魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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かなり時間がかかってしまった。何でだ。


“菊名夏音”という少女 2

 魔法少女になって欲しい。まるで女児向けアニメの中で、主人公が頼まれそうなお願い。

 それを実際にされて、夏音は眉をひそめ、怪訝な表情になった。そしてベットから立ち上がり、キュゥべえをじろじろと眺める。

 

「あのお、すみません。良く聞こえなかったんだけど、もう一度、さっきのセリフ、言ってもらえます?」

「菊名夏音、ボクと契約して魔法少女になってよ!」

「……」

 

 若干違うものの、やはり前と同じようなことを言うキュゥべえ。夏音は何とも言えぬ微妙な顔になり、額に手をやった。

 

「何科だこいつ……」

 

(気にするとこ、そこ……!?)

 

 ズレた発言に、結は思わず心の中でツッコミを入れてしまった。

 あえて本人には何も言わなかったが、夏音は少し変わっているのではないだろうかと結は思う。時々、無自覚にボケるというか……、若干アレなのは間違いない。

 そういう面を見ると、今みたいにすっかり調子が狂ってしまって、変な気持ちになった。

 

「えーと……、マスコット的なやつなんですか、貴方?」

 

 やがて、しばらくして。うんうんと唸るように考えていた夏音は、胡乱げな目付きはそのままに、キュゥべえに確認を取るように聞いた。

 

「マスコット?」

「お約束のあれですよ。魔法少女にくっついてなんかやっている、あれです」

 

 ……夏音はアニメの影響か、どうやら、キュゥべえのことを妖精か何かだと思い始めたようだ。

 まあ、本当の正体は宇宙人なのだが……、ポジションとしては、割と近いものがある。

 キュゥべえ自身も、それは認めているようで、

 

「マスコット的なのはともかく、魔法少女をサポートするというのもボクの仕事の一つだ。そういう意味では、そうかもしれないね」

 

 と、答えた。

 途端、夏音が大きな声で、「やっぱりマスコットじゃないですか!」と叫ぶ。

 

「でも、確かにかわいらしいんですけど、目が超赤くて怖すぎですよね。喋ってるとき口動いてないですし、不気味ですよね、こんなマスコットなんていらないのに、何で平然と部屋にいたんでしょうかね」

 

 彼女は現実を認めたくないらしく、やけっぱちになっていた。

 ……結界に入ってしまった時点で、キュゥべえぐらい、結としては今更のように思うのだが。

 しかし夏音は混乱したままで、キュゥべえに詰め寄った。

 

「ていうか、これ、夢ですよね?」

「残念ながら、夢ではないよ、夏音」

 

 キュゥべえは冷静に否定する。夏音は乾いた声で棒読みを言って、笑った。

 

「そんなまさかー」

 

 試しとばかりに夏音はその頬を抓る。そうやって、夢と思いたかったのだろう。

 だが当然、目の前の“これ”は現実で起こっていることだ。瞬間、ぎゃ、という短い悲鳴が上がる。

 

「……イテテ。夢じゃないの、これ?」

「ようやくわかってくれたかな、夏音」

「信じられないけど、わかったってことにします。夢じゃないって信じてあげます。とりあえず、説明頼みますよ。マジわけわかんないし」

 

 頬を撫でながら、少女は状況を話すよう要求した。

 キュゥべえは、うん、分かったよ、なんて言って──ようやく、先に展開が進みそうだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 それからは、キュゥべえによる魔法少女の説明会が行われた。

 魔法少女に魔女。契約。船花サチの正体について。

 時に夏音の質問に答えながら、小動物は基本的なことを教えていく。

 

 それらは実に分かりやすく、細かな内容ではあったが──しかしあえて重要なことを避けたり、省いたりしているのは明白だった。全てを知る結は誤魔化せない。

 こうして他の子も騙していたのかと思うと、結は腑が煮えくりかえる思いだった。

 

 夏音は船花サチや結界のことを知り、状況を把握して色々と納得すると同時に、随分と驚いていた。当たり前だ。こんなもの、聞けば聞くほど現実味がない。

 しかし、それは確かに日常の裏側──平穏の直ぐ側に存在する世界なのだ。そんなものがありながら、夏音は自分が今までのほほんと過ごしていたのが信じられない様子だった。

 

「こうしていることが、まるで嘘のように思えます。……私、結界とかいう場所に入った時点で、本当は帰って来れなかったんですよね」

「……うん。キミはサチに感謝するべきだろう」

 

 キュゥべえ曰く、恐らくサチは魔女を追いかけて結界に入り、その中で偶然、夏音を発見したのではないか、ということだった。

 本当に、夏音は運が良かった。

 これが一歩でも遅ければ……、もしくはサチが魔女を追いかけなければ……、夏音は今頃、使い魔の胃袋の中だ。

 当然死体なども残らず、永遠に行方不明者として表の世界で処理されてしまうだろう。

 

「……」

 

 もしそうなった時のことを想像したのか、夏音はしばらくの間、俯いた。その顔に浮かぶのは、様々な感情が入り乱れた末に生まれたものだろう、複雑な表情だ。

 だが、それでもなお、目に“憧れ”の光を宿している。

 彼女は一つ一つ、確認するように聞いた。

 

「あの、何でしたっけ、その……魔女ですか?よく分かりませんが、魔法少女になったら、それを倒していかなきゃいけないんですよね?」

「そうだね」

「でも、何でも一つだけ願いを叶えてくれるんですよね?願った通りにちゃんとなるんですか?」

「なるよ。一つアドバイスするなら、願いは具体的であればあるほどいいよ。その方がよりキミの望み通りに願いが叶うだろう」

 

 キュゥべえのはっきりとした口調。夏音の目の色が明らかに変わった。食い入るように、キュゥべえの方へ前のめりの姿勢となる。

 

「本当に……?本当に私の望みが……」

 

 夏音は息を飲み、キュゥべえが何者なのかを思案した時と同じような仕草をする。

 ただしその顔は、決して悩ましげなものではなく。無意識なのか、先程とは違い、その口の端は僅かに釣り上がっていた。

 

「夏音、もしかして契約する気になったのかい?」

「まさか……と言いたいところなんですけど、ぶっちゃけ興味はありますよ。だって、何でも一つだけ願いを叶えられるんです。こんなおいしい話はありません」

 

 キュゥべえの問いかけに、夏音は否定をしなかった。

 特別になりたい、と夏音は言っていた。このキュゥべえの契約なら、それが実現する。魔法少女になるのは、夏音にとって願ったり叶ったりだろう。

 だが、結が思っているよりも、夏音は少ししっかりしているようだった。ここで二つ返事をするかと思いきや、次には予想していなかったことを言ったのである。

 

「でも、やっぱり都合が良すぎますよ……」

「というと?」

「いやだって、考えてもみてくださいよ。命懸けの戦いに身を投じることになるとはいえ、願いは何でも叶えるなんて、リスクよりも、リターン(・・・・)が大きすぎません?」

 

 いきなり確信をついた、鋭い発言。

 キュゥべえはピクリと耳を動かした。何か思うところでもあったようだ。

 

「何があってもそこまでやるメリットが貴方にあるんですか?割にあいませんよね?」

 

 夏音はじと目気味になりながら、更にキュゥべえを追求した。

 彼は少し黙すると……、はあ、と困ったように溜息を吐いた。

 

「やれやれ。警戒心が強い子だね、キミは」

 

 キュゥべえは尻尾を一振りすると、机から飛び降り、彼女の足元まで歩いた。

 

「ならば逆に聞こう、菊名夏音。キミは結界に入り、その危険性を知ったうえでなお、契約に興味を持ったね。キミにとって、そこまでするメリットが何処にあるのかい?」

「────」

「……それほど特別になりたいと思う理由は何だい?」

 

 キュゥべえが下から夏音の顔を覗き込む。

 まるで機械のように、微動だにしない赤い瞳。

 それに夏音は気圧されたのか、他白いで、一歩下がった。

 

 白い獣は明らかに、都合が悪かった話題を逸らしていた。

 確実に夏音を魔法少女にするつもりなのだ。しかし、裏があるのではないか、という考えを持っていたはずの夏音は、すっかり空気に流されているようだった。

 

「ボクらは、ボクらのために、キミに命をかけてもらおうと頼んでいるんだ。願いを叶えてあげるぐらい、当然の対価だと思っている。だから、キミを色んな形で特別にしてあげられるよ。……夏音。キミがどんな風に特別になりたいのか、教えて欲しいな」

 

 甘い、悪魔の囁きの如き誘惑だった。

 夏音は逡巡するかのように、目を彷徨わせる。

 

「……で、でも……、願いが叶って、特別になったとしても、それって特別の中の普通……ですよね?」

「ん?どういう意味だい?」

「だって魔法少女っていっぱいいるんでしょう?その子達だって、選ばれた存在です。それで願いで特別になったとして、どうやって私は誰かに勝つことができるんですか?」

 

 ようは願いを叶えたところで、飛び抜けた存在にはなれない、ということだろう。

 魔法少女になった時点で、それぞれ強い力を持つことになる。謂わば皆が特別なのだ。

 それに、誰よりも特別になりたいなんて思い、夏音の年頃の子は誰だって抱えている。つまりそれほど多くの少女が、“特別”になることを願っているはず。そんな中で夏音が望みを叶えても、埋没してしまうだけだ。

 

「そうだね。……確かにキミの言う通り」

 

 夏音の言い分に、最もだとキュゥべえは肯首した。

 

「ならば、良いことを教えよう。──夏音、キミは既に普通ではないんだよ。魔法少女になるだけで、誰よりもなによりも、他のどんな子よりも、“特別”なれるんだ。キミは神になる素質を持つ子だからね」

「え……?」

 

 突拍子もないこと言い出したキュゥべえ。夏音は目を見張り……、二人のやりとりを聞いていた結でさえ、驚いて困惑してしまう。

 

(……神?……何を言っているんだ……)

 

 神という言葉に、結は何か嫌なものを感じた。

 それはこの土地が、あまりに龍神信仰に縛られた土地だったからだろうか。それとも結自身が、龍神信仰を祀る一族の掟に苦しめられたからだろうか。

 どちらにせよ、神という存在に対して、結は良い気分を持ったことがない。

 ……特に夏音が神になるなど、尚更冗談ではなかった。

 

「どういう意味ですか?」

 

 夏音としても、理解が追いつかないのだろう。恐る恐るといった感じで、彼女は問いかけた。

 すると、少しを間を開けて、またとんでもないことをキュゥべえは言ってのけたのだ。

 

「そのままの意味だよ。キミには神様になれる素質がある。キミは神様に直接選ばれた、唯一の魔法少女になるんだよ」

「え……、何それ」

 

 返事は答えになっていなかった。相変わらず訳の分からない話に、少し夏音は不満だったのか、呆れたような表情をする。そこには、こっちをからかいやがったな、という怒りも含まれているようだった。

 

「まあまあ、順を追って話そうじゃないか」

 

 しかし気にすることなく、キュゥべえはマイペースに対応する。夏音は仕方無さそうにその場に座ると、出来る限り小動物と目線を合わせた。

 

「で、私が神になれるっていうのは何なんですか?」

「うん。じゃあ、まず初めに言っておくけど、キミは龍神信仰を知らないかい?」

 

(────!?)

 

 龍神信仰の名前が出て、結は思わずびくりと肩をはねさせた。

 動揺が広がっていく。嫌な予感が早速的中したような気がしてならなかった。

 

「……龍神信仰?」

 

 何だそれは、と言わんばかりに夏音は首を傾げた。

 市全体で信仰されているとはいえ、龍神信仰自体が、かなりマイナーな信仰なのだ。

 信じているのは古い一族ぐらいで、他の人々には縁遠いものである。

 故に、夏音のような普通の子が知らないのは無理がなかった。

 

 そんな彼女のために、キュゥべえは詳しく龍神信仰について語る。

 

「龍神信仰とは、二対の龍神を祀る信仰だ。

 御神体の名は金早龍(きんそうりゅう)銀島龍(ぎんとうりゅう)。この地域で戦国の世から祀られている……、まあ土地神様だね。

 彼女達は双子の龍で、金早龍は願いを叶えて人々に力を与えて、銀島龍は逆に、罪人から力を剥奪し、不幸をもたらすと言われている。

 龍神信仰は、昔は随分と熱心に信仰されていたみたいだけど、今では極小数の人々を除き、信仰されなくなった古い神だ。それでも早島の住民は、心の何処かで無意識にこの神に縋り、頼っているんだよ」

「はあ……、じゃあ私だってその神様とやらに縋っているんですか?」

「もちろん。覚えはないだろうけどね」

 

 キュゥべえは断言する。夏音は腕を組み、訝しがる視線を彼に向けた。

 

「龍神信仰を初めたとされるのは、この土地の領主とされている。しかし実はね、それは誤って伝わった歴史なんだ。

 初めたのは(はや)(しま)──領主の娘である双子の姫。二人合わせて双頭龍(そうとうりゅう)と呼ばれていた魔法少女達だ」

「へえ……そんなことが……、ん?早島……?それって……」

 

 そこで夏音同様、結もはっとして気がつく。言うまでもなく、その双子の名は、この町の名前の由来だ。そして結の知識では、早島という名称は、神の名前から来ているとされている。

 ということは──

 

「双頭龍は、金早龍と銀島龍そのものだ。彼女達は……期待とか、希望とか、羨望とか、そういう感情を向けられれば向けられるほど、力を増幅させることができる魔法の持ち主だった。まあ正確に言うと、感情エネルギーを魔力に変換する能力、といった方が正しいのかもしれないけれど」

「じゃあ、龍神信仰というのは、自分達の力を高めるために自分達で生み出した信仰……?」

「ああ。

 元より貧しい土地。さらには戦争により疲弊したところに、魔法少女の力を見せさえすれば、自分達を神の化身と信じさせることは容易だ。

 そうして人々の信仰集めれば、それは力に変換され、本当に“神”の如き権能を得ることができるという理屈だ。

 ……双頭龍にとって、信仰というのは利用するのに都合が良いものだったんだよ」

「成る程。合理的なことを考えますね。でも、そこまでして力を得る必要がどこに……?」

 

 夏音が話を聞いて理解すると共に、その最も根本的な部分を聞く。

 すると昔を懐かしむような感じで、キュゥべえは目を伏せた。

 

「かつてこの地域は他の家による権力争いも酷くてね。魔法少女はそのの権力争いの道具として利用されていたのさ。

 ……多くの魔法少女が大人の都合で殺しあったよ。

 そしてある時、魔法少女の力で領主の家が潰されそうになり……、双頭龍はそれを未然に防いだものの、このままではいけないと思ったらしいね。

 彼女達は自分の家を守るため、また早島に平穏を齎すため、大きな力を欲したのさ。

 そうして、この地域に君臨する神となった後、手に入れた力で呪いを土地全体にばら撒き、自分の血族以外、魔法少女になれないようにした。願いを叶える力を独占したんだよ。

 この呪いは今でも残り、早島に限り、広実一族と呼ばれる、双頭龍の血族やその子孫以外、魔法少女にはなれない。普通の生まれで、魔法少女の素質がある子は、その資格を何らかの形で剥奪される。

 他にも、“転生の呪い”や……、自分達に縋るような暗示などなど……多くの呪いを土地にかけ、自分達に都合が良いような状況をつくり出した」

「……」

「その双頭龍の呪いが、現在の早島を形作っていると言っても過言ではない。

 ……そしていつしかその肉体が滅び、信仰の影響で本当の龍に変生しても、双頭龍自体はまだ生きているんだよ。意思は滅んでない。今でもはるか上空にいて、この早島を支配していることだろう」

 

 ……結は唖然となって、言葉も出なかった。

 まさか、自分の血族のルーツが魔法少女にあったとは思わなかったし、神が実際にいた昔の人物で、しかも今でも健在だなんて……到底信じられる話ではない。

 他にも、呪いだとか、初めて知ったことだらけだ。

 正直、何でこんなことを今更になって知る必要があったのだろうと思う。広実結など、ただの死に損ないなのに。

 ……改めて、この記憶を見せている夏音の目的が、分からなくなってくる。

 

「……そんな馬鹿なことが。証拠でもあるんですか?あり得るわけないでしょ、神様がいるなんて」

 

 夏音はせせら笑うように言う。

 やはりキュゥべえの言うことを未だに疑っているらしい。

 しかし次の彼の言葉で、黙る。

 

「ならば、ボクのことは何だっていうんだい?魔女や使い魔は?あり得ないはずの存在が、今キミいる以上、神様だっている。キミが思っている以上に、世の中は知らないことだらけで、不思議なものだよ?」

 

 キュゥべえらしい、ずるい言い方だ、と思った。夏音は反論ができずにいる。彼は更に畳み掛けた。

 

「ボクが願いを叶えることは信じるのに、神は信じないのかい?それはあまりにも、おかしいことだよ。夏音」

「……、その通りではありますが……」

「ボクが胡散臭いことは認めよう。だが、ボクの言うことはすべて真実だ。一先ずは信じて欲しい。必ず後から、本当のことだって分かってくるから」

 

 真摯に、訴えるような語調で頼む。その可愛らしい外見も相まって、普通の少女ならば、イチコロで頷いてしまいそうになるだろう。

 夏音も流石に申し訳なくなってきたのか、

 

「うるさいですねえ……」

 

 と言いつつも、キュゥべえに丸めこまれている。完全にキュゥべえのペースに乗せられていた。

 

「……分かりましたよ。とりあえずは貴方の言うことを信じます。夢じゃないってことにするって、言いましたからね」

「ありがとう。分かってくれて嬉しいよ」

 

 やれやれというポーズをとる夏音(若干カッコつけているように見えるのは気のせいだろうか)に、キュゥべえは感謝を口にした。彼女を誘導したくせに、だ。

 一体どこまで本心で喋っているのか。白い獣はいちいち癪に触る。段々とイライラしてくるのを結は自覚し始めていた。

 

「それでは説明の続きをしよう」

 

 キュゥべえはそう言うと、話を戻す。

 

「金早龍と銀島龍。双子の姫にして、早島の頂点に位置する存在。

 龍神信仰はこの神々を崇め、奉っている。

 だけどね、実は早島の神は、双頭龍だけではない。まだ神様がいて、それは現在空席なんだ」

「……空席?」

「元となった人物はいるんだけど、金早龍や銀島龍とは違い、実在してないんだよ。その名は、猫の神様、玉枝(ぎょくし)。龍神の主人と呼ばれる神だ」

 

 それは、人々からいつの間にか忘れ去られた神。龍神信仰において、最も重要な神でありながら、軽視される哀れな存在。

 

「双頭龍は、(たま)という名の魔法少女を部下にしていた。

 彼女は平凡な武家の娘であり、双頭龍の血族でもなかったが、早島を愛する心と特別になりたいという思いは人一倍強く、裏で様々な工作を行っていた」

「……それって──」

「当然、龍神信仰を広めるための工作さ」

 

 敵方からすれば、龍神信仰は面白くないものだろう。だって、自分の力を高めるための動きなんて、冗談にも程がある。

 龍神信仰は、そう簡単に始められた信仰ではないはずだ。その裏では様々なことがあったに違いない。

 殺し合い。騙し合い。一体幾つの者が犠牲になったのか。

 ……神は、幾千の涙と絶望を食らって生み出された。血塗られた歴史がやはりそこにはある。

 

「妖術使いの玉。

 ……優秀な魔法少女だったよ。色んな一族を潰し、色んな魔女を殺した。時にはスーパーセル──ワルプルギスの夜という魔女を誘導し、敵の領地を壊滅させ、戦争を止めたこともあった。早島の真の平和を守っていたのは、双頭龍ではなく玉だね」

 

 そのことを分かっていたからこそ、彼女亡き後、双子の姫は玉の存在を信仰の中に混ぜたのだろうか。

 玉枝──猫の神として。

 そう考えると、様々な疑問点を説明できる。

 

 いつしか忘れさられていたのは、そもそも本物の神などではないから。

 猫と龍という、何の繋がりもない生物同士で主従があるのも、玉枝が無理矢理後から組み入れた神だったからだろう。

 

「双頭龍にとって玉は大切な存在だった。妹のように可愛いがっていたのをよく覚えている。

 ……だからか、今でも彼女にかなりご執心らしい。この数百年間、何度も何度もその片鱗を見せていた」

「……片鱗って……」

「広実一族の血族の顔や性格が、玉に似てきているんだ。……彼らはその血に代々、呪いを無意識のうちに受け継いでいるからね。神の魔力の影響がもろに出るんだよ。特に、広実結やその従姉妹あたりの顔が、もう玉に瓜二つだ。あれは生き写しだよ」

 

 ぎょっとして結は自分の頬に触れた。……あまりの事実に血の気が引いていく。これほど恐怖し、心底気持ち悪いと思ったことはなかった。

 

「もしかしたら、龍神は死んだ玉の代わりに、居ないはずの玉枝を作り出そうとしているのではないかとボクは思うんだ。生前、彼女達は玉が神になれないのを悔やんでたからね。……せめて、代わりの何かを生み出し、自分達の同族にしたかったんじゃないかな。

 そして今回、キミというイレギュラーな存在が現れた。ここまで言えば分かるね?」

 

 ようやく話が繋がってきた。

 ……この早島に限り、広実一族以外の魔法少女は存在しない。素質がある子は皆、何らかの理由によりその資格を呪いで剥奪される。だが、夏音はキュゥべえの姿が見え、魔法少女になる権利が残っているのだ。

 これは、神が直接夏音を魔法少女として選んだ、ということに他ならないだろう。

 

「実はキミのことを、ここ数日観察させてもらっていたけれど、正直、とても驚いたよ。……サチと会った時はそうじゃなかったみたいだけど、時々──本当に、時々だけどね、キミ、魔力を発しているんだよ。それはこの地の魔法少女が残存魔力と呼んでいる、特殊な魔力と同一のものだ」

「え……?」

「……それは神への信仰心……早島の住民の感情エネルギーを変換した、双頭龍の魔力。双頭龍を神たらしめてる力の正体さ。その性質状、龍神信仰に関係がある場所や物体に集まり、そこからしか発生しないんだよ」

「つまり、信仰の対象になれば、その残存魔力を発するようになるってこと?……神になる兆候が私に現れている?」

 

 ……そうだとしたら、これほど恐ろしいことはない。

 いつの間にか自分が変わっているという事態は、“自己“を揺らがせる。

 どうなるか、予想がつかない。

 

「……本当に、何で私なんかが……」

 

 戦慄したらしく、夏音は手を振るわせ、当然の疑問を口にする。

 

「私には何もありませんよ。……この通り、平々凡々な人間です。当然、玉とかいう子と繋がりなんてありませんが?」

「……まあ、たしかに血筋とか境遇を見ればそうなんだけどね。

 でも、玉が当時抱いていた感情を、キミは強く持っているように見えるよ。それに、いかにもこの地域の“神”に好かれそうな性格してるし。

 あと、広実一族じゃなかったからこそ、選ばれたのかも。玉は双頭龍とは血がまったく繋がってなかったから。

 彼女達は、玉と同じような性質の人間を求めていたんだろうね」

「はあ……。そうだとしたら、なんか複雑な気持ちなんですけれど……」

 

 誰かの代わりにされているのは、不愉快でしかないのだろう。

 夏音は思いっきり眉を寄せる。キュゥべえは、龍神達をフォローするように、そう悪い話でもない、と言った。

 

「玉枝の位は、龍神よりも高い位置にある。もしキミが玉枝になれば、その龍神を上から操ることが可能になるだろう。それはこの早島を好きにできるということと同義だ。その気になれば、人々の記憶の改築から、天候の操作だってできるようなる」

 

 そうなればもう、早島は何でもありの、夏音だけの箱庭だ。文字通り、そこの住人を生かすも殺すも、夏音次第ということになる。

 とんでもない、突飛な力。

 ただの少女が手にすべきものではない、手に余る権能である。

 

 ここまで色々と聞いた話の中でも、笑えない。頭の中がパンクしそうになる。

 

「な……、スケールがデカすぎますって……」

 

 それは夏音とて同じのようである。……先程よりもなお戸惑っている。

 だが、キュゥべえは意に返さない。どころか、不思議そうにこう言うのだ。

 

「だが、キミは特別になりたいんだろう?これほど都合が良いことは滅多に起こらない。何故、喜ばないんだい?」

「……」

 

 夏月は無言と共に、何か言いたげな顔をした。当たり前である。さっきの発言は、少し無神経過ぎた。

 

「……貴方、少し空気読めないって言われません?」

「よく言われるよ。ボクとしては、キミ達の方がおかしいんだけどね」

「なるほど。どうも、良い性格してるようじゃないですか」

 

 皮肉を言う少女。この白い獣はどうにもならない、と悟ったらしい。

 ……やがて溜息をつくと、笑い声を漏らした。

 

「ふふ……、ふふふ……、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……!

 アハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!!

 確かに!!確かにそうだよ!どんな形であれ、私は特別になれるんだから、喜ぶべきだよ!これで私は、誰からも認められる存在になれるのよ!

 勝てる──兄さんより私のが偉いんだ……!!」

 

 目をギラギラさせて、口角を上げる。……それに既視感を少しだけ覚える。

 まるで順那のようだと、何故か結は思った。広実一族の顔が──特に結と、その従姉妹が、玉に似ていると言われたからだろうか。

 夏音も“神”に選ばれるだけあって、その精神性が玉に限りなく近いのかもしれない。

 

「……夏音。

 きっと神になるには、魔法少女にならなければ無理だろう。その力は魔女少女でなければ振るえない。……そしてその願いによって、その力の大きさも変動するだろう。慎重に願いを決めるんだ」

「偉く協力的なんですね。……そういうとこ、なんか胡散臭い感じするんですが」

「そうは言うけどね、ボクだって“神”には逆らえないんだよ。だからボクは“神”の意向に従うまでさ」

 

 キュゥべえは無感情に、そんなことを当たり前のように言う。正体を知っている結からしたら、この上なく不気味だ。

 しかし夏音は、一瞬だけ少し不安げな顔をしたものの、次にはまた、あのニヤニヤとした顔に戻る。

 

「まあ良いや……。私が神になるってんなら、別にこんな淫獣どうとでもなるし。私が支配者なんだから……」

 

 夏音は調子に乗っていた。

 いや、この場合、浮かれていた、という方が正しいのだろうか。

 その重みを実感することなく、ただただ神ってかっこいいよね、とぶつぶつ呟いて喜んでいる。

 ……最初の警戒心など、呆れるほどまるでなかった。

 

「……あ、そうだ」

 

 と、ふと彼女は唐突に、何か思い出したように声を漏らした。そして、キュゥべえに真剣な表情をして問いかける。

 

「キュゥべえ。貴方船花サチっていう子と知り合いなんですよね?」

「そうだけど。……もしかして、彼女と会いたいのかい?」

「ええ。お礼できていませんからね。こういうのって、ちゃんとしなきゃ駄目ですもん」

 

 実に真面目な返答をする。

 ……変なところがしっかりしているのだった。

 

「高級なお菓子でも買って、挨拶出来たら良いんですが……。事前にお知らせしたりとか、出来ませんかね?」

「それくらいはお安い御用さ」

「────。ありがとうございます」

 

 嬉しかったのか、夏音は笑みを浮かべる。

 それはとてもまっすぐで、純粋で、柔らかくて──本当に人が良い子がするような、そんな笑顔。

 それが彼女の本質を現しているように、結には思えた。

 

「ああ、でも何故か楽しみですね。何を話しましょうか」

 

 言う通り、楽しげに目を細める。……その表情を、じっとキュゥべえは見つめていた。

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