東方紅転録2部 ─NAMELESS MIST─ 作:百合好きなmerrick
side Renata Scarlet
──紅魔館(レナータの部屋)
「飛べた⋯⋯!」
少女は宙に浮くと、嬉々たる表情を見せる。
魔法の1つもできなかったはずの少女はわずか数時間足らずで空を飛ぶことまで覚えてしまった。
流石に異常とも呼べるほど早い成長速度に、私も呆気に取られるしかなかった。
「あははっ! ボク、空を飛んでいるの!」
「部屋の中で器用に飛び回っているところを見る限り、邪魔をする壁のない外ではもっと自由にできそうですね」
「⋯⋯うん!」
外で自由に飛び回る自分でも想像したのか、少女はご機嫌な様子で返事をする。
しかしどうしても私は、彼女のどこか空虚なところが気になってしまう。
「⋯⋯ねぇ。名前が無いのは不便じゃありません?」
少女を空虚に感じるのは名前が無いからかもしれない。
と思ったが、すぐにそれが原因ではないと気付く。
──きっと、彼女の空虚はそんな表面上での影響では⋯⋯。
「確かに不便。⋯⋯そうだ。レナお姉ちゃんが決めて」
「え? 私が決めるのです?」
「ボクは何も思い付かない。名前とはその者を表す大事なモノ。
しかしボクには記憶が無く、自分に関連することを知らないの。だから君が付けて」
「わ、分かりました」
と、意外と重要な役割を任せられる。
少女の言う通り、名前とは大切なモノだ。だからこそ下手な名前を付けるわけにもいかない。
「⋯⋯レナお姉ちゃん?」
「⋯⋯え? あっ。もう少しお待ちを⋯⋯」
少女に心配そうに名前を呼ばれた。黙り込んで考えていたから心配されたのだろう。
一番安直なのはその容姿から連想できる言葉だろうか。
長く白い髪に、頭のてっぺんから一本だけ飛び跳ねるあほ毛。そして琥珀にも金色にも見える目。⋯⋯いや、よく見ると左右で色が違うらしい。右は金色、左は琥珀色。俗に言うオッドアイのようだ。
「⋯⋯名前の案として思い付くのは、琥珀という意味のアンバーや金色という意味のオーロ。他には白を意味するフィオナ、ビアンカ辺りでしょうか。この中で気に入った名前はあります?」
「どうして金色や琥珀色が出てくるの?」
「目の色ですよ。綺麗な金色と琥珀色をしていますから」
「そ、そうなの⋯⋯?」
少女は私の言葉に照れるように、顔を赤くする。
やはり外見からでは空虚を感じず、年相応の大人しい少女にしか見えない。
「そうですよ。目だけではなく、この長い髪も私の妹くらい素敵ですよ」
「そっか⋯⋯ありがとう。褒められるのは、素直に嬉しい。⋯⋯キミの妹にも会ってみたいな。
あ。それと名前の件だけど、フィオナがいい」
「フィオナ? どうしてです?」
「一番可愛く聞こえるから」
その言葉を聞いて嬉しく思い、また人間らしく、子供らしいとも感じる。
少女に感じた空虚は、あまり心配する必要もないのだ。と、この時の私はそう思った。
「⋯⋯ふふっ。ではフィオナ。貴女の記憶が戻るまではそう呼ばせてもらいますね」
「うん。改めてよろしく、レナお姉ちゃん。名前を付けてくれてありがとう。
⋯⋯フィオナ。フィオナか⋯⋯。ふふふ」
名前を気に入ってくれたらしく、何度も確かめるように嬉々とした表情で呟く。
「では⋯⋯フィオナ。そろそろお風呂に入りましょうか。今の時間なら、誰も居ないでしょうし」
「お風呂? ⋯⋯ローマ?」
「ろ、ろーま? いえ、汚れを落とすためにも入りません?」
「あっ⋯⋯なるほど。入る」
少女⋯⋯いや、フィオナの中で何かが固まったらしく、淡々と返事をする。
私は内心、お風呂が嫌いなわけではないと知ってホッとした。
「では⋯⋯⋯⋯はい、出入り口は作っておきました」
「やっぱり詠唱短い。凄い⋯⋯」
「それほどでもないですよ。もっと凄い魔術師、魔法使いはいますからね。
⋯⋯さて。では先に行ってきますので、私が呼ぶまでここで待っていてください。誰も居ないか見てきます」
「分かった。待ってるね。レナお姉ちゃん」
フィオナの見送りを受け、私は先にバスルームへと向かっていった。
バスルームに着き、誰も居ないことを確認するとすぐにフィオナを呼んだ。
そして体を洗い終わった今、浴槽に浸かっている。
「あったかい⋯⋯」
「お風呂は温かくて気持ちいいですよね⋯⋯。ねぇ、フィオナ?」
「⋯⋯何? レナお姉ちゃん⋯⋯」
温かいお風呂に浸かって眠たくなったのか、フィオナはウトウトとした様子で答える。
「あっ。いえ。⋯⋯そろそろ上がります?」
小さな子供がお風呂で眠るのは危険だと判断し、上がるように促す。
自分も外見だけなら小さな子供なのだが。
「⋯⋯ん。そうだね。少し、頭がボーッとしてきた⋯⋯」
「本格的にヤバそうですね。ささっ、早く上がりましょう」
「分かった⋯⋯」
フィオナを連れ、脱衣場へと出ていく。
もはやバスルームではなく温泉のようだが、この家ではこれが普通なのだ。
「新しく服は用意しているので、これを着てください。
前の服は洗濯に出しておきましたので」
「ありがとう。⋯⋯これ、真っ赤な服。レナお姉ちゃんの妹の服?」
「よく分かりましたね。ちなみに自分もよくフラン⋯⋯妹の服を借りています。
今着ている黒い服は自分の物ですけど⋯⋯」
基本的に黒か赤い服を着る私だが、どうしてか自分の服の数が少なく、赤い服のほとんどはフランの服を借りている。しかしフランは快く貸してくれるため、いつも感謝している。
「レナお姉ちゃんと似た魔力を感じる。⋯⋯残り香のように、小さな魔力だけど」
「えっ? ⋯⋯た、確かに身近な物にはその者の魔力が移ることもありますけど⋯⋯。それを感じ取るなんて⋯⋯いえ。それよりも魔力を判別するのは私にも難しいことです。やっぱりフィオナは魔法に関する天賦の才を⋯⋯」
「そうなの? ⋯⋯それにしても、レナお姉ちゃんの妹、優しい香りがする」
「ふふっ。そうです? やっぱりそうですよね」
服を着ながら、フィオナが魔力の残り香か服の匂いの感想を語る。
私は妹が褒められた気がして、少しばかり嬉しく思った。
「レナお姉ちゃんの妹⋯⋯フランかな? 会いたい。殺されないなら、会ってみたい」
「え? フランに⋯⋯ですか? ということは必然的にもう1人の妹にも会うでしょうけど⋯⋯。危険ではないと思いますが、お姉さまに伝わる可能性もありますし⋯⋯」
「ダメ? 無理そうなら、別に構わない。無理は言わないから」
「えーっと、無理では⋯⋯」
私としても、妹と会わせてみたいと思っている。しかしお姉さまに、この娘のことが伝わるかもしれないのは気がかりだ。気に入らないと殺されるかもしれない。そう思うと会わせない方が良いとも思える。
いや。どうしてそこまで気にする必要があるのだろう。お姉さまは私が無理を言えば聞いてくれるほど優しい人だ。お姉さまを信じられなかった数時間前の自分が恥ずかしくて仕方ない。やはり今日の自分は何かがおかしいのだ。
「⋯⋯そうですね。会いに行きましょうか。でも妹の前に、お姉さまに会いましょう」
「レナお姉ちゃんのお姉ちゃん? いい人?」
「いい人ですよ。私に誰よりも優しくて、私が誰よりも好きな⋯⋯」
「⋯⋯レナお姉ちゃんが好きな人だとは分かった。いい人なんだね、お姉ちゃん」
私の思いを理解したのか、爽やかな笑顔でそう言った。
その笑顔を見ていると、私の心配は杞憂だった、と思えてくる。
「⋯⋯はい。いい人ですよ。お姉さまは」
「うん。じゃあ会ってみよう。レナお姉ちゃんの、お姉ちゃんに」
「はい、そうですね。⋯⋯の前に、髪を乾かしましょうか」
「うん。分かった。楽しみだな、レナお姉ちゃんのお姉ちゃんに会えるの⋯⋯」
そして服を着替え終わったフィオナの髪を乾かしたあと、私達はお姉さまの部屋へと向かう。
お姉さまの部屋の前へ着くと、改めてフィオナの容姿を整える。
何故か頭のてっぺんのあほ毛だけは何度梳かしても直らず、仕方なくそのままにしてある。
「レナお姉ちゃん、緊張している? 魔力の揺れが激しい」
「そ、そんなことも分かるのですね。⋯⋯正直、誰かを紹介するのはまだ2度目ですから、緊張しています。ですが、お姉さま相手なので今は心配はしていません」
「⋯⋯なるほど。なら心配はしない。全部レナお姉ちゃんに任すね」
「責任重大ですね。⋯⋯ふぅー⋯⋯」
緊張する自分を押さえ付けるように深呼吸をする。
心配はいらない。何故なら、私が愛する唯一の姉なんだから。
「お姉さま。入りますね」
「レナ? いいわよ。もう仕事は終わっているから」
姉の返事を受け、ゆっくりと扉を開ける。
中には書斎と打って変わって、膨大な量の書類もなく、ゆったりとベッドに座るお姉さまの姿があった。服はいつものパジャマ姿で、お風呂に入ったあとなのか髪も綺麗に梳かしてある。
「今日はごめんなさいね。一緒に行けなく⋯⋯あら。その娘は誰?」
部屋に入ったフィオナを見た途端、話を区切ってまで質問される。
その声は警戒心も含んでいたが、子供に対する優しい感情も込められている。
「記憶喪失だった人間の子供です。保護しました」
「名前はフィオナ。よろしく。レナお姉ちゃんのお姉ちゃん」
「あらあら⋯⋯。私はレミリア・スカーレット。レナの姉よ。よろしくね、フィオナ。
それにしても⋯⋯貴女も物好きねぇ」
フィオナをまじまじと見ながら、お姉さまは呆れるようにそう言った。
どうして呆れているのかは分からないが、その顔はよく見る顔なのでおかしいとは思わない。
「レナお姉ちゃんと似ている魔力。でも魔力は少なく、質もそこまで高くはない。
だけど、力強くて優しい⋯⋯そんな香りがする」
「褒めてくれたのかしら? ありがとうね、フィオナ。⋯⋯で、レナはどうして連れてきたの?」
「え? 記憶喪失だったし、妖怪に襲われてたし⋯⋯」
「⋯⋯やっぱり優しすぎるのがたまに瑕ね。でも優しいのは貴女の取り柄でもあるからねぇ。
いいわ。記憶が戻る、または家が見つかるまではここに居ても。⋯⋯そうしたいんでしょう?」
私に確認するように、お姉さまは私を見て聞いた。
私の考えなど全て見通しているように、その口は少し笑みで歪んでいる。
「ふふん。正解です。ありがとうございます、お姉さま」
「いいのよ。妹の願いなら、叶えれるものは全て叶えてあげるわ」
「⋯⋯独占欲が強そう。レミリアお姉ちゃん」
「気高い吸血鬼は、欲しいものを全て手に入れるくらい独占欲が強くないとダメなのよ」
「なるほど⋯⋯」
悪びれる様子はなく、逆に自信満々に姉はそう答える。
この時ばかりは恥ずかしい気持ちが生まれるほど、姉はカッコつけているように見える。
やはり、姉は調子に乗らせないのが丁度いいようだ。
「レナお姉ちゃんは、レミリアお姉ちゃんのことが好きらしい。そのことをレミリアお姉ちゃんは知っているの?」
「ち、ちょっと!? それ今言うことじゃないですよ!?」
「でも、本当の気持ちは知っている方がいいから」
彼女は善意でそうしたらしく、真顔でそう答える。
「知っているわ。昔からずっとね。だって私も好きだから、レナのこと。
好きな人のことは、何だって分かるものよ?」
そしてお姉さまは、無頓着な笑顔でそう言った。
私の体温が上昇し、顔が真っ赤になっていることは言うまでもないだろう。
「⋯⋯⋯⋯つ、次はフランのところに行ってきますので⋯⋯。失礼しましたっ!」
「あ、待って。レナお姉ちゃん」
「ふふふ、ふふふふ。やっぱり可愛いわね。私の妹は」
後ろでそんな声が聞こえたが、私は返事をせず、そのままフランの部屋へと向かった。
紅魔館で一番深い場所にあるフランの部屋。
ここまで徒歩で来るのは、咲夜の能力による空間拡張も相まり、至難の業となっている。
「はぁ、はぁ。レナお姉ちゃん⋯⋯疲れた。もう死にそう⋯⋯」
「空を飛ぶ際、魔力を常に全開にしていましたからね⋯⋯。逆によくここまで来ましたよ」
そしてフィオナも、空を飛んでいるとはいえ全力で魔力の放出を行っていた為、すでに疲れきっていた。
今更ながら『抜け穴』を作っていたら、と後悔する。
「疲労回復の、はぁ、魔法⋯⋯はぁ、ない⋯⋯?」
「簡単のならありますよ。⋯⋯はい、かけました」
心の中での詠唱により、一瞬にして魔法を行使する。
フィオナの息遣いもゆっくりと、正常な状態へと戻っていった。
「オネー様? どうし⋯⋯誰そいつ」
「る、ルナ? って、妖力が⋯⋯」
部屋の中から、フランと酷似した容姿を持つ銀髪の少女が現れる。それはフランの別人格であり、もう1人の私の妹となったルナだ。
ルナはフィオナを見た途端、妖力を一気に放出、垂れ流した状態にして敵意を露わにする。
「名前はフィオナ。君がフラン?」
「⋯⋯違う。フランは中にいる。誰か知らないけど、どうしてオネー様と一緒にいるわけ?」
「レナお姉ちゃんには助けてもらった。だから一緒にいる。
レナお姉ちゃんと似ている魔力なのにフランじゃないとしたら、君は誰?」
「⋯⋯ルナ。オネー様の妹」
「あの⋯⋯もう入ってもいいです? というかフラン? フランヘルプー!」
ルナがあまりにも敵意を剥き出しにしていた為、フランに助けを求める。
すると、次こそ金髪の少女、フランが出てきた。
「どうしたの? なかなか入ってこないから心配し⋯⋯お、お姉様!?
レミリアお姉様という人がいるのに、どうして⋯⋯!?」
「いやいや。変な勘違いしないでくださいね? というか、女性同士なのですが⋯⋯。
普通は男性を連れてきたときの言葉ですよ?」
「あら、そうなの?」
誰がこうしたのか、フランやルナの感性が僅かにおかしくなっているようだ。
女性だけの環境で育ててしまったからだろうか。
「ま、どうでもいっか。それで? 迷子でも保護したの? それとも新しいメイドか何か?」
「何方かと言えば前者です。記憶喪失で、妖怪に襲われていたこの娘を保護しました」
「名前はフィオナ。よろしく」
「ふーん⋯⋯私はフランドール・スカーレット。フランでいいよ。⋯⋯ルナ、殺気抑えて?」
「でも⋯⋯」
「大丈夫だから、ね?」
「⋯⋯うん」
フランになだめられ、ルナは妖力の放出を抑える。
が、その顔は明らかにフィオナに敵意を向けていた。
「ごめんね。ルナったら、お姉様が知らない人と一緒にいるのが気に入らないみたいで」
「独占欲が強いから? レミリアお姉ちゃんも独占欲が強い。吸血鬼は独占欲が強いの?」
「うーん⋯⋯そうかな。微妙に違う気もするけど、その考えでいいと思うよ」
「フラン。中に入ってもいいです?」
「もちろんいいよ。さ、フィオナちゃんも入ってー」
フランに案内され、部屋の中へと入っていく。
相変わらずルナは警戒している為か、私を取られまいと、私の腕をしっかり掴んで離さない。
「それにしても、ほんとお姉様は人間に優しいね。今は吸血鬼なのに」
「そうです? 普通だと思いますよ」
「人間としてはね。吸血鬼としては異端児だよ。絶対」
部屋に入ると、ベッドの上に座って会話する。
両わきをフィオナとルナに挟まれ、ルナのもう一つ横にフランがいる。
「⋯⋯ルナちゃん、レナお姉ちゃんが好き? レミリアお姉ちゃんみたいに」
「好き。だから知らない人には渡さない」
「ボクとルナちゃん、もう友達じゃないの?」
「え? ⋯⋯う、うー⋯⋯」
私を挟んでルナは真っ直ぐとフィオナに目を向けられる。
ルナは今までの行いを恥ずかしんだのか、目を逸らすように顔をうつむけた。
「ルナ。喧嘩しないで仲良く、でしょ?」
「フランはもう友達だと思ってるの?」
「もちろんよ。お姉様が連れてきた人なんだから、いい人なのは間違いないよ」
「そっか⋯⋯。ふぃ、フィオナ」
フランの言葉を受け、ルナは改めてフィオナの顔を見つめた。
間にいる私は、若干場違いな気もする。
「私達は友達。けど、オネー様は取らないでね?」
「うん。取らないようにする。あとが怖いから」
「⋯⋯素直じゃないなぁ。ルナは。ま、いいわ。ねぇねぇ、お姉様。今日はここで寝るのー?」
「上で寝るつもりでしたが⋯⋯4人で寝れます?」
「最高5人で寝れるし大丈夫。5人だと超狭いけど⋯⋯。
それでも、たまにはみんな一緒に寝よっか、お姉様」
「いつも一緒に寝てますけどね。⋯⋯でも今日もいいですよ。フラン」
フランに促されるまま、私とフィオナはフランのベッドに入る。
そして翌日、博麗神社へと向かう日がやってきた────
胡蝶の夢
オリキャラプロフィールその1
名前:フィオナ(名付け親はレナ)
容姿:見た目は十歳ほどで、フランよりも小柄な少女。腰まである長い白髪。全体的にボサボサで、頭のてっぺんからはあほ毛が一本だけ飛び跳ねているのが印象深い。綺麗な琥珀色の目を持つ。が、よく見れば左右で色は変わり、右は金、左は琥珀色。
一人称:ボク
その他:キミ、〇〇ちゃん、〇〇さん、〇〇お姉ちゃん、お兄ちゃん(年上限定)
備考:記憶喪失。体内魔力(オド)がレナ以上。物覚えが早い。