柚希結奈は勇者である   作:松麿

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勇者の章が無事ハッピーエンドに終わって何よりです…。


三話

神託を受けれる巫女であり、星屑を倒せる勇者でもある柚希結奈は常に鉄扇と装束を持ち歩く。

 

 

 

星屑の襲来があればその場からスクランブルで迎え討つのだが、毎日襲ってくるとは限らない。

 

 

 

と言うわけで、柚希結奈のある日常をここで紹介しよう。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

午前4時。

 

 

 

兄妹ともに朝早く起床し、兄の佑哉は自衛隊の桜島駐屯地へ出勤。

 

 

 

結奈は登校時間までに勇者としてのトレーニングを始める。

 

 

 

ランニングや筋トレにストレッチ、そして鉄扇の素振りをこなしていき、朝方のメニューを消化。

 

 

 

その後に佑哉が前もって作った朝食を摂って朝7時に登校するのだが、通う桜島中学校は桜島港から約6kmもあるためバスで向かう(結奈に限ってフリーパス)。

 

 

 

因みに今は8月なので夏休み期間中なのだが、部活や自習、そして友達との交流といった理由で通う生徒が多い為に先生達も出勤している。

 

 

 

中学校前のバス停に降りた結奈は先生や生徒等に挨拶するのだが…。

 

 

 

先生「おはようございます、勇者様。」

 

 

 

生徒「おはよー勇者様!」

 

 

 

結奈「お、おはようございます…。」

 

 

 

皆から勇者様と呼ばれてばかりで普段とは違う扱いから戸惑いを隠せぬまま教室にたどり着く。

 

 

 

結奈「ふぅ…。」

 

 

 

教室に集まるのは勉強に集中する生徒達。一切の話もなく静かに教科書や参考書を読み、ノートを描き進めている。

 

 

 

故に結奈にとってようやく落ち着ける場所でもある。

 

 

 

空いている席に着いた結奈は皆と同じように教科書やノート等を机に出し、静かに勉強を始める。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

時は過ぎて正午。

 

 

 

夏休みでも学校で給食が配られ、部活や勉強等に励む生徒から暇潰しで遊びに来た生徒までおぼんを手にして配給される。

 

 

 

勉強に励んでいた結奈はと言うと…。

 

 

 

結奈「~♪」

 

 

 

今回の給食はちゃんぽんだった為、かなりご機嫌な様子で麺を啜っていく。

 

 

 

先生「勇者様、おかわりありますのでたくさん食べてください。」

 

 

 

結奈「そんな、悪いですよ。」 

 

 

 

先生「いやいや、勇者様は我々以上に頑張っているのは分かっているんです。せめて至福の一時を味わって励んでください。」

 

 

 

結奈「あ、あはは…。」

 

 

 

押しに弱く半強制的にお代わりを注かれた彼女。

 

 

 

ただでさえ物資は限られるのに相手は悪気なく与えてくれた。

 

 

 

そうされたからには食べないわけにもいかない。

 

 

 

それも大好物のちゃんぽんとなれば尚更である。

 

 

 

結奈(まぁ、いっか…。)

 

 

 

どうにか割り切った結奈はお代わりされたチャンポンの麺を再び啜っていった。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

昼食後、休息を取った結奈は中学校からタクシーである場所へ向かう(勿論、フリーパス)。

 

 

 

向かった先は…。

 

 

 

結奈「お疲れ様です。」

 

 

 

隊員『お疲れー!』

 

 

 

桜島駐屯地。

 

 

 

かつては広い公園だったのが急遽駐屯地に開拓されており、桜島防衛隊の拠点として各テントには様々な設備や車両等が設けられている。

 

 

 

フェリー港近くの小さな丘の上にあり、城跡も付近にあることからとても見晴らしの良い場所となっている。

 

 

 

そこに結奈が来た理由は…。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

教官「ペース落とすな!走れぇー!!」

 

 

 

隊員『うおぉー!!』

 

 

 

桜島防衛隊の訓練に参加する為だ。

 

 

 

訓練は主に走り込みが中心となっている。

 

 

 

相手は星屑で神器以外通用しない脅威、その為筋力や射撃精度よりも長期戦に耐えうる持久力と精神力が自衛隊に求められている。

 

 

 

炎天下の中戦闘服を着用し背嚢も背負い、重さ約4kgの小銃をハイポート状態で保持。

 

 

 

このフル装備状態で小休止を含めて桜島を一周、およそ36kmを走り込む。

 

 

 

アスファルトの地面を半長靴(ブーツ)で蹴る為に相当な苦痛を味わうことになるのだが、これは陸上自衛隊がレンジャー資格を得る際の訓練にある20km走の約1.5倍を行うのである。

 

 

 

苦痛どころではない。

 

 

 

結奈「ハッ、ハッ、ハッ…。」

 

 

 

無論、結奈も例外ではない。

 

 

 

参加した当初は走って3キロ辺りでヘトヘトになっていた彼女だが、これまでの実戦や朝のトレーニング等で徐々に体力を付けていき、その距離も徐々に伸ばしてきた。

 

 

 

そして今、三年後の彼女は見違えた。

 

 

 

後半で散々音を上げてしまった険しい上り坂でもペースを乱さず他の隊員に引けを取らず、見事桜島一周を完走するほどに成長していた。

 

 

 

これに隊員は勿論、一番驚いたのは兄の佑哉だ。

 

 

 

いくら桜島防衛隊の一人とはいえ、運動と縁が無かったか弱き妹をいきなり激しい訓練に参加させるのは反対だったし、それが彼女の身体をボロボロにして思うように戦えなくなり、かえって逆効果ではないかと慎重派だった。

 

 

 

しかし、強くなりたい思いでその意見を押しきった結奈はこうして結果を残してきたのだ。

 

 

 

ただ、そこで満足する彼女じゃない。

 

 

 

小休止ポイントに辿り着き、皆が身体を休める中…。

 

 

 

結奈「すみません、先に行きますね。」

 

 

 

教官・隊員『早っ!?』

 

 

 

既に走る気満々な結奈が先駆けて走り出す。

 

 

 

しかし、流石に教官はこれを止める。

 

 

 

教官「いや待て待て、まだ後半が残ってるんだぞ。そんなに急いだらバテるだけだ!」

 

 

 

結奈「いえ、自分はもっと強くならないといけませんから…。」

 

 

 

教官「その強さを求めるのは何の為に?」

 

 

 

結奈「…少なくとも、勇者の力に頼ってばかりでは守れません。私は、今できることを今のうちに消化しておきたいのです。」

 

 

 

教官「…!」

 

 

 

教官は少したじろいだのを隙に結奈は再び走り出す。

 

 

 

佑哉「結奈ぁ!!」

 

 

 

それに気付いた佑哉は追いかけようとするが、教官の前で足を止める。

 

 

 

佑哉「何故結奈を止めなかったんですか?無理してるのが分かるでしょうに!」

 

 

 

教官「す、すまん。だが、今の結奈…本当に結奈なのか?とても人が違うぞ。」

 

 

 

佑哉「結奈はスイッチが入るとあぁなるんですよ。余程じゃないとあんなにならないんですが、ここんとこスイッチが入りすぎててパンクするんじゃないかって心配なんです。あぁ~もう、俺もあんな化け物を倒せる力を持っていればアイツは…おーい、結奈ぁ!!」

 

 

 

黙ってられずに結奈を追いかける佑哉。

 

 

 

教官「…。」

 

 

 

追い詰め気味の結奈、自分の無力さに苛立ちを隠せない佑哉。

 

 

 

どうにかせねばと考え込む教官だった。

 

 

 

それから少し距離は空いて…。

 

 

 

結奈「ハッ、ハッ、ハッ…。」

 

 

 

佑哉「待て結奈ぁ!!」

 

 

 

黙々と上り坂を走る結奈と追う佑哉。

 

 

 

佑哉の声に無視して走る結奈だが、自衛隊で鍛え抜かれた佑哉の前となれば虚しく、あっという間に追い付かれて捕まれる。

 

 

 

佑哉「しっかり体を休めろ結奈、倒れたらどうするんだ!」

 

 

 

結奈「まだ、いける…。」

 

 

 

佑哉「お、ち、つけ!!」

 

 

 

結奈から小銃を取り上げて道路の縁石へ強制的に座らせる佑哉。

 

 

 

結奈「…っ!」

 

 

 

結奈は佑哉の力に成す術なく、されるがままに座らされる。

 

 

 

佑哉「もうヘトヘトじゃねぇか。ほら、飲め。」

 

 

 

結奈「…。」

 

 

 

結奈は兄の佑哉を見上げる事なく俯いたまま呼吸を整える中、佑哉が事前に持ってきた飲料水を手にし、それを飲む。

 

 

 

佑哉「結奈、強くなりたいのは分かる。

 

 

 

実際に星屑を倒せる勇者は結奈だけだし、俺らがどんなに援護しても結局結奈が倒さなきゃならない現実がある。」

 

 

 

結奈「…。」

 

 

 

佑哉「でもよ、今のお前は逆だ。ただ強さを求めてるばかりで最後は自滅しちまうのが目に見える。教えろ結奈、何でそこまで自分を追い詰める?どうなるかは自分でも分かるだろうに。」

 

 

 

結奈「…。」

 

 

 

暫く黙り込む結奈だったが、ここで口を開く。

 

 

 

結奈「…何時になったらこの戦いは終わるの?」

 

 

 

佑哉「…!」

 

 

 

結奈「敵は増えて強くなる一方なのに攻略法は無いまま戦い続けて、専守防衛でずっと桜島に籠ってばかり。こんな戦いを早く終わらせて普通の生活に戻りたいのに…何時になったら平和になれるの?」

 

 

 

佑哉「結奈…。」

 

 

 

先行きが不透明による不安、成り行きで事が進んでしまって持ち合わせていない戦い続ける理由。

 

 

 

それで終わりが見えない戦いを強いられる立場に望みもなく立たされ、そこで求められているのは強さだけ。

 

 

 

ただひたすらそれにしがみつく事しか今の彼女に無かった。

 

 

 

結奈「当たり前の様に桜島を守っているけど、本当は戦いたくない。でも、勇者は私だけで逃げ場なんてないし、全滅という最悪なパターンを避けるには私が強くなる事しか他にない。強くならなきゃ…強くならないと…。」

 

 

 

佑哉「待て、落ち着け結奈!」

 

 

 

まだ脚がふらつく状態で立ち上がって走ろうとする結奈と行かせまいと妨げる佑哉。

 

 

 

そういざこざしている間に、教官率いる防衛隊達と合流する。

 

 

 

教官「休ませたか?」

 

 

 

佑哉「どうにか座らせたのですが、このようにまだ走りたがってて…。」

 

 

 

教官「…走らせろ。」

 

 

 

佑哉「え?」

 

 

 

教官「走りきれたのなら文句は言わん。だが、もし倒れた時は放置しろ。」

 

 

 

佑哉「なっ!?そんなのできるわけないでしょう!!」

 

 

 

教官「ちっとは心を鬼にしろ兄馬鹿がぁ!特別扱いしすぎなんだよ!!」

 

 

 

佑哉「グッ!?」

 

 

 

教官から思いっきりボディをもらってしまい、その場で蹲る佑哉とそれを見てたじろぐ結奈。

 

 

 

教官「結奈のやってることはわざわざ自分を傷付けてしまう、まさに自業自得だ。我先にと隊列を乱して皆を困らせやがって、これが実戦ならばどうだ?結奈、お前のその勝手な判断で自分や我々だけでなく、桜島の皆まで被害に及んで全滅だ!そうなりたいかぁ!?」

 

 

 

結奈「ヒィッ…!」

 

 

 

勇者の結奈に対して睨み付けて容赦のない喝を入れる教官。

 

 

 

隊員達からすれば普段あるようなものだが、その矛先が結奈である為に戸惑いや焦りを隠しきれていない。

 

 

 

教官「元も子もない事をして何もかもを無駄にするあたり、お前にはまだ勇者としての自覚が全然ない!自分は今何をしているか…頭を冷やしながら戻ってこい!説教終わり、走れぇ!」

 

 

 

教官の号令に合わせて走り行く防衛隊。

 

 

 

ただ、柚希兄妹を残して…。

 

 

 

佑哉「クッソぉ、殴るまでもねぇだろぉ…。」

 

 

 

蹲っていた佑哉は立ち上がって2つ持っていた小銃の1つを結奈に渡そうとしたが、彼女は立ち尽くしながら悔し涙を流していた。

 

 

 

結奈「…クゥッ…ッ…グズッ……。」

 

 

 

佑哉「結奈…。」

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

先に桜島駐屯地へ到着し、訓練終了となって解散した防衛隊達。

 

 

 

隊員「しかし、良かったんですか?結奈ちゃんにあんな事言っちゃって。へこんで再起不能になったらどうするんです?」

 

 

 

教官「いや、あれで良かったのさ。確かに結奈はこの島唯一の勇者だし、故に誰も叱ることなんてできやしない。だがな、結奈はまだ子供な上に足りないものがある。」

 

 

 

隊員「足りないものとは?」

 

 

 

教官「信念さ。結奈に限った話じゃないが、強い意思と自信を持ち合わせてない。そこに叱ることで気付かせておいた方が結奈のためになる。」

 

 

 

隊員「しかし、それで信念は身に付くもんなんですかね?」

 

 

 

教官「叱るべきとこは叱った。あとは兄馬鹿の佑哉次第よ。」

 

 

 

隊員「そこは他人任せ!?」

 

 

 

大丈夫なのか…?

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

夕方。

 

 

 

あれから暫くして無事に桜島駐屯地まで走り抜いた柚希兄妹は訓練終了ということでお開きとなり、フェリー港の近くにある公園の足湯に浸かっていた。

 

 

 

半長靴で走って散々痛め付けた脚を癒すには足湯が効果的な為、訓練後には疲れたその脚でよく通っている。

 

 

 

そしてこの公園には足湯だけでなく…。

 

 

 

「ニャーオ」

 

 

 

結奈「おいで…。」

 

 

 

猫は結奈の手招きに這い寄り、グルグルと喉を鳴らしながら結奈の手に頭をこすり付ける。

 

 

 

この公園に住む野良猫達は人馴れしているので気軽に触ることができ、猫に癒されたくて利用する人達が多く来る場で有名だ。

 

 

 

猫達も7.30天災に巻き込まれたものの、何事も無かったかのように接してくれている。

 

 

 

佑哉「しかし、今回は結奈の本音が聞けただけでもオッケーかな。成り行きでひたすら戦ってきて気がつけば何のために戦ってるのか、これからどういう訳を言って戦い続けるのか、具体的な理由を探る暇なんて無かったもんな。」

 

 

 

結奈「うん…。」

 

 

 

佑哉「でもさ、今から見つけても遅くないと俺は思うわ。あれから3年過ぎたけど、ようやくその余裕は今できたんじゃないかなと思うよ。」

 

 

 

結奈「…。」

 

 

 

結奈がこれから戦い続ける理由。

 

 

 

勿論、この桜島を守る為に戦うのは当然である。

 

 

 

では、何の為に桜島を守るのか?

 

 

 

その答えを今の結奈は持っていない。

 

 

 

佑哉「何かしらきっかけとも言えるものがあればいい。例えば美味しいちゃんぽんを食べ続けたいから、とか。」

 

 

 

結奈「あまりにもシンプルすぎない?」

 

 

 

佑哉「意外とそんな理由で戦ってる連中は多いぞ。酒を飲み続ける為に戦うとか、彼女ができないまま死んでたまるかとか。」

 

 

 

結奈「あ、あははは…。」

 

 

 

自衛隊の場合はシンプルと言うより、自己中しかないのかとツッコミたくなる理由ばかり…。

 

 

 

結奈「自衛隊の人達はその理由でいいのかもしれない。けど、勇者って立場になると何か違うというか、物足りないというか…。」

 

 

 

対して結奈は自己中やシンプルな理由よりもスケールが大きな理由を探っていた。

 

 

 

やはり勇者となると背負うものが違う為に、教官が言う信念とも言える理由を結奈は探り続けていた。

 

 

 

その最中だった。

 

 

 

「勇者お姉ちゃーん!!」

 

 

 

結奈・佑哉「!」

 

 

 

その声に柚希兄妹は反応して振り向くと、一人の少年が走り寄る。

 

 

 

まだ10になったばかりであろう少年が結奈の前に立つ。

 

 

 

結奈「どうしたの、僕?」

 

 

 

「僕は唯斗(ゆいと)、勇者お姉ちゃんにお礼を言いたかったんだ。」

 

 

 

結奈「お礼…?」

 

 

 

「こら唯斗、勇者様の前で失礼な事するな!」

 

 

 

それに遅れてくるのは唯斗とやらの父親であろう人、その後ろには母親であろう人とその後ろに隠れる女の子、そして母親の懐に赤子を抱えている。

 

 

 

唯斗の父親「勇者様、くつろいでる最中に息子が邪魔してしまって申し訳ありません。」

 

 

 

唯斗を引っ張って間を空けた父親はペコペコ頭を下げる。

 

 

 

結奈「い、いいえ…お礼を言いに来たと言ってましたから何の事かと…。」

 

 

 

唯斗「勇者お姉ちゃんのおかげで弟が産まれたの!」

 

 

 

結奈「弟…?」

 

 

 

唯斗の父親「はい、先週無事に三人目を出産することができました。それだけじゃありません。三年前のあの日、鹿児島港で勇者様が戦い追い払った後日に二人目の妹も産み、元気に育んでいます。」

 

 

 

結奈「二人目って…。」

 

 

 

ふと唯斗の母親の後ろにいる女の子を見ると、それに反応した女の子は恥ずかしそうに自分の母親の後ろへ隠れる。

 

 

 

父親「はい、今月誕生日を迎えて3つになりました。これも、勇者様が我々を守ってきたからこそ繋いだ尊い命なのです。」

 

 

 

結奈「尊い…。」

 

 

 

ここで結奈はハッとする。

 

 

 

もし、自分が鹿児島港で戦っていなかったらこの幸せな家族はいたのだろうか。

 

 

 

そして目の前にいる産まれたばかりの尊い命も、今この場にいたのだろうか。

 

 

 

自分が今までしてきた行動が、このように具体的とも言える結果に繋がるのを目の前にして実感を抱き始める結奈に唯斗の母親が歩み寄り、座っている結奈の高さに合わせるよう膝をつく。

 

 

 

唯斗の母親「あの、よろしかったら私達の子を抱いてくれますか?娘を出産したあの時、忙しくしていた勇者様にお願いしたかったのを今叶えさせてください。この子達は私と主人の子供ですが、勇者様の子供でもあるのです。」

 

 

 

結奈「はい…。」

 

 

 

結奈は頷くと唯斗の母親に抱かれている赤子を自分の懐に抱える。

 

 

 

結奈「これが、私が繋いだ命…あっ。」

 

 

 

目の前で安らかに眠る新たな命を前にして一粒の涙がこぼれ落ちる。

 

 

 

唯斗の母親「勇者様?」

 

 

 

結奈「すみません。急に涙が…でも、ようやく実感が湧きました。私は戦う時、本当は不安だったんです。ずっと戦うのが当たり前なのだろうか、桜島を守り続けて果たして意味はあるのだろうか、ずっと…答えが、見つっ……から…っ…なくって…っ……不安…だったんです…。こんな苦しい世界に……産まれて来てくれて……ありがとうございます。」

 

 

 

ようやく答えを見つけた安堵さと守り続けて良かったと思える嬉しさが込み上がり、それが涙となって赤子を抱えながら涙を流す。

 

 

 

自分の戦いに意味を成した感動は、どの感情をも超越するものだった。

 

 

 

唯斗の母親「勇者様も、不安だったのですね。私もそうでした。二人目の娘を産んだ時、本当にこの場で育てていけるのか不安で仕方がありませんでした。でも、貴女方防衛隊の活躍を聞く度、私達の励みにも希望にもなりました。それが今苦しみはあっても、こうして今までにない幸せな家族ができたのですから。」

 

 

 

唯斗の母親は我慢しつつも、結奈につられて涙を流す。

 

 

 

苦しみながらもお互いの気持ちを共有し、喜びを分かち合える。

 

 

 

それだけでも、未来へ向けて頑張れる糧になるのだ。

 

 

 

唯斗「だから勇者お姉ちゃん、僕から言わせて。僕達家族を守ってくれてありがとう。また怪物が来るかもしれないけど、勇者お姉ちゃんは絶対に負けないって信じてるから。」

 

 

 

結奈「うん、ありがとう…。」

 

 

 

唯斗「でも、勇者お姉ちゃんばかり苦しい思いなんてさせたくない。だから僕、大きくなったら勇者お姉ちゃんに恥じないくらいに強い男になって見せるよ。そして勇者お姉ちゃんをお嫁さんにする!」

 

 

 

結奈「えっ…!?」

 

 

 

佑哉「は…?」

 

 

 

唯斗の父親「ゆ、唯斗!?」

 

 

 

唯斗の母親「こ、こら唯斗!」

 

 

 

唯斗「僕は本気だからね!!」

 

 

 

唯斗の父親「ま、待て唯斗ぉ!!」

 

 

 

とんだ爆弾発言を言い放ち、猛ダッシュでその場から離れていく唯斗と追いかける唯斗の父親。

 

 

 

唯斗の母親「す、すみません勇者様。自分の息子が事を…。」

 

 

 

結奈「い、いいえ…まさかあんな事を言えるのが逆に凄いです。」

 

 

 

さっきまで泣き合っていたのだが、唯斗の爆弾発言によって一気に涙は吹っ飛んでしまい、気まずい雰囲気になってしまう。

 

 

 

唯斗の母親「でも、本当に無理をなさらないでください。私達にとって勇者様は生きる希望であり、勇者様の身に何かあった時には一巻の終わりなのです。今はただ勇者様に守られてばかりで何もできないのが悔やみきれません。ですが、この恩をいつか返したいと思っています。だから、強く生きてください。私達家族のお願いです。」

 

 

 

結奈「恩だなんて、お母さんは一生懸命に生きようとしてるのは私に十分伝わっています。だから今の家族を、この子達を大切に育て続けてください。星屑から未来を潰させませんから。」

 

 

 

唯斗の母親「はい…。」

 

 

 

結奈が抱える赤子を返した後、その母親は一礼して唯斗達の後を追っていった。

 

 

 

佑哉「結奈をお嫁にする、か。いい度胸してるじゃないかあの少年(笑)」

 

 

 

結奈「か、からかわないでよ。」

 

 

 

佑哉「まぁでも、さっきので見つけたんじゃないのか?これからの理由を。」

 

 

 

結奈「…うん、意外と早く見つけた。これからはちゃんとした理由を持って戦える。だから守り抜いてみせるよ。あの家族のように、当たり前のようで尊い日常を!」

 

 

 

守り続ける理由を見つけた結奈。

 

 

 

まるで垢が抜けたかのように夕焼けを見つめながら笑っていた。

 

 

 

佑哉「そうと来たら竹亭に行くぞ。今夜は豪快に上ロースカツだ!」

 

 

 

足湯から立ち上がった佑哉は公園から出ようとする。

 

 

 

竹亭とは、大隅地方を中心に構えていた有名なトンカツ専門店。

 

 

 

7.30天災で営業が危ぶまれていたが、現在はフェリー港近くで営業を再開。

 

 

 

地元愛されるその味は更なる客を呼び寄せる為、相変わらずな人気ぶりだ。

 

 

 

結奈「え、あのお店ってかなり混雑してるんじゃ…。」

 

 

 

佑哉「結奈がいれば問題ない。」

 

 

 

結奈「私は結局フリーパス扱い!?」

 

 

 

後を追いつつツッコミを入れる結奈だが、何かと嬉しそうな表情で満更では無さそうだった。

 

 

 

4話へ続く。


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