魔法少女かのん☆マギカ   作:鐘餅

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滅茶苦茶時間かかった。


“菊名夏音”という少女 7

 しばらく歩き、着いたのは神社の裏側だった。

 本殿に通じる道で、当然入り口の側には、『ここより神域です。関係者以外立ち入り禁止』の看板がある。

 だがそんなことを気にする順那ではない。

 易々と中に入ってみせる。夏音も後に続いた。

 

 途端、風景が歪んでいき――

 

「これ……屋敷?」

 

 狭い筈の敷地は広大となり、神社の横にはデデン! と豪華な日本屋敷が現れた。

 順那が懐かしそうに瞳を細めている。

 

「これは生前の家だ。……猫屋敷って、呼ばれてた」

「猫屋敷? ていうか生前の家って誰の――」

「玉は猫が好きでね」

 

 質問にも答えず、突然何の関係もなさそうなことを順那は言う。

 

「だからその名が着いた。白猫を十何匹も住ませて、飼ってたんだよ」

「ってことはこれ、玉の家なんですか?」

 

 順那はまたも、問いに返すことなく微笑んでみせた。その時一瞬――気のせいか視線をこちらに向けた様な気がして。

 

「ここは空間を捻じ曲げて造った場所さ。そこで幾つか早島の真実を教えよう」

「……」

「こっちだよ」

 

 順那は屋敷の元へ行き、扉を開いた。

 その先には宇宙空間が広がっていた。魔女結界のようなものだろう。

 中心には貫く様、下へ下る長い長い回廊が続いていた。本当に長い長い――

 

「さて、最新部に着くまでには時間がかかる。歩きながら話をしよう。この早島の深淵について」

 

 彼女が回廊に足を踏み入れながら話し始める(結もこっそり後に続く)。

 夏音はごくりと唾を飲み込み、誘われる自身も進みながら、しかしその前に。

 

「それより、まずは貴女のことを教えて下さい。貴女は何なんですか」

 

 と聞いた。すると順那は先を歩きながら。

 

「キュゥベえから言われなかった? 私は巫女だ。龍神様を讃える巫女」

「……、だからそれが何だって言ってるんです。巫女って言っても、意味分かんないんですよ。……て言うかそもそも今の貴女は、口調も雰囲気も、普段の貴女とは違って見えます。それが貴女の本性なんですか」

 

 夏音が強い口調で言うと、順那はおかしそうにクツクツと笑った。

 

「フフ、この私が、本当の“私”だって思う?」

「……それは……」

「私だって、私のことなんか分からないよ。君の見たまま、好きに考えればそれで良いんじゃないか?」

 

 酷く乾いた、投げやりな言葉だった。

 自暴自棄というか、なんというか。

 

「まあ確かに、巫女のことを話すって言ってたもんね」

 

 そして深く入り込み様な不思議な声で、順那は喋り始める。

 

「一言で言うと、巫女っていうのは、生まれつき神様と繋がっている広美一族の少女のことだ。その証拠に、私は玉のことも知っているし、早と島のことも“覚えている”」

「じゃあ何百年も前の記憶を、貴方は持っているっていうんですか」

「そうさ。この巫女はランダムで選ばれる。遺伝子操作により、玉の因子が濃く発現した少女が、巫女として神に束縛を受けるんだ」

 

 神の力を引き継ぐと言っても良い、と順那は続けた。

 

「故に私は全てを把握し、早島を裏から見守ってきた。私にとって、早島は牢獄であり、決して外には出られない鳥籠。私はこの時代においても自由じゃない」

「……なら縛られてるってのは、そう言うことだったんです?」

 

 夏音は順那の話が信じられない様子だったが、それでも何処か理解したいと思っている様に問いかけた。そのためか順那は嬉しそうに笑い、

 

「やはり君は甘く、優しい。愚かで狂おしい程にな」

 

 偏愛に……いや、もっと別のドロドロとした何かを渦巻かせ、目を爛々と輝かせた。

 

「しかし、それだけじゃないんだ。見せてあげよう。ここから語られるは、玉と巫女達の物語」

 

 パチン。

 順那が指を鳴らす。

 やけに音が反響すると、宇宙の一部が歪んでいき、しばらくしてある光景が映し出された。

 

 ――戦場だ。

 その中に、一人の魔法少女がいる。

 スリットの入った死装束。目元を隠すように伸ばされた前髪と、腰まで届く髪量のある純白の髪。赤い瞳に、東順那と瓜二つの顔立ち。まるでアルビノの様な色白の少女だ。彼女は無感動に軍隊を殺戮していた。

 

「……」

 

 あまりにグロテスクな映像に、夏音は思わず声を失っていた。

 結もここまでの血が飛び交う光景は見たことがない。

 魔法少女が腕を振るう度、何か白い糸の様なものが走り、兵士の首が飛んでいく。

 

 やがて数分もしないうちに、軍隊が壊滅。血の海の中、やっと満足そうに魔法少女は微笑んでいた。

 

 そうして彼女は、主人から褒美をもらう。

 豪華な着物、お金、地位。

 これでしばらくは安泰な筈だった。しかし物足りないらしく、結局魔法少女は数日の内に主人を殺した。新しい、しかも位の高い雇い主が見つかったからだ。

 

『フフフ、今度は豪勢な料理も食べ放題だそうだ。良かったな、お前達』

 

 魔法少女は主人の首を持ち、似た顔立ちの少女達に笑いかける。

 その目はあまりにも壊れていたので、少女達は恐怖に彩られた表情をしていた。

 

 しかし、頷かざる得なかったのか、無理やりの愛想笑いを浮かべる。

 

『ええ。……ありがとうございます。姉上』

 

 そしてそれに気付かず、魔法少女は優しげに言うのだった。

 

『すべてはお前達のためだ。これからもお前達のために、いっぱい人を殺し続けよう』

 

(まさかこれが――)

 

「――これが生前の玉だ」

 

 結の思考に応えるように、順那は口を開いた。

 

「キュゥべえから聞いたと思うけど、家族を奪われた彼女は、妹達の意思を無視し、裏切りを繰り返しながら下剋上を繰り返していった。それしか方法が分からなかったからだ。生き残るためにも、復讐を果たすためにも」

「……まさか、こんなのを幼い頃からやってたって言うんです?」

「まあね。と言っても、そんなんだから願いすらも忘れてた。無我夢中で、殺して、殺して。偽の信仰を作り上げて人を扇動し――」

 

 だが話しによれば、報いは訪れるらしい。

 

 映像が切り替わる。妹達が病気とお産で死んだ。

 助けることも出来たはずだが、彼女達は生きることを拒否した。

 ここでようやく、玉は間違いに気づくのだ。

 

『ああ、私がこんなだったばっかりに、ずっと妹達は束縛されていたんだ』

 

 自由がなく苦しかっただろう。辛かっただろう。

 玉が泣かない日はなかったみたいだ。

 そんな時に姫達からも優しくされ、更に玉は良心が返ってきたように戦場でも迷いを見せた。

 

 最後には全てを後悔したのか、土地にかけた呪いを解除し、途端プツンと。糸が切れた様に――

 

『何で会えないの、お兄様っ!!!』

 

 そう、内に溜め込んでいただろう、しかし傍目から見れば何の脈絡もなく、とち狂った叫びを残して死んでいった。妄想か何かに囚われていたのかもしれない。

 

「玉はお兄様や一族の皆に、ずっと会いたかったんだよ。――“玉”の望みはただ一つ。家族を愛し、愛されること。家族と一緒に、この生まれ故郷で穏やかに暮らせればそれで良かった」

 

 それなのに。

 妹達も亡くして、家族はいなくて。一人ぼっちの惨めな最後。

 彼女もある意味で被害者だった。戦による犠牲者の一人。

 

 しかしその死は悲劇の序章に過ぎなかった。そこからこの早島の運命は徐々に狂っていった。

 

「……気が付けば。“玉”の思想と記憶は、最初の巫女に受け継がれていた」

 

 再びの映像の切り替え。

 

 幼い少女が呆然としている。

 彼女こそが最初の巫女だろうか。

 

「それは既に亡くなった筈の“玉”にとって、生き地獄に等しかった。まさか大切に預けてた妹の子供が、双子姫によって体を弄くり回されていて、無理やり赤ん坊を産まされていたとはね。……その結果生まれたのが巫女だ。呪いも復活しちゃってるし。本当、絶望しかないよね」

「……どうして」

 

 戦場の光景とはまた別に、エグ過ぎる事実に夏音は青ざめていた。

 結の感情を代弁しているみたいだ。

 

「どうしてそこまでのことを彼女達は……」

 

 そうだ。どうしてそこまでのことを双子姫はやったのか。

 どう考えても普通ではない。だからそこには、“普通ではない何かが絡んでいる”のだ。

 

「“玉”の願いのせいだよ」

「え……?」

「“玉”は願ってしまった。未来永劫、この土地において特別な存在になりたいと。――その時はまだ定義が曖昧だったけどね。やがて彼女が考える神とは、この土地を守り続ける都合の良い存在となっていった。それに従い願いが叶えられた訳だ。そしてその役目を果たすために、双子姫は壊れ、“玉”の願いに侵食されたのさ」

「ッ!? そんなのっ……」

 

 夏音が声を詰まらせる。

 

 何処までも救われない話。

 

 じゃあ、つまりなんだ。

 巫女とは玉の存在を消さないための器で。それに付随して呪いも復活してしまったと。そういうことなのか?

 

(嘘、だよね……)

 

 まるで究極の人身御供ではないか。しかも、願いは“未来永劫”だ。

 ということは――

 

「“玉”の死に終わりはない。最初は受け入れられず、自害した」

 

 映像の中で、幼い少女が自らの首を大鉈で刎ねた。

 しかし暗転した直後、何処かの田んぼの中に、同じ様な顔をした少女が立ち尽くしていた。

 その後も自害、自害、自害。

 別の時代に誕生、誕生、誕生。

 

「死んでも死んでも、別の時間軸に飛ばされる。振り子の様に過去と未来を行き来しながら。……当たり前だよな? 神になるなんて荒唐無稽なんだ。だったら対価は必要になってくる」

 

 そもそも、“玉”は普通の少女でしかない。過去と未来に生まれ変わることで、初めて“玉”は神になれる。

 そうやって願いに必要な因果を、紡ぎ続けるしかない。

 

「私はこの運命に逆らうことが出来ないんだよ」

 

 順那の顔には自嘲が浮かんでいた。

 映像の中の巫女も、同じ表情をしていた。

 

 それでも。それでも巫女達は、運命に抗おうと必死になったようだ。

 ある時は呪いを解こうとして失敗し。ある者は一族の考えを変えようと躍起になった。

 

 だが待ち受けるのは変わらない結末と、信仰に熱心な信者達。そして早島のために自身を捧げなればならないという鎖。

 どんなに抵抗しても、早島の暗部を裏で管理せねばならず、また“玉”の記憶を失っても、誰一人として十七を超える巫女はいない。殺し合うのは、いつだって自分の家族である広実一族だ。

 それがどれだけの絶望か。結にも夏音にも、計り知れないだろう。

 

「それにね。“玉”はこの土地も、人々も、本当は好きだったから。穏やかに、普通に早島で生きたかった。でもここで止まったら……それじゃあ今まで何のために人を殺してきたんだってなる」

 

 次の映像は別の場面へ。

 非業の死を遂げる巫女へ、無数の声が聞こえてくる。

 

『死ね』

『消えろ』

『詫びろ』

『それが出来ないならせめてこの土地を救え』

『お前が神ならば、私達を守れよ』

 

 それは呪いによって齎された、人々の縋り付く声か。

 それとも、少女が抱く妄想か。

 とにかく、死者が“玉”を許すことはなかったのだ。それに取り憑かれ、巫女達は早島の裏側の世界を、犯し、壊し、血の花を咲かせる。

 人々の願いを叶えると感謝された。

 

 その時、巫女の胸に広がったのは、薄暗い喜びだったに違いない。

 

「神様でいれば、誰かには認めてもらえたんだ。私は本当は、誰かに認めて欲しかった」

「……人を殺していたのに、ですか?」

「そうだな。でもそこには歪んだ承認欲求も潜んでいたのだ。夏音、君と同じだ。私はすべてを無くしちゃったから、生まれてきた意味も、自分の価値も分からなかった。皆に愛して欲しかった。そのために経緯は違えど、誰よりも特別になりたかった」

「……」

「でも神様になって。転生してただの少女となって。幸せな生き方があるんだって分かっちゃったら。もう戻れないよね。私は諦めてしまったよ。人を殺せば、穏やかな早島と人々の愛が手に入る」

 

 最早、死ぬことが自身の価値となった“玉”にとって、呪いは祝福ですらある様になった。

 こうして精神的にも、概念的にも、物理的にも。“玉”は神というシステムに成り下がったのだ。

 

「すべては自業自得だ」

 

 兄の願いを無視した……愚かな妹の自業自得。

 

「アハハハハハハハハ……改めて思うと私はどうしようもない奴だな。何が正しいのか分からない。私は何のために生きているのか。痛いのも苦しいのも、全部全部、どうでも良いんだよ。……全部どうでも良い」

 

 いつの間にか、順那の表情からは感情が抜け落ちていた。すべてが漂白された真っ白な布のようであった。

 

 しかし阿呆なことに、結は思考が停止してしまっていた。

 話の内容も、“玉”の思いも。受け入れられる脳の容量を超えていたのである。それで、どうして良いか分からず、しかし順那があの学校の屋上で言っていたことを思い出し、ただただ胸の内側が詰まる様で仕方なかった。傍観者なのを良いことを何も出来ずにいた。

 

 だが、夏音は結よりも図太かったから、必死に言葉を紡ごうとしていた。

 

「ぜ、全部どうでも良いなんて……言わないで下さいよ。正直貴女の話はスケールが大き過ぎて分かりかねます。ですが、今から道を探せば何とか……大切なものだって、きっと――」

「うーむ、お前みたいな奴に言われてもなー」

「へ?」

「いや、こっちの話だ。それよりも、本題はここからなのだが? “お前”が知りたいのは、お前のお兄様がなぜ偽物になったか? ということだろう?」

 

 思考を読まれた様で、夏音は酷く驚いた。何故そのことを。そう聞く前に、順那は馬鹿にしたように人差し指を頭の横に持ってくる。

 

「当然知っているさ。お前はここ()が悪いから分からないようだが、そのくらい予想出来る範囲だ。簡単なことだよ」

「か、簡単って……」

「アハハ、つまりはね、一部とはいえ、お前のお兄様は早島の深淵の一端に触れかかったんだよ。確かお前の兄は警官だっただろ」

 

 映像が現代の風景になった。

 誠実そうな夏音の兄が、何と別人のような格好に扮し、暴力団と思わしき連中の元に向かっていったのだ。そして仲良く話したりしている。

 

「に、兄さん?」

 

 夏音はとてもじゃないがショック受けずにはいられなかったらしく、かなり混乱していた。だが結はすぐに違う、と思った。よくよく見れば夏音の兄は、密かに周りを監視しているような挙動していたのだ。

 これは潜入捜査。スパイ活動だ。

 

「いやー、ぶっちゃけ滅茶苦茶困ったね! 牛木草の暴力団って、牛木草の社会を活性化させてる面もあるから」

「は?」

 

 順那が急にふざけみたいに腕を組みながら言うので、夏音は首を傾げた。

 

「それはどう言う……何を言って……」

「――人を不幸にしてくれないと、魔法少女が生まれにくくなる。魔法少女が生まれないと、牛木草で魔女が減ってしまう。そりゃあ早島に悪影響はあるけど、後々のことを考えれば微々たるものだ。それを邪魔されるのは、まーね。うん! 気に食わないね!」

 

 そうして夏音の兄が一人になったタイミングで、その後ろから小柄な影が現れていた。その少女は顔は見えなかったが、大きな鉈を持っていて、それで彼をミンチに変えてしまった。

 

「な――」

 

 再び唖然となる夏音。

 結は……その後の場面に顔を青くさせた。少女は手から出した糸でカラスの人形を作ると、それにミンチを詰め込み始めたのである。

 

「状況的に死んだことにすると不味かったのでな。任務は失敗、警察内部に情報を操作をさせて撹乱。死体は再利用で、抽出した記憶から本人のフリをさせた。まさに究極の再利用! クリーンなエコ! なんちゃって♪」

 

 テヘペロ――などと可愛らしく舌を出しているが、やっていることはおぞまじいことこの上ない。

 そうするとあのカラスの人形は文字通り肉人形で、しかもその状態で夏音は一緒にいたのだ。当然、夏音の顔はみるみるうちに憤怒に染まり、瞬時に手の中にハルバードを呼び出した。

 

「殺す! 殺してやる!」

 

 夏音は順那へと飛びかかった。

 が、順那が指を鳴らすと、瞬く間に虚空から無数の糸が飛び出し、夏音を捕まえる。順那は歩みを止め、肩をすくめた。

 

「やれやれ。無駄に血気盛んな奴だな。そういうとこ面倒くさいだよなー」

「……、何なのよこれ」

 

 もがけども脱することは出来ない。

 順那は宥める様に言った。

 

「まあ落ち着け。話は最後まで聞くものだ」

「……」

「お前は気にならないのか? そもそもどうして、牛木草に暴力団なんかいるのか。どうして魔法少女が生まれないと困るのか」

「それは……」

 

 兄が死んだ経緯は分かった。だがまだ、原因については語られていないのだ。

 夏音は言われた通り大人しくなった。それを見て、順那は再度指を鳴らし、糸を消す。

 

「また歩きながら話そうか。深淵には近い」

 

 夏音達は歩みを再開した。

 

「始まりは……まあ五十年前だ。私はその時、広実悦子という少女に生まれ変わった」

 

 その言葉通り映像は昭和時代の街並みになった。

 五十年前の早島だろう。その中を黒いフリフリの服を着た少女が歩いている。

 

「私はこの頃、とある“未来”をぼんやりながら予知していた。それはキュゥべえが地球を去るという未来だ」

「……キュゥべえが?」

「あいつらはエイリアンだよ。自分達の目的のため、地球人を利用しているのさ」

 

 順那は端的にキュゥベえの正体を告げる。

 

「それなのに出ていくということは、よっぽどのことがあったはずだ。つまりこの早島だけでなく、恐らく惑星規模で何らかの大いなる厄災が訪れ――すべてが崩壊したのだと私は結論付けた。考えが飛躍しているとか、そんなことはないからな? これは私自身、キュゥべえを長く見てきたから言えることだ」

「……」

 

 上から目線で偉そうに……いや、そもそもいきなり世界が滅亡するなんて言われて、夏音は納得できないようだった。顔を顰めている。

 ……反面、その内容が本当だと結は感じていた。順那とは長い付き合いなだから分かるのだ。いくら得体の知れない存在になろうとも……順那の声音に嘘はない。とはいえ、流石に“玉”のこととは別ベクトルにぶっ飛び過ぎてて実感が沸かないのだが。

 

(けれど、この世界滅亡から早島を守ることが、順那の行動原理になったはずだ)

 

 悲劇は……そこから紡がれ始めたのだ。

 

「私は厄災から早島を守るため、外界からこの土地を丸ごと隔離することにした。そのためには膨大なエネルギーが必要だ。そこで感情エネルギーを収集するべく、牛木草に不幸の種をばら撒き、わざと社会格差が起きるように裏から手引きした。……そうそう、ミキオとかいう奴も誘導したっけ? そうやって実に、五十年もコツコツと頑張ってきた訳だ」

 

 その間に悦子は魔女と戦って死んだらしく、次には那お子として生まれ変わり、そしてまた死亡して、ようやく“玉”は東順那として転生した。

 

「でもその世界が私の行き止まりだったのかな? 私は赤ん坊の時から“玉”の記憶があり、周りのことをはっきりと認識出来ていた」

 

(じゃあ……僕やミズハのことも、分かっていたってこと?)

 

「だから驚いたよ。二人の従姉妹が、ここまで“玉”の妹に似ていたなんて」

 

 本当に、幾度目か分からないが、順那は結の疑問に答えていた。

 その目には親愛があり、顔には哀しみがあり――救いすらも感じられて。

 

「結とミズハは、私にとって特別な存在だったよ。また妹達が会いに来てくれた気がして嬉しかった……守りたいと思っていたんだ。本当だ」

「……兄さんを犠牲にしたくせに。よくも自分はそんなことを」

 

 夏音はあからさまに皮肉を言った。まあ彼女にとってみれば、虫の良い話にしか聞こえないのだろう。

 でも、結はその一瞬だけ、何故かホッとした気持ちにもなった。どうしてだろう。人殺しをしていたことに変わりはないのに。

 

「でもそうなんだ……私は神様だ。すべてを守るためにすべてを捧げなければいけない」

「……」

「しかし。邪魔さえなければ順調だったはずだ。でなければこんなことにはならずに済んだ――」

 

 ――いつの間にか回廊は行き止まりになっていた。

 入り口の時と同じように大きな扉がある。その深淵の扉を順那が思いっきり開いた。

 

「え……」

 

 そうして、あり得ない光景を突きつけられる。

 そこは変わらず宇宙空間なのに……下には青い地球があったのだ。そしてそのすぐ近くには月とは違う、衛生のような球体があった。金と銀、二匹の龍の頭に見守られながら。

 

「これは――」

 

 夏音も絶句しているのが分かる。順那は最初の時のように、目を細めた。

 

「言ったはずだ。私は早島を世界から隔離することに決めたのだと」

 

 ――つまりあの衛星のような球体こそが、早島。

 

「正確には、その周辺地域ごとだけど。ま、鳥籠であることには変わりないか。お前達はね、二年前からずっと、この狭い世界の中でずっと生きてたんだよ」

「ッ……お、おかしいです! それならば食料は! 人々の認識は!? 今まで違和感は何も――」

「そりゃ魔法の効果だよ」

 

 至極明快な答えが返ってきた。

 確かに……それさえあれば、確かに何でもありなのだ。

 

「魔法さえあればそんなの簡単に解決出来る。姫様方の力さえあれば」

「な、なら! そもそも世界の厄災だって簡単に解決出来たはずです! こんなことが出来るくらいですから!」

「アハハハハハハハハ!! 無茶言わないでくれる!? 私は見滝原になんか行けないよ!」

 

 見滝原。

 それは早島から離れた、まったく無関係の土地。

 

「そこで生まれた魔女が地球を飲み込んでしまったんだ! ワルプルギスの夜も! 暁美ほむらも! 鹿目まどかも! 全部憎くて仕方がないね!」

「な……何を言っているんです……ワルプルギス……ほむら? 誰なんですそれ……」

 

 夏音が引いたように聞くと、順那は案外丁寧に教えてくれた。

 

「二年前――見滝原にワルプルギスの夜って魔女がやってきてね。そいつは町を破壊する程、危険な魔女だった。必ずまどかという少女が犠牲となり、ほむらという魔法少女はそれを認める事が出来ず、何度もループを繰り返していた。様々な並行世界を渡り、何度も何度も失敗を繰り返して、そんでその魔法の副作用が原因で、ワルプルギス以上の魔女が爆誕しちゃったて訳ですよ。わー、スゴイ! 皮肉な話だね〜」

「……ッ」

 

 戯けたように言うが冗談じゃない。頭が白くなっていく感覚がする。

 

「でねでね。この話には続きがあります。その世界の滅亡を影から見ていた一人の少女がいました! 菊名夏音ちゃんです!」

「わ……私?」

 

 呆けたように自分を指す夏音。

 

「ええ、別の並行世界の菊名夏音ちゃんです。お前は覚えて無いけど、お前は元々牛木草の魔法少女だった。お前はそこで戦いに巻き込まれたり、兄を人形にされたショックで、私に対し激しい憎悪を持つようになった。わざと私の前で死んだふりをすると、全ての原因である見滝原に直行し、世界の滅亡を防ごうとした」

 

 だが今の現状からするに、間に合わなかったのだろう。

 

「フフ……だからお前は何をしたと思う?」

「何をしたって――」

「ぶっ殺したんだよ、死にかけてた暁美ほむらを」

 

 夏音が息を飲んだ。全身が震えている。

 

「お前の本当の魔法は、死んだ人間の魔法をコピーする事。お前はそれを使い、実に二年もの間ループを重ね、私が起こす事象を調べ尽くし、様々な魔法少女の死を観測して魔法を増やした。そうして再び私の目の前に現れたんだよ……ハハハハハ……たまげたね。そしてそこから……何をやったか分かる?」

「分かりません。分かりたくも無い……」

「じゃあ教えてあげる。お前はね、全部に絶望しちゃってたのさ。魔法陣をぶっ壊しまくって、五十年も溜めていた感情エネルギーを使えなくした。人を殺してまで世界を存続させるなんて、お前は優しいから許容出来なかったんだろ」

 

 順那からはとてつもない憎悪が発せられていた。

 早島を守る彼女にとって、まさしく夏音は最悪の相手だった筈だ。

 

「こうなるともう最終手段を使うしかない。私はお前を殺した後、我が妹達を利用することにした――」

 

 そこから今までにないくらい、衝撃的な話が告げられる。

 

「ハハハハハハハハハハ!! 今まで守ってこようって、散々思ってたのにな。あの手でこの手で一族に縛られないようにしたんだぞ? なのに性格が変わるどころか結は勝手に運命を受け入れちゃうし、ミズハに至ってはすべてを捧げるつもりだった。やむ無く長を操ってミズハを追放したが、魔法少女になるとか話が違う。利用する前に素の自分で話をしたのに、ミズハは“神のためなら死んでも良い”と説得に応じてくれなかった。

 ……馬鹿か。私は結局何も救えない。……どうでも良くなかったから、ミズハを絶望の底に沈めて結を魔法少女にした。入理乃達と争ってくれたおかげで、それは土地の奪い合いとイコールになり、五百年前の領地争いの再現になった。

 勿論、姫様方は早島の争いに反応し、守ろうと力を活性化させたさ。おかげでどうにか五十年分のエネルギーを使えるようになって、早島の隔離はどうにか成功することは出来た」

 

 出来たけど。

 こんな世界、袋小路でしかなくて。

 

「半永久的だった筈が、魔法陣を破壊された影響で二年しか持たない! ハハハハハハハハハハ!! 結とミズハを捧げて二年!! 全部全部無駄だ!! 私の捧げものは何だったんだ! アハハハハハハハハ!!」

 

 笑う、笑う、笑う。

 順那は笑い続ける。

 

 結はどういうことか分からなくなってきた。

 ただ……自分が悪いのだと思い込んできたのに、実際はまったく違っていたのだと言われて。それなのに、この世界は終わるのだいうのだから、何となく嫌だと思った。

 純粋に、ただひらすらに、思ってしまったのだ。

 

 一方で……夏音は混乱から抜け出せずにいるようで。

 

「…………」

 

 黙ったままだった。その彼女の肩をガシッと順那は掴む。

 

「アハハハハハハハハ!! これで分かったはずだ!! すべてはお前が悪いのだと!!」

「え……ち、違……」

「違うものか! 他の世界でも同じことが起きるんだよ! 私は全部の記憶を持ち込めないし、他の世界で何も知らず動いてしまう時もある! 何より転生をし過ぎた影響で、この時間軸から派生した並行世界全体が、元の次元とは切り離されている! 女神様の加護は届かないんだ!」

「……?」

「でも私は嬉しくて仕方ないんだよ! ここまで私の邪魔をしたのはお前が初めてだ。それにお前は私を殺すことも研究していたようだ! お前のおかげで知れたことも沢山あった!!」

「………………」

「さあ、菊名夏音!! 私が憎いのなら私のために私を殺してくれ! 責任とって、女神様に気付くようにさせろよ!」

「……………」

「どうした? やはり動けないか? お前を選んだ理由がそこまで不服だというのなら、一言くらい何か言えば良いだろう?」

 

 しかし夏音は黙り続けていた。そこで順那は一旦離れ。

 

「おい、冗談だろ? ふざけるなよ」

 

 恐ろしいまでの形相で呟く。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるな――」

「………」

「ハハハハハ……ならばこれならどうかな?」

 

 パチンと指を鳴らす。

 転瞬――別の場所に転移させられた。

 

「!? ……あれは……」

 

 海のような結界。宙に浮かぶ大きなガレー船の魔女。

 船花サチの魔女体だった。当然彼女の遺骸が落ちていて、それをピラニアの使い魔がもぐもぐと捕食している。

 

「え……イヤ……何これ!?」

「船花サチが魔女になった姿だよ」

「は!?」

 

 突然の事実に、夏音は認められずに叫ぶ。

 

「嘘、何なのそれ!」

「言い忘れてたけど、魔法少女は絶望すると魔女になるんだよ。イヤー、私も随分魔女化したな〜」

「ッ……何で、船花さんが……」

「入理乃が死んだからじゃね? ま、その入理乃も、お前がサチと仲良くしたから、絶望して魔女になったけど。……お! ということはつまり、お前のせいでぜーんぶ、ぶっ壊れことになったね? いやー流石っすわ! 私の邪魔しただけのことはある!」

 

 いけしゃあしゃあとそんなことを言う順那。何処から来たのか、キュゥべえが何処からともなくやってくる。

 

「夏音! ちょうど良いところに! 願いを叶えてサチを元に戻すんだ」

「……戻す?」

「それかやり直せば? フフ、もうそれしかないんじゃない?」

 

 怪しい微笑みに、夏音は目を見開いた。

 頭がくらりとなる。

 

「私……私っ……私は……!!」

「さあほら。さっさと思い出して、前みたいにやり直して? それでね? ね? 因果を紡いで――」

「アアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 すると、ピーーーーー。

 そんな音が突如として響き渡った。

 

「……」

 

 見れば夏音の全身から……煙が噴き出ている。

 やがてドサッと倒れると、姿が歪んで、それは人間じゃなくなる。

 

 それは化け物だった。

 

 背中にはゼンマイ。手足はモフっとした白い獣の足。しかし頭部は陶器製の猫の顔で、マスカレードに付けるような目元を隠す仮面を身に付けている。洋服は、魔法少女時代の服を簡略化したデザインだった。

 

「……」

 

 いくら馬鹿な結でも悟るしかない。これは本物の夏音じゃない。使い魔の夏音だ。なかなかショッキングな光景である。

 

「んー……壊れたか。耐えられなくなったのだな」

 

 にも関わらず、順那は無垢な子供のように微笑んだ。

 

「まーいっか! もう一度作り直そっ!」

 

 癇癪を起こしたみたいに、グシャ、とその頭を粉砕して、手を横に薙ぐ。それだけで海の結界も、ガレー船の魔女も、細切れになって消えていった。

 

 そして後は暗い空間に放り出された。

 

「アハハハハハハハハ、あー、失敗したね。こんな無様な姿見せてごめんね、アハハハハハハハハ!」

 

 順那は明確にこちらを向き、親しげに話しかけた。

 結はもう……驚けなくなっている。

 

「順那、君は――」

「まだその名前で呼ぶのか?」

 

 順那……いや、その少女は、結に対しても何処か見下したように言った。

 

「東順那など最初からいやしない!! 私は“玉”。ただの――玉でしかないよ!!」

 

 その容姿は不思議なことに、瞬きをした次には変わり、彼女の生前のものとなっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――アハハハハハハハハ……私のこと信じらんないって顔してんなー。

 

 まあ……そりゃそうだよな。

 

 ごめん。

 

 でも、どうしようもなかったんだ。何が正解なのか分からない。

 

 ……だから、私は夏音に教えて欲しかったんだよ、結。

 

 私と同じくせに、正反対の決断をした彼女に。

 “菊名夏音”という少女が何を選ぶのか。

 

 そしてその答えの果てに――私とは違う、本物の女神様が待っているのかもしれないね。




玉ちゃん視点のお話は短編、遠い未来の昔話に乗っております。
今後の展開的にも、今回の話と合わせて読むことをおすすめします。
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