ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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全4話編成の第11章4話目です。
11章は、萃夢想のお話になります。



消えることで見えなくなるモノ、消えることで見えてくるモノ

 生きていれば必ず選択を迫られる瞬間が来る。

 それは、ある提案を受けた時。

 それは、ある提示があった時。

 それは、道に迷った時。

 人生という道を進んでいればどこかで分岐点が現れる。

 

 

「みんな、僕の希望を聞いてほしい」

 

 

 今、この瞬間――ここが分岐点。

 見渡してみれば、右、左、正面に道が通っているのが見える。

 いずれの道にも先の見えない白く霞んだ景色が広がっている。

 どこに進もうか、どこに行くべきか。

 こうした人生の分かれ道の出現条件は多岐にわたっている。

 だけど、よくよく考えてみると分岐の選択肢は大きく3通りしか存在しないことに気付く。

 今の場合で言えば、話すのか、黙っているのか、それとも時間を置くのか。

 一般的に言えば、受け入れるのか、拒むのか、それとも傍観するのか、たったそれだけしかない。

 僕たちは、何をするにも、何をされるにも、何をしないにしても、必ず答えを迫られることになる。

 

 

「耳を塞がずに僕の終わりの話を聞いてほしい」

 

 

 今までどれだけの選択をしてきただろうか。

 毎日のようにしてきた選択でどんな未来が作られただろうか。

 

 

「心を閉ざさずに僕が望む終わりの話を聞いてほしい」

 

 

 選ぶ際の基準はまちまちで、人によって千差万別――自分のため、誰かのため、何かのため、何かしらの理由がある。

 そして、進むたびに訪れる分かれ道の中でも、特に人生の岐路や大きな影響を及ぼす選択の場面に決まって言われる言葉がある。

 誰しもが1度は聞いたことがある言葉ではないだろうか。

 ――後悔のない選択を。

 僕はこれまで、この言葉の意味が分かっていなかった。真に何を伝えたい言葉なのか理解できていなかった。

 僕にとって後悔とは、未来を生きていくうえで必要なものだという認識だったから。

 後悔をすることで、過去を反省することで、次に繋げていける。後悔とは、今後の生き方を見つめる時に必要なもので決して悪いものではない。そもそも、結果が出るまで後悔するかどうかが分からないのだ。後悔のない選択を意図的に選ぶことができない大前提がある以上、考えても仕方がないことだと思っていた。

 ――だけど、違ったんだ。

 僕は、この言葉が意味している本当の意図を理解できていなかった。後に繋がらない選択をする今だからこそ、後に続かない話をしてしまった後になって、思い知った。吐き出した思いの分だけ軽くなった心に残った想いが、僕に後悔の存在を気付かせてくれた。

 

 

「僕は、後1年ほどで死んでしまう」

 

 

 一言発した。普段生活している12畳ほどの博麗神社の部屋の一室に、僕の声が何者にも邪魔されることなく綺麗に通った。声が空間に響いた瞬間、聞いていた人の顔が一気にその色を変えた。変わらない者もいたが、大半の表情に雲がかった。

 僕がここに呼んだのは、霊夢、椛、希、なごみ、影狼さん、大妖精、藍、紫、橙の9人である。全員の顔が見えるように9人が僕の前で扇型に並んでいる。下を見てみれば、巨大な白い紙がひかれており、墨で描いた幾何学的な模様が描かれている。

 これはなごみが描いたものである。大事な話をしたいと告げたら、私も参加したいと場を整えてくれた。ここには、なごみが書いた魔法陣が効力によって、全員の思考が言葉なしで伝えられる環境が出来上がっている。これからする話は外に漏らすわけにもいかないし、なごみの提案を断る理由はなかった。

 

 

「生き物が死ぬのは仕方のないことだ。生きている者はどれだけ抗ってもいずれ死んでしまう。僕の場合は後が比較的短いとはいえ、それは早いか遅いか程度の問題。大事なのは、僕がそこをゴールに決めたということ。僕は、終わりを後に引き延ばすつもりは全くないし、それができるとも思わない」

 

「なぜだ、まだ終わっていないだろう。後1年の猶予がある」

 

 

 眉間にしわを寄せた藍が固まった空気を打ち壊すように喉を震わせた。後1年ある――そんな希望を口にした。あの時と同じように、紅魔館で紫と戦った時と同じように、未来を繋げていくための言葉を告げた。

 

 

「和友、諦めるにはまだ早いだろう? 時間があるのに可能性を探すことを諦めるのか? やってもいないのに両手を挙げて白旗を掲げるのか?」

 

 

 藍の瞳の奥に宿る強い光が、終わりを求める僕を断罪するように見つめている。紅魔館で紫と対峙した時よりも強くなった光が僕に諦めるなと訴えかけている。

 

 

「私は許さないぞ。また一人で苦しみの中を逝くなど、私を置き去りにして逝こうとするなど、絶対に許さないからな」

 

 

 どう答えたものだろうか。答えは決まっているが、僕はそれをどう表現していいのか分からなかった。言葉にはできないけど、眼だけはそらさず、視線だけは外さず、まっすぐな瞳だけで曲げられない想いを伝える。

 次第に空気が膠着し始める。雰囲気に重力が加わるように重さが増している。

 その重量に耐え切れなくなったのか、藍に同調するように希が大きく何度も首を縦に振りながら同意の言葉を述べた。

 

 

「うん、私も藍の意見に賛成。ちょっと唐突すぎて話が全然掴めていないけど、障害があるなら打ち破ればいいじゃん。得意の努力の積み重ねで壁を乗り越えていけばいいんじゃないの?」

 

「希の言う通り、人間やれないことなんてほとんどないと思う。耳の聞こえない私だってこうやって魔法が使えたわけだし……」

 

「希やなごみの言うように簡単に乗り越えられるほど状況は楽観視できるものではないが……それでもここで諦めることを私は認められない。そんな終わり方、私が私を許せない」

 

 

 同じように僕の問題に対して希望を持つような、未来を作っていく可能性を含ませるセリフを放った3人だったが、3人の表情は大きく違っていた。

 希やなごみはまだ現状を把握できていないのもあって、将来を楽観視している。何とかなるだろうと思っている。表情も平常と変わらず、影が差している様子は見られない。

 だが、藍はいかんともしがたい状況を知っているのもあって小難しい表情を浮かべていた。

 状況は切迫している。時間は差し迫っている。

 正解の存在しない――選択の時はもうすぐそこまで来ていた。

 

 

「でもどうするの? まだ僕が助かる方法は見つかっていないんだよね?」

 

「……そうだな。今のところ可能性の欠片すら見つかっていない」

 

「一応分かっているとは思うけど、和友の病気を物理的に治療することは不可能よ。可能性があるとすれば、精神に働きかけて心の中の穴を綺麗に塞ぐことぐらいじゃないかしら? 病気の発生源を埋めてしまえば今よりも悪化することはないと考えられるわ」

 

 

 心に空いた穴――この話を知っているのは、紫と藍と橙、椛、文、そして鈴仙と八意先生だけである。僕の病気の詳細を知らない希、なごみ、影狼さん、大妖精は話についていけず、不思議そうな顔をしている。

 だけど、実情を知らないはずの霊夢だけは僕の顔を見たまま、俯瞰するように見つめていた。

 理解が及ばない希が分からない組を率先して紫に疑問を投げかける。

 

 

「どういうこと? 心の穴を塞ぐとか言っているけど、和友の病気っていうのは精神的なものなの?」

 

「正確には能力の暴走だけど、おおよそその認識で合っているわ。心に傷を負った影響で穴が空いて境界を曖昧にする能力が漏れ出しているの。今、こうして話している間にも和友が必死に覚えてきたものが曖昧になろうとしている」

 

「だから、穴を埋められたらっていうことね……何となくイメージはできたわ」

 

「本当に? 見てもいないのに説明だけ受けて理解できたのかしら? 分かった気になる、分かったフリをするのは美徳ではないわよ」

 

 

 イメージできたという希に、紫の怪訝そうな瞳が向けられる。

 紫の鋭い指摘に希が言葉に詰まりながら言った。

 

 

「と、とにかく大変ってことは分かったからそれで十分でしょ!?」

 

「十分なわけがないでしょう。説明の手間を考えて私たちを気遣っているのなら止めておきなさい。私たちは、この件について手間暇は惜しまないわ」

 

「そうは言うけれど、いくら説明を聞いても理解できる気がしないんだけど……」

 

「そうね、それじゃあこうしましょうか。後で和友の心の中に連れて行ってあげるわ。百聞は一見に如かず、よ。私たちも見るまで信じられなかったもの。和友、それでいいわよね?」

 

「いいよ。僕の異常さを見て、感じて、何かを抱えてくれるきっかけになるのであれば、いくらでも僕は心を開くよ」

 

 

 許可を求めてくる紫に向けて静かに頷く。

 心の中に招くというリスクを考えても、ここは頷くべきだと思った。

 見なければわからない。晒さなければ見えてこない。

 異常さを認知しなければ、対処することも叶わないのだから。

 

 

「一つ聞きたいんだけど、心の穴ってどうやって埋めるの? 和友の失ったモノが何か知らないけど、普通なら家族とか身近な友達とかが埋めてくれるっていう流れが普通なのかな?」

 

「本来であればそれで十分なのだが、和友の場合は完全に埋めてやらなければならないのだ。隙間ができてしまえば、そこから能力が漏れ出すからな。だが、そのまま誰かが失った者の代わりになることはできない。失った者の完全なる代わりなんて存在しないのだから」

 

「ええ、そうね。誰が代わりをしようとしても必ず隙間が生まれる。生物は、同じ役割を担うことはできても同じ者になることはできない。両者の隙間から漏れ出す想いは止められないわ」

 

 

 藍と紫から現状が述べられる。効果的な方法は未だに見つかっておらず、どうしていいのかの具体的な案が全くないことが全員に共有された。

 諦めないと言うだけなら簡単だ。感情論だけで話ができるのならいくらでも会話が続けられる。だが、何とかしよう、頑張ろう――そんな曖昧さでは確固たる現実は動かない。

 この件には、制限時間というリミットが存在するのだから。寿命の終わりという期限の終わりがあるのだから。命の灯が消える瞬間までにどうにかしなければならないのだ。

 

 

「また閻魔様に頼むの? それでまた先延ばしにするの?」

 

「それは和友の病気を治すよりハードルが高いわよ。あの頑固な石頭の石像は二度と動かないわ。動かせる案があるのなら聞いてもいいけど、聞くだけ無駄だし、考えるだけ不毛よ」

 

「どうして?」

 

「そんなものないからよ。あいつはそういう奴なの。もう一度頼んだところでろくな結果にはならないわ。これから迎えようとしている終わりよりも酷くなるって断言できるもの」

 

「あの四季映姫様を私情で動かしたのですか!?」

 

 

 紫の口にした閻魔という言葉に真っ先に反応したのは椛だった。幻想郷における閻魔とは、四季映姫・ヤマザナドゥのこと。裁決を下す立場から常に公平を保ち、私情では動かないことで有名な者の名前である。

 

 

「彼女は助けを求めても絶対に動かないと思っていたのですが、一体どんな方法をとったのですか?」

 

「それを知ってどうするというの? 切り札はもう切った。手元には何も残っていない。大事なのはその事実だけでしょう? 興味本位なら聞かないで。その口を二度と開けなくなってもいいというのなら止めはしないけど、あなたにその覚悟があるかしら?」

 

「い、いえ……」

 

 

 紫が期限の延長を図れる唯一の実績を持った方法の行使は不可能であると断言する。言葉と同時に若干の怒りがにじんでいる瞳に椛が気圧される。何があったのか、不名誉なことがあったのか、不満があるのか――紫の瞳からは様々な感情が読み取れた。

 

 

「そもそも、あいつの協力を得られる確実な方法を提示できなければ、話す気にもならないわ。私が話すことで代案が生まれるというのなら恥を忍んで答えてあげるけど?」

 

 

 場に沈黙だけが停滞する。

 

 

「どうやら言わなくていいみたいね」

 

 

 僕も、椛と同じように紫と四季映姫に何があったのかは知らない。どうして助けてくれたのかも知らない。どうして手を貸してくれたのかも分からない。助けてくれた時、彼女は何も語らなかったから。ただ、ほんの少し寂しそうに見えた顔が記憶に残っているだけだった。

 

 

「結局、今のところ助かる方法は見つかっていないんだよね。リミットはもうすぐだよ? 探すのは全然かまわないけど、僕が死ぬ覚悟はしておいて欲しいかな」

 

 

 藍、希、なごみは希望を口にしようとするが、現実論的に僕は生き延びるのは不可能である。

 このまま何もしなければ死んでしまう。心の中が空いた穴から漏れた水で埋まり、区別するために覚えた標識と立札が朽ちる。

 普通の人であれば、心に穴が開いても辛い思いをするだけでそれ以上はないが、僕の場合は能力が暴走してしまっていることが大きな問題となっている。

 涙のような悲しみの水が全てを溶かしていく。思い出も、記憶も、過去も、未来もあったのか無かったのか区別のつかないものにしてしまう。

 大事なものが沈んだとき――それが僕の終わり。僕という存在の終わりだ。

 

 

「はぁ……聞いていられないわね」

 

 

 僕の言葉から数秒経ったとき、大きなため息が霊夢から漏れた。霊夢はゆっくりとその場で立ち上がると見下すように僕を見て言った。

 

 

「あんたの言い分を聞いていると思うんだけど、要はあんたは死にたいってことでしょ? 勝手にすればいいじゃない。死ぬのも生きるのもあんたの勝手よ」

 

「霊夢、これは前にも言ったことだけど僕はあんたじゃないよ。僕は笹原和友だから」

 

「死にたがりのあんたなんてあんたで十分よ。で、話はそれだけ? だったら私はもう寝るわ」

 

 

 誰が見ても分かるぐらい不機嫌になった霊夢が部屋を出ていく。誰も止めようとはしない。誰も口を挟まない。

 僕は霊夢の姿がふすまの奥に消えそうになるその時、いつも霊夢に送っている挨拶の言葉を投げかけた。

 

 

「霊夢、おやすみなさい。明日もいい日になるといいね」

 

「…………うそつき」

 

 

 一瞬だけ霊夢の動きが止まったが、おやすみの返事が返ってくることはなく、ふすまの閉じられる音だけが響いた。

 霊夢の姿が見えなくなった。場から一人、いなくなった。隙間ができて、穴がぽっかり空いた。そんな空虚な雰囲気が残る中で、最初に口を開いたのは希だった。

 

 

「引き留めなくてよかったの? 霊夢、相当怒っているみたいだったけど」

 

「いいよ。霊夢は引き留めたところで止まったり、話を聞いてくれたりしないと思うから。この話には関わらない――それが霊夢の選択だよ。僕はそれでもいいと思っている。関わっても得がある話じゃないし、霊夢からしたら迷惑なだけの話かもしれないからさ」

 

「それはそうかもしれないけどさ……ねぇ、なごみはどう思う?」

 

「私は、霊夢が怒るのも分かる気がする。和友の話を聞いていると、やっぱり和友は死にたいんだろうなって思うから。そういう気持ちが伝わってくるから。和友、どうして? どうして死にたいの? どうしてそこで終わりにしたいの?」

 

 

 どうして――理由を問うなごみの質問を受けた僕に全員の視線が集中する。

 僕は、ついにこの時が来たかと身構えた。

 この理由を話すために全員を集めた。

 この理由を告げるために、終わりを迎えるために、今日を作ったのだから。

 

 

「なごみはさ、自分を作っているモノって何だと思う?」

 

「それはどういう意図の質問? 和友の求めている答えって、日々の食事とか、細胞の塊とかそういうのじゃないよね?」

 

「うん。そういうのじゃなくて、自分という人間が自分だということができる必要最低限のものって何なのかなって話だよ。笹原和友は、何でできているのかって話」

 

 

 自分を自分だということのできる必要最低限のもの。

 僕は、何があれば僕だと言えるのだろうか。

 笹原和友は、何で構成されているのだろうか。

 名前が付けられて、区別されている、差別されているってことは違いがあるということ。

 その違いとは何なのだろうか。

 問いかけてみる。

 みんなに、問うてみる。

 

 

「みんなは、どうしてみんななの? 何があるからみんななの? 藍は何があるから藍なの? 紫はどうして紫なの? 希はどうしてなごみじゃないの? 椛はどうして椛として成り立っているの? 影狼さんはどうして周りの妖怪と違うって言えるの? 大妖精はどうして妖精から区別されているの?」

 

 

 横にいる者を見て、それが自分ではないと言える根拠はどこにあるのだろうか。

 目の前を歩く者を見て、それが自分ではないと言える自信はどこにあるのだろうか。

 鏡に映る自分を見て、それが自分だと言える気持ちはどこから来るのだろうか。

 隣の者と自分を隔てている境界線は何なのだろうか。

 自分という存在の境界線を引いているのは、何なのだろうか。

 あなたは――どうしてあなたなのですか?

 僕の問いは、あなたを作っているモノを問うもの。

 それは――

 

 

「人それぞれ答えは違うかもしれないけど……僕が僕であるために必要なもの、僕が僕足らしめているものを考えたら、一つの答えが出てきたんだ」

 

 

 人間だから、僕なのではない。

 腕があるから、足があるから、体があるから僕なのではない。

 笹原和友という名前が付けられているから僕なのではない。

 僕って一体どうやって区別されているのか。

 考えてみたら、その答えはこれまで積み立ててきた心の中にあった。

 

 

「僕の場合は、心の中にある旗が僕を作っているモノなんだって気付いたんだ。みんなを区別するために必死に打ち立てた標識が僕を作っている。みんなのことを覚えている僕が、覚えようとして区別してきた、みんなと違う僕が――僕なんだって」

 

 

 みんながいるから僕がいる。

 覚えてきたみんなが僕との境界線を作っている。

 区別してきたみんなが僕の存在を照らしてくれている。

 みんながいなければ、僕の存在は見えてこない。

 白いキャンパスは、どこまでいっても白いままだから。

 そこにポツリポツリと、彩が加わっているから見えるんだ。

 黒が塗られて、赤が塗られて、黄色が足されて、青が乗る。

 いろんな色が足されて、残った白が僕の世界だ。

 その残った白い部分が僕という存在だ。

 

 

「みんなという存在があるから。区別されたものがあるから。差別された記憶があるから僕がいるんだって。僕が僕でいられるんだって気付いたんだ」

 

 

 みんながなくなったら。

 僕の中のみんながいなくなってしまったら。

 心の中は不毛になる。

 なにもなくなる。

 何もない世界では、自分の居場所が分からなくなる。

 何もない世界では、境界線がなくなる。

 そこには自分も他人もない。

 あるのは空虚な世界だけだ。

 

 

「僕は僕のままで終わりたい。みんなが誰かも分からなくなった状態で、自分が誰なのか分からなくなった状態で――そんなゾンビみたいな生き方をしたくない」

 

 

 生きていれば、何とかなるというのは詭弁だ。

 生きてさえいれば、可能性があると思うのは幻想だ。

 こと僕の件に関しては、いたずらに延命措置をとることに意味なんてない。

 全てを抱えたまま未来に進めるのならいいが、大切なものを途中で下さなければならなくなるのだったらそれは死んでいるのと同じだから。区別してきたみんなを下ろして進むことは、これまでの自分そのものを消しているのと同じだから。

 みんなのことを知らない僕は、僕ではないから。

 自分と区別してきたみんながいない僕は、僕が僕ではなくなっているから。

 心の中のみんなが死んでしまったと同時に、僕という存在が死んでしまっているから。

 死んでいる僕なんて、いらない。

 生きていない僕なんて、いらない。

 そんなもの、僕はいらない。

 

 

「だから、終わりのその時を自分で区切りたいんだ。僕は最後までみんなと一緒に生きていたい。みんなと共に、生きていたい」

 

 

 想いを伝える。これまで溜め込んでいた、抱えていた想いを吐き出す。

 僕の想いを聞いた面々は、何も口にしなかった。文句の一つも出なかった。反論をすることも肯定することもなかった。

 ただ、何かしら全員がそれぞれの想いを抱えている。口には出さないけれども、心の奥では強い想いが炎を放っている。僕から見たみんなの顔はそれぞれ強い意志を感じさせるものだった。

 しばらくの沈黙ののち、優しく微笑んだ紫が言った。

 

 

「あなたの人生よ。あなたが決めればいい。ここにいる皆は、頑張ってきた和友を知っているから。家族は、あなたの生き方にとやかく口を出すほど野暮じゃないわ」

 

 

 そこまで言葉が出たところで紫の表情が不敵な笑みに変わる。

 どこか嬉しそうに、どこか挑発するような眼をして言った。

 

 

「でもね、これだけは言っておくわ。私たちもあなたと同じように生きているから」

 

 

 生きているから。後は続かなかった。続かなくても分かった。

 そう――みんな生きている。

 自分で選んで、前に進んでいる。

 何をしたいとか、どうなりたいとか、誰に指図されることもなく自分で決めている。

 自分の足で、自分の目で、自分の心で、自分が進むべき道を自分で見つけている。

 迷っても、立ち止まっても、自分の中の羅針盤に従って前に進んでいる。

 誰のためにでもなく、自分がそうしたいからという理由で前に進んでいる。

 僕は、僕のために。

 みんなは、みんなのために。

 生きるための選択を――選ぶ。

 紫の後に続くように、影狼さんが声を上げた。

 

 

「それで、和友は具体的にはどうしたいのかしら? 和友は私たちに何をして欲しいの? 選ぶのは私たちだけど願いを聞くだけは聞くわよ」

 

「ここに和友の願いをそのまま聞いてくれる者はほとんどいないと思うけど、和友の目標を達成するだけなら最後に自殺して終わるだけよね。特に私たちに話す必要はなかったんじゃない?」

 

「希、話す必要はあったよ。これは話さなきゃいけなかったことなんだ。僕はまだ終わりの話をしていないからさ」

 

「和友が死んでしまうって話で終わりじゃなかったの?」

 

「橙、死ぬだけなら今でもできるよ。死を後に伸ばすのにはそれなりの理由があるんだ」

 

 

 橙は分かっていないようだったが、まだ僕の望む終わりの形を話していない。

 終わりに向けて階段を作った僕の物語を伝えていない。

 

 

「僕は――」

 

 

 大きく息を吸う。

 ずっと考えてきた、終わりの形を。

 僕が生きる道を示す。

 僕が選んだ道――歩んだ道を更地に変えること。

 ここから先、僕が選ぶ未来は決まっていた。

 

 

「僕は、幻想郷にいる全ての人から僕に関する記憶を消そうと思っている。全部なかったことにして終わりを迎えようと思っている。かつて藍にしたように、記憶を曖昧にして思い出せないようにしようと思っている」

 

 

 僕は、幻想郷に住まう人々から僕に関する記憶を曖昧にしようと思っている。

 僕が死んでしまうその時に全てを無かったことにしようと考えている。

 まるで台風が過ぎ去った後のように、跡形もなく吹き飛ばしていきたいと思っている。

 でも、僕の願いは他者を巻き込むものだ。反発もあれば、疑問を訴えるものが必ず出る。そして、予測した通りに希が真っ先に質問を飛ばしてきた。

 

 

「え、なんで? なんで記憶まで消す必要があるの?」

 

「僕は、僕が死ぬことで僕に囚われる人がいるのが一番怖い。そんな人が出るくらいなら、全部なかったことになってもいい。その人が生きられなくなるのなら、僕という存在が死んだっていい」

 

 

 言い切った瞬間、希が勢いよく立ち上がった。握りしめたこぶしが唇と同じように震えている。

 希は、噛みしめるように紡いだ口を大きく開き、感情を吐露した。

 

 

「私は嫌だよ! 忘れるなんて嫌! 和友が死んだら悲しむとは思うけどさ。それって自然なことだよ! 大切なものがなくなって泣きたい気持ちになるのは普通のことでしょ!? 和友だって忘れたくないから死ぬって言ったじゃない!! なんで私たちにとっても和友と一緒にいた記憶が大事なものだって分からないの!?」

 

 

 分かっている。知っている。刻まれている。

 失うことの恐怖を。消えていく喪失感を。

 忘れて、思い出せなくなって、消えて、消えたことも忘れる。

 悲しくなって、苦しくなって、息が止まりそうになる。

 咎める人が誰もいないから――自分が嫌いになった。

 自分しか責められる人がいないから――自分で自分を刺した。

 でも、そうしようと思うかどうかはやっぱり人による。

 どうしたいのか、どうされたいのか。

 僕は、それをみんなに問いかけたいのだ。

 

 

「ここにみんなを呼んだのは、そこを聞きたかったんだ。記憶を曖昧にすることを受け入れるか。拒むのか。それとも答えを引き延ばすのか。どれを選ぶかは自由、どうするのかは聞いた本人が決めること。聞く権利を持った人だけが決められることだから」

 

 

 僕が知りたいのは、ここである。

 みんなの選択が知りたい。

 僕との記憶を持ったまま未来へ進むのか。

 僕との記憶を捨てて未来へ進むのか。

 それとも選択できる時まで保留にし、立ち止まるのか。

 みんなが自分で選んでほしかった。

 その選択を尊重したかった。

 

 

「僕に関する記憶は、僕の死を乗り越えて前に進める人だけに持っていてほしい。僕との記憶を踏み台にできる人にだけ持っていてほしい。未来のための礎にできる人だけに僕の存在をもっていってほしい」

 

 

 この問いに正解なんて存在しない――選んだものが全て。

 記憶を曖昧にすることを受け入れるのか、拒むのか、それとも時間を置くのか。3通りしかない答えが待っている。選択の時を待っている。

 

 

 希となごみ、紫は言った。

 背負っていくことを宣言した。

 抱えたまま未来を進むことを選んだ。

 

 

「私は忘れるなんて嫌。和友のことは一生背負っていくわ。毎年墓参りしてやる。そんで和友よりもかっこいい彼氏を見つけて幸せを報告してやるから!」

 

「私も、大丈夫です。私の背中は以前より広くなりましたから和友一人くらい背負っていけます。自分の生きたいところに、あるがままにどこまでも進んでいけます」

 

「私は言わずもがなよ。最初から覚悟していたことだわ。1年前から準備はできている」

 

「でも、助けられる可能性があれば助けるわよ! 和友が生きてみんなと共に生きられるのが一番ハッピーなんだから!」

 

 

 藍と橙は、言った。

 既存の選択以外の可能性を模索すると。

 選択の時を後に回し、他の結末に手を伸ばすことを誓った。

 

 

「私は諦めないぞ。記憶を曖昧にされる苦しみは私が一番よく知っている。最後の最後まであがいて見せる。記憶を消す、消さない以前に――和友を救って見せるからな」

 

「私も、藍様と同意見です。記憶を曖昧にするしないはギリギリでも判断できるはずです。もし、見つからなかったら。その時、選びます」

 

 

 影狼さんと大妖精は言った。

 記憶を消すことを受け入れ、軽くなった体で未来を歩むと。

 失うことで得られる自由で、自らの道を進むと言った。

 

 

「私は、消してもらえると助かるかな。私……こう見えても結構和友のいる居場所が気に入っていて、和友が消えていなくなった時に――ずっと待ってしまいそうだから。帰ってくるんじゃないかって待ってしまいそうだから」

 

「わ、私も、ずっと残りそうなら捨ててしまいたいです。多分、私自身が抱えてずっと生きていけるとは思えませんから」

 

 

 三者三様の結果が示される。

 正解の存在しない問いに対する回答を、それぞれが胸に抱えた思いが口にする。

 そう、こうなるのが普通だ。

 こうなってくれるから、僕はみんなに話したのだ。

 

 

「和友は、それで後悔しないのか。それが後悔のない選択なのか?」

 

 

 藍に問いかけられた瞬間に、脳内にある何度も聞いた言葉が轟いた。

 ――ああ、そういうことか。

 これが、後悔のない選択をという言葉の本当の意味なのだ。

 

 

「抱え込んできた想いは全て吐き出した。もう心には後悔しか残っていないよ。楽しさも、嬉しさも、苦しさも、悲しみも、すっきりしてまっさらになった世界で、ようやく僕は後悔を見つけられた」

 

 

 後悔のない選択をという言葉は、後悔を見つける言葉なのだ。

 みんながいることで区別されている僕と違って、後悔は他の感情に埋もれている。これは、本来であれば、結果が出ることで初めて見つけられる後悔の存在をあぶり出すためのもの。後悔をしないためにと心にある全ての色を吐き出し、心を白くしていく。すると、普通であれば未来で見つかるはずの後悔が最後に見つかる。白いキャンパスに一つだけ黒い点が見つかる。

 

 

「後悔だけは、僕が抱えていくよ。僕という存在が終わるまでずっと、こいつだけは持っていく。こいつは僕の未来にあるべきものだから」

 

 

 これまで溜め込んでいたものを吐き出し、誰もいなくなった心に最後に残った後悔が生涯で1度きりの鳴き声を上げた。

 

 




更新が遅くなって申し訳ございません。
リアルに忙殺されております。
何とか更新の方はしていくのでよろしくお願いいたします。

さて、今回は主人公が終わりの形を家族に話し、みんなに意見を求める話になります。
タイトルのまんまですが、消えることで見えなくなるモノ、消えることで見えてくるモノが分かってもらえると嬉しいです。


私は、割とこういう普段聞くような言葉から話を広げることが多いです。
今回は、後悔のないのない選択を、という言葉でしたが、みなさんも結構聞きなじみありますかね。
初めて聞いたとかいう人がいたら、もしかしたらこの話はぴんと来ないかもしれませんね。


次回は、萃夢想と永夜抄の間になります。
割とほのぼのした感じで書けたらなとは思いますが、次章は4話も使用しないと思います。2話程度書いて、永夜抄に入れたらと思います。
今年もよろしくお願いいたします。
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