今年もよろしくお願いします。
これにて二章が終了です。
ここからはニ・五章、夏音の過去及び裏舞台である牛木草の話になります。
――笑う、笑う、笑う。
目の前で少女は笑い続ける。
「アハハハハハハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハ!!」
その少女は悍ましい程に美しかった。
白雪のような長い白髪。長い前髪の奥で細められる紅玉の瞳。艶やかな唇は、逆さ三日月を描いて。
死装束に包まれた体は完璧な肢体のバランスだった。
そんな作り物めいた美少女が、無垢な子供のように体をくの字に曲げて笑うのだがら、嫌に歪さが強調された。
彼女は何から何まで、壊れていた。
そこにいたのは、結の従姉妹ではなく。
――ただの化け物だ。
「ッ、何者だ……お前は!」
思わず結は叫ぶ。
受け入れるわけにはいかなかった。こんなのが順那だなんて、今まで親しくしていた子だったなんて。
これまでのすべてが否定されるような気分だった。
しかし現実は変わらない。無情なまで、残酷な事実を突きつけてくる。
「だーかーらー、玉だって! 玉ちゃん!」
玉は頬を膨らませ、ぶすーとした顔を作ってみせた。
まるで幼稚園児が拗ねたみたいな、可愛げのある表情……しかしそれ故に腹が立つものでもあった。
結は玉を睨みつけた。
もう一度叫ぶ。
「お前は何者だ!!」
「……いや、話は聞いてたはずだろ? 早島の神様だけど」
「僕には訳が分からないんだ!」
もう何もかも訳が分からない。
そもそも、いきなり世界が崩壊してるだの、神様がいるだの、ミズハの件は全部悪くなかっただの。
何だそれは? じゃあ一体自分は今まで何だったんだ。これからどうすれば良いんだ。キャパオーバーを超え過ぎている。
「大体お前はただの記憶! 夏音ちゃんが見せた過去の映像の登場人物だろう!! それが何で僕に話しかけているんだ!! お前は何故……っ」
「あー……やっぱそんな感じだったの?」
すると玉は妙に納得したような顔をした。
「まーそんな感じはしてたんだよな。どーりでおかしいと思った」
「おかしい?」
「何か弄られてるって言うのか? ちょっとした違和感だよ」
玉はやれやれ、と溜息をつく。
「そもそもこの時空、この宇宙は、私の管理下だ。私の体みたいなもんなんだよ。つまり世界に刻まれた過去の映像を引き摺り出すということは、私の体に触れることと同義だ」
「え……?」
「夏音は迂闊だから気付かなかったようだが、それでもせっかくだからお前にはこっちに来てもらうかと思って。だから、フフフ……この過去の世界に連れてきたんだ。なかなか興味深かっただろう?」
(!? ということは、まさか精神を無理矢理繋がれて――?)
そう思った時、玉はまた笑った。
「フフ」
「……何がおかしい」
結が不機嫌に尋ねると、彼女は艶やかに仕草で、袖で口元を隠した。
「フフフフフ、色々考えてるようだなって。私はお前に聞かせるつもりで話をしていたが……それでも分からないことだらけで気になるだろう。例えば――お前の世界の夏音はどうなったのか、とか」
「ッ!」
そう言われて思い出した。
そうだ。自分が玉と接触したのなら、夏音は?
ただで済むとは思えない。
「お前、夏音ちゃんに何かしたのか?」
返答によっては殺す。
結は殺気をぶつけた。しかし、玉はおかしそうに首を傾げた。
「どうして怒る。お前にとってみれば取るに足りない存在だろ?」
「夏音ちゃんはそんなんじゃない!」
「果たしてそうだろうか」
玉は問いかける。
「過去を見たところで何も変わらない。それはただブラウン管越しに見た映像と同じ。何処までいっても赤の他人だろう?」
まるで夏音のことを今思い出したのがその証明のような……そんな風に言われたようで、結は唇を噛み締める。
完璧に否定できないのだ。そもそもたかが数日しか過ごしていない。夏音の人生をすべて知っているわけじゃないくせに、一方的に同情しているだけだ。
「ならばこそ、もう少し色々と見ようじゃないか、結」
玉は両手を広げて結を誘う。
「出ないと色々と後悔することになるだろう。それで良いのか? 我が妹よ」
「……私はお前の妹じゃない」
ありったけの嫌悪を込めて結が悪態をつけば、玉はそれすらも嬉しそうにした。
「ウフフ。まあそう言うなって! お前は愛おしい妹の子孫じゃないか! であれば広実一族は皆、私の弟妹に相応しい……!」
「……」
何だか理由は判らないが、もの凄く玉が気持ち悪かった。
結局、広実一族だから、玉の妹に似ているから、結は執着されているのだろう。結個人なんて、最初からどうとも思っていないのだ。
――その証拠に、玉は結の人生を滅茶苦茶にした。
(許す事なんて出来はしない……)
出来はしないが、後悔することになる……その言葉は無視出来なかった。変な予感だけはあるのだ。ここで首を振れば、結は夏音を知るチャンスを失う。
何より……、
「で、どーするの?」
「選択肢は一つしかありませんよ?」
「そうそう! 早く答えなよ!」
いつの間にか現れた無数の魔法少女に取り囲まれている。
……こいつらは一体何者だろう。全員、何処となく顔が似ている。背格好も、衣装すらバラバラなのに。
「フフフフフ、フフ」
「クフフフフ」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
皆、同じ笑い方をする。不気味なまでに一緒だ。
「お前達は……」
「フフフ。全員が“玉”の転生体だよ。私達は数多の人格の集合体さ」
“玉”はあまりに多くの転生をし過ぎたのだろう。
元の人格なんて無くなって当然だ。ここにいるのは、転生の度に増えて分裂した“玉”の色んな人格。そして生前の玉の姿をしている奴は、一番玉の要素を残したベース人格といったところか。
「くッ……」
他勢に無勢。向こうはきっとこちらに干渉できる。結はしぶしぶ頷いた。玉達は異口同音に口を揃えた。
「「「その答えを待っていたよ――それじゃあ見せてあげるね! 楽しいお話の続きだよ!!」」」
――次の瞬間、ベース人格の玉が消えた。
宇宙空間の時と同じようにスクリーンが生まれる。
「!?」
驚いていると、玉の人格達が話を始めた。
「むかーしむかしーし……じゃなくて今の時代に、早島の神様はこの土地を守ろうと動いていました」
「でも、にっくき菊名夏音に邪魔をされて、失敗してしまいました」
「やがて世界を壊す、厄災が訪れました」
スクリーンに映るのは巨大な魔女。
黒く塔のようで、天に手を伸ばしている。何も届かない筈なのに。
「こ、これは――」
結は信じられない思いで震えた。
本能的に、見ているだけで分かる。これはどんな魔女よりも凶悪で強大な魔女。この魔女の前だと、世界が滅んだというのも現実味がある話だ。
「玉は絶望してしまいました。何故こんなことになったのか。キュゥべえの頭を通じて見滝原のことを知り、更に生まれた違和感から、次元の狭間までも覗き見ました」
「するとそこにあったのは、残酷な世界の真実と、キラキラと輝く希望でした」
(希望……?)
疑問に答えるように、スクリーンの映像が切り替わる。
そこに映るのは……桃髪の長い長い髪を持つ、白い少女。
まるで女神様のようだと思った。
『そう、彼女は本物の女神様』
スクリーンの中から声が聞こえる。
ベース人格の玉の声だ。
『とある鹿目まどかは願いを叶えて、魔女のいない世界を本当に作ってしまった。もう魔女なんて本当は何処にもいない。あの女神様が魔法少女を救ってくれる』
「……!?」
『でもさ。この宇宙にはまだ魔女がいて。私は死に続けて魔女になる。何でなんだろうね』
……そんなことを言われても。
分からないとしか言いようがない。
「大体魔女がいない世界だなんて……」
『でも実際に外の世界はそうだ。この宇宙だけが、そのルールから外れている。改変なんてされていない』
玉の声はやけに無機質だった。
『この宇宙――この時空は、すべてから外れた世界だ』
そしてまた映像が切り替わり、宇宙空間の中に輝く、黒い星が現れた。
――凶星。
そんな言葉が頭を過った。なんという禍々しい光だろう。
『アレが本当の私のソウルジェム。私の魂は願ったその瞬間から、概念ごと宇宙に固定されてしまった』
それは永劫の神になるために。
恐らく、生前玉が持っていたソウルジェムは本来のものではなく、端末であり、カケラだったのだ。カケラが割れても本体は無事だったから、その自我と魂は別の時間軸に飛ばされた。
そして玉は死に続け、転生しながら色んな時代、世界を渡り続けたのだ。その度に色んな可能性と未来を生みながら。
『元より転生のシステムは時間軸を曖昧にする。過去と未来はグチャグチャに。因果は澱み、捻れて狂う。私の転生は数多の並行世界を生み出し続けたが、同時に因果を束ねるどころか上書きして切り離した。そうやって私が転生した時間軸がまとまって、元々の世界から独立し、一つの宇宙そのものを形成したとしたら――』
何処にも干渉されない閉じられた時空が誕生する。
何もなくなった地球と、隔離された早島。その関係と同じだ。
「じゃあ僕達の世界は、初めから鳥籠だったの? 世界が終わらなくても……」
『ま、どっちみち私が作り上げた時空では、破滅の因果は確定事項そのものだがな。何故なら最初に滅んだ世界は、すべての並行世界に繋がった元々の“幹”――玉が神になることを願った始まりの世界だったから。その決定的な事柄は、他の世界にも波のように波及する』
だから、すべての世界は滅びゆく運命なのだ。
結の世界もきっと滅ぶ。
滅ぶ――
「――そんなの認められる訳がないじゃないか!!」
結はついに絶叫した。
だってそれじゃあ自分だけじゃなく、入理乃も、サチも、他の人々まで死んでしまう。それは結が望むことじゃない。
(皆が不幸になる必要はないじゃないか!)
優しいが故に、結は他人のために怒りを持ったのだ。それを見透かしたように玉はやるせ無さそうに嘲笑した。
『フフフ、やっぱり結はそう思うよなあ。あんなに死にたがりの癖に』
「……黙れ」
『だけどさ、この世界はやっぱり最初から間違ってるのかもしれないよ?』
そして玉は自虐的に続けた。
『他の世界を存続させるために、新たに並行世界が生まれる度に魔法少女の争いを起こし続けじゃなきゃいけない。そうやって生まれた感情エネルギーでこの時空は成り立っている。君達は死に続けるしかないんだ。世界のためにな』
それがこの時空の魔法少女に課せられた運命であり、宿命。
……キュゥべえに食い物にされているのと、究極的には何も変わらないのだ。
「そ、そんなの意味なんてないじゃないか」
結はそんな風に吐き捨てるしかなかった。
どう考えても馬鹿馬鹿しいからだ。そんなことのために自分は魔法少女になったんじゃない。
結は玉が憎くて憎くて仕方がなかった。
『しかし……それでも。他に道はあるか?』
「……ッ」
だが、そう言われると何も思いつかなかった。
どん詰まりだ。足元が崩れる気分だ。
『だから。皆が救われる方法は一つしかないだろう?』
「方法……?」
『あの女神様に縋るんだよ。この時空を、女神様の宇宙に統合する』
「――!」
驚きで言葉が出なかった。
確かに……そう出来れば、新たな可能性が生まれるかもしれない。結も他の魔法少女も、魔女にならなくて済む。
それは最高のハッピーエンドだ。
「……」
でもその結果、この世界はどう変わるのだろう。
使い魔である夏音は? 真実を知った自分は?
どうにも嫌な予感しかしない。
そう都合が良いことなど、これまでに一度もなかったではないか。
「そうすると僕達の世界は、どうなる」
試しに結が聞けば、しばらくの沈黙。
やがて、人格のうちの一人が答えた。
「玉が神様じゃない世界になるよ?」
「は?」
「だって当たり前じゃん。この世界は玉の転生が前提で成り立ってる宇宙。それが原因で本来の宇宙から切り離されているんだよ?」
「つまりそれがなくなるってことは、“玉が契約しない世界”になるってこと」
ようは、これまで紡がれてきた早島の歴史が、丸ごと消えるということだ。
『もう疲れたんだ。殺すのも、殺し続けるのも』
それは本当に疲れたような声だった。
「私は道を間違えた」
「友達も、子供も、親も、兄弟も。全部転生の度に捧げてきたのに」
「結局はこんな様」
「私は一人」
「だったら歪みは正さないと」
――だって血塗れなのは間違ってる。
『私はこの土地を愛しているから、すべての苦しみをなくしたい。それが私の答えだ』
(……)
……絶句だった。
本当に上から目線で、勝手で、独善的で。
「お前は、僕達を消すつもりなの……? 僕にはこう聞こえるんだけど。――“都合が悪いから、全部をリセットする”って」
『……フフ。心配しなくても大丈夫。ちゃんと結とミズハは、生まれるようにしてあげるから……』
「そんなの僕とは言えない!」
結は拒絶する。
いくら幸せな世界になろうと、ここにいる結はただ一人だ。誰に言われようとも、この結が結なのだ。
「そりゃあ僕は僕を否定してるけど。だからと言って今の早島を消したら、広実一族はなくなる……!! それにすべての早島の人々は生まれなくなるぞ!!」
結局、世界が滅亡するのと一緒だ。
結が必死に生きた痕跡はなくなる。
「嫌だ! 僕はまだ――!!」
まだ、まだまだまだ!
ついついそう思ってしまう。
あんなに絶望していたのに。結は何故か、目の前がどす黒い意思で満たされている。
ああ、この思いは何なのだろう。
これが……結の生きる意味というのだろうか?
『アハハハハハ、今までのこと、無くしたくないってか? 君は怖いんだな』
反対に玉の口調は酷く優しげだ。
『でも何でだ? それは普通に愛されて、普通に人を愛することが出来る世界だ。それが人としての一番の幸せだ』
「ぐちゃぐちゃに潰されたり」
「魔女に食べられちゃったり」
「腕がもげたりとか」
『そんなことはもう二度とない。広実一族の呪いは消える。――早島は解放されるのだ』
それは何処までも幸せに生きられる早島。
玉は救われたがっている反面、神として最後まで早島を救いたいと思っているのだろう。たとえ歪な形であっても――本心からの玉の願いだ。
「……そのために、夏音ちゃんをどうするっての?」
だが、結には予感がある。
そもそも疑問に思っていた。夏音を利用して何をしようとしているのか。ここまで来て夏音が早島救済に無関係……なんてことはないだろう。
「どうするつもりなんだ」
強く質問すれば、玉は相変わらず飄々として態度で答えた。
『ループの魔法は、転生と同じく可能性を切り替える魔法だ。何処までも何処までも、因果を集められる』
転生という形で玉が神となったように。
ループを繰り返せば繰り返す程、夏音の親である本体の魔女も、膨大な呪いを蓄積し続ける。
『そのために使い魔の夏音を使う必要があった。でも、世界を滅ぼした夏音が大人しく従う筈ない』
それどころか中には耐えきれない個体もいるだろう。
事実、結が見た使い魔は自壊してしまった。
あれから察するに、大抵の使い魔は記憶を封印して現実逃避をしてしまうのかもしれない。
「だからお前は、無理矢理にでも思い出させようと……特別になりたいなんて煽ったりして。神様になりたいのかって、誘ったりしてたってのか……?」
そう考えると本当に人形遊びみたいだ……。
それで使い魔の調整に成功すると、今度はその使い魔を終わりの見えない無冠地獄に叩き落とす筈に違いない。
「そうやってお前は夏音ちゃんを利用しながら、成長した親の魔女に次元の扉を開けさせるつもりなんだな……」
しかし指摘されても、玉は悪びれる様子すらなかった。
『うん。もう千回は試してるけどね、割と』
「せ……!?」
あまりの数に声が詰まる。
映像に砂嵐が走り、収まると、そのループの一部の光景が現れる。
――舞台は早島と牛木草。
魔法少女の運命を変えようとするが、夏音は必ず失敗している。
無数の夏音が死んで、死んで、死を無限に繰り返していた。
「……ッ」
残酷な映像に息を飲む。
助けたい。こんなことあって良い道理があるものか。
結はスクリーンに怒りの形相を向けた。
『おいおい……私が何か悪いことをしているとでも?』
だが玉はガキ臭い性格らしく、あからさまに拗ねた態度を取り始めた。
「あいつが悪いのに」
「……復讐して何が悪い」
「仕方がないじゃない」
「いつものこと」
いつものこと。
いつものこと。
なんだか無理やり言い聞かせてるみたいに繰り返す。
『それに私はただ……夏音がどうするか知りたいだけ』
「知りたい……?」
話が噛み合わないような気がして、結は訝しがるしかない。
玉の人格達は、虚無の顔だった。
「アイツ、私に似てたもの」
「アイツは私だった」
「私は一時期、キュゥべえに祈り続けたんだ。助けて、殺して」
その結果、夏音が殺しに来たとしたら。
「私はもう終われるんじゃないか」
「私に似たアイツは何故世界を滅ぼせたのか」
「どうすれば私もあんな風に早島を捨てられる?」
それは矛盾に満ちた実験でしかない。
早島を救いたいのに、見捨てたい。
そう言っているのと何ら変わりはないのだ。
『君だって憎悪を持つべきでしょう。誰のせいでこんな事態になってると思ってるの?』
「それは……」
『だから君は、夏音をブラウン管越しで見てるのと何ら変わりはないんだよ。夏音と君は無関係。ただの――他人』
(他人……)
その言葉が頭の中をぐるぐると回る。
……そうだ。
分かっていたじゃないか。
この怒りなんて一時的なもの。
分かっているだろ。大体、さっき思ったじゃないか。助けたところで世界を救う代案は何処にもない。
『むしろ、世界を滅ぼした代償として、責任をとってもらってると考えることも出来る。てか使い魔だろうが。人じゃないのに救う資格があるのか?』
トドメにそう言われると、結は何も言い返すことは出来ない。
それが魔法少女の存在意義。
使い魔をあえて助けて、その後は……。
「くそ……こんなんどうしろってんだよ」
絶望。
まさにその二文字が相応しい状況だ。
何も、打開する術が分からない。笑うしかない。
「ハハハ……」
どん底に沈む。
涙の代わりに笑い声が漏れる。
玉も合わせて笑った。
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――』
何処までも響く狂笑。
壊れたカセットテープみたいだ。
……ああ、涙はとうに枯れ果ている。
枯れ果てても無理やり感情が溢れ落ちる。
自分が今悲しいのか、虚しいのか。
ぐちゃぐちゃ過ぎて、文字通り、この絶望の前では笑いしかない。
この現実がおかしな妄想だと笑い飛ばし、ふざけて。
玉がおちゃらけたい気持ちがよく分かる……。
逃げなければ、更なる負の心に絡みとられる……。
「ふざけるな……余計なお世話をしやがって……」
そしてどうしても、次に浮かぶのは怒り。
こんな現実は知りたくなかったという、当然の怒りだ……。
「……お前、どうしてこんなことをわざわざ僕に話したの?」
だから気になって仕方がなかった。
だって言わなければすべて上手くいくじゃないか。結だったら手間をかけて伝えたりしない。
「面倒なんじゃないの、こういうのさ?」
そう聞けば、玉達は微笑んだまま固まった。
まるで図星を突かれたような……見透かされて嬉しそうな……でもちょっぴり嫌がってるような……、
(何だこの反応)
些か妙な雰囲気で、変に思う。
そして結はハッとする。つまりはそういうことなのか?
「いやお前……そういや人格の集合体だったような……もしかして人格同士も一枚岩じゃないとか……」
もしも玉が本当に普通の少女だとするならば。
そこに葛藤がないと言えるのだろうか。
告解したい。裁かれたい。許されたい。罰を与えられたい。
そういう感情がないなんてことはないだろう。
解放されたいのなら尚更だ。
……結も夏音に同じことをしたから気付けた。
彼女は一人で抱えられないから、丁度見つけた結に、ほぼ衝動的に縋ってしまったのだ。
だったら――いるに違いない。
「おい、“玉”!! そこで見てる“玉”の人格共!!」
結は目の前の少女達ではなく、空を見上げて呼びかける。
すると、確かに意識を向けると視線を感じた。
やはり、人格の中にも、迷って静観している奴らがいる。
どっちつかずで、決断出来ない、臆病者達。それか最初から放棄して流れのまま身を任せている者達。
彼女達へ向けて、結は必死の思いで頼む。
「どうか僕のことを妹だと思ってるなら、助けてくれ! こんなこと納得出来ないって、そう思っている筈だろう!?」
『……』
しかし帰ってきたのはただの沈黙。
ざわりとした気配がある。
ダメなのか……。
弱気が顔を出すが、それを無視し、結はあらん限りの声を出す。
「なあ、“玉”!! 助けてくれ――そうじゃなかったらせめて、夏音ちゃんに会わせて!!」
こんなものはフェアじゃない。
結局これは玉の自己満足なのだ。ただ責められて罰を受ける気になりたいだけ。
逆にそれは、自己正当化したいことの証でもある。
つまり、本心では間違っていると思っているんじゃないのか。
「それを欠片でも見せてくれたって良いだろう!! 良い気になって、気持ち良く自己憐憫に浸っているじゃないよ!」
(良い年したババアの癖に!)
ついでに心の中で毒を吐けば、その瞬間、背後から声がかけられた。
「……ババアは余計じゃない? お姉ちゃん」
「!?」
振り向けば、そこにいたのは色素の薄い髪を持つ少女――順那だった。
一瞬ベース人格の方かと思ったが、様子が違う。今まで見たこともないほど、冷たく刺々しい目をしていた。
(……まさかあいつとは別人? こいつ、本物の順那の人格……?)
転生ごとに人格があるのなら、順那としての人生を生きる中で、独自の人格が育まれていったのは想像に難くない。
その順那が答えてくれたのだ。
「順――」
「勘違いしないで。あくまで私は、このままだと先に進まないと判断しただけ。最初から貴女を助けたいなんて思っていない」
だが涙ぐみそうになった時、順那は拒絶するかのような声で言った。
「それよりも勝手に暴走しないでよ、“私”。一方的に話しても何にもなりはしないでしょう。私達全体の総意とは、外れている」
『ハハハハハ……何を偉そうに。今まで黙って、奥に引っ込んでた人に言われてもね』
「でもお前だって本心を忘れてるだろ」
順那は大元の自分へ向けて文句を突きつけた。
「私の目的はこれからも変わらない。だが――新しい未来も見たいと思ったのも事実だろう? これはそのために結に与えたチャンス……そうだった筈じゃないか」
『……』
そう言われて、玉の人格達は、薄く笑った状態からブスッとした膨れっ面になった。
どうやら大人しくなったらしい。
順那は顔を俯かせた後……結の手を握った。
「行こうか」
「え……行くって何処へ」
「貴女が言ったことでしょ。夏音に会わせろって」
「……!!」
「約束通り会わせてあげるよ」
結達の周りを、いつの間にか生まれた細かい糸が、輪のように回っていく。糸の量は増していって、どんどんどんどん視界を埋め尽くすと、ふわっと意識が途切れて、上昇しているような感覚。
目を開けると、場所が変わっていた。
魔女の結界のような場所だ。
劇場の席の中だった。
「か、夏音ちゃん……?」
そして舞台の上には、見慣れぬ魔女がいた。
霧の集合体。その中心に浮かぶマスカレードのような仮面。
――立っていられないほどの圧倒的な穢れと、穴のような虚無を感じた。
「アレが無貌の魔女。菊名夏音が魔女化した姿だよ」
何者にもなれず。誰にもなれず。
路傍の石としか自分を思えなかった少女のなれの果て。
「使い魔は彼女の中にいる。アレが邪魔だけど、倒そうなんて思わないと方がいいよ。厳密にはアレも本体じゃないんだからね」
むしろ本体を守る兵隊と見るべきだ。
攻撃した途端、何が起きるかは分からない。
「ま、どうせこれも良い機会だ。繋げてやるから、夏音の記憶を見ていく?」
「記憶を?」
聞き返すと、順那は試すように、
「全部説明は受けたでしょう。残るは夏音のことだけ。世界の過去を見たとして、それは夏音の都合が良いように編集されたものでしかないよ。すべてを知るなら、本人の視点から、綺麗も汚いも知るべきだ」
「……」
「嫌なら貴女の記憶を消して、元の世界に返してやっても良いけど。どうする?」
その問いかけに、結は魔女を見つめた。
聞かれるまでもない。こうなるまで一体何があったのか。たとえ使い魔じゃなくても、結は“菊名夏音という少女”が知りたい。
そうでなければ腹が立つ。
「……その結果失うものもあるだろうけど、得るものもあるかもしれない。今更――」
今更引けるか――その思いと共に手を伸ばす。
魔女と結の魂が繋がり、精神は過去へと逆行していく。
――切り捨てられた裏舞台の、幕が上がった。
無貌の魔女
真名クリスティーヌ・マリアブラン・ルルー。
その性質は猿真似。プリマドンナを夢見て日々歌を歌う魔女。しかしそもそも肉体はなく声帯もないため、魂による呪いの歌しか歌えない。それでも自分の歌を聞いて欲しいのか、何処かで見覚えのある曲を集めたり、お客様を無理やり呼んだりする。綺麗な声の持ち主がいると、嫉妬して声を奪ってしまうらしい。特別素敵だと褒めれば、満足してあっさり逃がしてくれるが、そんな人間はこの世に一人もいないだろう。