東方紅転録2部 ─NAMELESS MIST─ 作:百合好きなmerrick
──氷寒絶縁地下
氷に閉ざされた世界。そこで昔、存在していたと言われる幻想郷から行ける地下空間。
年間平均気温はマイナスを下回るが、それでも地上よりはまだまだ暖かな世界。
「ベラ、お待たせ⋯⋯」
その地下に存在している、とある館。
そこでは人ではない2人の人物が暮らしていた。
「あ、お母さん! おかえりなさいっ!」
重たそうに扉を開け『お母さん』は玩具が溢れる部屋へと足を踏み入れる。
それを見たベラと呼ばれた赤髪の小さな少女は満面の笑みを見せて『お母さん』の元へと駆け寄る。そして会えないことが悲しかったのか、すぐさま抱きしめた。
「ええ、ただいま⋯⋯。大丈夫? 1人で退屈だったんじゃない?」
「大丈夫! 私ね、魔法の練習してたから!
今度は雷の矢だよ! 射ったら敵がシュバンってなるの!」
心配そうにする『お母さん』に対して、ベラは楽しそうな顔で返す。
それを見てか、『お母さん』の不安もいつの間にか消えていた。
「これで私専用の武器も確立できたよね? でも近距離用の武器はお姉さん達のを使わないとダメかな、やっぱり。弓だけじゃ戦いにくいしね」
「ちゃんと考えているようで偉いわ。そろそろ頃合いかしらね。別の場所へ
「や! 狩りが唯一の楽しみなのに、できない場所なんていやー!」
「心配しなくても大丈夫よ。そんなに平和な場所なんて、私達は行けないから⋯⋯」
どこか悲しそうにする『お母さん』に、それを聞いて嬉しそうにするベラ。
人間的にはおかしな光景だが、ベラにとっては当たり前な感情だった。
それほどに、この世界は一般的なものとはかけ離れている。そして何より、ベラ自身人間ではないので、人間的な感情を持ち合わせていないらしい。
「よかった! 安心したよ、争い皆無なんてつまんないもんね。
やっぱり吸血鬼は略奪、侵略、殺戮、蹂躙! 魔法でババっと、遊びたいよねー!」
指で数えるようにして言葉を並べ、その光景を思い浮かべてか笑みを見せる。
「⋯⋯どうしてこんな性格になったのかしらねぇ。変なことは教えていないはずなのに。
それはそうと、今日は貴女の楽しみにしている狩りに行かない?」
その言葉にベラは嬉しそうに飛び跳ねる。
外見の年齢相応の反応を見せるベラは、ただの人間の子どものようにも見える。
「やったー! 新しい矢を試し射ちできるね! うーん、でも氷で動きを止めてからじゃないと当たりづらいかな。それに炎も使ってみたいよね。あっ、消すのはあるけど、燃やす方が面白そうだから!」
「作戦を立てるのはいいけど、今回も悪霊だけ狩って魔獣は狩れない可能性があるわ」
それを聞いた途端、一瞬にしてベラの表情が変わった。
大きな喜びから小さな落胆へと変わったのだ。
「えー! 燃やせないのつまんないよー。悪霊も火で燃えたらいいのになぁ」
「普通の魔獣も火じゃ燃えないわよ⋯⋯。というか貴女の炎なら燃えるでしょうに」
「よく燃えないのー。獣だとボーボー燃えるんだよ」
いつも通りのやり取りなのか、ベラ達はすぐに話を切り上げると扉へと歩いていく。
そしてベラの部屋から出ると、どういう訳かそこは館の出入口に繋がっていた。
それが当たり前だと言うように、ベラ達は特別な反応を示さない。しかしベラは未だ嬉しそうに張り切って歩いている。
「⋯⋯この結界もいつまで持つかしらねぇ。アレが来ない限り壊れることはないし、来るわけないと思うけど⋯⋯用心するに越したことはないわね」
「お母さんは本当に嫌いだよね。お父様のこと。や、お父様なんて言えるような個体はいないか。だって私のお父様はお母さんだもんね!」
「ええ、確かにそうね。⋯⋯アレが生物学上の男ではないとは思うけど。どっちかと言えば女性だと思うのよね。女王とか名乗ってた記憶があるし⋯⋯」
「お母さーん。そろそろ地上だよ? 考え事は後ー」
ベラの言葉に『お母さん』ははっと我に返り、先行く娘の元へと慌てて飛んでいく。
彼女達が辿り着いた世界は一面真っ白だった。
氷に覆われたその地上は、生命がいないと実感できるほどの寒さに支配されていた。
その寒さに対応できているらしい2人は、薄着でも寒そうにはしていない。
「ふーん、マナの調子は良さそうね。安心したわ」
「でもおいしくないよ? 自分で作って消費するなんて、不変の循環はつまらなーい」
「文句言わないの。それが切れたら貴女も不老不死じゃなくなるわよ? まあ、切れても私が何とかするから大丈夫だけど⋯⋯」
「お母さんはオドしかないのにね。大丈夫なの? ま、いいや。そんなことよりー」
そう言ってベラは静かに何かの呪文を唱え始める。
しばらくすると、ベラの手に光が集まり、自身の背丈ほどもある弓を形作る。
それは些か不気味な彩色で、見るものによっては不気味な感覚を煽る。
「無銘なる弓⋯⋯そろそろ名前付けた方がいいかな? カッコいい名前とか!」
「効率重視でいいと思うわよ。変な名前を付けて私みたいに後悔することになるわよ」
「お母さんはお母さん。私は私だよ! だからカッコいい名前付けるー」
「ああはいはい。⋯⋯気を付けなさい。何かいるわ」
その刹那、『お母さん』に向かって黒い影が近づき、それは爪を露わにして襲いかかる。
しかしそれに気づいた彼女は、とっさに召喚した大きな盾で受け止め、後方へ退いた。
「お母さん、大丈夫? 」
「びっくりしただけよ。盾なんて使う必要なかったわ」
「お母さんって強がりー。でも殺しちゃダメだよ。私がするー!」
ベラは弓を構える姿勢をとると、右手に青白い光を集中させる。
「凍止・冷風。凍えて冷えて固まれ!」
青白い光を変質させて矢に見立てて弓を引き、そして放つ。
「アウッ──」
矢は目にも留まらぬ速さで真っ直ぐと進み、敵の左胸に命中した。
悪霊はなおも襲おうと身体を動かすも、どういうわけか動けない様子だった。
それもそのはずで、矢が刺さった部分から徐々に氷が広がっていたのだ。
それによって動きが鈍くなっていき、最終的には身体全体が氷に覆われた。
「よし、止まったね! 雷光・帝の鉄槌!」
次に黄色い光を集め、再び矢として変質させると弓を引き、凍る幽霊の元へと放った。
悪霊に命中するとともにその上空のみ暗く染まる。そして音を立てて雷が降り注いだ。
氷漬けにされていた悪霊はいくつもの雷に打たれて粉々に砕け散り、跡形もなく消え去った。
「うわぁ⋯⋯。酷い有り様ね。まあ、未練があったからいたのでしょうけど、あの悪霊も。だから強制成仏できた、っていうことでいいわね。前向きに考えましょうか」
「うーん⋯⋯血を浴びたい。お母さん、魔獣探しに行くよー!」
「あ、うん。⋯⋯本当、誰に似たのよ⋯⋯」
母親はその無邪気さと残酷さに呆れるも、娘に付き合わないわけにはいかず、先を歩むベラの元へと歩いていった。
ベラ達が魔獣を探し始めてから数時間後。
探し出した時間が遅かったということもあり、すでに陽は落ち始めていた。
「ねぇ、ベラー? もういいんじゃない?」
「や! まだ探したいの!」
しかし未だにベラは諦めずに、魔獣と呼ぶものを探し続けていた。
「はぁ⋯⋯。諦め悪いところは血筋が影響しているのかしら?
ベラ、後10分探しても見つからなかったら──」
「あー! 見つけたよ! えーっと⋯⋯熊さんの魔獣かな?」
ベラの見る方向には白を基調として、禍々しい黒色に侵食された熊のような何かがいた。
見るからに、姿を見せれば襲いかかってきそうな荒々しさと恐ろしさを秘めている。
「うそぉ⋯⋯。って、騒いじゃダメよ。気づかれたら逃げられるわ」
「多分こっちに来ると思うよ。知性低いし、魔獣も血が好きだしね!」
「任せていいの? もちろん何かあったらすぐにでも⋯⋯」
「はいはい。⋯⋯借りるね、レーヴァテイン!」
ベラは燃え盛る剣を召喚し、剣を地面に突き刺して敵の様子を見やる。
「うーん⋯⋯敵は知性がなくて荒ぶってる。魔法は使えないよね、私達じゃあるまいし。
私のマナは調子良好。⋯⋯それなら。うん、そうしよう!」
口早に呪文を挟み、敵へ向かって飛んでいく。
「『ur・thorn』──
「ガウッ!? アァ!」
ベラは徐々に素早さを上げながら、猪突猛進に魔獣へ剣を向けて突進する。
流石に大声を出しているベラに気づいた魔獣は、凶悪な爪を向け、ベラへと振り下ろした。
「アゥ!?」
──しかし爪の振り下ろされた場所にベラは居ず、魔獣の背後へ回っていた。
「やったー、成功したー!」
「アァッ──アッ!?」
魔獣もとっさに声の聞こえた方向に振り向こうと体を動かす──否、動かしたはずだった。
傍から見れば魔獣は微動だにせず、まるで攻撃を待っているようにも見える。
「血をちょーだい。の前に、切れて燃えて死んじゃえ!」
動けない魔獣に対し、躊躇なく燃え盛る剣を振り下ろす。
自身にかかる返り血を気にせずに、ベラはその行為を繰り返す。
そして斬り終えたと同時に、切り裂かれた部分からは炎が現れて燃え広がる。魔獣は動くこともできず、ただ叫び声をあげることしかできないようだった。
「アハハ! 美味しいお肉になるのかな? 燃やされて苦しいのかな?
楽しみだね、面白いね! でも⋯⋯可哀想だし、もう楽にしてあげるね⋯⋯?」
ベラは悲しそうに話して首に剣を突き刺し、とどめを刺す。
そこで魔獣の声は途絶え、音を立てて崩れ落ちた。
「母親なのに貴女がよく分からないわ⋯⋯。やっぱりまだ戦うのは早いのかしら?」
「うん⋯⋯。ま、次は大丈夫だよ! だから安心して任せてー!」
「そう、分かったわ。⋯⋯ここは昔の妹に似ているのかしらねぇ。
さあ、帰るわよ。魔獣は私が持つから先に行きなさい」
「はーい!」
悲しそうな表情から一変。調子も戻り、明るく家のある方角へと戻っていく。
そんな娘を見て、頭を悩ましながら後ろを飛ぶ『お母さん』だった。
ベラ達が家へと帰り、必要のない夕食を済ませた後のこと。
ベラの母親は外へ出る支度を済ませ、出入り口の扉に手をかけていた。
「それじゃあ、行ってくるわ。ベラ⋯⋯お留守番お願いね」
「うん!」
心配と悲しみが入り交じった不思議な表情を浮かべながら、『お母さん』はそう言った。
しかしそんな母親の感情も知らずに、ベラは笑みを浮かべて見送っている。
「おそらくだけど、一週間ほど家を空けると思うわ。⋯⋯一応、外への出入りは閉じるから出れないとは思うけど⋯⋯お願いだから、絶対に外に出ないでね。分かった?」
「はーい!」
「元気が良すぎるのも逆に心配ね。まあいいわ。⋯⋯行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
ベラに見送られながら、『お母さん』は白い世界へと出かけていった。
side Izabella ???
──地下空間の館
地下に存在する館に1人で残ったベラは、母親が出ていってからしばらく様子を伺っていた。
「⋯⋯おかーさーん! ⋯⋯うん、もうそろそろいいかな?」
大声を出し、母親がいないことを確認すると扉の方へと歩み寄る。
──お母さんは何も知らない。私が1人で外に出ていることや、自分が捨てた私の能力の強ささえも。何もかも気づいていない。それだけ鈍感なのもあるけど、やっぱり一番大きな問題は私を守ろうとするその性格のせいだと思う。
「連合から、統覚を⋯⋯」
ベラは集中して、自身の能力を発動させる。
彼女の能力は強力というわけではないが、使うためには時間をかける必要がある。
「⋯⋯これで私は、誰にも気づかれないね!」
大きな声で小さな音を出して、扉へと近づき、それを開ける。
そして何にも気づかれることなく、彼女は外へと出てしまった。
「外だー! また遊ぶぞー!」
実は彼女、イザベラこと通称ベラは、母親がいない間に秘密で外へと出ている。
これは能力を使っているからこそできることで、通常は出ることさえも叶わない。
「今日は何で殺して遊ぼうかー? でも魔獣さん達はいじめないようにしないとね。可哀想だし、何より数が減ったらお母さんに気付かれるし!」
ベラはとても気楽に、翼で飛んで白い大地の地上へと目指していく。
「あ、何か光った? ⋯⋯面白そう! 見に行こっと!」
そしてその選択が、彼女を変えるきっかけになるとはまだ思ってもいなかった────
これにて、番外編は終了となります。
続きは、三章の時にでも⋯⋯