魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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久々の一万文字越え


“菊名夏音”という少女 5

 ――これは、知られざる昔話です。

 

 昔々、とある一人の少女がいました。

 名前は×××といいます。

 何処にでもいる平凡な少女でした。しかし少女が住む世界は地獄でした。何故なら皆が争っていたからです。

 

「ああ、私、長く生きれないんだろうな」

 

 だから少女は、とっくに自分の未来を諦めていました。どうせ何処かに嫁いで、良いように使われるのだと思いました。

 しかし、心の何処かでは平和を求めています。

 少女は絶望しつつも、神の御使達の祠に祈ります。

 

 どうかどうか。皆、安らかに、優しくなれますように。

 

 ですが、そんな時は訪れません。

 幼馴染は政治に巻き込まれて死んで、初恋の人は間者で、親戚の人は戦いで大怪我を負いました。少女は何も信じられませんでした。

 

 でも。

 

「お前の未来は、俺達大人が変えてやる。お前は自由に、幸せになって良いんだ」

 

 兄がそう言ってくれました。兄の言葉で、初めて希望を持てました。

 

 けど。ここでも。

 運命は少女を裏切ります。

 

 一族が殺されました。生き残ったのは×××と妹達だけでした。

 

「お腹が空いたよ、辛いよ、疲れたよ、お姉ちゃん」

 

 妹達は少女に縋り付きました。

 少女は壊れた機械のように繰り返しました。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 しかし本当は全然大丈夫じゃありません。

 夜の中、あてどなく歩きます。やがて辿り着いたのは、あの神の御使達の祠でした。

 

「……」

 

 少女はぼんやりと祖父の話を思い出しました。

 戦いが起きる前は、神の御使い達がこの土地を治めていたと言います。しかし御使い達は、呪いで妖になってしまいました。信じるものがなくなって、人々は争いを始めてしまいました。

 何とも滑稽な話です。

 本当に本当に、滑稽で、馬鹿馬鹿しい……。

 

「くそ、くそ、くそお!!」

 

 そのことを思うと、途端、怒りが湧き上がりました。

 

 ああ、くだらない、くだらない。

 

 少女は理解しました。

 この世界に神様はいない。運命は、ただ見下ろして少女達を笑っているだけ。

 

「――ッ!?」

 

 ですが、その時。何のイタズラか、本当の奇跡が起こりました。

 

 祖父の話で登場する白い獣。

 それがいつの間にか、目に前にいるではありませんか。

 

「……もしかして、キュゥべえ?」

 

 何故だか直感で分かりました。

 当然、彼のことはよく知っていました。妹達は首を傾げていたので、少女だけに見えるのでしょう。

 

「私は選ばれた」

 

 少女はそう思いました。しかし今更遅すぎます。

 こんな奇跡が起こるくらいなら、最初から一族が死なない方が良かったのです。でもこの力があれば、家族を再び取り戻せます。妹達も守れるのです。

 

 そうして自然と彼女は口を開きかけ、でもその直前、キュゥべえは持ってきた日記を差し出します。

 

 それは兄の日記。

 神を、御仏を、運命を呪う日記。

 

 一族と一緒に、少女のためにこの土地を変えようとした記録でした。

 

「……」

 

 その瞬間、少女の願いは変質したのでした。

 

 ――本物の神様が、この世界には必要だと思ったから。

 

 そして彼女は多くの人間を殺し、絶望に飲まれていきました。

 結局、何が正しかったのでしょう。少女にも分かりません。

 ただ言えることは一つだけ。

 

 少女の時間は、一族が死んだあの瞬間に、止まってしまったのです。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 ――カア、カア、カア、カア。

 

 夕暮れの世界で、相変わらずカラスがやかましく鳴いていた。

 

(順那。君は一体――)

 

 結はゾッとした思いで、妹にも等しい従姉妹を見ていた。

 夏音は何も言わなかった。順那も何も。ただ張り詰めたような静寂だけがあった。

 

(順那。君は一体何を隠しているの――?)

 

 でも、結はそう思わずにはいられなかった。

 聞くことは出来ないけど、そう心の中で何度も何度も問いかけた。

 

 するとそれに反応するかのように――いや、これはまったくの偶然であるが――屋上の入り口がバン!! と開いた。

 出てきたのは生真面目そうな先生だった。

 

「あ、お前達! 東に菊名じゃないか! 何処に行ったかと思えば、そろそろ屋上が閉まる時間だぞ!! 早く帰りなさい!!」

「ありゃりゃ。やっちゃったね」

 

 注意をされてマイペースに肩をすくめる順那。口元に人差し指を当て、イタズラっぽく、言う。

 

「夏音、こうなったら話は次の機会にしようっか? たっぷりと……そう、たっぷりと時間はあるんだから」

「……は、はい」

 

 夏音は力無く頷いた。順那に怯えたからかもしれない。

 

「じゃ、数日後にここに来てね」

 

 それから順那は一方的に紙を渡し、帰っていった。

 夏音はポツンと取り残されたように帰路につく。

 そのまま家への道を歩いていると、着信音が聞こえてきた。

 

「もしもし?」

 

 夏音が電話に出ると、相手は兄だったらしい。

 彼は急いでいるように、

 

「ごめん、今日は忙しくて帰れない。晩御飯何処かで食べて」

 

 と言ってきた。

 そのため、一瞬夏音は何か言いたげな顔をしていたが。

 次にはグッと飲み読んだように、無理やり明るい声を作って返した。

 

「分かりました! 外で食べてきますね! お仕事頑張って下さい!」

「……ああ」

 

 兄は複雑そうにプツッと切ってしまった。

 ツー、ツー。虚しくそんな音が響く。

 

「――兄さん」

 

 夏音はスマホの画面をタップし、音を消した。途端に虚無に支配された顔をしていた。

 

(……)

 

 そこから彼女が何を考えているのか。窺い知る事は出来ない。寂しいのか、憎んでいるのか。ただ夏音は後ろを振り返り、家とは反対側へと進み始めた。

 

 そして夜の町を歩いた。

 妙にボーとしている。まるで、現実と夢の境にいるかのように。

 

「でさー。ほんっと、最悪でー」

「あー疲れたー」

「今日は何作ろうか?」

 

 そのせいか人々の話声が雑音のように聞こえてくる。

 うるさい。不愉快だ。でも、よく耳を澄ませば、もっとその裏では悍ましい声が潜んでいる。結の耳朶にも届いてきた。

 

『救って』

『ああ、苦しい』

『神様、お願い』

 

 テレパシーのように、頭にも入り込んでくる不気味な声だ。

 ただでさえ結も頭痛がするのに、夏音はもっとダイレクトに響いているらしい。思わずと言ったように彼女は耳を塞いだ。しかし止まることはなかった。

 ――仕切りに願う。神様に。

 

「……っ」

 

 やがて夏音は耐えるように、あるいは苦しむように、歯をギリっと食いしばった。抵抗するように頭も振るも、次第にもっと目が虚になり始め、足取りがフラフラになっていった。おまけにブツブツと呟き出す。

 

「はい……はい……分かっています。皆さんの望みは、この私が必ずや叶えてみせます……幾らでも死んでも……魂を捧げてみせますから……私を必要としてください……お願いします……」

 

(か、夏音ちゃん……)

 

 結は絶句する。夏音の言葉が悲しいのもそうだが、明らかに様子がおかし過ぎる。

 

(この声が原因か? というかもしかしてこの声……)

 

 そのタイミングでキュゥべえが言っていたことを思い出した。

 ――確か早島の住民は、無意識のうちに神に縋るよう、暗示がかけられていたはずだ。

 

 そうすると、この声は今目の前にいる人々の声なのかもしれない。

 そして夏音はそれに影響を受けている。神の器だから……?

 

「……」

 

 何れににしろ止めることも出来ないので、結はそのまま夏音について行った。

 しばらくして辿り着いた場所は病院だった。まるで周囲の人々が見えないかのように、そしてまた看護師からも、不思議なことに注意されず、堂々と病棟の中に入っていく。病室を開けば、そこにはベットにいる病気の子供が。

 何だか絶望感溢れる顔をしている。

 

 それでも夏音は聞いた。

 

「貴方、これから先も生きたい?」

「え?」

 

 子供は当然驚いている。だが何故か操られたようにとろんとした表情になって、「生きたい、死にたくない」と答えた。

 夏音は満足そうに頷いた。後は手を翳すだけだった。

 すると――

 

「あれ? 体が軽くなった?」

 

 子供が呆然としたように呟く。まさか、夏音が病気を治したとでも言うのだろうか。

 

(信じられない)

 

 結が驚愕していると、夏音はニッと微笑んでいた。まるで自慢するかのように。それに対し、子供は感謝するように涙を流す。

 

「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます、神様」

「はい。……私のこと、必要だって思ってくれましたか?」

「勿論です。なんとお礼を言ったら……」

 

 その言葉を聞いて、夏音はますます嬉しそうにするのだった。

 

 そしてその後も、次々と別の場所に行っては、金銭を生み出したり、欲しい物を与えたり。有り得ない出来事が続く。これが神の器としての力なのか。

 

(それに夏音ちゃん、人の願いを叶え始めている……?)

 

 そう思えるような行動だった。おまけに叶えられた側も、夏音を当り前のように受けいれている。

 不気味がるでもなく、怖がるでもなく。

 夏音に礼を言い、中には崇めるように――神様と。

 

(……嫌なもんだな)

 

 恐らく暗示の効果だろうが、こんなもの、見ていて良い気分ではない。結局夏音も、早島の住民も、良いように操られているだけではないか。

 しかし干渉不可能な記憶の世界では、結はやはり傍観者の立ち位置なのだった。

 

 結にはどうすることも出来ない。何も。

 

(……)

 

 やがて気が付けば夏音は、暗く、人通りが少ない路地裏に入り始めた。一際目立つ声に誘われているせいだ。

 

『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――』

 

 それはずっと鳴りやない、悲痛な悲鳴だった。

 誰か、怪我をしているのか。

 そうして夏音が立ち止まる。周囲が歪んでいく――結界だ。

 

 地面に空に、壁に。浮遊する窓が現れていく。その全てに星柄のカーテン。それ以外の上下左右何処を見ても、タータンチェックの模様しかない。見上げると、大きなベットがあった。

 

 そこから――鮮血がポタポタと落ちていく。

 

「っう……」

 

 思わず目を背けたくなった。

 魔女が、人間をムシャムシャ捕食している。しかも三人も。彼らは既に、足を、手を、下半身を失っていた。もう声をあげる元気すらないらしい。

 

 けれど。

 

「……」

 

 夏音はじっと見ていた。食い入る様に。

 ……彼女の瞳が揺れ始める。魔力の昂りを感じる。今、夏音は魔法少女も超える力を放ち始めているのだ。

 

(……!? この子に何が起こったの!?)

 

 鳥肌がぶわりと立って、結は硬直した。しかも夏音は人間とは思ない声と言葉で、何かを喋っていた。

 

「nr家大dっ、mrぉえぺp、nr家大dっ、mrぉえぺp」

 

 勿論、結には何のことだかさっぱりだが。

 でも夏音は異常な興奮状態で、同じことを繰り返している。

 その声が空気中に溶けると、結界で見かけるような文字となって消えていった。

 

「rっmっdめーrぃ」

 

 そして夏音は、一歩足を踏み出す。

 それはあまりに無防備で、あまりに無謀な歩み。当然魔女がこちらを向く。

 

 タータンチェック柄のバク。車輪の後ろ足。縫い付けられた目でも、その瞼の奥で、夏音を睨みつけているのかもしれない。威嚇するよう鳴いた。

 

「根系ををウェイウィwwくぅ!」

 

 瞬間、光る紫色の鎌が無数に現れた。コウモリの翼がついているので使い魔だろう。それらはバクの魔女に操られ、夏音へ雨霰のように襲いかかる。

 

「――ッ!」

 

 結は反射的に手を伸ばすが、その時既に夏音は息を吸い込んで、吐いていた。

 

「Aaaaaaaaa――」

 

 高く、何処までも響き渡る、複数にも重なった輪唱が放たれる。鎌の動きが止まる。麻痺させられているのか。再び夏音が歌うと、そのまま地面に叩きつけられ、バラバラに霧散する。

 しかし、それでも。魔女は血の気が多いらしく、すぐさまベットから離れ、夏音に煙を噴射する。側から見ていても、かなり強力そうな攻撃だった。

 

「ヲ絵ジェいいヲww……」

 

 が、夏音はピンと前方を指差した。するとどす黒い魔法陣が展開され、障壁のように広がった。煙を反射。魔女が怯んだ隙に、その頭上で赤い暗雲が立ち込め、雷が落ちる。

 

 ──轟音。

 

 プスプスと黒煙が立ち上がった。

 やがて晴れていき、一撃を食らった魔女は……だが信じ難いことに傷一つ付いてなかった。

 そしてお返しとばかりにベットから飛び降り、突進。夏音はぶっとばされた。

 

「!!」

 

 夏音はボールのように跳ねながら、地面を転がっていく。魔女は弄ぶようにそれを追いかけ、もう一度彼女を轢いた。グシャっと嫌な音がして、夏音は肉塊に変わり果てる。

 

「……っ」

 

 結が息を飲んだのも無理はない。

 夏音はそれくらい、酷い有様だったのだから。

 

 けれど、記憶はまだまだ続いている。現に、夏音はピクピクと痙攣していた。まだ生きているのだ。普通じゃない。

 

(そもそも夏音ちゃんはまだ人間はずだろう……?)

 

 なのにどうして魔女と戦えた。あれじゃまるで、どう見ても――

 

「……、……夏音ちゃんッ!!」

 

 とその時だ。結界の奥から、カランコロンと足音が響いた。

 魔法少女に変身した阿岡入理乃が、奥から走ってきていた。魔女退治に偶然やってきたのだろう。すぐ様夏音の側に来ると、悲痛な表情を作った。

 

「まさかこんなことが起きるなんて……! 船花ちゃんに何て言えば……!」

「……mふjd……」

 

 だが、返事をするように肉塊が喋る。

 入理乃はピシリと固まった。やはり死んだと勘違いしていたらしい。恐怖に彩られたように、ひくっと口の端が動いた。

 

「一体何が――」

「――brけおpwぺ!!」

 

 その刹那、魔女が入理乃を捉えて吠えた。入理乃はハッと気づき、臨戦態勢。手に持つ大筆を一閃し、空中に描かれた線が黒い斬撃となって向かう。魔女に当たるもダメージは軽微だった。入理乃は一瞬で不利を悟ったのか、舌打ちを打った。

 

「くっ……! アイツ固すぎる!」

 

 かくなる上は逃げるしかない。入理乃は三人の被害者を無視し、とにかく夏音を抱き抱えて逃げようとした。

 すると夏音が何事か……いや、今度は人間の言葉で喋った。

 

「何やってるの。私を置いて先に行ってよ」

「! 貴女――」

「置いていって」

 

 しかし、それで入理乃が、はいそうですかと頷く訳がない。

 

「出来るわけないわ……船花ちゃんが悲しむ!」

「それが理由なの?」

「ッ、そうよ!」

 

 色々と切羽詰まった状況のためか、入理乃はついに素の状態で叫んだ。

 

「ていうか見りゃ分かんでしょ! あの魔女はヤバい! 私じゃ相手にならないわ!」

「ああ……それもそうですね」

「……行くわよ!」

 

 入理乃は今度こそ撤退をすべく、背を向けた。その瞬間だ。

 

「なら逃げる訳にはますますいかない」

 

 夏音は肉塊から、人の姿に再生した。

 入理乃はギョッと停止する。夏音は降り立つと、入理乃に向けて、

 

「じゃ、行ってくるんで。一人で逃げて下さい」

「……はあ!?」

 

 入理乃は信じられないものを見た顔をした。夏音は何でもないように魔女に突貫する。

 そこから――壮絶な戦いが始まった。

 

 血が噴き出て、内臓が飛び出し、時には頭が吹っ飛ばされ。

 けれど、夏音はその度に生き返り、魔女を徐々に追い詰めいく。

 やがて格闘の末にバクの口の中に手を突っ込み、赤く渦巻いたオーラを射出。内側から破裂して魔女は死んだ。

 

「……」

 

 結界が消える。元の場所に戻ってきた。

 そうして夏音が振り返れば、入理乃の側には三人の被害者が。一応欠片程の良心はあったらしく、見捨てようとしたくせに、彼女は夏音が戦っている隙に被害者達を保護していたのである。しかしその被害者達が助かる道はない。そしてそれを分かっているからこそ、入理乃は被害者達を困り果てた目で見ていた。

 

 それに。

 

「……夏音ちゃん。貴女何なの……?」

 

 魔女を殺した夏音に怯えていた。

 当たり前だ。しかも全身血だらけで、おまけに腸が少し腹の傷から出ていたのだから。

 だが当の夏音はキョトンとし、またボーとし始め、首を傾げた。

 

「えーと私は……めmぇえlーdーfpf……で、ねkぉえっぇっぇっpの役割を持つrっめおぺえ……」

「え……何……?」

「とにかく、私は人の願いを叶えなくちゃいけない存在なんです」

 

 夏音は被害者達に近づいた。

 入理乃はビクついて下がる。夏音が被害者達に手を向けると、たちまち怪我が治り、元の健康状態に戻っていた。

 

「さあ、救急車を呼びましょうか」

 

 淡々とした様子で携帯を取り出す夏音。

 入理乃は聞かずにはいられなかったようだ。

 

「貴女、本当に菊名夏音なの?」

「え?」

 

 入理乃が大筆を構える。ともすればここで殺しかねない勢いで叫んだ。

 

「答えなさい! 貴女は何者なの!」

「……」

 

 しかし、夏音はしばし沈黙を貫いてから答える。

 

「私は目m家オエっけ。神の器。願いを叶える存在……」

「……神の器? 願いを叶える存在?」

「行かなきゃいけません。声が……声が聞こえるんです」

 

 突如慌てたように夏音は背を向け、フラフラと歩き出す。入理乃は思わずと言ったように呼び止めた。

 

「待て! まだ話は終わってな――」

「――ねmdっlrlrltrっぇー」

 

 次の瞬間、夏音はバタリと倒れ込んだ。

 まるで電源が切れたみたいに。恐る恐る入理乃が確認すると、彼女も被害者達同様、普通の状態に戻っていた。一瞬で治ったのだ。

 

(これまた不可解な……)

 

「!?」

 

 が、それ以上考え込む暇はないようであった。

 懐中電灯の光が向こうから見えてきたからだ。警察官だろう。

 

「っち」

 

 悪態を吐き、入理乃はその場から離れた。

 ……夏音を置いて。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 そこから記憶の視点は、入理乃になった。

 彼女は夜の中を走り、とある公園に辿り着いた。変身を解かないまま、ブランコに座る。整理が出来ないようで、仕切りに「何があったの」と呟いていた。

 そんな彼女に向けて、

 

「どうやら見てしまったようだね」

 

 話しかける声が一つ。

 キュゥべえだ。相変わらず神出鬼没で、いつの間にか入理乃の隣に現れていた。

 

「覗いてたの?」

 

 入理乃は特別驚いた様子もなく、キュゥべえに視線をやり、尋ねる。

 彼は答えることなく、代わりに質問で返した。

 

「夏音を放置してきて良かったのかい? キミとしてはもっと調べたかったはずだろう?」

「しょうがないでしょ。警察が来てたんだから」

「ま、置いてきて正解かもね。恐らく起きたところで彼女は何も覚えていない。今の夏音はただの普通の少女だ」

 

 その口調は、まるですべてを見透かしたような言い方で、気味が悪かった。

 そして面白がるように、

 

「それよりもあの夏音はどうだったかい? なかなか強かっただろう」

「強いなんてもんじゃないわよ」

 

 反対に入理乃は不機嫌そうだ。

 

「あのバクの魔女の能力からして、正体は牛木草(みたきはら)の前々リーダーでしょう? 余計に有り得ないわ」

「彼女は素質が高かったからね。もしキミとサチが相手でも殺されていただろう」

 

 それを再生ありとはいえ、夏音一人で殺した。

 それだけでも信じられない出来事だ。

 

「夏音ちゃんはただの人間じゃなかった。一体どうなってるのよ」

「どうなってるって……神の器としての力が目覚め始めたんだよ」

 

(神の器……)

 

 結は心の中で呟く。

 何でもないようにキュゥべえは言うが、あの夏音を神と言うには抵抗を覚える。そもそもボロボロになりながら人を助けようとするなんて、正気の沙汰とは思えない。

 入理乃も同じ感想のようだ。

 

「嘘よ。意味不明だし、広実一族じゃないんでしょ」

「ああ。けど玉に似ているから。その魔力を早と島から与え始められ、結果、人間離れした能力を開花させたみたいだ」

「……だとしても色々腑に落ちないわ」

 

 入理乃はキュゥベえを睨みつけた。ギュッとブランコの鎖を握る。

 

「私はずっと早島のことを調べてきたのよ。牛木草(みたきはら)のこともね。――その知識からいくと、本来の神の器は順那ってことになるわ」

 

(!? 何だって!?)

 

 結は衝撃の事実に瞠目する。

 しかも話はそれだけに留まらないらしい。

 

「思えば早島の裏側には何かがあるのよ。現代まで続く呪い、神に縋る暗示。しかも牛木草(みたきはら)の発展と早島の経済成長は釣り合わない。まるで人の手が加えられたみたいに見える。それに……どうして、牛木草(みたきはら)は何年も魔法少女で争ってるの?」

 

 ――そうだ。

 牛木草には早島とは比べものにならない程魔法少女がいる。

 そのためか知らないが、突如前々リーダーが死だのをきっかけに、地域をまとめていた共同体は消滅。結果泥沼の戦争が繰り広げられる地獄となっている。

 

「おかげで魔女が増えてグリーフシードは足りてるけど、不自然なのよ。これ、始まったの結と縄張り争いする後じゃない? 作為的よね?」

「……そうかな?」

「色梨こゆりも違和感を持ってたわ。私、彼女と連絡を取り合ってるから聞いたのだけど、どうも牛木草(みたきはら)の状態は五十年も前から下地が出来てたらしいわね」

 

 曰く、五十年前からすべてが変わった。その頃から暴力団がやってきたし、経済が活性化するようになった。

 更にミキオという人物に目をつけた広実一族の子供がいた。その子はミキオに因果が集まるよう契約し、そのミキオの親族や魔法少女の影響が広がっていき、牛木草(みたきはら)は爆発的な発展を遂げた。そしてそして、自殺した竹林はミキオの親戚なのだとか。

 

「竹林の姉だった魔法少女は暴走して、前々リーダーを魔女化させたそうね。でも彼女はそんな性格ではなかった。何者かに操れたというのがこゆりの仮説よ」

 

 他にも怪しい点がいくつかあるという。

 前リーダーさえ死んでしまったこと。竹林の姉以外にも、不可解な暴走をした魔法少女がいること。

 更に根気よく調べたところ、牛木草中に魔法陣があったこと。

 

「壊せないし、いつ誰が設置したのか分からない。確かなのは、それが早島に繋がっているということ。魔法少女の感情エネルギーを回収しているということよ」

 

 つまり、だ。

 

牛木草(みたきはら)の争いで発生した感情エネルギーを、その何者かは早島に流してる。……ねえ、こんな大規模なことを誰が、何のためにやってるの?」

「何が言いたい」

 

 初めて、ここにきてキュゥべえの声が硬くなった気がする。

 入理乃の目は冷たいままだ。

 

「貴方、知ってるんじゃないの? 牛木草(みたきはら)にはまだまだ色んな話があるわよ。五十年前だけじゃない。七十年前も、二百年前も。その歴史には早島の都合が良いように、人の手が入った痕跡が残っている。で、とある文献には、その干渉した何物かが少女の形をした神だったってのもあるわ。あるいは悪魔とも」

「……」

「変よね。そもそもミキオに接触した広実一族の女の子って何? 何で因果が集まるよう契約したの?」

 

 まるで魔法少女を増やすためのような。

 現在の牛木草を見れば明らかに――

 

「広実一族の血には“何かが”いる」

 

 それから語れるは、広実一族の本当の役割だった。

 

「広実一族は“神”――“玉を降臨させる器”を創り出すための一族よ。実際に玉の妹の子供が領主の一族と結婚してるし、そうやって何代にも渡って玉に近い遺伝子を近親間での交配によって生み出そうとしてる」

 

 それが五百年も続く、早と島の妄執。

 自分の人生を生きられなかった玉を取り戻すために。もう一度やり直しをさせるために子孫の命を差し出した。

 

「そして実際に玉と似た子供が生まれ続けた。彼女達の行動は共通部分がある。これも広実一族の本に記されていたわ」

「ほう。盗み出したのかい?」

「離反する人もいるのよね」

 

 入理乃は調べるのが大変だったけど、とため息をついてから、

 

「それによると、彼女達は皆根っこの部分では同じような性格をしていて、皆魔法少女になったらしいわ。早島の暗部に携わったり、牛木草を利用したりといったことをやっていたけど、これは幼少期の頃の話。その後は人が変わったみたいにそのことを忘れて、様々な非業の人生を遂げた。追い詰められて自殺したり、子供を亡くしたり、生贄になったり、ね」

「……フ」

 

 一瞬、キュゥべえは何を思ったか笑ったが、次に冷徹な表情で聞いた。

 

「それで? さっきから聞いてるじゃないか。何が言いたいんだい」

「――私はね、彼女達こそが本物の神の器だったんじゃないかと思うのよ。玉の記憶や思想が引き継がれたから、皆同じ性格をしていたんじゃないかって」

 

(は?)

 

 結はあらゆる意味でゾッとした。

 じゃあ何だ。

 彼女達は、玉に皆支配されていて。順那もそうだったとでも?

 

「神の器は玉の思想に従い、早島を守るため動いてきたんでしょう。けれど多分、神の器は幼い頃しか力や記憶を保てない。後は普通の人間として零落する。でも順那が生まれた。順那は……彼女は何か違うように感じる」

 

 違う。

 一体何が。

 

「ねえ。東順那は明らかにおかしいわ。裏でコソコソやってるみたいだし、今でも牛木草(みたきはら)に行ってるし……そもそも、それ以外の土地から出たことがある?」

「それ以外の土地?」

「神の器は早島と、元々早島の一部だった牛木草(みたきはら)でしか行動出来ないらしいの。そこから離れることは一生ない。魂が縛られてるんでしょうね」

 

(そうなのか?)

 

 結は順那のことを思い出す。

 確かに……あまり彼女は市内から出たがらないが。それどころか小学生の修学旅行の時も――

 

(確か事故かなんかで行けなくなって……後都会に遊びに行こうとした時も寝込んじゃったり……)

 

 そうだ。そう考えると、順那は外に行こうとする度、何かしらかの形で妨害されている。呪われたように早島に捕らわれているのだ。彼女にとってこの土地とは、牢獄に等しい場所なのだろう。

 そしてそれこそが神の器たる証明。

 

「順那は、今でも玉の思想を保ってるんじゃなくて? 五百年の歳月で、完璧な器が出来たとしたら――」

 

 ――東順那は、本当に東順那と言えるの?

 

 そう入理乃が聞いた、次の瞬間。

 夜なのにも関わらず、何処からか烏の鳴き声が聞こえてきた。

 

 ――カア、カア、カア、カア。

 

「……で?」

 

 威圧感すら感じる瞳で、キュゥべえは入理乃を見つめる。

 

「それをわざわざ話して何の意味が? 夏音に何の関わりあるというんだ」

「……もし、私が神の器だったとしたら」

 

 入理乃はそう前置きして。冷や汗を溢しながら。

 

「誰かに変わって欲しいって思う。……ううん、解放されたい。だからこそ、夏音ちゃんを――もう、こうなったら確かめずにはいられない。良い加減、本当のことを言ってちょうだい。貴女は実際は――」

 

 そうして、彼女が何かを言おうとしたその瞬間。

 

「残念ながら、お前は間違っている」

 

 キュゥべえは首を振った。入理乃は目を見張る。自分の仮説に自信を持っていたらしいが……キュゥべえは嘲笑うようにカラカラ笑い声を立て、

 

「フフフ。お前のお望み通り、キッパリ教えてやるよ。お前は本当に節穴だ。お前の考察には穴がある。記憶を引き継ぐ? 思想を継ぐ? そんなレベルで済むと思っているのか? 私が今までどんな目に遭ってきたと思う?」

「ッ、――もしかして……」

「一体その証拠を残したのは誰なんだろうなあ? でも見つけたところで何も出来ないんじゃ意味がない。私の悲鳴に誰も気付かない」

 

 キュゥべえの姿が闇に溶ける。再び何か形になった時、それは少女のシルエットをしていた。

 

(彼女は――)

 

 顔はよく見えない。たが間違いなく覚えのある雰囲気で、淡々と喋る。

 

「それなのによくもまあベラベラと。別に構いやしないが、好奇心から藪蛇を突く癖は、お前の悪癖だな。我が愛おしき妹よ」

「……妹?」

「なあ、分からないのか? 聞いているだろう? お前はどうしてそこまで踏み込んできた? 怖いもの知らずなのか?」

 

 彼女は入理乃を無視して、一方的に捲し立てる。

 入理乃はしばし、恐怖で動けなかったようだが――やがておずおずと口を開いた。

 

「そ、それはこっちの台詞よ。やっぱり貴女が、早島に潜む闇なのね? 何故私に正体を見せたの」

「お前が格下だからだ」

 

 はっきりと少女の影はそう言った。

 

「そして真実を語ったところで、お前なら何の不都合もない。いや? お前に話してるつもりなど初めから毛頭ないよ、阿岡入理乃」

「……どういうこと?」

「こういうことさ」

 

 影はまっすぐ手を向け、横に引っ張るような動作をした。

 すると、入理乃の体が勝手に動き、立たせられる。

 

「ぐッ!? これ、糸!?」

「ああ。ところで、お前をわざわざ夏音に会わせたのは何のためだと思う?」

 

 入理乃はごくりと唾を飲み込んだ。少女の影は、歌うように続けた。

 

「ソウルジェムが濁っているだろう。サチと仲良くなる夏音。かつての願いの象徴たる夏音。お前にとっては心を抉られるも同じことだ」

「や、やめ――」

「夏音を選んだのは私にとって、本当に特別な存在だったからだ。だから今回も、良い感じに駒になってくれよ? 生贄さん?」

 

 刹那――周りの風景が歪んでいく。

 目の前に現れるは……大きなドラゴン、石像の魔女で。

 

「さ、ミズハと殺し合ってくれ」

「え? ま、待て。イヤッ……!」

 

 そして糸で操られ、入理乃は魔女へと突っ込まされいくのだった。

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