東方紅転録2部 ─NAMELESS MIST─ 作:百合好きなmerrick
というわけでお久しぶりです。前作と違い、今年中は不定期更新ですが、よろしくお願いします。
では、暇な時にでもどうぞ。
1話「名も無き少女」
side ???
──とある宮殿
「あぁ、どうして⋯⋯」
その者は、全てを見通す偉大なる目を、ありとあらゆるものを支配する強大な力を、
人に崇められ、全てを授かった偉大なる者である。
「⋯⋯退屈なんだろう」
だが、その者の心は虚無に支配されていた。
全てを与えられたが故に、何かを知る喜びを、何かを得る幸福を、知ることが無かったのだ。
「■■■■様? どうしました〜?」
その者を呼ぶ声が響いた。それは、その者にとって唯一心を許せ、安らぎを与えてくれる。そんな女性だった。
対してその女性は、その者のことを愛しく思っている。が、その思いを伝えることはない。
「いや。何でもないよ。■■■■■」
「そうですか〜⋯⋯。では、そろそろ時間ですので⋯⋯。
わたしが帰っても、また⋯⋯」
「うん。また会おう。僕はその時を待っているから」
「■■■■様⋯⋯は〜い。またお会いしましょうね〜」
軽い口調だが、その者を思う女性の気持ちは本物だった。
それ故か、その女性は嬉しそうに微笑んでいた。
「⋯⋯またね、■■■■■」
「はい、■■■■様。いずれ、また⋯⋯」
その者は、その女性の背中を静かに見送った。
⋯⋯しかし、この時はまだ、その者は思いもしてなかった。
2度とその女性と会えないとは────
side Renata Scarlet
──紅魔館(主の書斎)
私の名前はレナータ・スカーレット、通称レナ。前世で車と衝突事故を起こし、気づいたら『東方Project』の世界で、スカーレット家の次女として生まれ変わっていた。という、有り勝ちな転生をした元人間の現吸血鬼。もちろん原作と同じく三歳離れた姉はレミリア、二歳離れた妹はフランだけど、訳あってルナシィとミアという名前の妹が2人も増えた。自分でもどう説明すればいいか分からないけど、とりあえず色々あったのだ。ちなみに私は『ありとあらゆるモノを有耶無耶にする程度の能力』を持っているが、主に使うのは武器などの召喚魔法であり、魔法の方が使い勝手が良くて好きだ。
『第2次吸血鬼異変』や『
そして現在、ある秋の日の昼下がり。私はいつものお姉さまの部屋ではなく、お姉さまの書斎へ来ていた。
書斎に居る時は書類仕事に追われているらしいが、ミアは地底へ行っているらしく、フラン達は図書館で魔法の研究。1人で暇を持て余していたので、久しぶりにお姉さまと外で遊ぼうと思って来た。もちろん暇でなければ諦めるつもりで。
「あら。レナじゃない。どうしたの?」
部屋には山のように積み上がった書類を見たり、何かを書いたり、判を押したり、と忙しそうにするお姉さま。その横で手伝っている咲夜が居た。簡単そうに見えるが、紅魔館の経済を支える重要な仕事らしい。昔、手伝おうとしたが意味が分からず、逆に邪魔をしてしまった、という苦い思い出がある。
「お姉さま。お出かけできます?」
私は部屋に入るとすぐにそう切り出した。
多少無作法な気もするが、最近は姉妹だと言うのにかしこまる方が失礼な気がするので、あまりかしこまらないようにしている。
「ごめんなさい。まだ終わってないのよ。もう少しだけ待ってくれる?
これが終われば、今日のノルマは達成するから、それが終わったらいいわよ」
と、山積みになった書類を指差す。
1時間かかっても終わりそうにない量だ。ざっと見ただけでも100枚以上はありそう⋯⋯。
「⋯⋯や、やっぱり、明日とかにしますね。お仕事頑張ってください」
「え? も、もう少しで終わるわよ?」
「い、いえ。無理しないでくださいね。咲夜。お姉さまを頼みます」
諦めた私は、咲夜にお姉さまを任せて部屋を後にした。
「はい、承知しました。ということですので、お嬢様。頑張りましょうね」
「うぅー⋯⋯。絶対もうすぐ終わると思うのだけど⋯⋯」
「この量だと30分ほどはかかりますよ?」
「そ、そんなにかかるー?」
部屋を出る際、そんな会話が聞こえてきた。
やはり、邪魔をしなくて正解だったらしい。
「たまには、1人で⋯⋯ミアのように旅をしましょうか」
ミア⋯⋯この世界本来の
その1つが旅、放浪好きである。ミアと違い1人よりもみんなでの方が好きだが。
「⋯⋯絶対、明日はお姉さまと⋯⋯」
密かに決意を固めると、私はフード付きコートを着て、外へと出ていった。
紅魔館を出て、湖を越え、博麗神社近くの森までやって来た。
理由は特になく、ただあてもなく
当然博麗神社に近い場所なため、人間はおろか妖怪も見当たらな──
「ぁ⋯⋯。居るのですね、こんな場所にも」
森の奥深くの方に、大きな影が見えた。明らかに人よりも大きいサイズで、足が複数あったようにも見えた。いくら私がお姉さまと同じ吸血鬼だとは言え、相手にするのは面倒だろう。
「触らぬ妖怪に祟りなし。そもそも関わる必要もないですし⋯⋯」
その場を後にしようと妖怪とは逆の方向へ歩き出す。
「きゃぁぁぁ──!」
突然、女性らしき大きな悲鳴が森の中に響き渡った。
「ふぁ!? え、えっ? ⋯⋯さっきの⋯⋯?」
突然のこともあって多少動揺したが、すぐに冷静さを取り戻す。
声は先ほどの妖怪が向かった方向から聞こえてきた。ということは、その妖怪は誰かを狙ってこんな場所へ来たのだろうか。いや、偶然入ったら見つけたのかもしれない。
──なんて、ゆっくり考えている暇はないか。
「あぁもうっ!」
急いで妖怪を見た方向へと走っていく。
私も妖怪とは言え、人を糧にしているとは言え、 近くで死ぬ命は見たくない。わがままな思いだが、私は吸血鬼であり子供だ。わがままな思いを突き通すくらいでないと、吸血鬼として恥ずかしい。人間としてはすでに恥ずかしいが。
「こ、ここに──へ?」
「アァァァ⋯⋯」
「いやぁぁぁ! 牛!? 蜘蛛!? どっち!?」
そこには怯えているフランよりも小柄な少女がいた。頭のてっぺんに特徴的な1本のアホ毛を持つ白のロングヘアーの少女。襲われている最中だからか、服は薄汚れ、髪は全体的にボサボサになっている。そして、それを襲おうとする奇妙な妖怪がいた。
その妖怪はとても大きく、頭は牛、身体は蜘蛛のように足がたくさん付いている気味の悪い姿だった。
私はそれを見た途端、体が拒絶反応でも起こしたように震えた。
「どっちか分からないけど、虫嫌いだから来ないでェェェ! あぁ⋯⋯」
「え、えぇ⋯⋯」
その少女にとってあまりにもその妖怪は苦手だったらしく、呆気ない声を出して気を失ってしまった。それを好機と思ったのか、牛頭の妖怪は大きな口を開けながら、少女の方へと素早く駆け出した。
「っ、そうはさせません!
少女の前へ瞬間的に移動し、妖怪の前へと立ち塞がる。
さらに、召喚魔法により剣を手にした。
「──輝きを放て! 『神剣「クラウ・ソラス」』!」
「アァァァ!」
眩い光は辺りを包み込み、妖怪の視覚を奪った。
「っ、眩しっ!? う、うぅ⋯⋯!」
しかし慌てて使ったため、自分が光を防ぐことを忘れて自分の視覚さえも奪ってしまった。
──こんなところをみんなに見られていたら恥ずかしくて死にそうだ。
仕方なく剣を投げ捨て、手探りに少女が気絶した場所を探して捕まえる。
そして何も見えないまま、少女を抱き抱えると、宙へと飛び上がった。
「⋯⋯え? と、とにかく逃げないとっ!」
少女に触れた時に異常を感じたが、すぐさま逃げることに専念する。少女を助けるためには下手に相手をせず、まずは逃げることが最優先だ。そして、視覚が使えないなか、運良く木々に当たることなく上空まで逃げ切る。
そしてすぐに、妖怪から離れた位置の地へと降りる。視覚を満足に使えない今、無闇に動き回るのは危険だと判断したのだ。
「はぁー⋯⋯。もう無理。疲れた⋯⋯。あ、ようやく視界が戻って──」
「ここ⋯⋯どこ?」
腕の中から声が聞こえる。
「あ。もしかして、君は悪魔さん? 虫に食べられるよりはマシかな⋯⋯」
少女が起きた。コートからはみ出る翼を見たのか、諦め切った声を漏らす。
いや、この声は諦めではない。まるで恐怖を感じていないように、その声からは感情を感じない。彼女の言う通り虫に食べられるより悪魔がマシだったとしても、死ぬことに恐怖を感じないわけがないのに。
「⋯⋯いえ。私は悪魔ではないですよ。人間です」
「え? でも⋯⋯あれ?」
少女は目を丸くして、呆気に取られていた。
無理もないだろう。先ほどまで見えていたはずの翼が消えているのだから。
理由は簡単で、吸血鬼の特殊能力とも呼べる変身能力に魔法を使い、見た目や妖力を完璧な人間に似せただけだ。
「ところで、こんなところで1人とは⋯⋯迷子です? お嬢さん。って、見た目10歳程度の私が言えないですけど」
「⋯⋯君は⋯⋯一体誰?」
「ただの人間ですよ。私はレナータ・スカーレット。近くにある館に住んでいます。
貴女のお名前は? それに、どうしてこのような場所に?」
「⋯⋯ボクは⋯⋯誰、だろう? 分からない。名前も、どうしてここに居るのかも⋯⋯」
その言葉に、衝撃を受ける。まさか、偶然助けた子供が記憶喪失とは思っていなかった。いや、思っていたら怖い。
しかし、驚く私とは裏腹に、その少女がそこまで落胆しているようには見えない。だが、嘘をついているようにも見えない。元から感情が薄い娘なのかもしれない。
「⋯⋯。えーっと、自分の記憶以外に思い出せないことはあります?」
「いいえ、自分の記憶だけが無いみたい。非陳述記憶とかは思い出せるけど、どうしても自分の記憶、それだけが思い出せない⋯⋯」
「そ、そうですか⋯⋯」
途中聞き慣れない言葉を聞いたが、顔を見る限り、それほど深刻そうには見えないのが不思議だ。
しかし、本当に記憶が無いのなら、尚更放っておくことはできない。
「では⋯⋯うーん、名前が無いのも不憫ですね⋯⋯。いえ。まずは安全な場所へ行きましょう」
「うん⋯⋯。さ、さっきの悪魔を思い出したら⋯⋯うぅ⋯⋯」
少女は先ほどの妖怪を思い出したのか、ビクッと身震いする。
よっぽど虫が苦手らしい。私もかなり苦手だが。
──それにしても、悪魔とは言っているが妖怪を見ても、不思議に思ってないところを見る限り幻想郷の人間なのかな。でも、白い肌と髪、それに金色か琥珀色の目。⋯⋯明らかに西洋人風の顔立ちだしなぁ⋯⋯。
「は、早く行こう。あの悪魔を2度も見たくない⋯⋯」
「⋯⋯分かりました。では安全な場所へ行きますね」
「あらま」
「え? あっ⋯⋯」
思わずいつもの癖で宙へ浮かんでしまった。もう誤魔化しようはないだろう。
今日に限ってミスばかりする。もしかして今日は厄日だろうか。
「⋯⋯やっぱり、悪魔さんだよね? ボクを食べたいから、騙そうとするの?」
「い、いえ! 食べるならこの場で食べますよ! あ。食べませんけどっ!
私はただ、妖怪だったら警戒されますから⋯⋯」
「ヨウカイ? 悪魔じゃなくて?」
少女は訝しげに聞いてくる。
まるで、妖怪というものを知らないように。
「吸血鬼なので私はどっちでも⋯⋯あっ。人間です!」
「⋯⋯悪い悪魔、いいえ、妖怪さんではないみたい。
⋯⋯とりあえず、安全な場所までお願い」
警戒は解いていないが、お人好しなのか少しは信用してくれたようだ。
見た目が同年代だから危険はないと思われている可能性もあるが。
「で、では、背中に乗ってください。飛びますよ」
「え? こ、こうやって乗──きゃっ」
少女が首に手を回した瞬間に宙へ浮かぶと、後ろで小さな悲鳴が聞こえ、少女の手に力がこもる。
しっかりと掴まっていなかったようだったが、自分が支えれば落ちはしないだろう。もし落ちたとしても、
「できれば手を離さないでくださいね。人を乗せて飛ぶのは、久しぶりですから」
「り、了解ですっ。でも、できれば揺れないように⋯⋯きゃぁ!」
「おっと。大丈夫です? やっぱりもう少しゆっくり⋯⋯」
後ろで騒ぐ少女を心配し、声をかける。
「す、凄い! こんなにも風を感じるなんて初めてかもしれない!
で、できればもっと早く動いてー!」
心配はいらなかったようだ。少女は初めて空を飛んだのだろう。空を飛ぶことは楽しくて仕方ない。そんな感情が私にも伝わってくる。
「凄い元気ですね⋯⋯。では、舌を噛まないように口を閉じてくださいね!」
「きゃああああ──! 本当に凄い!」
少女は私をアトラクションか何かと勘違いしているようだ。
しかし、私も楽しむ少女を見て悪い気はしない。むしろ楽しんでくれて嬉しい。
「ねえ! どうやって飛んでいるの? 魔術の類?」
「私はそれに近いですね。魔力を使いますから。もちろん苦労はしましたよ。
昔、生まれて数年後に空を飛ぶ練習をして⋯⋯。大変でしたが、空を飛ぶことができました」
「なるほど⋯⋯。ボクも自由に空を飛べたら⋯⋯」
「⋯⋯飛べると思いますよ」
「ほ、本当に!?」
これは嘘ではない。ほぼ確実に。少ないともこの幻想郷では飛べると確信していた。
それは、最初に感じた異常の正体と関係している。
「貴女の魔力は強いですから。覚えの早さに個人差はありますが、絶対に飛べると思いますよ」
少女に触れた時に感じた異常。それは魔力の質と量だ。
魔力は修練以上に、元から持つ才能によって変わる。この少女はまだ若いとは言え、500年以上生きる私の魔力を遥かに陵駕する。これは、生まれ持った才能としか言いようがないほどに。
「本当に? 本当の本当?」
「本当ですよ。嘘は付きません。練習すればすぐに飛べますよ」
「あははっ! 自由に空を飛べるなんて、凄く楽しそう!」
少女の声が森に響き渡る。
先ほどまで警戒していた娘と同一人物には見えない。
「あまり大声を出したら見つかりますよ。⋯⋯もう着きますから別に構いませんが」
すぐ目の前にはいつも通り静かな神社が見えていた。
この娘を連れて行ったら、霊夢は迷惑するだろうか。
そんなことを考えながら少女を背に乗せた私は、博麗神社へと降り立つ────
2018/03/09追記 初見さんに少しでも分かりやすいように、一番最初に主人公の詳細を追加しました。