東方紅転録2部 ─NAMELESS MIST─ 作:百合好きなmerrick
ではまあ、いつも通り。暇な時にでもごゆるりと。
side Renata Scarlet
──紅魔館(レミリアの書斎)
花が咲き誇り、動物が目覚め、全ての生き物が生き生きとし始める暖かな季節。それはもちろん春のこと。
しかしそんな生き物にとって幸せな季節でも、私は二番目に春が好きだ。一番好きなのは冬。理由は何と聞かれたら、今となってはずっと昔の、幼い頃の記憶が今でも大切な思い出になっているから。もしくは誕生日がその季節だから、と答えるだろう。思い返せばあの時は本当に子どもだった。楽しくて、幸せな日々が続くと思っていたからだ。でも、そんな日はそう長続きはしない。それでも今は幸せなのだから、次はこの今が長続きすることを祈ろう。⋯⋯なんて思ってても、それを壊そうとする奴らはどこにでも居るみたいだ。
今日は宴会の前日。その、一日の間で陽の光を気にせずに唯一窓を開けれる時間帯。私はお姉さまの元へ向かった。その理由はソロモン七十二柱とその親玉について話すためなのだが、宴会の前日ともあって相談できる時間が寝る直前しかなかった。
「お姉さま。入りますよ」
お姉さまの部屋の前まで行くと、私は扉をノックしてそう言った。しばらく待ち返事を待っていると「いいわよ」と一言だけ返ってきたので、そっと扉を開ける。
中には私が来ることを知ってか知らずか、窓にもたれかかり、月を見るお姉さまの姿がそこにはあった。淡い月明かりの下で片手にワインを持つその姿にはカリスマ性を感じるが、姿が少々幼いせいか子どもっぽくも見える。というか子どもなのだけれど。
「いよいよ明日ね」
私が部屋に入ったのを横目でチラリと見て、お姉さまは月に視線を戻してそう言った。間違いなく博麗神社で行われる宴会のことを言っているのだろう。お姉さまはこの館の中で一番楽しみにしていた。だから待ちきれず、私とその感情を共有でもしたいのだろう。実のところ私もお姉さまと話せるならそれもいいのだが、今回はそうはいかない。義妹とは言え、妹が危険に晒されているのだから。
「ええ、そうですね。ところでいいですか?」
「何を言いたいかは分かるわよ。貴女も明日のことが待ち遠しくて仕方ないのでしょう?」
「待ち遠しくはありますが⋯⋯。ごめんなさい、違います」
「あれ」
想定していた返事が返ってこらず、意外な顔をしてこちらを見つめ、思わず心の声まで口に出す。ちょっとだけ可愛く思ってしまったけど、よく考えれば可愛いのはいつものことだからとりあえず話を戻そう。
「お姉さま。ソロモンの悪魔のことなのですが⋯⋯」
「ああ、なるほどね。貴女は心配し過ぎよ。いつ来るか分からない者に対してできるだけのことはしているのでしょう?」
「それもそうですけど⋯⋯」
「心配性ねぇ」
お姉さまは呆れながらも、ワインを机に置いて私に近付く。そして優しく抱き締めてくれて、さらには安心させようと思ったのか頭を撫でる。
「どんな悪魔が来ても貴方達を守ることくらいはできるわよ。だから何があってもいつも通りになさい。私はいつでも貴女の味方。⋯⋯だから本心を話していいわよ。何も隠さなくていいわ」
「むぅ⋯⋯。お姉さま。私はいつ来るかも分からない敵が怖いです。それで誰かが死ぬとなれば怖いです。それに⋯⋯フィオナは何か隠しています。私に心配をかけたくないのかもしれませんし、話さなくても大丈夫だと思っているのかもしれません」
できればその二つ以外の可能性は考えたくない。というより、記憶がないのだから考える必要もないと思っている。そして、一緒に過ごした日はまだ浅いけど、考えていることが何となく分かるくらいにはなっている。だから、彼女が裏切るとか、騙すとか、そんな酷いことはしないと思う。⋯⋯記憶がない今の状態は。
「ならしっかり聞けばいいじゃない。何を恐れているの?」
お姉さまにそう言われ、頭の中で考えを巡らす。私は何を恐れているのか。私にとってのバッドエンドとは何か。それはもちろん決まっているじゃないか。この幸せな日々が害されること。もしくは⋯⋯誰かに裏切られること。特に信用している人に裏切られるのは怖い。自分を保てるか分からないから。
「別に、何も恐れてなんか⋯⋯」
お姉さまにそんなことを言う気にはなれない。フィオナを信用していないとか、裏切るとかは思っていないけど、どうしてもそう取られるような気がして話すことを躊躇われる。
「はい、じゃあ聞くのね。これで話はお終いかしら?」
「え、いや──痛っ!?」
私が口篭ると、お姉さまが私の額を小突く。それは怒っているわけじゃなくて、迷いを消させようとしたのだろう。それも物理的に。そのせいかちょっと力が強かった気がする。痛い。⋯⋯でも、本当に迷いはどこかへと消えてしまった。
「予想外の回答が返ってきたとしても、恐れることはないわ。それを受け入れなさい。そして考えるの。それからどうすればいいか。自分に何ができるかを。それがどういう結果になるかは分からないけど、きっと上手い方向に向かうわよ。私の妹なんだから、それくらいできるわよね?」
「⋯⋯はい、できます。やってみせます」
「えらいえらい。それでこそ私の妹よ」
再び頭を撫でられる。子ども扱いを受けている気もするが、悪い気はしない。それどころか逆に心地良い気分だ。やっぱり私はお姉さまのことを大好きなんだな、と改めて確認できた。わざわざお姉さまに相談したのも、ただ心配していただけじゃなく、きっと──
「ねえ、レナ。貴女以外の妹は明日に備えて早く寝ているのよ。次女である貴女が遅くまで起きていてどうするのよ。さあ、一緒に寝ましょう。明日は早いわよ?」
「え⋯⋯は、はい。そうですね。一緒に寝ましょうか」
今の私の顔はどうなっているだろうか。あまりの嬉しさに思わず笑みが零れているだろうか。それでも恥ずかしいという気持ちはない。ただ嬉しいという気持ちだけがある。⋯⋯上手く丸め込まれた気がするが、それもまたいいだろう。とりあえず、明日は皆が楽しみにする宴会だ。ある程度騒ぎが落ち着いてからでも、フィオナに話を聞くとしよう。
そう考えて、私はお姉さまの手を繋ぎ、寝室へと向かった────
side Kirisame Marisa
──時間は少し遡り 博麗神社
恐らく異変が終わった後で行う宴会以外で、一二を争う大きさの宴会を開くことになったのは、霊夢の気まぐれからだった。たまには異変以外でも宴会をしてみたいと言うので、少しばかり協力したのだ。まさか準備に十何人も手伝いに来るほど大きな宴会になるとは思っていなかったようだが。
「霊夢。居るか?」
「居るわよ。全く、ここまでされちゃ気軽に外にも出れないじゃない」
せっかく準備したこの場を誰かに荒らされるわけにもいかず、最近はずっと見張りのようにここに居るらしい。霊夢の言った言葉もいつも面倒くさがっているから本心だとは思うが、満更でもない感情も少しはあるのだろう。普段は何もしない霊夢が、なんと準備を手伝った。いつもなら任せ切りのあの霊夢がだ。
「なんか悪口でも考えてる? そんな気がするわ」
「あはは、まさかそんなわけないぜ。それはそうと⋯⋯」
見事考えを当てられ、内心焦った私は本題へと移ろうとする。私の言葉を本当に信じたのか、黙って耳を傾けている。心の中でホッと息をつき、何も悟らせないように話を続けた。
「結局永遠亭組は来ないらしいぜ。やっぱ診療所みたいな役割だからな。気軽に参加とかはできないみたいだぜ。ああ、でも竹林に住む妖怪とかは来るらしいが」
「妖怪が来るなんて聞いて今更驚かないわ。大切なのは慣れね」
半ば諦めた乱暴な口調でそう言い切った。逆に宴会で私ら以外の人間はあまり見ないのだが。咲夜は吸血鬼のメイドだし、妖夢は半人半霊だし、妹紅は不老不死だし。まともな人間は私くらいだな。
「それで? 宴会には誰が来るの?」
「まず紅魔館組だろ? 次に白玉楼の二人に、妖怪の山の妖怪。命蓮寺や地霊殿。守矢も来るかもしれないとか言ってたな」
「うわぁ。面倒なことにならなければいいけど」
「ああ、それと幽香も誘っといたぜ。来るかどうかは気分次第みたいだけど」
その言葉を聞くと、霊夢はあからさまに嫌そうな顔をする。どれを取っても癖の強い連中だから、何か悪いことは起きないかと心配しているのだろう。もちろん私も心配はしているが、そこまで子どもじゃないから大丈夫⋯⋯と思いたい。
「後は神霊廟の奴らと、地底の鬼もだったかな? とりあえずかなり来るな。あ、だが珍しくアリスは来ないそうだ。何か用事があるらしいぞ」
「へぇー。でも無理強いすることもないでしょ」
「まあな。とりあえず今回はこれだけ多くの連中が来るんだ。しっかりしてくれよ」
「え? 今回も幹事は魔理沙でしょ?」
呆気に取られた表情で霊夢はそう聞き返す。どうやら何も知らないらしい。まさか自分が幹事にされているなど思っていなかったようだ。そう言えば言ってもないのだから、知らないのも無理はないか。
「みんなで相談した結果、霊夢になったんだ。だから頑張ってくれよな」
「いやいやいや。みんなって具体的に誰よ。というか聞いてないわよ、そんなこと!」
「諦めろって。主的な奴らみんなに聞いたところ、霊夢が相応しいってなったんだ。あ、私もサブ幹事としてやるから心配しなくてもいいぜ」
「絶対に面倒事を押し付けられただけだわ⋯⋯。私も魔理沙に全て押し付けようかしら⋯⋯?」
話を聞いて一気に今までの疲れが出てきたのか、疲れ切った声でそう言った。流石に聞こえてるから押し付けられはしないが、多少は同情もできる。もちろんだからといって幹事役にはなるつもりはないが。どうせなら霊夢と一緒に幹事をやってみたい気もあるし。
「まあまあ。一緒に頑張ろうぜ。きっと上手くいくさ」
「はぁ⋯⋯。とてつもなく嫌な予感がするわ。絶対悪いことが起きそう」
この時はまだ「いくら当たりやすい霊夢の直感とは言え」と喚く霊夢の言葉を笑い飛ばしていた。この言葉が想像以上に酷い形で起きるなど、まだ想像すらしていなかった────
side ◼■◼□
──未明 外の世界
二つの世界の境い目。幻想郷と外の世界を繋ぐ結界の前に、その者達は立っていた。人の形を取る者や人からは逸脱した形を取る者。その全てが悪魔であり、数は三十近くその場に居る。その中心には、
「まさか本当に春に入れるとは思わなかったよ。これも君のお陰だよ、願いの貴公子」
「オレを召喚した貴方の功績かと思いますが。まあ褒められるのも悪い気はしません。ありがとうございます、我が主」
願いの貴公子と呼ばれた男は翼の生えた馬に乗っており、その姿は美男子と呼ぶにふさわしい整った容姿だ。
「ソロモン様に褒められるとか羨ましいなあ」
「ベリも褒められたい?」
「アルもでしょ? 褒めてもらうために、一緒に沢山殺そうね!」
「ああ、残念だけど今回君達はお留守番だよ。炎の王様」
ソロモンの言葉を聞いて炎の王は2人して残念そうな声を上げる。その2人は、どちらも炎のようなドレスを身に纏う十代半ばの少女だ。顔も体型も何もかもが瓜二つで見分けが付かない。人ではないことを証明するように、2人とも頭に二本の角を持つ。
「今回は偵察と建築と陽動。本格的な戦闘は次だよ。時が来れば異相の公爵を通して教えるから、君達はそれまで待機しててね」
「うー⋯⋯分かった。けど──」
「──絶対に忘れないでね!」
「うん、忘れないよ。2人は聞き分けが良くて助かるね」
ソロモンは2人の頭を撫でると、視線を何の変哲もない森の中へ向ける。実はその先に幻想郷があるのだが、今のままでは結界に邪魔をされ、何も見えはしない。この男、ソロモンだからこそ、その先がどうなっているか見えていると言っても過言ではないだろう。
「⋯⋯⋯⋯」
「あらウェパルさん? どうかしましたか?」
今まで黙って見ていた龍公ことブネが心配してか、水色の髪の少女に話しかける。その少女も悪魔らしく頭から二本の角が生えていた。
「いえ、あっちには海が無いと聞いたから人型になったけど、大丈夫かな、って。不自然じゃない?」
「いえいえ。不自然ではありませんよ」
「そっか。貴方が言うなら大丈夫ね」
どうやら本来の姿からかけ離れた姿で現界しているらしく、自分の姿に疑問を持っているらしい。その姿は少女に角が付いているだけなのだが、服は着ていないに等しい。自分の姿を気にするよりも、服を気にした方がいいとさえ思うものだ。
「さて、ソロモン様。準備はよろしいですね?」
「うん。いつでもいいよ。さあ、七十二柱の悪魔達、第一陣。行こうか、幻想の世界へ。願いの貴公子、移動をお願い」
「了解しました。では、オレはここで⋯⋯」
ソロモンを含む数多の悪魔達が瞬く間にその場から消え失せる。その場に残っていた数体の悪魔達も、それを見届けるとまるで最初からその場に居なかったように、煙のように跡形もなく消えていた────
side ???
──未明 ???
「お姉様。少しいいかな?」
月の光だけが照らす、誰もが寝静まった館で。その少女は周りに誰も居ないことを確認すると、隣で寝ている者に話しかけた。その声には何故か悲しみのような哀れみのような、複雑な感情が混じっている。それを姉の方も感じ取ったらしく、心配そうに「どうしたの。もう寝てたと思ったのに」と聞き返した。
「もしかしたら今後、貴女の身に何か起きるかもしれない。だからその時のために、これだけは大事に持っていて」
そう言って懐から紅い液体の入った小瓶を取り出し、姉の手に持たせる。姉は興味深そうに観察した後、この小瓶が何なのか、そしてどうして渡したのかを尋ねた。
「今はまだ言えない。でも、もし自分の身に何か起きたと感じたらすぐに飲んで。ただ、これだけは言っておく。幸せな日が続いてほしいから、これを渡すの。だからわたしを信用して」
あまりの真剣さに姉はただ一言「分かった」とだけ返す。姉は妹の行動に多少疑問に思うも、その少女の黒い瞳を見つめて、全てを察したかのように言葉を受け入れた。そして大事に小瓶を保管すると、彼女は眠りについた────