仲のいい三姉妹がもっと仲良くなるまでの話   作:テッポウユリ

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導入

 最近、妹が色気づくようになってきた。

 

 好きな奴でもできたのだろうかと鎌をかけてみるものの、一向にぼろを出す気配もない。直接聞ければいいのだが、ヘタレな私にそれができるはずもない。

 

 結局、服を真剣に選び、化粧を練習する妹を陰からこっそり覗き見るのが私の日常になってしまっていた。

 

 がさつな私と違って2つ下の妹、亜加梨はかわいくて気の利いた女の子だ。昔から私なんかよりもずっとしっかりしていて、世話焼きな面もある。中学二年生となる今では女性らしさを増して、育ちつつある体のスタイルでクラスの男子の目を奪っていることは間違いない。

 

 だからそろそろ彼氏ができてもしょうがない。……しょうがないのだが、あのかわいい妹が自分から離れて男の元に行ってしまうのはやはり寂しいものである。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と私のあとを一生懸命ついてきていた妹がいつの間にやら「ほら、髪結んであげるからじっとしてて」と私の世話を焼きだすようになったのにもびっくりだったが、いずれはそれも「お姉ちゃん、まだ彼氏できないの~。ウケる~」と女子力のない姉を蔑むようになってしまうのだろうか。

 

 ぞくぞくする背筋を宥めていると「日花里ーご飯よー!」とお母さんに呼ばれ、慌てて階段を駆け下りた。

 

 食卓にはお母さんともう一人、我が家の三姉妹の末っ子、由佳利がいた。今年で小学五年生になるが、背の低さから未だに低学年にしか見えないことを本人も気にしているらしい。高二の私、中二の亜加梨、小五の由佳利と三年おきに三人の女の子が生まれたうちでは、よくお父さんが肩身を狭そうにしているのが目に入る。

 

 由佳利はいわゆる天才タイプで、家では猫のようにゴロゴロ暮らしながらテストで満点以外をとったことのないという素晴らしい頭脳を持っている。ただ筋力や運動神経はゼロに等しく、膝の上に載せて抱きしめてあげると全く逃げ出せないばかりか、極度の恥ずかしがり屋なので、極上の赤面を見せてくれる。

 

 ちなみにそのままくすぐってあげると格別に可愛い笑顔を晒してくれるものの、一週間の間、人を殺せそうなほど憎しみを込めた視線に晒され続けることになる。私が今後被虐方面に目覚めたとしたら、それは由佳利のせいだと思っていい。

 

「亜加梨は部活で遅くなるから先食べててって」

 

 亜加梨の部活、吹奏楽は完全に体育会系だ。朝練、昼連、放課後の練習と忙しい日々を送っている。オーボエを担当する亜加梨は肺活量を鍛えるために走り込みまで行っていて、日々持ち上げている楽器のせいであの細腕から信じられないほど力を持っている。多分、体力面ではもう全く勝てないのだろう。

 

 最近は勉強面でも威厳を保てなくなってきたし、お姉ちゃんピンチかも……。

 

「ひか姉、醤油とって」

 

 私の勉強面での悩み筆頭である由佳利はマイペースに箸を進めている。

 最近は腕試しとか言って、検定にも手を出しているそうだ。ちなみに、今度受けようとしているのは私が中三の時に必死こいて取った漢字検定準二級である。

 

 こんな優秀な妹たちと、優しくて料理の上手い母、仕事が忙しくて平日は顔も見ることができない父が私の大事な家族である。

 

___

 

 お風呂から上がると、先に出ていた由佳利が眠そうな顔でテレビを見ていた。瞼が今にもくっつきそうで、と言うよりも何度がくっついては離れてを繰り返していた。

 

「ほらーそんなに眠いなら早く寝た方がいいよー。寝ないと育たないよー」

 

 私がソファーの隣に座ると由佳利は首をこちらに預けてきた。例の一件以来、完全にスキンシップを避けられていたが、最近になってようやく平気になったようだ。

 

「だいじょーぶー」

 

 心なしか語尾が間延びしている。外ずらをクールに見せようとしている由佳利も眠気には勝てないようだ。私が心の内でほっこりしていると、

 

「いっつも寝てたひか姉は胸ちっちゃいけど、夜遅くまで頑張ってるあか姉は胸もおっきくなってきてるから」

 

と言われた。

 

 んだとぉ、こらあー!

 

 膝の上で抱きしめる刑に処してやる。さすがにくすぐりはやらない。あれは亜加梨からも私が悪いとこっぴどく叱られた。

 

 四十キログラムもない小柄な体は膝に乗っけるとちょうどいい重さになる。湯上りの石鹸のにおいと子ども故の温かさを堪能しながら、さあ、恥ずかしがれ! と思っていたが、一分もしないうちに寝息が聞こえてきた。

 

 無垢な寝顔を見せる由佳利に、かわいいなあと思いつつ、ふと頭をよぎることが一つ。あれ、これ部屋まで運ぶのムリくね……。

 

 結局お母さんに「由佳利はちゃんと自分の部屋で寝させるようにして」とお小言を頂きながら、部活で疲れ切った亜加梨に手をすり合わせて一緒に運んでもらいましたとさ。

 

___

 

 頬に何かが触れる感触がした。

 

「お姉ちゃん、朝だよ」

 

 心地よく揺さぶられ目を開けると、太陽の日差しが瞳を刺した。顔を動かすと、中学の制服を完全装備した亜加梨が私のベットに乗っていた。

 

「んんー?」

 

 さっき触れたものが何か気になり、手で頬っぺたを触ってみるものの何かがあるというわけでもない。

 

「ど、ど、どうしたの?」

 

 なぜか動揺した声を上げる亜加梨を不思議そうに見ると、手を横に振り何かを誤魔化すかのように咳ばらいをした。

 

 怪しい。

 

「きょ、今日も部活の朝練あるから……。お姉ちゃん、ちゃんと起きるんだよ。二度寝しちゃだめだよ」

 

 そう言って足早に部屋を出ていった。私はぼーっとする頭で違和感を探ろうとするものの、何もわからずとりあえず朝ご飯を食べることにした。

 

 

 

 食卓には誰かに頼ることなくしっかり一人で起きたであろう由佳利がパンを頬張っていた。私は長いこと亜加梨に起こしてもらう生活を送り続けたため、目覚ましのセットさえしなくなってしまったというのに。

 

 亜加梨は恐らくもう行ってしまったのだろう。少し寂しく思いつつも私も自分のパンに口をつける。

 

 やっぱり何かが怪しい。

 

 実は朝練とか言いながら男との逢引なのでは……!?

 

 彼氏ができたのにお姉ちゃんには紹介もないの? 確かめなくてはならない。もし悪そうな奴なら裏でこっそり話をつけて――。

 

「ひか姉、顔が変」

 

 由佳利の一言で現実に戻された。

 

 ちょっと、うら若き女子高生の顔に向かって変とはなんだ、変とは。

 

 これは頭なでなでの系かな。由佳利を膝の上に載せようとしているとお母さんに「遊んでないで、早く食べて学校行きなさい」と叱られた。私はいいとしても由佳利を遅刻させる訳にはいかない。

 

 解放してあげると由佳利は稀に見る素早い動きでランドセルを背負い、小学校へと走っていった。

 

 しょうがない。今回は許してやろう。

 

 亜加梨については休日にでもゆっくり話を聞こうかな。

 

 

___

 

「お姉ちゃんと買い物なんて久しぶりだなー。えへへ」

 

 週末、私は亜加梨と二人で町の中心地に出かけていた。

 

「なんか珍しいね、亜加梨が甘えてくるの」

「そ、そうかな?」

 

 亜加梨の手は私の腕に回されていて、体が触れ合うほど近い。長女としての唯一の威厳と言ってもいい私の背は約百七十センチメートルと女にしてはかなり高い。二人で並ぶと、ちょうど亜加梨の頭が私の鼻先に来ることになる。

 

 同じシャンプーのはずなのにうっとりする香りを漂わせる亜加梨を見下ろしていると、小さい頃よくくっついてきていたことを思い出す。

 

 あの頃は少し離れただけで「お姉ちゃーん」とべそをかきながら必死に走って来ていて、それを見て癒されていたものだ。今となってはそれも……まあ、滅茶苦茶可愛いのは今も変わりないけれど。

 

「お姉ちゃん、これどうかな」

 

 そう言ってミリタリージャケットを私の身体に当てる。正直ファッション感覚には自信がないけど、少し格好良い系でいい感じかも。

 

「背高いからボーイッシュなのもかっこいいなあ。でも足長いからミニスカで魅せるのも捨てがたいし……」

 

 悩みながらもキラキラとした憧れの目で見られると、体がむずむずする感じだ。私が調子に乗って鏡の前でポーズをとると、「わあ、かっこいい」と店に迷惑にならない程度に手を合わせてはしゃいでくれる。

 

 妹よ、そんなことしたら姉の鼻が伸びてしまうではないか。

 

 結局そのままその店では乗せられるがまま、私の服を数着選んでもらってしまった。

 

 その後はフードコートで一休みだ。

 

 そこで私は乙女の匂いをぷんぷん漂わせる亜加梨からどうにかして恋愛事情を探ろうと思う。

 

___

 

 二人揃ってクレープを片手に空いた席に腰を下ろしたところで、本題を切り出そうとする。

 

 しかし、口火を切ったのは亜加梨の方だった。

 

「最近、お姉ちゃん、何かあったりした?」

 

 出鼻を挫かれたのと、漠然とした質問が飛んできたことにポカンと口を開ける。

 

「はあ、何か?」

 

「お姉ちゃんに、もしかして、彼氏……とかできちゃったのかなあって……」

 

 カレシ、かれし……、彼氏!?

 

「いやいやいや、無理無理無理」

 

 オタクの若干入った私にできる訳ない。ていうか負け惜しみじゃないけど「彼氏より妹たちと一緒にいたいです」って感じの私は齢十七にして喪女になりかけている気がする。

 

 でもそっか、そんなこと亜加梨は考えてたんだ……。ていうか、

 

「あ、亜加梨こそどうなの……、その……そろそろ恋人できたり……」

 

 な、流れに乗って言ってしまった。

 

 高鳴る心臓を押さえつけて眉間に力を入れる。変に見えないように視線を少し左の方に外しつつ、じっと答えを待つと、亜加梨は寝耳に水、と言った表情でキョトンと首を傾げた。

 

「なんで?」

 

 本当に何もわからないといった顔でこちらを見てくる亜加梨に、私の方がたじろいでしまう。

 

「いやーだって、近頃様子が変だしー。後、この前の朝もなんか怪しかったしー」

 

「そ、それは……」

 

 視線をそらして頭を掻きながら言うと、亜加梨が顔を伏せた。

 

「それは?」

 

「お姉ちゃんが、かまって、くれないから……」

 

 呟くような声に心臓が撃ち抜かれた。頭の中でズッキューーンと効果音が鳴り響く。これほどまでに破壊力のある言葉が他に存在するだろうか。いや無い。

 

「だって、お姉ちゃん、高校入ってから一緒に遊んでくれなくなったし。お出掛けも滅多にできないし。それに、それに! 『かわいい』とか『大好き』とかって言ってくれなくなった!」

 

 ヒートアップしていく言葉に、私は目を白黒させることしかできない。頭の奥がジーンとして、なぜか目から涙が零れそうになる。

 

 なんだ、私の勘違いだったのか。

 

 お洒落を気にするようになったのは、私がかわいいとか言わなくなったから? 言われてみれば、こっそり覗いているとチラチラと亜加梨からの視線を感じることがあった気がする。私はそれを邪魔だから出て行って欲しいのかと思い、トボトボとその場を後にすることが多かったのだが。

 

 少しは妹離れをしようと抑えていた蓋が緩み、愛情が込み上げてくる。

 

「大好きだよ! 亜加梨!」

 

「私も、お姉ちゃん!」

 

 店の中で急に抱き合った私たちは、かなり目立っていたと思う。亜加梨は昔と変わらず、腕の中にすっぽり収まるサイズで懐かしさを覚えた。背中に回された手がギュッと服に皺をつける。

 

「か、帰ったら、一杯甘えてもいい?」

 

 帰り際、最後に耳元で囁かれたその言葉がいつまでも、私の中をぐるぐると回り続けていた。

 

 

 

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