新しい拠点は、そこそこ大きなビルに決まった。
既に廃業してしまった牛木草郊外にあるホテル。
中は当然埃っぽく、しかし広い。
部屋の保存状態は結構良かった。
流石にベットなんかは汚れているが、窓も割れておらず、しかも電気まで繋がっている。
多分誰かがまだ保有しているのだろう。
……だが不法侵入であるというのに、私は何だかワクワクしてしまった。
秘密基地を作ってるみたいで楽しかったのだ。
こういうの、嫌いじゃない。
「……」
でも家主さんの顔は晴れなかった。
そりゃそうだ。あんなに“糸使い”のことや、ミズハという人のことで動揺していたのだから。気にしない方がおかしい。
私だって、気にならないと言えば嘘になる。
色なことを質問したかった。
けれども、無理やり明るく、「ここにゲーム機を置いたら良さそうだね」とか、「実は僕、アニメとか見たりもするんだよ」、なんて話しかけてくれる家主さんが痛々しくて、何も言えなかった。
だから、あえて見ないふりをすることにした。
きっとそれが正解なのだと感じた。
私達はあの時のことを相談もせず、ただ拠点の内装を整えることに集中していった。
掃除をして、物を持ち込んで、模様替えをして。
――やがて、全部の作業が終わった時。
気付けば、数日の時間が経っていた。
◆◇◆◇
――あれから私達は、この拠点の中で遊んだり、寝泊まりしてる。
「――家主さ〜ん? 家主さーん!」
家主さんの部屋の前。
私がドアをトントンっとノックすれば、扉の向こうからガサゴソッという音が聞こえてきた。これは恐らく……私の声がうるさくて寝返りを打ったんだろう。
やれやれ……。
数日一緒にいて分かったことだが、家主さんはどうも朝が弱い。
ほんと、一人でいた時はどうしてたんだろう。
まさか目覚まし時計を大量に使ってとか……?
いやいや、そんなのあるわけ無いか。
「とりあえず、家主さん開けますよー」
もうしょうがないんで、遠慮なくバーンとドアを開けた。
そしてベットの上では案の定、丸まった家主さんが。
寝相も悪く、どういうことかパジャマが脱げかけている。下は面倒だったからかパンツ一丁だ。
ああ……同性の私が言うことではないが、もう少し乙女の自覚という奴を持って欲しい……。
床にあるブラジャーとか、目に入れるだけで気恥ずかしくなる(割と大人なデザインなので。後、色は黒だ。黒である)
「ほら、朝ですよ。学校遅刻しちゃいますよー」
私は家主さんの近く行き、肩をゆさゆさとゆすった。
だが家主さんは、拒否するように私から背を向けて。
「ううう〜後五分……いや、十分……一時間……二十四時間〜……」
「丸一日眠るつもりですか!」
「三百六十五日〜……」
「今度は一年!?」
いくらなんでも寝過ぎだ。
かくなる上は!
「良い加減……起きろー!」
ガンガンガンガンガン!!
武器のハルバード(短くなったver)を二つ呼び出し、それを容赦なく互いにぶつけて高い金属音を打ち鳴らす。ただでさえ部屋が響きやすいというのに、近くで鳴らしてるからダイレクトにうるさいだろう。
やはり堪ったものではないらしく、彼女はすぐに飛び起きた。
「ギャー!! ストップ、ストップ!」
私は素直にハルバードを消した。
家主さんは責めるように、じとっとした目を向ける。
「うう……ほんっと夏音ちゃんってば加減しない……」
「家主さんがさっさと起きないからです」
「相変わらず遠慮がなくなってきてるねぇ……」
そうして大欠伸。
私にそれ以上ぐちぐちとは言わず、フラフラと立ち上がる。
そんな彼女に、私は言った。
「あ、今日の朝ご飯は、ピラフですよ。後、オカズに鯛の辛味噌を添えたホイール焼きを――」
「え、マジ!?」
と、その途端、家主さんがぐわっと目を見開き、私に詰め寄る。
ビビってると、ちょっと腹の立つことを言われた。
「もう、夏音ちゃん! 何でもっと早くに起こしてくれなかったの!? いけず!」
「それを貴女が言いますかっ!」
思わずツッコミんでしまったのは言うまでもない。
――まあ、そんなこんなで朝ご飯へ。
リビング代わりにしてる広い一室で、二人テーブルに向かい合って食事をとる。
ちなみに調理器具とかコンロとかは全部持ち込んでる。
それで肝心の電気はというと……やっぱりそのままというのはリスクがあるから、家主さんがもう使わなくなったという自家用発電機を勝手に引っ張てきた。どうやらお父さんのものらしいんだけど、詳しくは知らない。
なんとか協力して取り付けたり、魔力で強化したおかげで、今のところ何の問題もなくこの発電機だけで電気を賄えている。
インターネットが繋がっていないことが不便だが……。
それもまた、おいおいどうにか出来るだろう。
それに――
「うん、美味しい!」
と、本当に料理を美味しそうに家主さんが食べてくれるから、それだけで私は、別に不便でも良いかなって思える。
誰かが側にいてくれる。
一人じゃないということが、私にはとても嬉しい。
ここは私の、新しい家だ。
私の……。
でも、家主さんにとってはどうなのだろう。
ここまで一緒にいるのは成り行きだった。
――ほら。以前言ったじゃない。
家にいたくないなら、ずっとここにいれば良いよって。
うん。……どうせなら、僕もお邪魔しちゃおうかなって思ってさ。
いやね、一人ってのもなかなか寂しいものなんだよ。
もっと居心地良くしてね……。
と家主さんが言い始め、私もそれに乗る形であれこれしていたら、何だかこの場所に半分同棲するような感じになってしまった。
今日に至っては、一緒に朝食まで食べている。しかし、私は居候のようなものなので、家主さんには申し訳がない。あまり迷惑をかけないよう、家事全般や雑用は率先して私がやっている。
家主さんはいつもお礼を言ってくれるけど、邪魔になっていないか心配だ。
不安が燻っている。
家主さんといる時間が長くなっているからこそ、この暖かな時間を私は手放したくない……。
もっと彼女に喜んで欲しい。
そのためなら、私はなんでもするつもりだ。
「あ、家主さん」
食べ終わり、後片付けも済ませ、登校の時間。
それぞれ入り口で別れようという時に、私は家主さんに風呂敷で包んだ弁当箱を渡した。
「あの、ご迷惑でなければ食べて下さい。残り物ですけど……」
「いや、いつも悪いね。ありがと」
家主さんは感謝を伝えて、私の弁当箱を受け取ってくれる。
私はパッと表情を明るくさせた。たったそれだけなのに嬉しいのだ。
家主さんもまた、柔らかく微笑んだ。
それは何処か含みのあるような……目の奥が揺らいで、私をじっと見つめて。
「……、ねえ、夏音ちゃん……」
「? 家主さん?」
しかし、首を傾げると、家主さんはハッとしたような顔をして、
「えと、行ってくるね! 夏音ちゃんも気をつけて!」
と背を向け、反対方向へ走っていった。
私はそれをぼんやりと眺めて……。
「家主さん……」
そうポツリと呟いた。
◆◇◆◇
家主さんの姿が見えなくなってから、私も拠点を後にした。
普通に道を歩いていれば、通りかかったいつものお婆ちゃんに挨拶された。
「いってらっしゃい」だって。
多分、どこからどう見ても、今の私は通学中の学生にしか見えない筈だ。
制服も着ているし、中学校指定のバックだって持ってる。
だが私の目的地は学校ではない。
あくまで家主さんを心配させないため、こんな格好で出掛けただけだ。
私は彼女に内緒で学校をサボっていた。勿論、クラスメイトが嫌いだとか、授業が嫌になったとか、そんな下らない理由で不登校になってはいない。
……そもそも、後から授業に付いていけるよう、こっそり勉強してるのだし。
ただ今は単純に、やるべきことがあるだけなのだ。
それは――
「ここかな……?」
「間違いない。きっとここにある筈だよ」
そうやって、コソコソと行動する三人組の魔法少女。
その子達を、私は変身した状態で、こっそりと尾行していた。バレないように。気配を漏らさないように。柘榴さんから貰った、あのマスカレードのような仮面を身につけて。
やがて彼女達は、とある建物内に入っていった。ここら辺を根城にする魔法少女チームの本拠地。
部屋の隅にあった宝箱のような箱を開けると、中には大量の魔女の卵が納められていた。
「……っ! ついに見つけた、グリーフシード!!」
「やったわ!」
魔法少女達は互いにはしゃぎ、喜びを分かち合う。
だが、油断しているのは命取りだ。彼女達がこの建物に目をつけていたように、私もまた同じようにここを調べ上げていた。どうやら罠を全部避けたようだが、甘い。
私は辺りを見渡し……誰も気付いていないことを確認。
ハルバードを呼び出し、赤いオーラの魔力を生成すると、槍斧の石突を軽く地面につくことで、その魔力を地面に伝わらせる。それは見えない罠にぶつかり、ジリリリリ! と警戒音が鳴り響いた。
「!? 何!?」
途端、驚きであたふたする魔法少女達。
慌てて部屋から逃げていくが、上の階からはドタドタという足音が聞こえてくる。多分、在中していた見張りの人が、外に飛び出していったあの子達を追いかけたのだろう。
つまりチャンスは今しかなかった。
「……よいっと」
物陰から出ると、私はグリーフシードを何個か頂戴し、建物から脱出する。
――こんなことを、私は既に三回は繰り返していた。
そう。
わざわざ学校をサボっているのは、この過酷な環境で生き残るためなのだ。
家主さんとは一緒にいるけど、縄張りを共有している訳じゃない。
そんなことをしたらかえって危険だ――そう長い時間をかけて説得したし、家主さんだって事実としてそのことを分かっているようだった。
おちゃらけているように見えて結構クレバーだ。
まあ……だから、その上で積極的に一緒に住もうとしているのが、私にはちょっと疑問だったけれど。
それでも、私は迷惑をかけないよう、何でもないかのように振る舞っている。
普通に生活して、普通に魔女狩りをして、普通に牛木草の郊外で活動している振りをして……。
だが実際問題、私は弱く、魔女を倒すことが出来ずにいる。
このまま夜に活動するのはリスキーだ。
そのため、しばらく昼に行動することにした。大半の魔法少女が学校に通う時間だからこそ、危険はグッと減る筈だ。
……と思っていたのだが、私と似たような考えの奴は多いらしく、それなりの数の魔法少女が町の中に潜んでいた。
そしてその一部が、グリーフシードの強奪、窃盗を行っていたのである。
ならば、私のやることは決まっていた。
そいつ等を囮とし、私もまた同様にグリーフシードを盗んで、確保するのだ。
幸いにも私は今までにない“武器”を持っていた。
柘榴さんから貰った仮面だ。
どうやら姿を隠したり、気配を消したりする魔法が付与されているらしく、これがあれば、大抵の魔法少女に見つからずに移動出来た。
とは言え絶対ではないだろう。何度も見つかりそうになったし、あくまで補助的な役割しか期待出来ない。
……この先強くならなければやられてしまう。
そんな訳で、最近は暇さえあれば専ら特訓をしていた。
勿論、工夫は欠かさない。
努力は質もそうだが量も大事だ。
グリーフシードを余分に確保し、魔力を惜しげもなく使えるようにする。
後はそこら辺の魔法少女を遠くから観察し、じっくり行動を分析する。なんでかって言うと、まあ純粋に参考になるからだ。
どうして弱いのか、どうして強いのか。
何故魔女を簡単に見つけることが出来るのか。
それを見つめれば、自ずと他人のノウハウが分かってくる。
時にはこっそりと魔法少女が争っている場面を動画にとって、動きを徹底的に見返した。
武器の構え方。攻撃の対処法。魔法の使い方。
それらを真似し、反復練習しながら、図書館から山のように借りた戦いに役立ちそうな本を読む毎日。
遊んでいる余裕はない。
焦らず、着実に力をつける。
――必ず生き残ると心に誓って。
◆◇◆◇
今日も今日とて、学校をサボり、家主さんに内緒で特訓を続ける。
場所は足場だけが残された建設放棄地。
ここは誰もこない穴場で、だから特訓場として最適だった。
「ッふ! ハァ、せいやァ!」
そして、掛け声で一閃。
服装はおなじみ、魔法少女姿の黒装束。
私は踏み込み、ハルバードを振り下ろす。
あちこちには、廃棄場から集めてきたドラム缶。攻撃目標だ。ハルバードを振るう度に、それらに凹みが傷が生まれていく。
「……ッ」
しかし、集中すれば一回で両断ぐらいは出来ようになったが、動き回ってとなるとなかなかに難しい。思わず歯噛みし、もっと丁寧に……もっと力を込めてやらなきゃ駄目だと、自分に言い聞かせる。
そもそもこれは、素の攻撃力を高める特訓だった。
赤いオーラを生成せずとも、私の力だけで両断出来なければ話にならない。何より敵は待ってくれないし、魔力不足の時はどうする。
「よし――ふッ! やああああ!」
私は気合いを入れ直し、再び、横薙ぎの一撃。
斜め上、下段から、回転切りを加えていくと――やっとすべてのドラム缶が、スパっと二つに切り別れた。
そこで、首にかけていたストップウォッチのボタンを押し、タイムを確かめる。
「あ……やった! 縮まった!」
前回よりも良い結果だ。
……まあ、ほんのちょっとだけど。
とりあえず忘れないうちに、持ってきたノートにメモメモっと。開いたそのページには、他にもびっしりと色んな記録を残している。
魔術の射程距離、身体能力測定、etc……。
こうしてみると徐々にだが成長しているのが分かる。
となると、いよいよ“本番”に行っても良いかもしれない。
このままじゃ進展も何もないもんね。
一つ頷き、早速行動を開始する。
建設放棄地から離れ、私は人に見つからないよう、町を歩く。
ソウルジェムを指輪型から卵型の宝石にし、魔力反応を追っていけば……ビンゴ。
この気配は使い魔だ。丁度良い練習相手だろう。
「……ッ、うし。やるぞ。私は大丈夫。大丈夫よ。だって強くなってるし……うん」
独り言で己を鼓舞し、仮面は懐に仕舞ってハルバードを構え、魔力の揺らぎを断ち切る。
すると奇怪な紋章が浮かんだ瞬間、現実を侵食するように異界が広がっていく。
――使い魔の結界。
魔女のものより小規模だけど、それでも禍々しい魔力が辺りに満ちている。
「んrぇぺおえlーえぺーえp!!!^」
そして不愉快極まりない複数の鳴き声を響かせて、ガチャガチャという音を立てながら使い魔が現れる。
全長三メートルぐらい。
角の生えた黄色いニコニコ笑う骸骨の頭部に、ビヨーンと長いバネの首。瓢箪のような腹部からは、カップの持ち手のような陶器の足が四本生えている。
知らない相手ではない。
笑顔の魔女……という名前の魔女の手下だ。
そう呼ばれる所以は、使い魔の頭と同じ、ニコニコ笑う骸骨が、結界のあちこちに落ちているからだ。それ以外は極彩色のマーブル柄の世界が続く。
目が痛いのであまり好きな場所ではない。
「とっと終わらせる!」
叫び、震えを押さえつけ、赤いオーラの魔力を足に宿らせる。
使い魔は首を伸ばし、頭部をめちゃくちゃに振り回した。
それを私は――跳びながら回避。
回避、回避、回避――オーラで脚力を強化したのもあるが、特訓のおかげで見切れている。
後はこのまま攻撃を――
しかし、そう考えた刹那。
脳裏でトラウマがフラッシュバックした。
ぐちゃぐちゃに喰われた後輩の姿が……。
「ッ――」
瞬間、体が硬直する。足が止まる。
迫ってくる骸骨の頭。
咄嗟に弾き返すが、それでも使い魔は止まらない。
――ちくしょう……。
怖いなあ。
戦いたくないなあ……。
私はその時、素直にそう思ってしまった。
思ってしまったのだ。
「……、ああ、そうだよ」
……そうだ。
戦うのは怖い。
アニメや漫画の登場人物がカッコよく見えたのは、きっと彼らが、ブラウン管や紙の向こう側にいたからに過ぎない。
当事者になってみて初めて分かる。戦いの過酷さ。逃れられない運命の重み。
もうこのままま目を閉じて、逸らしていたいけれど。
「……でも。それ以上に死にたくない」
だから、わざわざ戦いに来ているのだ。
私は生きたいのだ。
そればかりしか考えられないのだ。
「だから、頑張りたいんだよ」
するとそう呟いた途端、不思議な程に、すとんと、その言葉が胸の内に落ちた。
私は心の何処かで、この恐怖を、初めて今受け入れられた。
何の拒否もなく、何の躊躇いもなく。自分の弱いところを認めて、そのために尚、抗いたいと強く思う。
「んgぉえおーっs!!」
そしてここにきて、ブオリ、ぶおんと、首を振り回していただけの使い魔は、今度は違う方法で攻撃を仕掛けてくる。
その首を更に伸ばし……そこからの噛みつき。
私はまた避けた。勢いのままに横手にさっと回り込み、首を切断。
動かなかくなったタイミングをつき、ハルバードの槍で、串刺しにした。
それで終わり。呆気のない最後。
私は冷静に判断しつつ、動くことが出来たのだ。
「ハ……ハハッ! やった、やった!! やったぞ!! 〜〜〜〜!!」
結界が消えた同時にガッツポーズしてしまったのは言うまでもない。
本当に嬉しかった。たかが使い魔如きであっても、トラウマを少し乗り超えられたのだ。今までの努力が実った瞬間だった。
――そうして、その後も、私は使い魔と戦い続けた。
時には失敗することもあったが、徐々に戦闘に慣れて、普通に戦えるようになっていった。
恐怖は消えてくれなかったが、別に無理して押さえ込む必要はないと開き直れた。そうすれば自然と体が動いてくれた。
その結果。
数日後には――弱い個体であったものの、魔女を一人で狩れるまでになっていたのだった。