女の人……ううん、良い加減、女の人っていうのも変か。
この家の家主さんは、良い人だった。
ボロボロだった私は、いつの間にか綺麗になっていて、新品の服を着ていた。つまり彼女がそこまで世話をしてくれたってことだ。
チョロいと思うし、もっと警戒した方が良いとも思うが、良くしてくれた人を信頼しないのも、それはそれで失礼な気がする。一先ずこの人を信じることにした。それに私はこの人を“選ぶ”と決めたのだ。
じゃあ、良いじゃないか。
裏切られたらその時はその時でしょ。
いや……これから先一緒にいられるとも限らないし、迷惑なら離れるけど……。
「助けてくれて、ありがとうございます」
私はとりあえず身を起こし、礼を言った。本当に心からの感謝だった。
「あ、うん」
家主さんは恥ずかしそうにしている。案外照れ屋なんだろうか。
「私は夏音です。菊名夏音」
「夏音ちゃん」
「……貴女の名前は?」
そう尋ねると、家主さんは答えてくれた。
「広実結、だよ」
その途端、私は妙な感慨を覚えた。
広実結。聞いたことのある名前だった。
曰く、狂気の魔法少女。曰く、イカれ野郎。
早島の魔法少女で、あまり良い噂は聞かない人だ。だからこそ私は早島には寄り付かなかったし、他の魔法少女だって行こうとしなかった。しかも、メチャクチャ強いらしいし、何だかとんでもない人に拾われたみたいだ。
だがその噂の内容と実際の目の前の人では、何処か乖離があるように思える。というか信じられないのだ。こんな優しそうな人なのに。
まあ噂は噂ということだろう。よくあることだ。
そう思っていると、彼女は単調直入に聞いてきた。
「それにしても君、魔法少女だよね?」
いきなり突っ込んできたな……。
しかし隠すつもりもないので頷く。
「ここは早島ですか?」
「そうだよ」
やっぱり。
「君は牛木草から来たの?」
「はい……色々ありまして。道に迷ったんです」
「コンビの相手とか……同じグループの人は……」
「……死にました」
「ごめん」
気に病んだことを言ったと思ったのか、結さんは謝った。別に気しなくて良いのにな。
「あ」
――と、そのタイミングでグゥーと、お腹の鳴る音が聞こえた。
しかし私ではなく結さんだ。彼女は、たはは、と苦笑。
思わず視線を動かす。部屋には時計がかけられていた。
十二時。……待って。私はどのくらい寝てたの?
「まさか丸一日――」
「正確には半日ぐらい?」
「マ、マジですか」
どんだけ疲れてたんだって話だ。
本当に色々限界だったんだな……。
そこで、私はしばし思案する。ずっとお世話になっているのも罪悪感があるし、幸い眠ったことで体調も回復している。普通だったら倦怠感もあるだろうが、今回は魔法少女の体様々かもしれない。
私は意を決して申し出た。
「あの……良ければ昼食お作りしましょうか?」
「良いの?」
すると、いかにも悪いなあって顔をする結さん。
私はそれでも自信満々に胸を張る。
「こう見えて料理は大得意なんですよ。難しいものでもサクッと! 作れちゃいます。助けてくれたせめてものお礼です」
「んー……けど……」
「あ、ちなみにリクエストがあればお答えしますよ?」
そう言えば結さんのお腹がもう一度、グゥーと鳴った。そして彼女は恥ずかしがりつつも、考えるような仕草をして。
「じゃあ、サバの煮付け」
と割と渋い好みを頼んだのだった。
◆◇◆◇
冷蔵庫の中身は充実していた。
だがこれでは散乱していると言った方が正しい。
適当というか、何というか。
とりあえず買えるだけ買って、とりあえず詰め込めるだけ詰め込みました! って感じの並べ方だ。奥の方にいくつも賞味期限の切れた調味料があって、何とも言えない気持ちになった。
しかし女の一人暮らしなんてこんなものかもしれない。
面倒な気持ちはよく分かる。私も兄がいなくなってそこら辺は無頓着になった。
ともかく、冷蔵庫の件は見て見ぬフリするとして。リエクエストに答えるとしよう。
貸してもらったエプロンをキュッと腰に巻き、調理を開始。
サバを取り出し、フライパンに乗せて、みりん等で甘辛く煮つける。
火も調節。合間に副メニューも付くちゃって、三十分弱でお昼ご飯の完成。
既に結さんはリビングで待っている。
「お待たせしました」、と私は料理を机に並べた。
その瞬間、良い匂いのおかげか、あからさまにごくっと唾を飲み込み結さん。やっぱり分かりやすいな、この人。
「いただきます」
結さんは恐る恐るサバの煮付けに箸を伸ばす。
パクッと口に運ぶと、驚いたように呟いた。
「――あ、美味しい」
「好みに合いましたか?」
「うん。これ結構好き。これ美味しいよ夏音ちゃん!」
不思議なことに、結さんはパアっと顔を綻ばせた。
大袈裟だと思う。正直料理が得意なんて言ってみせたが、私の腕は良くて中の上と言ったところだろう。つまりこのサバの煮付けは普通以外何物でもなくて、特別美味い訳でも、特別完成度が高い訳でもない。
それなのに、結さんの反応は大きくて、人によっては癪に障るかもしれないそれも、私にとってはくすぐったかった。
あまり心から褒められたことなんてないのだから。
悪い気はしないのだ。
「ありがとうございます」
お礼を伝え、私もサバの煮付けを食べる。
……うん。可も不可もない、いつもの味。
そしてそのまま食事を続けながら、私達は話を続けた。
「それで、夏音ちゃんはこれからどうするの?」
話題はこれだ。一番の問題でもある。私は少し悩んだ。私自身、色んな迷いがすごくあったからだ。
だが、あれこれ考えても、答えは決まっているようなものかもしれない。
「牛木草に戻ります。普段の生活に戻るだけですよ」
「君はそれで良いの?」
正面から告げれば、結さんは少し強めの口調で確かめた。
確かに、むざむざあんな場所に戻らなくても良いじゃないかとも思える。でも私は納得してこの結論に行き着いた。
「ええ。しょうがないです」
結局、“現実”はどうしようもないのだ。
あの家に兄達が帰ってくることはない。牛木草から逃れても学校には通わなきゃいけないし、周辺地域も牛木草と似たような状況になっている。むしろ他の流れものを警戒し排他的だ。だったら牛木草にいた方が逆に安全とも言える。
「それに結さんのテリトリーに無断で入ったことに違いはありません。この町にいる他の魔法少女も黙ってないでしょう」
名前は阿岡入理乃と船花サチだったはずだ。
彼女達は気性の激しい魔法少女として知られている。絶対に私のような存在を許さないだろう。
「だから私の行き場は牛木草だけ。私は今度こそ生き抜く」
勿論、自分の力で。
“現実”を受け入れた上で――どうするか考える。
もう誰にも、自分の運命を握らせたりしないのだ。
それが私の思いで、答えだった。
私は強くなりたかった。
「そっか」
その私の決意に、結さんは何処か痛ましそうな目を向けていた。彼女も牛木草の状況は知っているはずだ。私に同情しているのかもしれない。
「でも君は一人でしょ……そんなの……」
机の上に載せた拳を、グッと握りしめている。
ああ……それだけで私は、嬉しいと思っている。この人に助けられて良かった。
「私は一人じゃないですよ」
にこりと微笑んだ。安心させるように。
だって。
「貴女が助けてくれた。大丈夫……私は貴女のその思いだけでやっていけます」
「……」
結さんは、それでも心配そうな顔をしていた。そして瞳を伏せる――目の奥で彩られる、複雑そうな、寂しそうな色。
ちょっとびっくりした。
何で今そのタイミングでそんな風な目を? もしかして私と離れたくないとか?
……。
いや、まさか。
それこそ私の願望だろう。でも結さんが寂しいなら、その寂しさを癒してあげたいと純粋に思った。一人にはさせない。
だから、また微笑んで私は言った。
「結さん。友達になってくれませんか?」
「え?」
結さんは下げていた視線を上げ、私を見る。
一瞬、何を言っているか分からないって感じでポカンとしていた。
「そ、それってつまり――」
「私は結さんともっと一緒にいたいんです。牛木草の人間ですけど、貴女への恩を返したい」
はっきりとそう言えば、結さんは目を見張った。
やっぱり迷惑だっただろうか。慌てて、
「勿論、嫌でしたら断っても構いません! 場合によっては――」
と続けようとしたら、全力で首を振られた。
「い、嫌じゃないっ! むしろ大歓迎!」
結さんはあまりに必死で前のめりだった。今度は私が引いて目を見開く番だ。結さんはそれに気付くと気まずそうに姿勢を正し、咳払い。
「ごめん。僕ってあんま友達いないタイプだからさ。その……嬉しくって」
「そうなんですか?」
そうは見えないけどな。
でもそんな理由で喜んじゃうとか、結さんって結構可愛いな人なんだな。段々と彼女のことが分かってきて親近感が湧いてくる。
「ってことは、結さんとは気が合うかもです」
「へ?」
「私もあんまり、他人を信用しないタイプですから。あ、結さんは別ですよ? 助けていただきましたし」
「……そう」
結さんははにかんだ。
それから雰囲気が柔らかくなって、
「じゃあ結さんじゃなくて、他の呼び名で呼んでよ」
と言ってきた。
私は不思議に思い、「名前じゃなくてですか?」と聞き返すと、彼女は非常に微妙な顔をしながら、
「実は結って名前が嫌いなんだよね。それより、渾名の方が親しみがあって良いかなって」
「うーん、でしたら――」
そこでポクポクポク……と考えるも何も思いつかず、ぽろっと出たのは心の中での最初の呼び名。
「家主さんとか?」
「え、や、家主?」
「ここの家の持ち主だから」
何とも安直な理由を言えば、結さんは途端に吹き出した。
「ブッ! アッハッハッハ!」
「ちょっと、笑わないで下さいよ!」
「ごめん、ごめん! おかしくって! でもそれで良いや、うん」
そうしてあっさりと結さん――いや、家主さんは頷いた。
「君、家に帰りたくなって言ってたよね?」
「はい」
「なら、いつでも僕のところに来なよ。待ってるから」
「――!」
私は酷く驚いた。
だってここは早島だ。そう簡単に家主さんの家になんて――
「使ってない拠点が、牛木草と早島の境にある」
「……」
「その拠点で毎回会う約束をしよう。そこが君の家よりも、もっと暖かみのある場所になると嬉しい。なんなら泊まってっても良いよ。誰も使わないし」
――それはつまり。
そこは文字通りの、私の新しい帰る家ってこと?
私が何よりも欲しかった、お帰りって言葉が聞けるの?
……もう一人ぼっちじゃない?
自分がどんな顔をしているか分からない。
でもアワアワし出す家主さんが面白くて、思わず口角が釣り上がった。
――とにかく込み上げる感情が大き過ぎて、胸が詰まりそうだ。
◆◇◆◇
それからしばらくして。
私は改めてお礼を言って、家主さんの家を出た。
道はある程度結さんが調べてくれたから帰れるだろう。そうやって進んでいくとあの廃神社に通りがかった。
ポケットには丁度百円。本当なら何か買おうと思って持ってきたのに、結局使わなかったのを思い出した。
「なら良いかな」
私はほんの気紛れに、神社の敷地内に入った。
別に信心深い訳でもないし神様なんか信じちゃいない。だが願掛けぐらいはしたいと思い、百円を賽銭箱に放り投げる。
そして鈴をガラガラガラ。
鳴らして、両手を二回、拍手するようにパンパン。
これから、家主さんと仲良く出来ますように。
強く、強く私は願いを込めて祈った。
◆◇◆◇
――そうして、また数日過ぎて。
学校にも通い出し、私はいつもの日常に戻ったものの、やっぱり色々と息苦しかった。
まず先生にこっぴどく怒られた。
親に連絡も行っていたらしく、電話を掛けたら、父さん達に簡単な説教を喰らった。まあ、それでも家に帰って来ないあたり私への扱いが相変わらずだが。
「……ハア」
それに友達からも何があったかしつこいし、うざったらしいし。
好奇心で近付いてるのが分かるから、なんだか馬鹿馬鹿しくて真剣に答えることもなかった。
――そりゃ分かってはいたけどさ。
私の周りに私を思ってくれる人なんて全然いないんだって。
でも良いんだ。
“現実”はどうにもならないと受け入れたから。
だから、もう良いんだ。
優等生の仮面なんて投げ捨てちゃえ。
私は良い子を頑張らない。
今日もこうして授業をサボって、屋上で寝っ転がる。
気持ちの良い青空。最高だ。私は自由――
「……でもないんだよなあ」
と、生真面目に起き上がる私は、やっぱり相変わらずなのかもしれない。
「何の用ですか、キュゥべえ」
「やあ、夏音」
そう。
私のもとにあの白い獣、キュゥべえが現れたのだ。
またわざわざ私の元に来るとは、相当暇と見える。
「そんなんだから、皆から嫌われるんですよ」
容赦なく皮肉を吐けば、キュゥべえは呆れたように言った。
「よっぽどボクの顔が見たくないようだね、夏音」
「そりゃあそうですよ。分かりませんか?」
「……」
「じゃあはっきり言ってやります。私は貴方のことが嫌いです。せめて契約のクーリングオフぐらい用意しろってんです」
というか、まだ私は自分の願いが叶ったとは思っていないのだ。
怒りは募る。大体、こいつの言うことなんて信じられるか。
――後輩の魔法を使えだの、私“だけ”が生き残っただの。
全部偶然じゃないみたいに言いやがって。馬鹿にしないでよ。そんなのたまたまに決まってる……。
「でもキミ、あんなことがあった割には元気そうだね」
「え?」
ふとそんなことを言われ、私は気の抜けたような顔をする。
まあ……少なくとも落ち込んではいないか。
「だって私には結さんがいますし。もう一人で泣かないで良いんです」
「そうかい。あの後早島まで迷い込んだのか。……奇妙な縁だね」
キュゥべえは何を思ったのか、そう不可解なことを呟いた。
そして。
「ただ言っておくけどね。結はキミが思っている以上に難しい子だよ」
「難しい?」
「一筋縄じゃいかないってことさ。果たして、結と一緒に居ていいのかどうか。もしかしたら後悔するかもしれないよ?」
「良いですよ別に」
確認してくるキュゥべえに私は平然と言ってのける。
私の意思は覆らない。
「もう決めたんです。だからそれ以上ぐだぐだ言わないでもらえます? 鬱陶しい」
次にしっしと、手で追い払う仕草をする。
文字通りここから立ち去って欲しかった。すると気味のいいことに、キュゥべえは素直に「やれやれ」と言って退散しようとして。
だが不思議なことに、そこで最後に言ってきた。
「そう言えば夏音。キミは色梨こゆりと会ったようだね?」
「そうですが。それがどうかしたんです?」
「こゆりには気をつけた方が良い」
瞬間、息を飲む。
あの一見何処にでも居そうな顔のくせに、妙なオーラのある姿が思い浮かんだ。
「何故か最近、彼女は早島について調べているらしい。もし結と何かあったら――」
「分かりました。家主さんに伝えておきます。不服ですが、その点については感謝しますよ。キュゥべえ」
「ああ――それじゃあね」
そうやって今度こそキュゥべえは去っていった。
私はその後見つめ続け……ポツリと呟くのだった。
「色梨こゆり……、か」
◆◇◆◇
「――そっか。そんなことをキュゥべえが……」
後日だ。
私は待ち合わせ場所で会った家主さんに、早速こゆりさんのことを話していた。早急に伝えるべきだと思ったからだ。
そして家主さんも同じように面倒と思ったのか、思いっきり渋面を作っていた。
「家主さんは、こゆりさんのこと知ってますか?」
早くなんとかしないと。そう思い、家主さんに聞けば、「勿論」と家主さんは頷いた。
「有名人だからね。でも直接会ったことはないよ。君から見てどんな感じだった?」
「そうですね。よく分からないっ人って感じでした。一度助けてくれたようですが、気難しくて、近寄りがたい印象で……」
「けど助けてくれたなら、そんなに悪い子じゃなさそうだね」
家主さんは顎に手を当ててうーんと考える。
確かに言われてみればそうなのもしれない。
だが、あの冷たい目は一体。彼女は何を考えているのか……。
「とりあえず拠点に行こっか」
「はい」
ここでアレコレ悩んだってしょうがない。
とにかく私達は当初の目的通り、家主さんの拠点に行くことにした。
そして数分かけて歩けば、そこは無人駅だった。今は誰も使われていないだろう古い場所。廃墟と言っても差し支えない。しかしそこそこ駅舎は広くて、まるで一軒家ぐらいの大きさはありそうな。
「………………」
「………………」
でも、さあ早速中に入ろうとドアを開けると、椅子に横になり、毛布に包まって何かをぶつぶつ呟いている誰かの姿があった。
「え……えーと?」
突然の不審者に、私達は困惑して顔を見合わせるしかない。
しかも床に散らかっているのはペットボトルのゴミ、荷物入れのバック(空いている中から服が見えてる)、それから何かのお菓子の箱。
……よく見ると、「リアーゼ」と書かれていた。
これって有名なボンボン菓子の名前じゃあ。
――気になって耳を澄ましてみる。
魔法少女の身体強化のおかげか、なんとか言葉は聞き取ることが出来た。
その内容はこうだ。
「くっそ……ほんと……なんなのよ。アイツってば好き勝手ばっかり……あたしだって好きでこんなんじゃないわよ……うう……」
「……」
「そうよ……。万年ボッチ隠キャなんて、もうお呼びじゃないのよ。ああ……死にたぃ……」
……何なのこれ。
ツッコミどころしかないんだけど。
ていうか、酔っ払ってるっぽい?
「……もうチョコレートないの? 柘榴」
誰だよ柘榴って。
そうやって心の中でツッコミを入れたタイミングで、ようやくモゾモゾとその人は起き上がった。
それで毛布がするっと落ちて、彼女の素顔が明らかになる。
彼女は――
「なッ、し、し、色梨こゆり!?」
「……」
何で!? と大袈裟に驚く私だったが、しかしこゆりさんのその視線は家主さんに固定されていた。
「…………“糸使い”」
「へ?」
びっくりしている家主さんに、こゆりさんはすっと立ち上がり、近づいていく。彼女の着てる黒い喪服のようなワンピース――それが光に包まれ、簡素な魔法少女衣装になった。
……この雰囲気は明らかに不味いような。
「家主さん!」
「ッ!」
私の声にいち早く反応した結さんが、私の手を引っ張ってその場を飛び出す。にも関わらず、次の瞬間、勢いよく破壊されるドアと、その衝撃に巻き込まれて吹っ飛ばされる私達。
何が起きたのか分からず、即座に立ち上がった私と家主さんは、呆然とこゆりさんを見ていた。
「な、何なのよアレ……」
それは本当に奇妙な代物だった。
こゆりさんの側で、プカプカ光沢を放つ銀色の水球が浮かんでいた。
液体のようにも、金属のようにも見えるそれは、しかし恐らく両方の性質を併せ持つのだろう――即ち液体金属。
その一部が伸び、硬化し、極太の鋭い針となって入り口を貫いていたのだ。
空いていた口が塞がらない。
幸い家主さんのおかげで無事……なんだけど、それよりも突然何するんだこの人は!
「どんな神経してるんですか、アンタ!」
私は目の前の人物が牛木草最強の魔法少女だというのも忘れて叫ぶ。色々と衝撃過ぎて、一言くらい言ってやらないと気が済まなかった。
だがこゆりさんは無視した。
液体金属が溶け、針が短くなり、ギュルギュルとこゆりさんの手元に集まって形状を変化させる。
やがて出来上がったのは、魚の背骨のような刃を持つ大剣だ。
それを持って外に飛び出し――一直線にこっち向かってくる。
「!?」
さっきの威勢は何処へやら。
ビビった私は思わず短い悲鳴を漏らす。
「ちょ、ま――」
「夏音ちゃん!!」
家主さんが庇うように前に出た。
激しい金属音。
――彼女は大剣を家主さんに向けて振り下ろしていた。
家主さんも変身し、なんとか二丁の鉈で受け止めてはいるが、かなりの冷や汗が浮かんでいる。それなりに強い家主さんでも、こゆりさんには分が悪いらしい。
そしてこゆりさんが言っていることも相変わらず訳が分からなかった。
「何で。どうしてここにいるの、“糸使い”。どうして」
「は? 何を――」
「答えて! 何故こんな場所に。何故貴女は――!」
こゆりさんは大剣をさらに押し出した。
追撃。二十を超える斬撃が繰り出れ、家主さんはそれを捌こうとするも、致命傷を避けるので精一杯らしく、血だらけでふらついた。
「……ッ!」
私は絶句するしかなかった。
一瞬、本当に一瞬の出来事だったのだ。その一瞬で家主さんは傷だらけになり、しかし目を瞬いた次の瞬間、逆再生するかのように家主さんは元通りになっていた。……固有魔法だろうか。脅威的な再生スピードだった。
「ちょっとちょっと。何してくれちゃってる訳! 物凄く痛いんだけど!」
苦しかっただろうに、それを感じさせない困り顔で、家主さんは叫ぶ。鉈を向け、戦闘態勢を解かない。
それにこゆりさんは怯まず、同じように大剣を家主さんへ向けた。
「じゃあお前こそその顔について教えろ。何故そっくりなんだ」
「は? そっくり?」
訳が分からないとばかりに首を捻る家主さん。こゆりさんの顔には畏怖……憎悪……色んな感情が浮かんでいた。
「……何よそれ。知らないなんて、言わせないわ」
「――、だから何のことを――」
「無関係な訳がないって話。悪いけど、“糸使い”本人じゃなくても力付くで情報を吐かせてもらうわ」
そうしてこゆりさんは剣を持っていない方の手を上に上げた。
その五指からドロリと極細の液体金属が発射され、折り重なり、それらは上空で糸となって降り注いで周囲を取り囲んでいく。まるで空から被せたような鉄線の檻。逃げ場を防がれた。
「これは“糸使い”にあやかり、よく使っている鉄の糸よ。触れればズタズタなるわ」
「このっ……」
「さあ、始めましょう」
「ああもう……何だかなあ……」
こうして、戦闘が開始される。
私をそっちのけにして。私はただ必死に――どうにかならないか考え続けていた。
色梨こゆりの魔法設定
色梨こゆりの固有魔法は「金属操作」である。武器である液体金属を自在に操り、硬化させる力で、つまり月○髄液。
結構思いつく限りのことは何でも出来るので、はっきり言って仕舞えば割とチート能力である……(尚こゆり本人の素質もマギウス並みと結さんをぶっちぎりで抜く程優秀な模様)。