帰ったら一杯甘えてもいい?
大事な妹にそんなことを頼まれて、断ることができるわけがなかった。
家に帰ると亜加梨は私の部屋まで付いてきた。亜加梨は私のことをベッドに座らせると、「じゃあ甘えちゃおっかなあ」と恥ずかしげに笑みを浮かべた。
亜加梨が私の腰に手を回す。子供の頃にはしなかった花の香りが鼻腔をくすぐる。顔全体を私の胸の辺りにうずめる様にくっついていて、反対に私には腰の下に二つの双丘が押し付けられている。
服越しからもわかる。こいつ、見た目よりもかなりデカい……。
軽い敗北感に襲われていると、下の方からスンスンという鼻息が聞こえてきた。
「ちょ、何匂い嗅いでるの!?」
「だって、懐かしい匂いだから」
まだまだ物足りなさそうな顔でこちらを見上げてきた亜加梨は、私が口ごもるのを見てもう一度私の身体の匂いを嗅ぎだした。
何これ!? チョー恥ずいんですけど!
実の妹に延々と匂いを嗅がれるってどんな羞恥プレイなの!
しかも今日は外出して汗をかいていそうだし……。変な匂いとかしないよね?
思わず自分の二の腕を鼻に近づけてみるも、自分の匂いだからだろうか、全くわからない。それよりも大きく息を吸った途端に、亜加梨の方から甘い花の香りが漂ってきた。
そうだ。
ふと思いつき、くっついていた亜加梨を無理やり引きはがした。強引に拒絶されることはないと思っていたのか、亜加梨は吃驚した表情を隠しきれていないようだ。
甘いな、亜加梨よ。お姉ちゃんもやる時はやるんだ。
そう心の中で呟いて、まだ呆けている亜加梨を強く引き寄せる。ついでに服も捲り上げて露になった亜加梨のお腹へ鼻を直に押し付けた。
すぅーっと息をすると頭の中が花の色に染まる。
いいねえ、これ……。亜加梨がしたくなるのも少しわかる。私のを嗅いで楽しいのかはわからないけれど、身体中が満たされていく感じはだいぶ癖になる。
もう一度吸うと指先まで亜加梨で一杯になっていく。
「え、えっ、えっ!?」
いきなり状況が変わったせいで未だパニックから抜け出せていない亜加梨を尻目に、もう一度大きく息を吸う。
「お、姉ちゃ、何して……」
「んー、何って? 亜加梨はいい匂いだなあと思って」
顔を覗き込むと羞恥と狼狽で顔を真っ赤にした亜加梨が私の顔を押し返す。あまりの愛くるしさに顔がにやけるのを止められない。
そしてこの時は久しく得られなかった優越感に浸りすぎていたのだ。だから忘れてしまっていた。力勝負じゃもう勝ち目なんてないことに。
「もう、お姉ちゃん!」
意識が復帰し、ある程度顔の火照りが収まった亜加梨が私の手首を掴んだ。すると呆気ないほど簡単に引き剥がされてしまい、そのまま後ろ手に拘束される。驚いて振りほどこうとするも、ピクリとも動かなかった。
私が慌ててもがいているうちに亜加梨は足まで絡めてきて、完全な拘束が完成した。
「お姉ちゃん」
後ろで怒った声を上げる妹を振り返った。しかし、声ほど顔は怒っていない。目は爛々としていて、どちらかと言うと笑っているような表情だ。嫌な予感に顔が引きつる。
「今度は私の番だね」
にっこりと笑う亜加梨に背筋が僅かに震えた。
亜加梨が私へのお仕置きとして責める場所に選んだのは耳だった。たかが耳と侮ることなかれ。私は自分でもこんなに耳が弱いとは今まで知りもしなかった。
「ん、んぁ。あぁ、そこ駄目だって……。ひゃぁ」
左耳の外側を指でなぞられると背中がゾクゾクして、裏側を引っ掻かれると嬌声が溢れ出た。今は両手両足を捕らえられているために口元を抑えることもできず、自分の声とは思えない高い声が垂れ流されている。
「待っへ、あきゃり、ちょっと待っぁあん」
口に含まれた右耳は舌でゆっくりと舐められて、時折軽く立てた歯でコリコリと甘噛みをされる。その度に呂律が回らなくなり、背中が思いっきり反らされてしまう。
そして最もきついのが忘れったころにやって来る……、
「はい、お姉ちゃん。ふぅーー」
「んはぁぁぅぅぅっ」
吐息責めだ。
耳の中に息を吹き込まれると温かい何かが頭の中を駆け巡る。ぼそぼそとした音が鼓膜の奥まで届いて、脳みそを溶かしてぐちゃぐちゃにされた気分だ。一瞬こわばった身体は一気に弛緩して、ぐったりと体重を後ろに預けた。
顔が火照るなんてどころじゃない。薄着のはずなのにいつの間にか汗をかき始めていて、身体の中心がなぜか熱くなる。
とっくに腰は砕けていて、意味のある言葉を発することもできていない。
「ふぅ、ぅぁあ。ひぃぃゃぁぁ」
指先は慈しむ様にこそこそと耳元を這い回り、あられもない声を絞り出していく。
いつの間にか亜加梨は私の顔をじっと見つめていて、これ以上赤くなるまいと思っていた私の顔が目玉焼きができそうなほど熱くなった。
顔を隠してしまいたいのに力の抜けた腕が拘束から抜け出せるはずもなく、泣き出したいほどの情けない顔をつぶさに観察されていた。
亜加梨は幸福を発散するかのように恍惚とした表情を浮かべていて、対して私は緩みきった顔を逸らすことしかできないのだ。威厳も何もあったものではない。
何とかして口元だけでもしっかり閉じようと思うのに、耳の穴に指を突っ込まれた瞬間、情けない喘ぎ声が歯と歯の隙間から漏れていった。
結局その後、三十分ほどたって離された時には私の顔はドロドロだった。涙は許容できるとしても、涎と、さらには鼻水まで最後の方には出てきてしまい、情けないやらなんやらで妹の前で泣きじゃくるという醜態をさらしていた。
亜加梨は「よしよし、えらいねえ」と子どもの相手をするように頭を撫で、私の顔を手際よくティッシュで拭いていく。さっきまでのとは違った、髪を梳かれる心地よい感触にリラックスして息を吐いた。
その時、ドアの前からコンと物音がした。
ゆっくりと顔を向けると、そこには由佳利が所在なげに立っているのが見えた。亜加梨の顔がさっと青く染まる。私は頭が回らすにぼんやりと由佳利のことを見つめていた。
「いったい……、いつから?」
亜加梨の声の語尾が震えていた。
「えっと、その。ひか姉とあか姉が、揉み合っていたところ? から」
あれ、結構最初の方じゃない?
「あの! きょ、今日のことは誰にも言わないから」
若干頬を染めた由佳利は唐突に踵を返すと下に駆け下りていった。途中で階段を踏み外したかのような音が聞こえたが、私たちは立ち上がることもできなかった。
「……どうしよう」
無事に再び階段を下りていく音がしているのを聞きながら、悲壮な声でぽつりと呟かれた声に、私は何も返すことができなかった。