東方紅転録2部 ─NAMELESS MIST─ 作:百合好きなmerrick
side Renata Scarlet
──紅魔館(フィオナの部屋)
三月に入ったからか、雪は弱まり、雨が降るようになってきた。しばらくすると春を告げる妖精でも出てきそうだが、まだその姿は見ていない。
フィオナを狙う悪魔達は二週間ほど前のアムドゥスキアスを最後に、姿を見なくなった。 もしかしたら悪魔達のボス、ソロモンと同様にまだ幻想入りしていないだけかもしれないし、あれから外にあまり出ていないから見ないだけかもしれないが、ひとまずは平穏な日々を満喫できている。それが崩れるとすれば、また彼らがやってくる時だろうか。
もしかしたらまだ来ていないのは冬眠しているはずの紫が頑張ってくれているからかもしれない。有り難いことなのだが、それはいつかは敵がやってくることを示している。いつ敵が来るかも分からないから油断はできない。それに命を狙われているため、安易に外に出ることも叶わない。
だからといって常に気を張るわけでもなく、やっぱり私達はいつも通りの時間を過ごしていた。
「フィオナ、そろそろ部屋も完成したよね? 見に行ってもいいー?」
夕食が終わると、思い付いたことのようにフランが尋ねる。
そう言えば私自身、フィオナの部屋には何度か入っているものの、最近は部屋を見てすらいない。フィオナが紅魔館の生活に慣れてきたのもあり、食堂とは逆方向にある部屋に呼びに行くよりも食堂に向かった方が早い。そしてそのまま部屋に行くことなく1日が過ぎていくのだ。
「部屋? 部屋⋯⋯とは何の?」
「貴女の部屋しかないでしょー。もう飾り付けっていうか、模様替えは終わったよね?」
「ボクの部屋は⋯⋯いいえ、まだ置く物は増えると思うから終わってはいない。でも人に見せれる程度には終わっている。⋯⋯見たい?」
「もっちろん! ねぇねぇ、ルナも一緒に行こー」
「うん。私も見てみたかったからいいよ、行こっか」
ルナを誘うことに成功したフランは嬉しそうな様子で騒ぎ出した。
フラン達が行くのなら、私も行こうかと少し悩む。一応、3人の保護者のようなものだし⋯⋯。
「楽しそうね。私も行こうかしら?」
「あ、なら私も行きます」
私が悩む中、お姉さまの声で行くことが決定した。
この場にいる姉妹がみんな行くのに、私だけが行かない道理はない。
例えお姉さまが行かなくても行くつもりではあったかもだが。
「いいよ。人数が増えたところで、あまり変わらない」
「なんだかラスボスみたいなセリフ。意味は全く違うけど」
確かにゲームとかで慢心している敵が言いそうな言葉だが、フランはどこで覚えたのだろうか。
そう言えばどこかで手に入れたゲーム機があったからそれだろうか。
「よく分からないけど、今から行くよね?」
「うん! じゃ、咲夜。後片付けお願い! ルナ、早く行こー」
「了解しました」
「うん、行こう!」
「ちょっと、近いんだから食器くらい持って⋯⋯はぁ、もう」
フランはルナの手を取り、お姉さまの話も聞かず、まだフィオナも行っていないというのに、走って行ってしまった。お姉さまはそれを見届けると、呆れて諦めたように、ため息をついた。
あの娘達のことだから、片付けるのを面倒くさがったのだろう。食器を持っていくくらいはすればいいのに。
「咲夜も命令を聞いてばかりいてもダメよ? たまには逆らってもいいんだから」
「それではお嬢様の命令に背いてもいいことになりますが?」
「⋯⋯ああ、やっぱり今のなし。私の命令以外で、ってことよ」
「ええ、分かりました」
少しだけ微笑みながら、咲夜は主人であるお姉さまの命令に答える。
わがままな命令にも従おうとする辺り、流石咲夜と言ったところか。
それにしても流石お姉さま、見た目相応でわがままだ。怒られるから言いはしないが。
「食器を置いてきた。これで行ってもいい?」
「あら、フラン達より偉いわ。ええ、もう行ってもいいわよ」
私達が話している間に終わらせたらしく、フィオナはわざわざ確認を取る。
子どもにしては礼儀正しいところもあるが、記憶を失う前は高貴な生まれだったのだろうか。
「じゃあ、行ってくる。レナお姉ちゃん達も早く来てね」
「はい、片付け終わったらすぐに行きますね。私達が行くまでの間、フラン達が悪さしないように見てあげてくださいね」
「分かった。善処する」
「ああ、これはできないパターンね。だいたい分かるわ。まあ、頑張りなさいな」
手を振って別れを告げ、フィオナを見送る。
そして私達は後片付けを終わらせると、フィオナの部屋を目指して歩いて向かった。
フィオナの部屋の扉前に着いた時点で、中から妹達の楽しそうに遊ぶ声が聞こえる。途中、混じってフィオナの声も聞こえるが、楽しそうというよりは疲れている印象を受ける。別れてからまだ数分程度しか経っていないはずだが、すでに困ったことが起きているらしい。
「入るわよー」
「あ、いいよ」
「フラン、ここは私の部屋。いいよ、入っても」
フィオナの許しを得て、扉を開ける。
中は壁も天井も真っ白で目立つような物はなく、オモチャ箱の中には可愛らしい人形や道具など置かれ、一見すると普通の女の子のような部屋に見える。だがそのオモチャ箱の中にある物からは微力ながらも魔力を感じることができ、魔術師や魔法使いならここが普通の部屋ではないことが容易に分かる。
魔術師などが見れば怪しい部屋でも、普通に見ればマジックアイテムなどはあまりにも小さい物や目立たない物が多いため、気づくことはまずないだろう。
「ふーん、普通ね。普通過ぎるわ」
「普通はダメ? 普通が一番いいと思うのだけど」
「ダメよ。ここが紅魔館である限りわね。やっぱりもっと豪勢に、豪華にしないと。まずはシャンデリアとか⋯⋯」
「豪華は良くてもそれは絶対に嫌」
「貴女が強く否定するところ初めて見たわ⋯⋯。そんなに嫌かしら?」
お姉さまは不思議そうな顔をしているが、誰でも自分の部屋にシャンデリアなんて大きな物を置きたくないと思う。大きいから邪魔になるし、誰かに見られたら多分恥ずかしいし。
「目立ちすぎる物は苦手だから」
「でもレミリアお姉様の話も一理あるよね。あまりにも普通過ぎるっていうか、何も無いし」
「⋯⋯そう言えばフラン、貴女の持っているそれは何です?」
部屋に入ってきた時から気にはなっていたが、フランとルナはマジックアイテムが多く入っているオモチャ箱を漁っていたらしく、フランの手には小さなぬいぐるみが握られている。
何故か既視感があるが、気のせいだろうか。
「ん、これ? 昔お姉様から貰った物に似てるな、って思ってね。見てたの」
「正確には勝手にオモチャ箱を漁って見ていた。友達から貰った物が多いから、壊さないか心配」
「えー、ひどーい。今はもう力加減上手だからね?」
「それでも心配。人形は脆いから」
フィオナの心配も尤もで、フランは私達姉妹の中でも力が強い方なのだから手加減していないとただのぬいぐるみ程度なら、すぐさま握り潰してしまうだろう。
ぬいぐるみがそうなっていないのは彼女の言う通り力加減が上手になったからか、それともそのぬいぐるみから魔力を感じるのと何か関係があるのだろうか⋯⋯。
「フィオナ、そのぬいぐるみは誰かから貰った物です?」
「うん。パンサーから貰った。他にもマルバーやシュヴァハ、チルノに大ちゃん。色々な人から貰った。一部魔力を感じる物もあるけど、全部魔道具に近い物だと思う。魔力を込めれば作動する。例えばその人形なら⋯⋯」
フィオナはフランの持つぬいぐるみに手を触れ、少しだけ魔力を注ぎ込む。
「──こうなる」
「あ、手から離れ⋯⋯」
魔力を供給されたぬいぐるみはさっとフランの手から逃れ、床を歩き始めた。
しかし数秒足らずで突然動きを止め、それからは微動だにしなくなった。
「魔力を供給した分と比例する時間だけその魔力の主の思い通りに歩く人形。他には溶けない氷の塊や半永久的な閃光玉がある」
「色々貰ってますね。部屋に飾るような物は貰ってないみたいですけど」
「せっかくだから、私達は飾れる物を送りましょうか。フィオナ、何か希望はある?」
「シャンデリア以外」
「まだ引っ張るのね⋯⋯。そんなに嫌なの?」
お姉さまの言葉にフィオナは肯定の意味を込めて頷き返す。シャンデリアというか、豪華な物は結構嫌いらしい。
それにしてもフィオナには何を送ろうか。見たところ本棚がないみたいだし、自分の部屋にあるのと同じ物でもプレゼントすれば喜んでくれるだろうか。たまに本を読んでいるところを見ることがあるし。
「そうだねぇ⋯⋯鏡とか置く? 私達は写らないから置いてないけど、フィオナは写るしね」
「机もないから置いたら? 私とフランの部屋にも置いてあるよ」
「採用。空いている場所に置いてみる」
「それでも普通の部屋には変わりないわねぇ。⋯⋯ソファくらいならいいかしら?」
フィオナも「それくらいなら」とお姉さまの提案を受け入れる。採用してもらったお姉さまはどことなく嬉しそうだった。
「じゃあ、ふかふかのを持ってくるわね。あ、感謝してもいいわよ?」
「いやいや、最後のは付けなくてもいいと⋯⋯」
「うん、ありがとう」
「貴女も素直ですね⋯⋯」
素直に言う通りにする彼女は、見た目も相まってまるで人形のようだ。否定することはできるから、完全に人形というわけではないのだが。
「本棚とかも置いてみる? 角の方とかに」
「あ、それ私が先に考えていたやつです」
「早い者勝ちー」
「む、別にそんなつもりで言ったわけじゃないですからね」
「ふふっ。はいはい、分かってるから怒らないの」
フランはそう言って私の頭に手を置いて撫でる。
妹に完全に舐められている気しかしないが、慰めている姿は可愛いから良しとしよう。
「もう、いちゃいちゃするのは自分の部屋でしなさいよ。それはそうと、ソファはどこに置いたらいいかしら。中心に置くのも少し邪魔な気がするわね」
「⋯⋯フランずるい。でも私も後でするからいいもん」
「ふふふ、いいですよ。でも後で、ですからね」
「ソファは机と一緒に扉と逆側の壁近く。本棚はベッドの横。後は⋯⋯」
「このムードの中、1人で着々と進めている貴女が凄いわね⋯⋯」
それからはしばらくの間、色々提案を出し合い、しかしフィオナの意見を尊重しながら部屋を彩る飾り付けを考えた。
そして十数分ほど経った後のことだった。
「後は何置こっか。あ、後は衣装棚とか⋯⋯ん?」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯フィオナ? どうしました?」
「大丈夫? おーい」
フィオナが突然頭を抑えて黙り込んでしまった。その数秒後にしゃがみこみ、痛くなったのか、心なしか抑える手の力が強くなったように見える。
「ふ、フィオナ? 本当に大丈夫です?」
「⋯⋯何か、頭が⋯⋯これは、記憶?」
「な、何か思い出しそう、ってことです?」
「レナ、少し黙ってあげて。こういう時はあまり刺激せず、そっとしておいた方が⋯⋯」
何がきっかけなのか、フィオナは何かを思い出しそうな雰囲気だ。記憶を失う前のことは全くと言っていいほど知らないが、何か似たようなことでもあったのだろう。
「あ、あぁ! うぁっ、ぁぁぁ⋯⋯! あ、頭が、破裂しそう、だ⋯⋯!」
「フィオナ⋯⋯! や、やっぱり痛みを緩和させるために──」
「レナ、手を出しちゃダメっ。このまま、じっとさせれば恐らく⋯⋯」
能力を使って運命でも見ているのか、私を手で制しつつ、フィオナをじっと見据える。
当のフィオナはますます痛そうに頭を抑えながら痛みに苦しんでいた。
「あぁぁぁぁ! っ、し⋯⋯おう⋯⋯ゆび、わ⋯⋯?」
「フィオナ、もう少しだけ、耐え──」
「フィーオナー! 今日も遊びに来たぜー!」
「──ふぁ!? 」
と、何かを思い出しそうなところで、フィオナの友達でメイドでもあるパンサーが大声を出して部屋に入ってきた。パンサーの後ろには、他にもフィオナと仲のいいメイドのシュヴァハやマルバーもいる。
「フィオナの驚いた声、初めて聞い⋯⋯って、間が悪いわね!?」
「ん? あ、なんか取り込み中だったか? ごめんごめん」
「ぱ、パンサーちゃん、どう見てもタイミング悪かったみたいだよ⋯⋯?」
「そ、そんなことよりもフィオナは⋯⋯」
「⋯⋯え? どうしたの? レナお姉ちゃん」
まるで何事も無かったかのようにフィオナは首を傾げていた。もう頭を痛めている様子もなく、恐らくは先ほどのことも全て綺麗さっぱり忘れてしまったらしい。
「記憶が、また⋯⋯」
「はぁー。どうやら覚えていないようね。パンサー、ちょっと来なさい?」
「え、レミ⋯⋯お嬢様、どうしてそんな怖い顔⋯⋯あ、手を引っ張⋯⋯い、嫌な予感がする! ヘルプ! マルバーヘルプゥゥゥ!」
「お嬢様の行動を妨害することはできませんので」
「なんでだー! アタシが何をしたって言うんだー!」
明らかなお姉さまの八つ当たりで、パンサーが部屋の外へと連れて行かれた。その数秒後、外でパンサーの叫び声が聞こえたのは言うまでもなく、皆哀れんでいる様子だった。
「⋯⋯ま、知らなかったとはいえパンサーちゃんのせいで記憶が戻らなかったからね。レミリアお姉様は密かに気になっていたみたいだし、それが邪魔されたみたいで嫌だったんだろうね。全く、子どもなんだから」
「冷静に分析するのもいいけど、やっぱり可哀想だよね。後で何かしてあげよう」
「⋯⋯それもいいと思いますよ、ええ。はぁ、今日は機嫌が悪い日かもしれませんね」
お姉さま達が出ていった扉の方を見ながら1人で静かに呟いた。
私も記憶が戻らなかったことは残念に思うが、それでもフィオナの痛みが収まったのならそれはそれでいいと思いたい。それに⋯⋯もし記憶が戻って、フィオナでなくなってしまうことも今はまだ嫌だから。
「レナお姉ちゃん、パンサーは妖精だから一回休みがあるし、早く部屋の内装を決めよう。じゃないとお風呂にも入っていないのに寝る時間になる」
「合理的ですけど貴女も何気に酷いですね。⋯⋯でも、はい。早く終わらせましょうか。それにお姉さまもあまり酷いことはしないでしょうしね」
そうして私達は再び部屋の話へと切り替える。今度はメイド達も一緒に、仲良く、いつも通り今日のように平穏な日に感謝し、楽しむようにして────
side Alice Margatroid
──アリスの家
レナ達がフィオナの部屋に集まっているのと同時刻頃。
「こ、こは⋯⋯うっ⋯⋯!」
「どうしてかしら、治りづらい呪いがあるからあまり動かない方がいいわよ」
アリスに助けられた1人の男は起き上がる。
「⋯⋯お前は誰だ?」
「私? まず名前を聞く時は先に名乗るべきだとは思わない?」
「⋯⋯それもそうだな。失礼した。俺は⋯⋯
「そう、私はアリスよ。アリス・マーガトロイド」
この2人の出会いが更なる波乱を起こすことは、1人を除いてまだ誰も知らない────