ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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全6話編成の第12章3話目です。
12章は、永夜抄のお話になります。


鳥かごの扉、飛び出した者たち

 風が吹き、草木が揺れる音だけが存在する空間で、いつも通り空を見上げる。

 もうすぐ夜がやってくる。風が通り抜けると露出している肌が僅かに悲鳴を上げる。昼時にはまだまだ暑さが幅を利かせているが、夜になるにつれて気温が一気に落ちて、肌寒さが感じられる。夜には上着の準備が必要になってくる――そんな季節である。

 もう、夏も終わり。山々が色を付け始め、僕らの視界を彩り始めている。そして、鮮やかに染まる世界に茜色を加えている太陽が昇っている空には、同時に白いモノが存在していた。

 ――あれは、何だろう。

 ふと気になった光景が僕の心の中に疑問符を付ける。

 普通なら疑問なんて微塵も感じるはずもない普段通りの空のはずなのに、いつもと一つだけ違って見える。寂しそうに佇んでいる存在に視線を奪われる。

 暗さが忍び寄ってくる時間、18時を通りかかる頃。空に浮かんでいるソレは、今までと違う表情をしていた。

 

 

「いつもと違うというか、別人だよね」

 

 

 僕は、空に唐突に表れた変化に真っ先に気付いた。

 真っ先に――そう断言できるのはうぬぼれでも、自信過剰でもない。区別というものと共存してきた僕には、空に朧げに浮遊するそれが本来のものと異なっていることに本能的に理解できた。

 

 

「太陽の次は月がおかしくなったの? それとも月はもともと2つあったとか? 月も世代交代するのかな?」

 

「何をブツブツと呟いているの? 何かあった?」

 

「月がね、変なんだ」

 

 

 疑問を口にする僕を不思議そうな瞳で見つめる者が3人――希となごみと椛が部屋から縁側に近づいてきた。左からなごみ、希、椛の並びである。

 今日は、影狼さん、大妖精は来ていないため、博麗神社にいる主要なメンバーとしてはこれで全員である。

 3人は、僕の視線に誘われるように三者三様に空を見上げて疑問符を掲げる。視線の先には、太陽と月の二つが浮かんでいた。

 

 

「どういうこと? 私にはいつも通りの月に見えるんだけど、和友には違うように見えるの?」

 

「うん、別物に見える。あれは新しい月だよ。これまで僕たちの上で回っていた月とは違う。毎日見ていた月とは違うモノだ」

 

「……どう見ても同じにしか見えないわよ? いつもと同じでしょ? 何が変わったの? 光り方とか、色とか?」

 

 

 希にはやはり分かってもらえないらしい。そして、なごみと椛の顔色を伺うに、二人も希と同じように僕の言っていることが理解できていないことが見て取れた。

 もしかしたら、僕の言っていることは他の誰に告げても理解されないかもしれない。誰にも分かってもらえないかもしれない。

 だけど、今見えているモノは違うモノなのだ。これまで見ていたモノと、今見えているモノは違うモノなのである。僕の心がはっきりと区別している。僕の脳が差別している。

 両者の違いは、光り方が違うとか、色が違うとか、そういう目で見て分かる違いではない。ただ、違和感を覚えるのだ。対象そのものを取り込むような覚え方をした僕には、どうしても目に映るアレがこれまであったはずの月と同じものだとは思えなかった。

 希が僕の言葉に怪訝そうな表情を浮かべていると、全員が抱えているであろう想いを椛が告げた。

 

 

「今見えているあの月は偽物だということですか?」

 

「ううん、偽物ではないよ」

 

 

 偽物――本物ではないモノ。それは、本物を決める境界線からはみ出したものに送られる称号である。

 だとすれば、今見えている月は「偽物」ではない。あれは僕の境界線に抵触しているわけではなかった。

 

 

「偽物ではないとしたら……あれも本物ということですか? 本物が二つある?」

 

「そうなるかな。本物が二つ」

 

 

 僕がそう言うと信じられないといった顔で希が言った。

 

 

「和友は何を言っているの? 本物が二つあるわけないじゃない」

 

「そうかな? 別に本物が二つあってもいいと思うんだけど?」

 

「あってもいいかどうかじゃなくて、ありえるかどうかの話よ。私には違いが分からないけど、これまで出ていた月が本物なら、もう一つの月は偽物でしょ?」

 

「そんなことないんじゃない? 僕が思うに、そもそも偽物なんてこの世にはないんだ。よく似ているモノはあるかもしれないけど、全部が別のもので、基準次第で本物か偽物か決まる実物なんだよ」

 

 

 境界線の基準は人によってばらつき、ある人が偽物だというものは、ある人にとっては本物になることが多々ある。誰かにとっての偽物は、誰かにとっての本物で。判断する境界線が曖昧なモノは、本物も偽物も定義することができない。真偽のほどは、明確な境界線があって初めて呼称できるものなのだ。

 例えば、月とは――どういう条件があれば月と呼称できるのだろうか。大きさなのか、位置なのか、色なのか、それとも他の何かなのか。何がそのものを定義しているのだろうか。

 仮に以前の月を僕にとっての本物だとして、今上空に滞在している月が本物かと問われたら偽物だと言うだろう。違うモノだと断言するだろう。

 だけど、視界に入る丸い星が月かと問われたら「そうなんじゃないかな」と答える。きっとあれは月なのだろう。月というものの定義は知らないが、あれは月と同じだと思う。

 真偽とは、設けた基準によって答えが変わる曖昧なもの。

 見る人によって、設けた基準によって、本物と偽物の区別がついているだけの不安定なもの。

 結局のところ、本物だと思う心が映っているモノを本物にしているだけなのである。

 

 

「みんながアレを見て本物だと思うのなら、それだけでアレは本物になる。僕もアレを偽物扱いするつもりはないし、両方が月、それでいいと思う」

 

「私も希さんと同じようにいつも通りの月にしか見えませんが、仮に和友さんの言うようにアレが別の月だとしたら、急に月が二つになるなんて変ですよね」

 

「変、か」

 

 

 椛の言っている「変」という言葉の意味は、ありえないという思いが強く込められたもののように聞こえた。

 月が二つになる――この事実に対して変だと思う人間がどれほどいるのだろうか。きっと僕の思う普通の人間ならば、ここに気持ち悪さを感じるのだろう。違和感を覚えて、声を荒げるのだろう。恐怖を感じて、慌てるのだろう。

 だけど、僕は月が二つになるという事象を特別おかしいとは思っていなかった。疑問が出てくることはあっても「おかしい、変だ」という感情は微塵も抱えていなかった。

 よくよく考えてみてほしい――月はこの世界に一つしかないと定義されているのだろうか。定義されているとしたら誰が定義したのだろうか。

 僕からすれば、テーブルの上にリンゴが置いてあって席を外している間にリンゴが二つになっていたぐらいの感覚である。変化はあったにせよ、誰かがもう一つ置いたのだろう程度の些細なことでしかない。

 月のことなんて、偽物と本物の議論と同じだ。どこに境界線を引いているのか――心の中にある景色が、見えているモノに色を付けているだけなのである。

 だけど、僕はこういう考え方が他者に決して採用されない感覚であることを知っている。話したところで、伝えたところで、不毛なやりとりになるだけである。

 僕は、決してお互いの受け取り方の違いが議論にならないよう、言葉を選びながら椛に言った。

 

 

「うん、変化があったという意味では変だね。もしかしたら異変かもしれない」

 

「でしたら晩御飯を食べたら外に出てみませんか? 動くなら早い方がいいです」

 

 

 すかさず出かける算段を立てる椛の対応に少し笑みがこぼれる。椛は随分と僕の対応について慣れたようだった。

 

 

「そうだね。特に行く当てもないけど行ってみようか。いたるところで知り合いに聞けば何か分かるかもしれないし、これから何か起こるかもしれないぞっていう警告になるもんね」

 

 

 出ると決まったら早速、出かける準備をしよう。夜になれば霊夢が動き出す。霊夢が動き出せば、僕たちの出番はないだろう。霊夢が出れば、一切合切に決着がつく。異変解決のために生まれたと言っても過言ではないスペルカードルールの権化――それが彼女だ。

 動き出すなら早い方がいい。霊夢の場合はやる気がない分、動き出しが遅い。付け入るスキがあるとすればそこだけである。

 僕は、縁側から放り出していた両足を畳んで立ち上がり、後ろを振り返った。するとそこには、お互いに目配せをして準備万全といった様子の真面目な顔をした希となごみの姿があった。

 

 

「それ、私たちも行ってもいいよね?」

 

(私たちも行きたいです!)

 

 

 希となごみの口から外出に参加したい旨を告げられる。これまで留守番しかしてこなかった二人が明確に行きたいと言った。率直に言えば、異変に関わりたいと言った。

 前回の春雪異変の時に言った言葉。

 

 

「行ってらっしゃい。私たちも飛べるようになったら、戦える力がついたら―――その隣を歩くから」

 

(今は私たちの前を走っていてください。私たちも直に追いつきます)

 

 

 この言葉が体現される時が来たのである。

 妖夢のところで剣の修業を積んでいる希。

 パチュリーのもとで魔法の勉学に勤しんでいるなごみ。

 ついにこの時が来た――僕は目を閉じ、思考を巡らせる。

 何のために行くのか――目的。

 どうして行きたいのか――動機。

 なぜ、今までついてこなかったのか――理由。

 どうして、僕たちが今まで連れてこようとしなかったのか――原因。

 きっとこれらの疑問の答えを希となごみの二人は持っている。二人がついていきたいと言っている想いは単なるわがままではない。それが分かっている僕には、二人の意思を拒むことはできなかった。

 

 

「いいよ、好きにすれば。選ぶのは二人だから。きっと二人なら全部分かって言っているだろうし、僕は拒まないよ」

 

 

 僕が二人の行動に許可を出すと、二人に笑みが浮かぶ。

 ところが、二人の表情とは裏腹に椛の眉間にしわが寄った。

 

 

「和友さん、待ってください。二人を異変に関わらせるのは危険です」

 

「幻想郷はどこにいても危険だよ。出かけても、ここに残っていても一緒。霊夢も出てっちゃうだろうし、守ってくれる人は誰もいない」

 

「そんな屁理屈は聞いていません。どう考えても異変の中心地に行く方が危険です。彼女たちは知らないのです。死がすぐ隣りに潜んでいる恐怖を」

 

 

 強い口調でたしなめてくる椛だが、死が身近に感じられることを交渉材料に混ぜるのは、希となごみに対しては逆効果な気がした。

 

 

「死はどこにでもついて回っているよ。感じる機会が無いだけで、いつもそばにいるものだ。椛は空を飛ぶと落ちた時に死ぬからって飛ばないなんて選択肢を選ぶの?」

 

「可能性の問題です。そんな考慮に値しない程度のことを考える必要はありません」

 

「それは、希となごみにとっても同じだよ。想像できないことや考慮に値しないことで二人は止まらないと思うけど」

 

 

 死とは人生で一度しか体験できないもの。普通に生きていれば、触れる機会も少なく、想像が広がらないものになっている。だから、死にそうになっている自分が見えてこない。死から溢れるはずの恐怖が湧いてこない。

 見えないもの、知らないものを警戒することは、恐ろしく困難である。

 

 

「和友さん! 冗談を言っている場合ではないのです!」

 

「僕は、冗談なんて言わないよ」

 

 

 冗談なんて一言も言っているつもりはなかった。

 前提として、人はリスクと共に生きている。

 歩いている途中で転んで、頭を打って死んでしまう可能性だってゼロじゃない。ただ、それでも歩くことを止めないのは死ぬリスクが余りにも小さいからである。経験的にリスクが小さいことが分かっているから歩けているのだ。

 だけど、希となごみには肝心の経験がない。異変時に外に出たことのない彼女たちにとってそれは想像できないリスクになっている。

 それは、健康に悪いからタバコを吸わない方がいいというような抑止とは異なっていて、他国から核ミサイルが飛んでくるかもしれないから外に出るのは危険だと言っているに等しい内容である。

 そんなものは――何の意味も持たない。

 

 

「和友さんが止めなきゃ、本当に二人がついてきてしまいます!」

 

「椛、止める相手を間違えているよ。僕を止めても何も止まったりしない。僕が希となごみを連れて行こうって言ったわけじゃないだからさ」

 

 

 希もなごみも、止まらないし、止められない――僕は分かっていて何も言わなかった。

 椛は、僕の言葉に納得したのか意識を僕から二人に向けた。

 

 

「希、なごみ。和友さんの言うことが本当ならば、異変の主犯は月をもう一つ作るなんてことを誰にも気取られずにやれる人です。かなりの実力者の仕業でしょう。身の安全の保障はできませんよ? それでもいいのですか?」

 

「あのさ……私の勘違いだったら申し訳ないんだけど、身の安全の保障なんて今まであったの? 誰が保証してくれていたの? 一度死んでしまっているような私の命を、誰が確保してくれていたっていうの? まさか自分たちが守っていたなんて言わないわよね?」

 

「希も屁理屈を言うのですか? 聞き分けのない子供みたいにわがままを言っている場合ではないのですよ」

 

「いえ、ここはワガママを言うべき場面、我を通す時よ。今言わなきゃいつ言うっていうのよ?」

 

 

 希の足が踏み出され、椛との距離が詰められる。

 見上げてみれば、希の表情は強張り、怒りがふつふつと存在感を示していた。

 椛は、怒りをあらわにする希に負けじと胸を張って対応した。

 

 

「ねぇ、椛から見た私達ってなんなの? 愛護動物なの? か弱くてすぐ死んじゃう、守らなきゃいけない生き物なの? だとしたら椛の目は節穴よ! 私たちのこと何にも見えていない!」

 

「間違っていないでしょう!? あなたたちは事実弱いじゃないですか! もろいじゃないですか!? すぐに死んじゃうじゃないですか!?」

 

「私たちのことちゃんと見てよ! 私たちは体だけでできているんじゃない! 心だって私たちの一部なの!」

 

「そんなこと分かっています、分かっていますよ! 行かせてあげられるものなら行かせてあげたいです! 私だって貴方たちの想いを汲んであげたい! でも、あなたたちが傷ついたら、死んだら、悲しいじゃないですか。私は二人に傷ついてほしくない。家族を危険にさらしたくないんです!」

 

「私たちのことを心配してくれるのは嬉しいわ。だけど、それだと私たちはいつまでここで待っていればいいの? いつまで立ち止まっていればいいの? 自分の意思で進めない私たちはいつまで自分を殺せばいいのよ?」

 

「それは……もっと強くなってからでもいいではないですか。強くなって心配されないようになってからでも、いいじゃないですか」

 

「っ……! さすがに冗談でしょ!? 頭おかしいんじゃないの!? 椛の言っていることは、まだ子供だからダメって言っているのと同じよ!?」

 

「いいえ、冗談ではありません! 本気で言っています!」

 

「ふざけんな! 椛は私たちの親でもなんでもないでしょーが!」

 

 

 椛の言葉に希の怒りのボルテージがさらに増加する。強く握られた手から音が聞こえてくるようだった。

 強くなってから――それはいったいいつなのだろうか。

 誰かに認められたらなのだろうか。

 誰かに理解されたらなのだろうか。

 いつになったら。

 いつになったら。

 未来の見えない光景に血が上る。

 

 

「なごみ、この分からず屋になんか言ってやってよ!」

 

 

 希は、意味分かんないと大声で叫びながらまくしたてるようになごみに手話で事の流れを伝達する。繰り広げられる手話の荒々しさに、感情が乗っているのが嫌でも察することができる。

 数秒かけて事情がなごみへと伝わると、なごみもまたスケッチブックに勢いよく鉛筆を走らせ、書き殴られた文字をマジマジと椛に提示した。

 

 

(私達は、鳥かごの中の鳥ではありません)

 

「そう、なごみの言う通りよ。出る、出ないのドアを開けるのは私たちの意思。境界線はすでに越えている。もう、出るって決めたの。ついていくって決めたの!」

 

 

 最初から行くつもりの、希となごみ。

 最初から連れていくつもりのない、椛。

 これ以上の口論は不毛である。いくらやっても平行線で、終わらない戦いが続くだけ。

 そして、最終的に二人の行動の抑止に失敗して外に出ることになるだけだ。なぜなら彼女たちは、自分の力で扉を開けることができるのだから。彼女たちは鳥かごの鳥ではなく、鳥かごの外で鳥を見ている人間の立場なのだ。選択権は二人にあり、その自由を縛ることはかなわない。

 だとすれば、共に行くのがいいだろう――感情論的にも、危険度的にも。それ以外にできることと言えば、行動の後の結果が良くなることを祈ること以外にはないのだから。

 

 

「いいよ。一緒に行こう。その方がいい」

 

「さすが和友!! 私たちのこと分かってる!!」

 

 

 僕の言葉を聞いて満面の笑みを浮かべる希を見て、椛が吼えた。

 

 

「和友さん! 二人を連れていくなんて危険です!! ようやく飛べるようになったのです。そんな二人を連れていくなんて正気の沙汰ではありません。死んでしまったらどうするのですか!?」

 

「目の届かないところで勝手に動かれる方が危険だよ。そもそも、希やなごみが外に出るのに、椛の許可なんていらないよね?」

 

 

 本来、人間が何かをするときに誰かの許可が必要になる場合など存在しない。どこかに出かけるのにも、何かをしようとするときも、誰かに許してもらう必要などないのである。

 許可とは、誰かの保護下にある、誰かに生かされている、誰かに雇われている、誰かに迷惑をかけたくない――そんな状況下においてのみ、行動をする本人が欲するモノだ。

 そういう意味では、二人は僕たちに許可を欲しているということになるが、あくまで僕たちからの許可は二人にとってあった方がいい程度のものでしかない。

 僕には、表情やしぐさ、会話の流れを見る限り、二人の本心はすでに固まっているようにしか見えなかった。

 

 

「二人が僕たちについてくるのに誰の承認もいらない。誰の認可もいらない。二人の感情はすでに外に飛び立っていて、目指す方角が決まってしまっているんじゃ、ここで止めても止まりはしないさ」

 

「最悪、縛ってでも止めればいいことです」

 

「それだと博麗神社に妖怪が来たら逃げられない」

 

「それは霊夢さんの結界で守ればいいことです」

 

 

 椛の口から流れるように霊夢の名前が出た。確かに霊夢の結界で博麗神社を包み込むことができれば、二人の生存率は飛躍的に高まるだろう。並みの妖怪では触れれば死んでしまうような結界だって彼女なら作れるはずである。

 だが、それは彼女から協力を得られればの話だ。

 そう――霊夢の心を縛れるのならの話である。

 

 

「霊夢を説得できるのならやってみればいいけど、霊夢は手を貸してくれないと思うよ。人の意思を縛って無理矢理従わせるようなことを彼女はしない。特に覚悟を持っている二人を止めたりしないと思うけどね」

 

「それはそうかもしれませんが……やはり危険です」

 

「何をしても絶対に死なないなんてないよ。100%の安全なんてこの世にはないんだ。僕だって死んでしまうかもしれないでしょ?」

 

「和友さんは最低限戦えるじゃないですか。いざとなったら私が助けますし、他の後ろ盾もあります」

 

「じゃあ、しっかりした後ろ盾があれば大丈夫なんだね」

 

 

 縁側から立ち上がり、横から椛の手を取る。唐突に手を握られた椛は驚いた様子でこちらに顔を向けた。

 両手で包み込むように手を合わせ、懇願する。

 僕は、椛に真剣なまなざしを向けた。

 

 

「えっ……きゅ、急にどうしたのですか?」

 

「だったら、椛や他の知り合いに二人を守ってもらえばいい話だ。もちろん椛だけに負担をかけさせるようなことはしない、藍にも連絡してみるよ。僕は信じている――椛ならできるよね」

 

 

 視線と視線が真っすぐに結ばれる。真剣に、真面目に想いを伝える。

 信じている――そう伝えた椛は、言葉が出なくなったようで恥ずかしそうに顔を赤らめながらコクコクと首を縦に振った。

 余程嬉しかったのだろう。これまでほとんど頼ることがなかったから久々の感覚に打ち震えているようだった。

 お願いね――そう告げて頭を撫でる。椛の尻尾は勢い良く左右に揺れ、上目遣いの眼差しには輝きが灯っているように見えた。

 

 

「和友、椛の使い方上手くなったわね……」

 

「最近、あんまり頼ることなかったからかな? 頼られるのが好きなのは昔から変わらないみたいだね」

 

「分かっていてやったんだ……」

 

 

 頼られることを嬉しく感じるのは、椛の生粋の性格ゆえである。

 そして、その後の晩御飯はテンションが高いままの椛に引きずられる形で始まった。

 

 

「さぁ、しっかり食べてください! 途中でお腹が減ったから帰るなんてことになったら元も子もないですからね!」

 

「食べ過ぎても動きにくいと思うんだけど?」

 

「希さん、そこは程度の問題です! うまく調整してください!」

 

「椛、なんかさっきとテンションが随分違わない? 若干引くぐらい勢いあるんだけど……」 

 

「私はいつも通りですよ。あっ、なごみさん! 嫌いなカボチャを会話に乗じて笹原さんの皿に移すのはダメですよ! ちゃんと食べてください!」

 

(ばれないと思ったのに……)

 

「うん、今日のご飯もおいしいや」

 

 

 いつも以上に騒がしい食卓に上がった料理は、勢いのままに胃の中に放り込まれ、消えていく。

 僕は、いつからか食事を共にすることのなくなった霊夢のことを考えながら、これから始まる長い夜に想いを馳せた。

 何も起こらないことはないだろう。

 行動をおこせば、必ず結果が出る。

 それが良いものなのか、それとも悪いものなのか。

 最後に何が残って、何がなくなるのか。

 決して想像できない未来を思い描く。

 期待と不安が入り混じる感情の中で、僕は鳥かごの扉を開ける準備をした。

 

 

「みんな、出かける前に霊夢に一言言ってくるよ。さすがに何も伝えずに行くのは霊夢に悪いからね」

 

 

 僕の告げた言葉に誰も声を出すことなく、全員が一度だけ頷いた。

 部屋を一つ隔てた先にいる霊夢。

 最近、コミュニケーションが希薄になっている霊夢。

 僕は、臆することなくふすまの前で問いかけた。

 

 

「霊夢、ちょっといいかな?」

 

「和友、晩御飯ならもう食べたわよ」

 

「いや、今日はご飯の話をしに来たんじゃないんだ」

 

「……ふすま越しに話をするんじゃなくて、早く入りなさいよ」

 

 

 入室の許可をもらって、ゆっくりとふすまを開ける。

 久々に入る霊夢の部屋に視線を通す。

 初めて会った時と同じ凛とした雰囲気を感じる少女は、静かにお茶をすすっていた。いつも俯瞰するように見つめている瞳は卓よりも下に向いており、まるで目を閉じているように見える。

 僕は、淡々とこれから出かける旨を伝えた。

 

 

「霊夢、今日は夜の散歩に行ってくるよ」

 

「勝手にすれば。でも、ちゃんと帰ってくるのよ。外で何かあったら目覚めが悪いわ」

 

「うん、分かっている。ちゃんと帰ってくるよ」

 

 

 そう伝えると、ほんのり寂しそうな目が僕の顔を見上げた。

 

 

「正直、和友の言葉は信用ならないけど、今は飲み込んであげるわ。私の気が変わらないうちにさっさと行きなさい」

 

 

 霊夢は、それ以上踏み込んでくることはなかった。

 もう、何も憂いはない。後ろ髪を引かれるような事柄はなくなった。

 最後に――マヨヒガに向けて救援要請の式神を飛ばし、準備は完了である。

 

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「希さんとなごみさんのフォローは任せてください。二人とも決して危ないことはしないようにお願いしますよ」

 

「足手まといにならないように気を付けるわ」

 

(頑張る)

 

 

 ついに出発である。

 軽くなった心をもって、4人で鳥居を抜ける。

 目指すは――「もう一つ」を作った犯人のもとへ。

 しかし、飛び立った心を追いかけるように体が進もうと地面から足が離れた瞬間――服の裾をがっしりと掴まれた。

 

 

「待って!」

 

 

 掴まれた相手を確かめるために後ろを振り返ると、そこにはわずかに伸びた爪と少しばかりボサボサになった髪の彼女がいた。

 

 

「どうしたの?」

 

「その異変解決、私も行っていいよね!?」

 

「もちろん。断る理由なんてないよ」

 

 

 現れたいつもと違う容姿の彼女。

 僕は、こうして集まってくる家族の形に思わず笑みがこぼれそうになるのを堪えることもなく、同じく鳥かごから飛び立とうとしている者の手を強く握った。

 




リアル状況が悪く、とてもではありませんが更新できる状況ではありませんでした。
主に、無理な休日出勤(17時間労働等)のせいです。
その他、野球の練習、資格取得の勉強も並行してやっており
今後も不定期になっていくことが考えられます。

更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
作品自体は続けていくので、小説を読んでくださっている皆様
これからもよろしくお願いいたします。

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