此度は貴方に異世界のお話をさせて下さい。

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少しだけくら~いお話です。


語り部の名は

――――駄目人間の『はひふへほ』。それを君は知っているだろうか?

 

ああ、知らない?

まあ、気にする必要はない。気にする価値も無い人間の特徴を表した言葉に興味を示す必要はないからだ。

 

 

……で、何の話をしていたのだったかな。

ああ、思い出した。

 

クラス丸々一つが異世界に転移した話をしようとしたばかりの所だった。そうそう、そうだった。

 

 

最近は知ってる者も多いと思うが、基本的には公立学校の教師は生徒を平等には認識しない。

というか、生まれもっての、若しくは現在に至るまでの人生で培ってきた能力や資質が違うのだから、平等には扱えない。

メジャーリーガーを野球が趣味の中年男性と同列には扱えないだろう? 例え中年男性が年上で、より忙しく、…それこそ過労死寸前で生きていても、

年収という周囲の評価は残酷なまでに冷静だ。当然どちらが上で、どちらが下かは言うまでもないだろう。違うか?

ブス女と美女の平均年収や、彼女達の夫の平均年収に差があるのも現実的な公正さに基づいた不平等だと言えよう。

男性にはこう言った方が通じるかな? 往々にしてヤンキーと苛められっ子の格差には不平を言うが、

彼等は異性の問題には途端に冷静に判断できるようになるからね。まあ、男性に限らず女性も同じだが。

 

教師達はクラスの中心となる人物、クラスの問題となる人物、クラスの主流派に合流するタイプ、クラスでも端っこにいるタイプなどを、

それぞれ区分分けして、各クラスに割り振っている。

教師は生徒に平等に扱っている振りをしながらも、この子はクラスの中心だから良く思われておこう。

コイツはクラスの誰にも相手にされてないから問題を勃発させない様に、上手く受け流しておこう。

人に好かれない奴には原因はあるが、いじめなんか面倒だから世間の知る所には(・・・・・・・・)いじめが無いという事で振る舞いたい。

――そういう事を内心で考えてたりする。ソース? ああ、その事は最後に話すとするよ。

 

 

さて、異世界に転移した冷麦中学3年A組だが、彼等はそれぞれ単数、または複数の強力な異能を違う世界に来た時に手に入れていた。

転移に至って、少々事故があったので、クラスの生徒31名の内、1名が消失してしまったかのようにどちらの世界からも跡形も無く消えてしまったが、

まあ、そんな事はどうでもいいとしておこう。彼は担任の言う事を良く聞くとても優秀で便利な生徒であったが、

とはいえ、今となってはそれを考える必要性は全くない。

 

 

さて、このクラスの中心人物から説明しよう。

厳密には今の(・・)このクラスの中心人物だ。

名前は薬王寺強也(やくおうじ きょうや)。異世界転移までは、クラスでも煙たがられる暴力を振るった事はそれほどないが、

相手を脅しつけるような、いや、実際に恐喝などを行い、彼とは少人数で人目の少ない場所に行かないという、

暗黙の危機回避がクラスの中の共通認識になっていた学生だ。

特に弱い生徒や女子生徒は彼から積極的に距離を取っていた。

彼には優秀な兄がいたのだが、兄を反面教師にしたような粗暴さを持ち、兄弟間の仲が悪かった。

どうして資産家の一族でこのような不出来な問題児が出来たのかは判らないが、とにかく家が富豪で不良という性質の悪い学生だ。

 

他にもクラスのアイドルやら、真面目な生徒やら色々いるが、もう一人語っておきたい生徒がいる。

宇和座古杉(うわ ざこすぎ)だ。彼は典型的な駄目な人間だ。あだなはスライム。

教師の一部にもスライムと呼ばれている。その教師たちも理由が判っていても判らない振りをしてそう呼んでいる。

まあ、彼を馬鹿にすればクラスで笑いが取れて人気が上がって統率がしやすくなるのだから仕方ない事だね?

 

スライムという名前の理由は恐らく典型的なRPGのザコキャラだからだろう。

運動が出来る訳でも、容姿が優れている訳でも、特別に頭が良い訳でも無い。

クラスに相手にされず、周囲に馬鹿にされて、強也に苛められたり、クラスのお調子者に笑い者にされる。

それで、ストレスと恐怖と恨み辛みでいっぱいになって、人よりマシな部分であった勉強にも手が付かず、唯一の武器さえも失い、

取り柄であった授業中の真面目な態度も、最近は現実逃避かスマホを眺めたりする始末で、教師も内申点も落とさざるを得ない。

まあ、それでも表面的には生真面目で融通の利かない所はしっかり残ってる。そういう所が面倒くさ……もとい立派な生徒だ。

 

そうそう、ダメ人間の『はひふへほ』。まだその話を覚えているかな?

うむ、宜しい。この『はひふへほ』は、まさしくスライム君の様な人間の為にある『はひふへほ』だ。

 

 

『は』なしを聞いて貰えないから、声のデカい

『ひ』とりごとで主張する。その内容は、

『ふ』まんと

『へ』りくつばかりで、

『ほ』かの人には相手にされない。

 

 

今、こんな駄目な人間、絶対好きになれないわ~。話すだけで自分の価値が貶められるわ~と思った人は目を瞑って手を上げて?

 

…ふむ、宜しい。少なくない人が手を上げた様だね。

いやいや、悪く思う事は無い。それが人間というものだ。仕方ない。ああ、仕方ない事なのだ。

 

 

ところで、薬王寺強也…今の呼び名は色々あってキングと言うんだが、彼の能力は、

 

 

 

『身体能力兆強化』

 

『無限の薬製』

 

 

この二つだ。

何となく名前で見当が付いただろうが、彼は思考力などを除く身体能力や、細胞強度を一兆倍にまで引き上げられる。

もはやどういう理屈なのか、全く訳が解らないよ。

そして、いわゆる危険な(・・・)ドラッグを無限に、そして思うとおりに精製できる。

この力で彼はファンタジー世界の王になった。

 

最初は横暴な彼を嫌っていたクラスのヒロインや、異世界側の住人、例えばお姫様やそのお付きの騎士も、

彼の横にだらしのない顔で侍っている。彼に完全に依存しているんだ。まあ、仕方ないと言えよう。

間違っても彼に反逆なんてしない。幸せを保てるお薬の供給源を切る事なんて出来るわけがない。

この世界には、通常の手段で薬害からの回復が出来る程の科学技術は存在しないのだから。

 

クラスの生徒たちは1人を除いて、彼の二つ目の能力で奴隷のような存在へとなり下がった。

彼の二つの能力を使えば、あらゆるものを奪い取る事が出来る。

高貴なエルフの美少女や、今まで一緒に過ごしてきたクラスの女子生徒を彼が飽きた後は好きにしていいという事で、

流石薬王寺君は話が分かるとばかりに、最初は善人の様な抵抗感を示していた同級生たちも、欲望と薬には抗えずに堕ちていった。

女子生徒も暴力と薬物、そして男子生徒たちが奪い取ってくる生活に必要な資材によって、彼の意のままに受け入れて、彼の子を孕む奴隷となった。

 

 

だが、その輪の中からボッチった…いや、脱する事が出来たただ一人の例外がいた。

それがスライム君。彼はただ一人の例外だった。

異世界のモンスターのスライムと区別を付ける為に、此処からは敢えてスライムのモンスターの事をゼリーと呼ぼう。

 

 

スライムは、互いの触れ合いが無い環境、あっても人とかかわる時は何かを奪われるか面倒事を押し付けられるだけという、

人とかかわらない方が楽に生きられる。他者の影響を受けたくない。一人で自給自足したいという彼の望みが作用したのか、

 

 

『状態異常無効化』

 

『食物生成』

 

の能力を得た。彼の能力は、自己、又は他者の状態異常の全てを拒絶、破棄する事が出来る。

つまり、薬害を受けず、薬害を完全に除去できる。そういう力を手に入れていた。

 

 

だから、彼は薬に狂った振りをしながら周囲を助けようと思った。

あわよくば、強也に対抗できる唯一の存在だとクラスに在り難がられる、クラスのアイドル新川彩音に惚れられるチャンスだと思っていた。

だから、最初に彼女のドラッグを治療した。

 

また、彼の食物生成能力は、最初教室の外に一部以外は殆ど出る事が無かった故に重宝された。

彼が食べた事がある食材は幾らでも再現できるからだ。

だが、スライム如きに頼み込んでという訳では無く、渡さないなら当然ボコるというスタンスであったのは当然の事だった。

所謂、皆の為にどうするかわからない奴は、皆が教えてあげるか切り捨てるしかない。そんなスタンスである。

今回の場合は前項が適応されたようだ。

 

後半になるにつれて、彼はモンスター達との戦闘で血を見たり、ドラッグの影響が在ったりで、

暴力へと抵抗が無くなっていったクラスメイトに命の危険を感じる様になり、素直に食物庫となったが、

最初は、スライムへの繋ぎには彩音が必要だった。

 

スライムの『食物生成』はあらゆる料理の完成品をその場に出せるという便利なものであったが、自分自身が食べようとすれば消えてしまう欠点があった。

さて、彩音の能力にも『食物生成(特小)』があった。彩音の場合は出せるものは若干違う上に量が極めて少ない。

だが、自分自身が決して食べれないという点では同じだった。

 

此処で、想像がついただろう?

スライムが食事にありつく為には彩音の力が必要だった。そして彩音はクラスの為、もっと言えば気になるサッカー部の部長でもあった、

とある男子生徒の為という理由もあり、スライムに食事を提供する代わりに、クラス全員に食事を提供するように要求したのだ。

そしてスライムは説得の末小さく頷いた。後はそれに従わなければクラスメイト達は厳しくスライムを追及して、

彩音にスライムへのエサの供給を止める様に圧をかけるだけでよかった。

因みに食事で汚れた床や、何故か一緒に呼び出される皿を洗うのもスライムの仕事なのは当然だ。

汚す原因を作ったのはスライムなんだから。

 

 

 

さて、クラスの生徒たちが何故かモンスターが入ってこない教室に籠城しながら、生活をしていると、

西洋の騎士のような人物達が入って来た。そして代表者数名が騎士たちが仕える王の住まう城へとやって来た。

 

この世界では危機に瀕すると異世界から勇者を呼ぶと言うシステムがある。

その代償はこの世界の一人を存在ごと消滅させて、その空白を埋め戻す作用を利用して、異世界から別の存在を呼び込むというものだった。

だが、ダメな奴を犠牲にしても、同じようにダメな奴しかやってこない。

それ故に、王国は勇者パーティーを騙して犠牲にした。

その結果、教室単位でその空白の穴埋めとして呼ばれてしまったという事を正直に話した。

 

世界の危機を脱却するために、クラスメイト全員が勇者パーティーとして立ち向かう事になった。

そして、そのパーティーに第2王女が参加する事となった。

 

 

数人の代表者に護衛されながら教室へとやって来た王女様は、リア充特有のパーリ―ピーポーなノリで受け入れられた。

そして、暫くも無い間に強也の餌食となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある晩、スライムが目を覚ました時、スライムの目の前でお姫様と彩音が教也と交わっていた。

完全に薬物でキマッていた。周囲ではサッカー部の部長をしていた男や騎士が、魔族の女性やクラスの女子生徒と絡みあっている。

ショックの余り、咄嗟に、周囲の状態異常を解除したスライムだったが、

「ホラ、言ってやれよ」と強也に急かされた彩音にスライムは衝撃を受けた。

 

 

「わっ、わたしはぁ、クスリじゃなくて強也くんにおぼれちゃったのぉ。

能力があってもなくてもザッコいスライムくんには、なんのきょうみももてないのぉ。

あっはぁ。なにやってもすっごい強也くん、もっとちょうだいぃ?」

 

彩音の精神攻撃。スライムの精神HPは0になった。彼は目の前が真っ暗になった。

それから気絶してしまった彼が目を覚ました時にも、再び体勢が変わっただけで、先程の狂宴は続いていた。

 

 

教室の外から王国の支援により、食糧問題が解決して、手間はかかるがより美味しい料理が提供されるようになった頃には、

スライムの価値は激減していた。更に日夜ボコボコにされたせいか、彼は両手に深い障害を負っていた。

それは状態異常無効化でも治せなかった。だが、彼は食事さえ召喚できる動く冷蔵庫で在れば良いので、全く問題は無かった。

少なくとも周囲はそれを問題にはしなかった。

 

 

遂には、王国の上層部を薬漬けにした強也はキングと名乗り、周辺国にも今までその類が全く存在しなかったドラッグを一気に広め、

エルフの里や、所謂魔王と呼ばれる者が支配している地域帯にもその影響力を持って、(権力層の)誰もが生き続けて欲しいと願う、

(権力層の)誰もに存在し続けて欲しいと願われる王になって、犯罪は割とあるものの、戦争の無い平和な世の中に異世界を変えてしまいましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でだ。最後に種明かしをしておこう。果たしてこの私は一体誰か。

実は解っている人も多かったと思う、少々職業柄の癖が隠せなくてね。

さて、正体がわかった人は手を上げて? ああ、今回は目を瞑らなくていいよ。はい、そこ、両手を上げない。

うん、結構いた様だ。すまなかった。正直侮っていた。

 

――――私の名前は薬王寺心神。エリート街道を進んできたキングこと薬王寺強也の兄で、職業はあるクラスの担任教師をしていた。

ああ、その通り。間違いなく今君が想像しているクラスの担任だ。

保持異能は『観測者』。まあ、クラスを眺めているだけだった私には妥当な能力だと思うよ。

基本的に意のままにクラスの人間に介入する事も介入させない事も出来る。そんな能力さ。

 

消失した事になっているクラスメイト。

もう彼の名前はどうでも良いが、彼の自身の体を消滅させて他者へと乗り移る能力を使わせて、

折り合いの悪い不便な弟の精神を、冒頭に話した優秀で便利な生徒と入れ替えた。

 

それもかなり早い段階でだ。

折角犯人と特定されたので動機でも話そうか。それが推理もののルールらしいからね。

さて、これを為した理由だが、私はある世界で所謂勇者をやっていた。生まれ変わりというヤツだ。

ああ、ひかないでくれ。冗談では無く事実だ。

そして、成果を出して国家の後継者となりたい第二王女によって存在ごと消滅させられそうになった。

 

あの時、アレックスとマリア、そしてセラの咄嗟の機転で、

俺だけが…いやいや、私は存在を消失される事無く異世界へ、新たな魂として輪廻に加えられた。

交換先の世界の数十年前の時代に。そしてそれから長い時が経って、私が生まれる番になって、その世界に誕生した。

必死に勉強したよ。違う世界の仕組みを出来る限り全て学んで極める為に。

以前は学の無い人生を送ったから、それを反面教師にしたと言う訳だ。

異世界転移で様々な特殊能力が生成される故に、『学習効果最大効率』の能力は役に立った。

この世界で能力持ちの人間はいなかったから公表する必要は無かったが。

そして、異世界への再移動で新たに『観測者』の力を手に入れた私は――――。そういうことだ。判るだろう?

結果としてキングに意思を委ねる頭の悪い暗黒時代へと移行した。

 

 

これは復讐なんだ。俺たちの存在を消滅させた、あの憎い世界への…。

―――――――――――――――そう、これは復讐なんだ。




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