私はそれから、学校にも行かなかったし、外にも出なかった。
ただ自分の部屋の中に閉じこもっていた。
「……」
食事を喉が通らなかった。思い出すのだ、後輩の最後を。
ぐちゃぐちゃになった人間が、食われていく光景。
私の中でトラウマになっていた。
そして同時に思う。
どうして。どうして。どうして。
そんなことばかりを考えても無駄だというのに、思考は止まらない。
逃げるように一人、誰も抱きしめてくれない寂しい自室の中で、温もりを閉じ込めようと布団の中にくるまっている。何かに縋りたくて堪らなかった。
そうやっていると、今が朝なのか、夜なのか、曖昧になってくる。
今日が何曜日で、平日なのか、休日なのかも分からない。それすらどうだって良くなる。
私はいつものように妄想の中に逃げようとした。
目を閉じれば嫌でも眠気はやってくる。うとうとと眠ればそこは夢の中。
……安心する。ここはやっぱり私だけの世界なんだ。
なのに。
「……あ」
なんでここにも、血溜まりがあるんだろう。
私は暗闇の中で立ち尽くしている。圧倒的な孤独の中で、それでも寄り添うように肉片が転がっている。
ドロドロ、グチャグチャ。
彼女が誰かなんて言うまでもない。私はそれでも抱きしめようとした。この子のことを、誰が抱きしめてあげられるのだろうか。私が助けてあげなくちゃだったのに……私が……。そう思って。
しかし肉片は、言った。
『じゃあ、どうして動いてくれなかったの』
『言い訳ばかり言って』
『結局私のことなんて、どうにでもなれと思っていたんじゃないの』
『全部諦めてたお前は臆病者だ』
私は……何も言い返せなかった。いつの間にか肉片は人の形に戻って、私を突き飛ばしていた。
『偽善者、気持ち悪い。お前なんて――嫌いだ』
そこで、目が覚めた。
最悪な目覚めだった。頭がぐわんぐわんする。
「キュゥべえ……」
そして私の目の前には、あの白い獣がいる。
悪魔のくせに、私の部屋に来るなんて、嫌な感じだ。けれども私は笑ってしまっていた。何だか話し相手が欲しくて仕方がなかったのだ。
「……ねえキュゥべえ」
「何だい? 菊名夏音」
「……何のつもりで来たんですか? 無様な私を、笑いにとかですか?」
私が力無く尋ねれば、キュゥべえは何だかよく分からないって感じで目を瞬かせた。それがすごくおかしく見えた。
「ハハ……何ですかその反応……馬鹿ですか」
そうして私は実際に小さく笑う。
――クハ、ハハハ……ハハハハハ……。
「……こんな目に遭ったのは貴方のせいなのに……どうして私達を……」
どうして。
口から出るのは、やはりずっと考えていたその言葉。
私はもう……何もかもが嫌なんだ。
「キュゥべえ……私を普通の女の子に戻して下さい。何でもしますから……お願い……」
気付けば、そう懇願していた。ご丁寧に土下座までした。
良い加減、日常に戻りたかったのだ。だが無情なまでに、冷たい返答が返ってくるだけだった。
「無理だよ、そんなことは」
「ッ!」
弾かれたように顔を上げる。思わずキュゥべえに詰め寄る。
「ふざけたことを言わないで下さい!! この詐欺師!!」
「詐欺師……? ボクはキミの願いを叶えたじゃないか。騙してなんて――」
「叶ってなんかない!!」
私はキュゥべえの言うことを遮るように絶叫する。
……そうだ。私の願いは叶ってなんかいない。私は大嫌いな私のままで、現実に逃げ惑うだけの惨めな存在に過ぎないんだ。
「そんな私のままで、この先も一生苦しめっていうんですか!? ずっと魔女や魔法少女と戦い続けろと!? 有り得ないですよ」
て言うか無理だ。
限界。頑張れない。
「こんなものは願い下げです……私が望んでいたものとは違う……」
……私は本当は……。
「――じゃあ菊名夏音。キミは、あそこで死んだ方が良かったのかい?」
ふと、私の考えを読んだかのように、キュゥべえが聞いた。
瞬間、体がピシリと固まった。何故だ。私はどうして、こんなにも動揺している。
「そ……それは……」
「どっちみち、キミの選択肢は一つだけだった筈だよ?」
震える私に向かって、キュゥべえは逃げ道を塞ぐように言う。
「それに魔法の力を手に入れて、一般人とは比べ物にならない程の特別な力を行使できるようになったじゃないか。それで何が不満なんだい?」
まるで我儘な子供を説教するように。あるいは私への痛烈な皮肉のように。そう問いかけてくるキュゥべえ。私はぼんやりと思った。
何で、私は選ばれることを望んだんだろう。
一体何を選んで欲しかったの?
決まっている。それは私自身だ。私は、誰かに必要とされたかった。
そしてそれだけじゃなく、本当は必要としてくれた誰かのために、その人を愛したいとも思ってた。当たり前の人としての繋がりが欲しかった……まだ、その愛を見つけられていない。
愛が、どうしようもなく欲しい。
だからこんなにも後輩の死に後悔を覚えている。
「夏音、ソウルジェムを見てご覧」
私は言われた通り、指輪の宝石を見る。
結構濁っている。おかしいな。あの後こゆりさんから貰ったグリーフシードで綺麗にしたのに……。
「ソウルジェムは負の感情でも濁るんだ。このままだと完全に濁り切るだろう」
「……」
指摘され、私は一ヶ月前のことを思い出す。
限界寸前までソウルジェムが濁ったことが、実は一度だけあった。あの時は同じグループの人が一応助けてくれたが、それまでは苦しくて動けなくて、死にそうな程辛かった。
私はあの一件で思い知った。
新しいグリーフシードを集めなければ、魔法少女は生きていけない。そういう体に作り変えられてしまっている。そして今持っている魔女の卵は、もう使えない段階まで黒ずんでいるだろう。
つまり私が生きる残るためには、外へ出てグリーフシードを手に入れなければならないのだ。
しかしそれは、心地よい微睡のようなこの部屋を捨て、再び嫌いな現実に立ち向かわなければならないということだった。
「だけど夏音。ここで死んで本当に良いのかい?」
「キュゥべえ。貴方まさかそんなことを言いにわざわざ……」
「ボクは、キミに興味があるからね」
しれっとキュゥべえは告げた。
「何故キミだけが生き延びたのか。どうして赤いオーラの魔法を使えるようになったのか。疑問は尽きないし、キミはサンプルとして貴重なんだよ」
ハハ……だから死なれちゃ困るってか。実験動物か何かかよ。
気持ち悪いな……。
「くっそぉ……」
私は歯噛みし、頭を抱えた。
「何なんだよ私は……」
自分自身のどうしうもなさに反吐が出る。
――今更ながら、また死にたくないって思ってしまっていた。私は死にたくない。怖い。
涙が溢れて止まらなかった。
「ぐす……ぐす……」
一頻り泣いた。
そしてこれまた今更ながら、私は何かを食べたいと無性に感じていた。フラフラと立ち上がり、キュゥべえなんてほったらかして、台所に歩く。
しかし冷蔵庫を開けると、食品は全部腐っていた。
それが訳もなく悲しかった。
「うう……」
ぐしゃぐしゃな顔のまま部屋に戻る。
机の上に放置していた財布を手に取れば、中身はたったの百円……何も買えない。
「……」
とは言えないよりマシだ。小銭だけポケットに突っ込み、財布を放る。窓に向かい、開け放つ。
正直、こうしているだけで息が荒くなる。出たくない。
……だが、この部屋に居続けても、優しい終わりが待っているだけなのだ。それはそれで幸せな最後かもしれないが、私の望むことではなかった。
「ッ!」
背を押されるように外へ飛び出す。
鳥籠から飛び立つように。
それでも私は、自分のことを首輪に繋がれた犬みたいに思えて笑った。
◆◇◆◇
キュゥべえを無視していた私だったが、しばらく進んだところで、彼が後からついてきてることを知った。仕方がない。私は小動物を肩に乗せ、裏道を歩く。
ちなみに何故町に行かないかというと、今の私では目立つからだ。
チラリとガラス窓に映った姿を見て絶句したが、今の私は髪の毛がボサボサで、目のクマが酷いボロボロの状態だ。こんなところを見られたら、最悪警察が来るかもしれない。
という訳で人目につかないようにコソコソ移動している。
それに私の“お目当て”は町の中にいない。
彼女達は常に社会の暗闇の中にいる。ほら、今もこうして――
「やった〜!! ちゃんとゲット出来たー」
「お疲れ様〜。キツかったねえ〜」
路地裏の奥から、声が聞こえていた。
物陰から見ると、少女達が話していた。
魔女と戦闘を終えた傷だらけの魔法少女達。新人のようだ。何も知らずはしゃいでいて、本当に馬鹿みたい。だが私にとっては都合が良い。まさかこんなに早く見つかるとは。
「夏音、もしかしてキミは……」
キュゥべえが何か言いたそうにしている。しかし今の私では魔女と戦えない。葛藤がない訳ではないが、この方法が一番現実的だ。私だって何度もやられたのだ。
……こいつらだって、遅かれ早かれ、酷い目に遭う。
我慢してもらおう。私のために。
「……」
変身し、流行る鼓動を抑え、深呼吸。震える手を無理やり動かし、ハルバードを構える。
私は現実を生きるため、手を汚す決意を固める。
――綺麗で偽善者な私にさようなら。
魔法陣を浮かべ、赤いオーラを渦の形にして飛ばした。
「……!?」
吹き飛ばされ、倒れる新人魔法少女達。
魔女にやられる私の姿と重なった。
ああ……私はきっと、あのグループの人達と同じ立場に堕ちている。こんなことをして、誰かに愛されるとか、無理かもしれない。でも……今更だ。
私は人殺しだもの。生きたいもの。
ごめんなさい――
「……」
素早く物陰から出て、転がったグリーフシードを拾う。新人魔法少女達は、私やキュゥべえを信じられないように見つめていた。
何で? そう目が聞いていた。
言い訳出来る立場じゃないから、代わりに私は無言で立ち去った。あの子達がどうなろうと、知ったこっちゃなかった。
歩きながらグリーシードをソウルジェムに当てがう。
綺麗になった私の宝石。憎たらしい程ピカピカで、私は不愉快な気分になってしまう。そして、相変わらず訴えてくる空腹。仕舞いにはぐぅーとお腹が鳴った。
ほんっとう何なんだ私は……アホか……。
「夏音。ついにやってしまったね」
キュゥべえは私を止めなかったくせに、いけしゃあいけしゃあとそんなことを言った。私は思わずムッとなった。だって私だって、やっちゃったって思ってるもの。
……でも何だろう。思ったよりも簡単だったな。何でこんなのを今までやんなかったかな。
そう考えて、特に理由がないことに気付いた。
ただ勇気がなかっただけなのだ。私は最初から醜い人間だったし、人から何かを奪ったり踏みじったり出来る奴だった。
お笑い草だよ。
「私ってつくつぐどうしようもない奴ですよね……」
つい同意を求めてしまうのも無理はないだろう。
キュゥべえはキョトンとしている。
「いや、むしろキミは普通じゃないかな。キミみたいな子は珍しくないよ」
「そうですかね……」
しかし、こんなグリーフシードの強奪を続けるわけにもいくまい。
他の奴らに目をつけられたら堪ったもんじゃないし。
「これからどうすれば良いと思います?」
試しに聞けば、キュゥべえは私でも思い付くことを提案した。
「他の地域も似たようなものだし、何処かのグループに入るのが無難じゃないかな」
「やっぱりそうなりますよね」
かと言って、またイジメられるのが目に見えている気がした。
お先が真っ暗で嫌になる。
そうして溜息をつき、変身を解除したところで、ふと周囲を見ると、見知らぬ場所にいた。どうやら入り組んだところに入ってしまったらしい。
ヤバいな。適当に歩いたから帰り道が分からない。どうしよう。
ええと……携帯も置いてきたし、確かこっちに行ったら……ってあれ?
「また迷った?」
「一周したみたいだね」
ドジなことに、同じところをぐるりと回ったみたいだ。
私は慌てて別の方向へ進む。しかし更に分からなくなるだけでなく、複雑だったので、来た道がどっちだったか判別できなくなった。
そして、途中ベテラン魔法少女の縄張りにも入り込み、必死になって逃げているうちにキュゥべえと逸れてしまった。……まあそれはそれで良いんだけど、人気がないどころか、空き地がいっぱいあるみたいなところに出ちゃって、途方に暮れてしまう。
「ここ何処……」
おまけに空腹と疲れは最高潮。ついでに家から出た時よりも薄汚れてる。
その内、ポツリと空から水滴が降ってきた。雨だ。傘もないからそのまま打たれる。
数分も立たずに土砂降りになった。
「ッ! もう!」
私はヤケクソに走り、雨宿りが出来る場所を必死に探す。これ以上体力が削がれるのはごめんだ。そうして、何とか見つけた古い廃神社の屋根の下に入り込み、ようやく腰を落ち着ける。
ホッとしたのも束の間、しかし、気配がしたので、そちらを見る。
「……」
綺麗な女の人が、そこにはいた。
私の近くに座っていて、すごく驚いた顔をしている。髪が長くて特徴的な結び方だったから、ちょっと印象的だった。
「誰なの、君」
その人は何だこいつって顔で、私をマジマジと見ていた。しかしそれはこっちの台詞だ。私は警戒するように身を固くした。
「貴女こそ、どうしてここにいるんですか?」
「見て分かんない? 雨宿り」
女の人は当たり前のように答えた。
っていうかこうして見ると、顔が若干幼い。高校生ぐらいだろか。まあ、だからこそ、こんなところにいるのは不審なのだが。いや、私が言えたことじゃないだろうけど。
「ジー……」
今度は私の方がマジマジと見る番だった。
その人も、パチパチと目を瞬かせた。そしてやがて何がおかしいのか、首を傾げられた。
「もしかしてすごい怖がってる? 君」
「……」
「そう怯えなくたって、取って食おうだなんて思わないよ」
彼女はカラカラと笑った。
人好きするような雰囲気。少し調子が狂うな、この人。
「でも只事じゃないみたいだね。家出?」
「……そんなところかもです」
少なくとも、あの家に戻りたいなんて思えない。
あそこには何もないのだから。そういう思いを込めて言うと、女の人は何かを考えたようだった。ポケットをゴソゴソ弄り、取り出したのは、銀紙に包まれたチョコ菓子だ。
「食べる?」
「良いんですか?」
「疲れてるみたいだからね。マシになるかもと思って」
「……」
差し出したそれを、恐る恐る受け取る。怪しいものには見えない。一瞬後輩の肉片がフラッシュバックしたが、もう空腹に勝てなかった。意を決して銀紙を開き、パクっとチョコを食べた。
モグモグ……ごくん。
ああ――美味しいなあ。
「〜〜〜〜」
久方ぶりの食事と、思ったよりも蕩けそうな甘さに、笑みが生まれる。
何だこれ。何でこんなに、胸に染みるんだろう。
「君ってば素直だねえ」
そんな私の様子に、女の人はちょっと苦笑しているけど、そこまで大袈裟だったのだろうか。それはそれで気になるけど、それよりもほんっと、嬉しくて泣いてしまいそうで……。
「……ぐす」
そして本日二回目の涙を私は流した。
我ながら泣き虫が過ぎる。それでも物を貰ったんだから、お礼言わないと。
「ぐす……うう……ありがとうございます……うう」
「良いって」
女の人は気にしないように言ったが、涙は相変わらず止まらない。ゴシゴシと目元を拭い続けて、ずびっと鼻水を啜る。もしかしたら赤くなってるかもしれないなあ……。
「はぐしゅっ!」
とそのタイミングで、くしゃみが出た。
寒気がする。雨に濡れたせいだろう……体が震えていた。
「大丈夫?」
女の人が心配してくれる。しかし次の瞬間、その人もくしゃみをした。
「はくしゅっ!」
「……ふふ」
「え、な、笑ったでしょ今!」
女の人は顔を赤らめた。
案外可愛いかもしれない。で、また私たちは同じタイミングでくしゃみをした。数秒顔を見合わせ、お互いに笑ってしまった。
いやでも寒い。めちゃくちゃ寒い……。
しょうがなく、寄り添うように、私と女の人はもっと近くに寄った。
体温が伝わってきて、訳もなく安心した。疲れ過ぎて警戒するのも馬鹿らしくなっていたのだ。もうそんな余裕すらなくて。
「……」
そして眠気がやってくる。
色々と限界には抗えなかったのか。うつらうつらとなって、やがて私は堕ちるように眠った。
◆◇◆◇
夢を見ていた。
昔の夢だ。
私は幼い頃からずっと寂しい思いをしていて、この頃から誰かに見てもらいたいという気持ちが強かったように思える。
でも、とっくの昔に諦めてもいたから、寂しさを埋める方法をずっと考えていた。
辿り着いた答えは、人形遊びだった。
お気に入りの可愛い猫のぬいぐるみは私。
大きな象さんは父さんで、小柄な熊は兄さんで、犬は母さんだった。
その人形達を動かして、私は理想の家族を作り上げた。
この父さんは私を心から愛してくれる。母さんは抱きしめてくれるし、兄さんは普通で、私は嫉妬しなくて良いし、頑張らなくて良い。
人形の良いところは、全部を受け止めてくれるところだ。彼らは何も言わない。どんなに泣いても、見捨てないで、ただそこに居てくれる。それが、私の唯一の安らぎだった。
そう――私はただそこに居てくれる、そんな存在が欲しかった。
理想を投影する人形遊びにハマったのも、結局はそこに行き着く。
何故妄想に逃げ込むのか。何故夢の中だと安心するのか。
すべて、現実は“絶対”じゃないからだ。
好きになってくれる努力をしてみた。でも必ず相手が好きになってくれるとは限らなかった。
人に尽くしてみた。でも何かが返ってくる訳じゃなかった。
何かをやって何かを手に入れても、満たされた気持ちにはならなかった。
父さんも母さんも兄さんも、どうせ私を置いていく。
結局のところ、その事実があるのだ。
だから私には無条件に信頼出来る人がいなかった。生涯ただ一人も。人を信じてみようとも思えない私が、どうして誰かと繋がりを持てる。
選んで欲しいのに、私は他人を選んでこなかった。
……何で、こうなっちゃうだろうね。
いつの間にか“私の別の部分”は、ガラス越しに幼い“私”を見ていた。
私はこの歳だというのに、本質的には子供のままだった。
アレが本当の私なのだ。
私は成長出来ておらず、誰かに縋ろうと必死だ。
……惨め過ぎる。
とっくの昔に知っていた筈だろう。現実は変わらないと。
――これ以上他人に自分の運命を振り回されないためにも、私自身が変わるしかない。
「……」
そして何もかもが悔しい、と。
腹の底から立ち上がるような、怒気が湧いてくる。どいつもこいつも。私を含めて嫌なことばっか。
死ねば良いんだよ。
死ね。
我ながらクヨクヨして腹が立つ――
「いなくなってしまえよ……」
そうして、ハルバードを構えて、“ガラス越し”の向こうへ行こうとして。
――何か暖かな感触が、手に触れた。
「?」
私はその瞬間、目を覚ます。
私の目に映るのは夢じゃなくて現実の世界。ここは何処だ? 誰かの部屋の中にいることは間違いない。ベットで横になっているし、何がどうなって――
「起きた?」
すると女の人が覗き込んできた。あの神社で会った女の人。すべてを察した私は、正直助けられて碌な目に合ってこなかったので、ギョッとした。しかし、彼女は今までの人達とは様子が違っていた。
私の手を、握ってくれていたのだ。
まるで、寄り添うように。安心させるように。
私はハッとして、その手をじっと見ていた。
柔らかくて、でも小さい手で。お姉さんみたいな手だと思った。
でも女の人は何故か泣きそうな顔をしていた。
それがどうしてだろう――夢の中の小さな私と、ダブってしまったのだ。
「……」
この女の人は、今まで何を思って生きてきたのだろう。何故そんなに寂しそうな目をしているの?
知りたい。純粋にそう思ってしまった。
――私は、後輩のことを思い出していた。
何もしてやれなかった後輩。こんなに悔しい思いをするなら、いっそのこと今回はもうこの人を“選んでしまえ”ば良いんじゃないの?
なんかもう失うものは何もないんだし……。
何処か投げやりにそう決めて。
その時から――私と結さん……家主さんとの奇妙な縁は始まったのだった……。