌打ちする夏音。
全部とは言えないが、ある程度昔のことは思い出した。
それこそ辛い出来事も、悲しい記憶も。
だからこそ、戦闘能力――魔法の使い方やハルバードの扱いも“二年間鍛えた上げた”ものに戻っているのだ。
……しかし。
軽く斬り合っただけではあるが、まさかそれを持ってしても、ここまで攻撃が届かないとは。
改めてその出鱈目さを思い知る。
(やはり一筋縄ではいかないな)
そもそもの話、夏音と結では才能に差があり過ぎるのだから。
――広実結は、魔法少女の天才だ。
パワーもスピードも桁違い。いくら二丁持っているとは言え、短い剣鉈だけでリーチが長いハルバードをいなし続けられたのは、どちらかというと経験よりもその化け物じみたセンスによるところが大きい。
彼女は本能で動いている。本能的に動いて、こちらを圧倒してくる。
そんな純粋に高いスペックで殴りつけてくる相手との戦いが、夏音は実は苦手だ。
だって夏音の戦い方は、言い方を選ばず言えば、不意打ちや小細工、罠を中心とした姑息なものだ。
夏音には才能がなかった。人の動きを模倣し、猿真似をする得技も、分析に分析を重ね、何度も微調整する必要がある。
だからこそ人の“予想外”を突くことで、元来の脆弱性をカバーし続けた。
爆弾を設置し、香辛料で目潰しし、時には建物ごと火で炙って。
そうやって裏でコソコソ立ち回るのが夏音のやり方だったのだ。
だがこのような開けた場所で、且つ一対一で圧倒的強者と相対させられた時にはそんなもの通用しなくなる。
単純な力比べは不得意だ。
それに、今の夏音は万全な状態じゃない。
(“能力”に制限がかかってる……)
もとより中途半端な存在だからだろう。
その影響で“多くの力に鍵がかかっている”。
故に、記憶を思い出したとは言え、“再現が甘くなって、これではコピーして来た魔法”の力を発揮することは到底出来ない。
ある意味、昔の菊名夏音よりも弱いのではないだろうか。
(幸いなのは、赤いオーラの魔力は扱えているということか)
それがなければ、八割戦闘能力が落ちていただろう。
それくらいアレは夏音にとって頼みの綱だ。負担も少なく、使い勝手も良い。
そのためにずっと主力にして来た。
ズル賢い夏音には相性が良い能力だ。
(それに苦手とは言え、私は家主さんに対してアドバンテージがある)
なんせ、夏音は結のことを深く理解している。
戦い方も弱点も知っているのだ。その点で言えば夏音は有利に違いない。
けれど――前述した通り、結は手強い相手だ。
結の体には傷一つ付いていない。
そのくせダラリと力の抜いた姿勢をしているのに、いっそのこと笑ってしまうくらい隙がなさ過ぎる。
持てるすべてを使わなければ結に勝つことは出来ない。
(いずれにしろ“この私”が結さんと戦うのは初めてだからね。容赦なんてしてやらないよ。絶対に止めてやる)
決意新たに、ハルバードを握り直す夏音。
だが一方で結の方も、何事かを考えていたらしい。
さっきからこちらを見てくる瞳には警戒心が浮かび上がっている。
視線に疑念を含ませ、それから何を思っているのか、尚も笑みを崩さず、意図的にか飄々とした調子で、
「ハハ、訓練の時とは全然違うねえ。いきなり強くなってビックリ、ビックリ。そっちが本来の夏音ちゃんなんだねえ」
と、わざと怖がるように肩をすくめる。
夏音はよく言うなと思いつつ、お返しに皮肉を返してやった。
「家主さんの方こそ。やはり手強くて厄介ですよ。ほんと、無駄に強い分、手を焼かされて来たんですから」
「ふーん、何それ。それって前のループ? の時のお話?」
「さあ……どうでしょうか。ただアンタが面倒くさいのには変わりありませんよ。家主さんは強情っ張りで、融通効かないです」
「……。あっそ。でも君には言われたくない――よ!!」
「ッ!」
次の瞬間、突然地を割るほどの踏み込みを持って、爆発的な推進力を得た結。瞬きをした刹那、開いていた距離をもう彼女は詰めて来ていて。
「しッ――」
その流れのままに鋭い回転切り。
今までの中で一番速い。
(やはり今までは手加減を――)
「……!」
と、ハルバードで何とか防御した直後に瞠目。
結の右手が、左手が、ぶれた。
あまりの速度で振るわれたものだから、視認することが出来なかったのだ。おまけにありったけの魔力を込めた一撃。
その証拠に緑の光が走り、防ぐのは困難と判断。堪らず夏音はバックステップで回避。しかしそんなもので結からは逃れられない。続けて伸びてくるのは白く長い足だ。繰り出されたのは膝蹴りである。
「ガッ!」
今度は間に合わなかった。
ここに来て始めてまともに攻撃がぶち当たり、夏音はその衝撃で胃液を吐き出す。
下がり、たたらを踏んだ。
腹に鈍く熱い痛みが生まれている。その込み上げてくる苦しみは、内臓を圧迫するかの如く。
自然、額に脂汗が滲み、苦悶の表情を浮かべてしまい。そこに追撃するように結が迫り、
「舐――めるなァ!!」
それを見て、夏音はただでやられるものかと咆哮を上げる。
赤いオーラを腕に纏わせ集中。強化した腕力でハルバードを叩きつける。
それでも結は――体を逸らして直撃を免れていた。
「けど、そう来ると思っていましたよ!」
だが別に構いやしない。事前に避けられるのは分かっていた。それよりも次だと言わんばかりに、斧槍を操り続ける。
(右、左、斜め上、後正面!)
切り替えろ、切り替えろ。
夏音は念じるままに戦い方を大きく変化させる。
その巧みにハルバードを動かす腕には、やはりオーラの輝きが継続。
赤いオーラの魔力は力を倍化させるだけではない。武器を振り下ろす速度すらも自在に操る。それを利用し加速減速を調整して独特の緩急をつける。
まさに変幻自在と言って良いだろう。
斬撃の軌道は不自然な程に曲がりくねり、上と思わせて右から、右と思わせてから正面へ。
過去の記憶から、夏音は結の行動パターンを予想し、彼女が苦手な角度から狙い続ける。
不意打ちを交え、最初の切り結びの時とはまた違う洗練された技量を発揮する夏音はしかし、どこまでも凡人であった。
足運び一つにしても、そこにあるのはただ堅実な動きのみ。
――血反吐を吐くほどの努力を積み重ね、夏音は戦いの術を身につけて来た。
その経験は、今や結と互角以上に渡り合う力を夏音に授けている。
「――――」
だが、結の方も彼女も攻め続けていた。
苛烈な剣鉈は踊る度に夏音の体を掠り、少なくないダメージを与えている。けれど決定打を与えられないよう必死に立ち回ることにより、夏音は致命傷を避け続けた。
焦り、苛立ち――そんな感情がバチリと結の瞳の奥で弾けても仕方ないかもしれない。
そうして、ふいに単調な太刀筋になったその時を、夏音は見逃さなかった。
瞬間、渦巻くオーラを利用して真っ直ぐ矢のようにハルバードを押し出して、
「さっきの蹴りのお返しですよ!」
空気を穿つ刺突が、結の右肩をぶち抜いた。
「!?」
思わずと言ったように息を飲み、硬直する結。
何が起こったのか一瞬訳が分からなかっただろう。
反対に夏音の表情はどこまでも冷たかった。記憶のない時は無理なことだったが、今の自分は違う。
――ハルバードを振り下ろす。
結の右腕が切断され、鮮血がぶちまけられた。
「――!? ッ、……!」
自然の反応として声なき悲鳴が結の口から漏れる。
その痛みは想像絶する筈だ。
実際に結は、グシャリと苦しげに顔を歪めた。歪めて、歪めて、歪めて……やがてニィと、嗤う。
断ち切られた断面から肉が盛り上がり、次には元通りの綺麗な右腕へ。
再生に一秒とかかっていない。
「これだから“厄介”なんですよ!」
ただでさえ強いのに回復能力持ちとか何それバグってんのか! と叫びたい気分だ。
いくら傷つけたところで消耗するのはこちらなのだ。
「だからこそ真正面からやり合うのはもうなしです。そのままぐるぐる巻きになっちゃって下さい!」
「! これは――」
横に飛び、夏音が浮かび上がらせた魔法陣から“何か”を射出する。
弾丸でもなく、ハルバードでもなく、光線でもない。
それは無数の赤黒く光る帯だった。
「――カツボウノシュワン」
その名の通り、それらは何かを渇望するようにその身を伸ばし結に襲い掛かった。
縛りつけようとしてくる帯達に、見覚えがあったらしく、困惑したように結は呟いた。
「まさか入理乃ちゃんの紙帯!?」
「正確にはその模倣ですけどね」
ただし拘束力は本物と遜色ない。
当たれば即座に動きを封じられるだろう。
ただし、
「簡単にはやらせる訳ないだろ!」
結の右手には、既に新しい鉈が握られていたのだ。
切り落とされた時、一緒に落としたようだがまた呼び出したらしい。その右手の鉈と左手の鉈、両手の鉈を同時に振り回し、縦横無尽な剣閃が空間に走る。
帯がすべて切り裂かれた。
遅い遅いと、見せつけるように結は笑い声を微かに漏らし、
「それも想定内です!」
が、夏音は素早く次の魔法陣を発動させる。
最初から二段構え、一回目は気付かせぬための囮。本命は二回目の魔法陣だ。
なんせ――それは戦っている最中に仕込まれたもの。結の足元に密かに展開されていたのだから。
「ッ!」
今度こそまんまと引っかかってくれた結。
地面から直接伸びる帯は強固に絡みつき、さっきみたいに対処出来るものじゃない。更に切先を上にしてハルバードが四本生え、足を、両腕を、真下から貫き縫い止める。
「ゴ、ぁッ」
これは流石の結も吐血した。
夏音も心が痛むが、これくらいやらないと結は止まらない。
「良い加減倒れて下さいよ! でないと――」
「なら、本人を攻撃をすれば良いだけだ!」
「は――」
何を言って――と口に仕掛けたその時だった。
背後から、ゾッとする程大きな大きな殺気の気配が出現した。
慌てて振り返る。
そこには二十本の鉈が、宙に浮かび至近距離で夏音を見つめていて。
(一体いつの間に……!?)
そんな疑問も、一瞬しか持たない。
次の瞬間、夏音目掛けて剣鉈が殺到したからである。
最早迷っている暇はない。オーラを足に纏ってスライドするように跳躍。鉈の雨から退避する。
しかし、驚くのはここからだった。
「ちょ、ハア!?」
夏音に当たることなくそのまま進んだ鉈の群れは、当然の結果として結に降り注いだ。
それはある意味矛盾した光景。鉈を放った当人が、その攻撃によって傷つくだなんて――けれどもただそれだけでは終わらなかった。
鉈は直進しながら、帯を、ハルバードの刃や柄を、すれ違い様に破壊し、切断したのである。
そう結が操ったからとしか考えられない。勿論、言うまでもなく拘束から逃れても結はボロボロ。全身から血を流しているが……。
「――――」
だが再生していく。これぐらいはダメージに入らないということか。
だからこそ自らを傷つけることに何の躊躇いもないのだろう。しかしその思考回路は普通ではない。
明らかに壊れ始めている。
それだけ絶望が深いということだ。
そしてその気持ちが、夏音にも分からなくはなかった。
だって何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――死のうとしたことが、あったから。
(それでも叶わなかったけどさ)
それでも叶わなかったけど、最後の瞬間で死にたくないって思ってしまって。
傲慢だけど、そんな気持ちを結には持って欲しくはない。どうせなら死ぬ時は笑って、希望を持って欲しいと願ってしまう。
だから、だから――
「生者が、貴女みたいな人が、死にたいなんて言っちゃ駄目なんですよ!」
「――訳が分からないことをごちゃごちゃと!!」
結が指揮棒のように右手を振るう。
空中に歪みが発生し呼び出されるは百を超える剣鉈ども。
「そっちこそもうやめてくれよ! 何なんだよ! 鬱陶しい!」
叫ぶ結に呼応し、一斉に照準を向ける数えきれない刃。
それを前に、夏音は多くの瞳に睨まれているような錯覚に陥った。
正直言って……足が竦む。死ぬ気で対応しなければやられるのはこっちだろう。
夏音もまた、ありったけの魔力を解放し、背後に剣鉈と同じ数のハルバードを召喚する。
相当無茶をしているからか、魂の奥底が軋むように悲鳴を上げた。
だがこのままの状態を維持。
そして数秒の時が流れ――合図もなく、少女達は命令を下した。
「「いけ」」
何もない空間を、次の刹那、連鎖する破壊の音が満たす。
射出された沢山の鉈とハルバード。ぶつかり合い、無数の火花が舞い踊り、それは遠くから見たら花火のように見えただろうか。
互いの武器は壊れて破片になって落ちて来て、一見すればキラキラとした綺麗な雨になって降ってくる。けれどもそれは当たれば危険な雨だ。掠っただけでも皮膚がズタズタに切り裂かれてしまう。
だから夏音と結は、その鉄の雨粒の隙間を縫うように移動した。
考えていることはきっと一緒だった。この雨の中、後退は不可能。ならば前に進めむしかない。
そしてその判断、その動きは奇妙なことに、戦いの初動の時とまったく一緒で。
引き寄せられるように相手の元へ突っ込む。
彼我の間隔をゼロにする。
突き出されるハルバード。迎え撃つように二丁の鉈も動いて。
――雨が止む。
やがて上がった悲鳴はどっちのものだったろうか?
「あ、ぎ、あ……!!」
それは――灼熱よりも尚熱い痛みによる悲鳴だった。
二人は酷い有様だ。
夏音は両肩の辺りにそれぞれ一本ずつ剣鉈が深々と突き刺さっていて、結はその腹にハルバードを貫通させている。
そのためまともに立ってはいられない。夏音は意識が朦朧とし、ふらふら、ふらふらとなった。
(まず――)
そして、途端に倒れる。
叩きつけられるように地面と激突。その場に崩れ伏せ、夥しい量の血を流す。
一方、結もノーダメージでは済まない。口から泡のようなものを吹き出し、夏音のように血を流しながら蹲ってしまっていた。
「ふ、ふフフフフフ……」
しかし、結は口角を上げている。
生来結にとって、痛みなど快感のようなもの。それが彼女の呪い。結はその愉悦に笑い続けている。
「や、家主さん……」
夏音は痛みに歯を食いしばりながら、明滅する視界の中、手を伸ばす。
その距離はあまりに遠い。届きはしない。
そうしている間にも、結は笑い狂い、よろめきながら立ち上がる。どうやら夏音が手を伸ばしていることに気がついたらしく、こちらに近づいてきた。
「僕の、勝ちだ」
結はそう、静かに一言言い放った。そんな彼女を、夏音は焦点の定まらぬ瞳で見つめ返す。
「……君、強かったんだね。特訓した時より、ずっとずっと。でも、……まだ弱いね。とっても弱いよ」
「――――」
「それなのに……どうして挑んだりしたの? ……逃げれば良かったのにさぁ……」
結の言葉は苦しからか、辿々しい。
認めているようにも、強がっているようにも、わざと上から目線で話しているようにも聞こえる、色々な感情が混ざった話し方だった。
心なしか可愛そうなものを見る目を向けてくる。
そこにはさっきまでの狂気はなく、本来の広実結の優しさだけがあって。
夏音は複雑な思いになった。
彼女は歪だが、同時に慈愛の心を持ち合わせた人物だ。だからこそ、こうやって菊名夏音を哀れんでいる。
そして、そういったあり方をするから夏音は結が好きなのだ。
……綺麗な心があるから、好きなのだ。
「ねえ……、何で逃げなかったの……? 君は魔女、なんでしょう……? 魔法少女は天敵じゃないか……。そうでなかったとしても……、さっき言った通り、君は弱い……。勝ち目なんて初めからない戦いだったんだよ……」
段々、声に悲哀の色が混ざっていく。ポタポタと、何か温かい水滴が夏音の上から降ちた。
これは、涙だ。結が、その瞳から大粒の滴を溢している。
「ごめんね、ごめんね……。傷つけて、ごめんね。でも、こうするしかないんだよ……。きっと……、君は僕が死ぬのを……止めるよね?」
こくりと頷く。
そんなこと当たり前だ。
夏音には結しか残されていないのだから。
「……だけど僕は死にたい。この世界から消えたいんだよ……。もう、疲れちゃったからさ……。死だけが僕の救いなんだ」
結はへらりと力なく、だが恍惚としてまた笑顔を作る。死に希望を見出す自殺願望者の顔だ。
……ああ、クソが。
その表情を見ているだけで、夏音は腹が立ってくる。
「――何を言っているんですか。貴女は生者でしょうが。死が救いになることなどあり得ない」
「は……?」
その発言が予想外だったのか、結は呆気に取られたような声を出す。
ポカンとした表情が面白い。してやったりと夏音は心の中でほくそ笑んだ。その顔の方が結には似合っている。
痛みに耐えながら身を起こし、立ち上がる。
大分やられたけど、まだまだ大丈夫。“擬態”も解けていやしない。
この体は魔法少女のそれよりよっぽど頑強なんだから、このくらいでへばることは許されない――!!
「ぐぅぅ!! うああああ!!」
夏音は息を吸い込むと、一気に右肩に刺さった鉈を抜く。激痛が走り、鮮血が流れた。しかし歯を食いしばり、今度は左肩の鉈へ。そうして、同じように血を撒き散らしながら引き抜いた。
からんからん、と落ちる二つの鉈。夏音は下らないとばかりにそれらを踏みつぶし、グリグリと地面に擦り付けた。
「はあ……、はあ……、すっごく、痛い……」
荒い呼吸を繰り返し、自身に治癒魔法をかける夏音。
そんな彼女を呆然と見つめ、結は動けずにいる。当たり前だ。つい先程の夏音の行いは、痛々しいにも程があったのだから。
「……今の、ドン引きしましたか?」
「……いや、その……、綺麗だと、思った……、けど……」
「でも、ドン引きしたんですよね? 貴女がやってることって、つまりはそういうことなんですよ?」
そう言えば、結は渋いような、怒っているかのような反応を見せ、眉間に皺を寄せる。
その口から流れ出る血をぺろりと赤い舌で舐め、夏音以上に迷うことなく腹部に刺さるハルバードの柄を掴む。
血を撒き散らしながら引っこ抜くと、これまた夏音に見せつけるかのようにハルバードを遠くに放った。
「そんなこと、分かってる、よ……。うるさいなあ……」
苦しみながら不快そう。だが喜悦そうに結は微笑む。
魔力が昂る気配がし、結の固有魔法が発動される。腹に空いた傷が癒ていき、その穴はみるみるうちになくなっていった。
「偉そうにしやがりやがって……。お説教も大概にしろよ。君に、僕の何が分かる!!」
結は五体満足になった状態で、感情を剥き出しにして叫び、だん、と足を踏み鳴らした。
「もうどうにもならないし、どうにも出来なかったんだよ!! だからぁ、今の僕に残されているのは死ぬことだけだ!! 死だけが、僕の罪を精算してくれる!!」
「そんなもので精算されない!! それは死者への――私への侮辱行為だ!!」
「ハァ!? 何を言っているんだよ!! 君はこうして生きて――」
そこで、結は怒り狂っていたのが嘘かのように口を噤んで止まる。
その悍ましい夏音の事実に気がつき、固唾を飲んだのだ。
「……夏音ちゃんは魔女。そして魔女化しているということは、もうとっくに君は――」
「――死んでますね。こうして今ここにいる私は、その幻影に過ぎません」
だからこそ、この自分は何処までいっても偽物。塵芥なのだ。
しかし本物に限りなく近い。その精神性は、“菊名夏音”を完全に再現している。単なるコピーとは呼べないであろう。
「私のオリジナルは二年間ループを繰り返し、既にその道半ばで魔女化しています。そうして、その魔女化した“私”は――“菊名夏音”は、生前の自分と同じ能力、精神性を持った、もう一つの菊名夏音と呼ぶべき使い魔を無数に生み出しました。その使い魔のうち、ある一体だけが成長して魔女となり、そしてその魔女もやはり親の真似をして、“菊名夏音”と同じ能力、精神性を持った使い魔を生み出したのです。それが、ここにいる私ですよ」
「――――!!」
自身の正体を告げた瞬間、結が目を見開き、唇をわなわなと震えさせる。
困惑、混乱、驚愕、怒り、悲しみ。
そういった感情が、今彼女の中で渦を巻いているのだ。
「そ、そんな馬鹿なことが……」
「それ私の方が言いたいですよ。でもマジなんです、これ。私は“菊名夏音”の人格を持った使い魔です」
……まあ記憶の方は全部、取り戻せてませんけど、と夏音は軽く言ってみせる。
しかし結はまだ信じられないのか、
「あり得ない……。それじゃあまるで幽霊みたいで……」
「……そうですね」
それは言いえて妙だと思った。
死後も未練を残しただ一つのことに縋り付く夏音は、確かに怨霊のようなものだろう。
――本当に、どうしてこうなってしまったのだろう。おかしくて笑ってしまう。
「そんな、家主さん曰く幽霊みたいな私から言わせてもらえば、普通に生きているだけで恵まれてんですよ。……本当にそれがどれだけ幸せなことなのか。軽々しく死ぬだなんて腹立たしいんですよ。……無理やり生き返らされた私の身にもなってください」
死の記憶――絶望して魔女化する記憶が、夏音の中にはある。
それがどれだけ身の毛がよだつことか、結には分かるまい。
この場に意思を持って存在しているというのに、生きているという実感がまったくないのだ。常に自分が死者であることを突きつけられる。
本物のはずなのに、本物ではないという恐怖。未来をこれ以上紡げないことへの絶望――それに比べれば、結の自殺願望など大したこともない。
「私達死者は結局先がない。袋小路に行き着くしかないんです!! でも貴女は違うでしょ? 新しい可能性を作れるでしょう? それなのにどうして、自分から希望を潰すんですか!?」
「……そ、そんなこと言われたって、困るよ。僕は、僕はどうしようもなくて。僕にとって死は救いなんだ。死は――」
「死者として、断言しましょう。生者にとって……、いえ、貴女にとって死は救いなどではない――!!」
叫ぶや否や、夏音は手のひらを胸の前に掲げた。
すると空気中に魔力が迸り、結が放り投げていたハルバードが音を立て地面から数メートル程浮遊。
結は驚愕した。そして同時に理解しただろう。
――夏音はわざと、自分の正体を伝えることでこちらの動揺を誘ったのだ。そうすることで、ハルバードに魔力操作を密かに施ししていたことを誤魔化していた。
なんと夏音は悪どいことをするのか。そして、それに引っかかる自分はなんと愚かなのか。そう思ったのか結は悔しげに下唇を噛む。
「言ったでしょう? 真正面からはやり合わないと。だから小細工しちゃいました。でもこうなったのは貴女が油断して、武器を破壊しなかったからですよ。――私を、侮りましたね」
夏音はそう笑うと、容赦なく腕を振り下ろす。その動作を合図としてハルバードが滑るように直進し、結を再び串刺しにせんと向かってくる。
「くっ!」
結は咄嗟に鉈を両手に再召喚。
右手の方の鉈を迫り来るハルバードへと投げつける。
二つの武器は激突し、鉈はその衝撃で壊れ、ハルバードは弾き返されてはるか遠くまでくるくると回って消えていった。
そのまま結界の奥まで進んでいくことだろう。そうなったら、いくら夏音とて引き寄せることはできない。
ましてや今の夏音は何も持っておらず無手なのだ。
新たに武器を呼び出しだそうとするが、その動作が逆に命取り。僅かな隙が生まれ、せっかく召喚したハルバードも、突貫してきた結が残った左手の鉈を振るい、柄の真ん中を切り伏せて使い物にならなくする。
「何が小細工だ。隙だらけなんだよ――!」
「ッ、果たしてそうでしょうかね!」
「ぶあ!?」
と、ここで夏音の人差し指が結を指した。既にハルバードは切られた影響で霧散、消失してしまっている。だがその霧散した魔力を集め、ピストルの形を作った右手の指の先端へ。そうして発射されたのは、それこそ小さな小さな魔力砲だった。大したダメージにもならないような。
けれども確かにそれは、結の意表を突いたのだ。
そのせいで少なくない時間、動きを鈍らせてしまって。
――夏音の左手が奥へ引かれる。
その拳の一撃が、強かに結の顎を下から殴りつけた。
ガッ、と短く空気を吐き出す結。
そして体当たりをして押し倒し、結を地面に組み伏せる。
「こちとらステゴロも鍛えてんですよ! 舐めんな!」
「ちょ……そんなのありなの!?」
「アンタに言われたくないんですよ!」
結が何やらドン引きしているが、反則なのはどっちだと言いたい。
それに本当はちびりそうで、殴ることもしたくなかったっていうのに。
正体を話した時と同じようにわざと……そう、わざと油断を誘うために、武器を持たない瞬間を見せつけるようにしただけなのだ。
そうすれば結は必ず引っかかってくれると分かっていたから。
「けど、それがどうしたって言うんだよ! 僕を傷つけようたって無駄だ! 何度だって再生する! 僕は――」
「いいえ。こうして私が触れている時点で、貴女の負けは確定です」
「!?」
結の顔が驚きに染まる。
自身の頭に触れている夏音の手――それがいつの間にか、少女の細腕のそれより、一回りも二回りも大きい、白い毛が生えた獣の腕になっていたのだ。
形状からして、恐らく猫科のものだ。手のひらには肉球がついている。
「それは、一体――」
「一部分、擬態を解いただけですよ。言ったでしょ? 私は使い魔だって」
「――――」
結の顔は、驚愕で固定されたままだ。彼女はまだ、夏音の正体を受け入れられていない。
それを良いことに、夏音は巨大な猫の手に魔力を込め始める。こうすることで、この空間に揺蕩う記憶を収集しているのだ。
「目的のためには、何も貴女を倒さなくても良いんです。直接、ここに内包されている記憶を打ち込めば良い」
「――!? ま、待て!!」
嫌な予感に結は叫び、しかし夏音は待たない。
――猫の腕そのものが発光し、空間に光が、溢れた。
◆◇◆◇
――よし、これで接続完了。
――家主さん。ごめんなさい。
――貴女には生きて欲しいの。思い出したから分かるの。
――貴女は私の“家族”で、“友達”で、唯一の……。
――だから、だからね。家主さんは私の希望そのものなんだ。
――暗い空に輝く一番星で道標。
――それを守るためならなんだってやるのよ……。
――……。
――………………?
――あれ?
――ちょっと待って。何この感触、この魔力。
……そうして、彼女は振り返る。
そこにいるのは、彼女にとって最も因縁深い相手で。
すべての元凶で。
――アハハハハハハハハハハハハハ、久しぶり久しぶり。
――あれれ、驚いてるの? たったこれだけで来るだなんてってさ。
――フフ、でもそりゃいくらなんでも油断し過ぎだよ。やっぱり忘れてるからそういうことをやるんだね? ポンコツかな?
――まあそんなことより。
――結に記憶を見せつけるんだ。そうやって希望を持たせて別の世界に逃すつもり?
――冗談じゃないよ。
――なら君も、良い加減自分自身の絶望に向き合ったらどうだ? なあに。そんな馬鹿げたことやめてだなんて、人に言える君じゃあないでしょう?
――私も君には早く目覚めてほしいからね。
――だって私を、私達を、早く殺して欲しいからさ。
そして、黒々とした手が伸びる。
世界は闇に包まれる。
その何かに彼女は飲まれた。
大きく口をパクりと開けて、それは怪物を嚥下して。
ごくん。
ああ、美味しかった。
やっと戻ってきたみたい。
フフ、フフフフフ!!
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!
いつまでもいつまでも、笑い声が響いていた。
十六歳の夏音は素の状態(時間移動の魔法なし。赤いオーラを生成する能力のみ)で樹里、杏子、鶴乃、キリカに匹敵する実力者。
ただしルール無用の外道戦法を躊躇なく実行するため、実力以上にかなり厄介。
とある事情で訓練を受けているので、銃器や爆発物を扱える他、床や物体に魔法陣を刻むことで遠隔でハルバードを召喚することが出来る。勿論、罠の作成も得意と陰湿。それと地味に格闘術も鍛えていたり、袖や靴に隠し武器を仕込んでいたりと、実際は本人が卑下する程弱いわけではないが、単純な力比べは苦手。
その点からいくと結さんは本当に相性が最悪だったが、結さんの方も直情型なので、夏音は大変やりづらい相手だと思っていた模様……(ステゴロしてきた時はガチで引いていたそうな)