周囲から見て彼はおかしかった。
それは容姿でも勉学でも運動でもはたまた才能でもない。
ただそこにいるだけでおかしいと思われるほどに彼はおかしかった。
周囲から薄気味悪がれ、孤立している彼はそんなことに気にも止めずに普通に勉強し、普通に遊んで、普通に笑って、普通な生活を送っていた。
唯一孤独という点を除けば彼は順風満帆な人生と呼べるだろう。
これはまだ彼が小学校の低学年の頃の話。
彼は小学校の高学年となっても周囲の変化は変わらない。
いつも孤立している。用事がある時以外は誰も彼に話しかけるようなことはなかった。
中学生になり、彼に変化が訪れた。
それは虐めだ。
いつも孤立している彼を見て数人の男子生徒が彼で遊ぼうと彼を校舎裏へ連れて行った。
その日に暴力事件が起きた。
彼を虐めていたはずの男子生徒達が救急車に運ばれるほどの重傷を負い、病院に運ばれた。
両手両足は何度も叩かれたのか複雑骨折。一人は今後満足に足を動かせれないほどの後遺症を負った。それ以外にも片目を潰さた者、アバラが折れて肺に突き刺さった者など明らかに過剰な暴力を受けていた。
学校側は彼を呼び出してその理由を問いただした。
―――どうしてあんなことをしたのか? と。
すると彼はこう答えた。
―――暴力を受けたからそれを返しただけですけど?
恐ろしいほど平淡に、当然のように話した彼に教師は言った。
―――それでもやり過ぎだ。どうしてあそこまで酷いことをしたんだ? と。
―――暴力を振るうのにやり過ぎなどがあるんですか? 暴力は暴力でしょう? 向こうから手を出して来たんですから僕は被害者ですよ。
そこで教師は彼を恐れた。
確かに先に暴力を振った男子生徒達が加害者で彼は被害者なのは間違いはない。彼が行ったのはいわば正当防衛だが、恐れたのはそこじゃない。
過剰な正当防衛を彼は男子生徒達にされた一つの暴力として当然のように行った彼自身にだ。
怒りに身を任せた様子も見れず、我武者羅で気が付いたらこうなっていたわけでもなければカッとなってしてしまったわけでもない。
彼は冷静に淡々と男子生徒達を暴力で病院送りにした。
されたら何倍返し。という言葉を彼は実行した。男子生徒達を重症に追い込むまでに。
下手をしたら彼は男子生徒達を殺していたかもしれない。
その事件を境に彼はより孤立した。
恐れられ、怖がられ、警戒される。それでも彼は普通に学校生活を送っていた。
そんな姿に誰かが言った。
あいつはおかしいと。
あいつは異常者だと。
あいつは変人だと。
あいつは狂人だと。
誰が聞いてもまともな言葉が一つも出ては来ない。
周囲は彼を人として理解できない”何か”だ。
彼はそんな周囲に向けてこう言った。
なら、君達はおかしくないのか?
なら、君達は正常なのか?
なら、君達は普通なのか?
なら、君達は常人なのか?
――――教えてよ、僕が異常なら君達はなんなんだ?
彼の質問に誰もが口を閉ざした。
彼は進学して二中学校の二年生となった。
変わらずも彼の周囲には誰もいない。そんなことに気にも止めずに彼は家に帰ろうとする。すると、金属バットを持った男子生徒に彼は襲われた。
その男子生徒は一年前に彼を虐めようとして重傷を負った一人。
彼は脚に後遺症を残し、もう走ることさえできない人になってしまった。
だから、自分をこんな目にした彼に復讐し、殺そうと血走った目で殺すと呟きながら彼に金属バットを振り下ろす。
だけど、それよりも速く彼は鞄からカッターを取り出して喉を掻き切った。
何の迷いも躊躇いもない鮮やかすぎるほどの殺傷行為に男子生徒は喉から大量の血が噴出してその返り血を彼は頭から浴びた。
彼は人を殺し、警察署で事情聴取を受けてこう答えた。
―――殺そうとしてきたから殺した、それだけ。
警察官は言葉を失った。
しかし、彼の言葉は事実だ。多くの目撃者が彼を殺そうとしていた男子生徒の姿を見ている。彼が行ったのは正当防衛だ。
その日に彼は釈放された。
詳細は追って伝えるという意味合いも含めて彼は自分の家に帰ろうとするも不意にドンと何かが当たり、背中が熱かった。
後ろを振り返ると一人の男子生徒が顔を怒りで歪ませて手に持っている包丁で彼を突き刺した。
―――お前のせいであいつは死んだ!?
そう叫んで彼を押し倒し何度も包丁の刃を彼に突き刺していく。
―――お前みたいな怪物が生きていいわけがない!
その言葉に彼は納得した。
―――ああ、自分が周囲と違うのが自分が”怪物”だからかと。
そこで彼の意識が途絶えた。
―――お前は面白い。気に入ったから俺様が新しい命をくれてやる。
暗闇の空間のなかで誰かがそう言った。
――誰ですか?
彼はそう尋ねた。
―――俺様は神様だ。まぁ、邪神だけどな。
そうですか、と驚くこともなくすんなりと答える。
―――俺様はお前が気に入った。だから、新しい世界に怪物としてお前を送ってやる。そうだな…………吸血鬼にするか、それに簡単にくたばっても面白くねえからハイスペックな力と条件付きの不老不死を与えてやる。ちなみに拒否権はねえからな。
見えてはいないが、きっとあくどい笑みを浮かべている邪神に彼は頷いた。
―――わかりました。
―――ハハ、怯まねえとはやっぱ面白いな、お前。
態度が変わらない彼の反応に面白そうに笑った。
―――吸血鬼となったお前を殺す方法。それは――――。
邪神は彼に自分を殺す方法を告げると彼の意識が途絶え始める。
―――期待してるぜ? ■■■■。
邪神の最後の言葉を聞いて彼の意識が完全に消えた。
彼は目を覚ました。
上半身を起こし、周囲を見渡す。どこかの街の路地裏のようだ。
映る鏡に今の自分の姿を見る。
黒髪に紅の瞳。年齢は10~13ぐらいに見え、口を開けると人間よりも長い犬歯。
吸血鬼になった証だ。
すんすんと鼻を鳴らすとどこからかいい匂いがする。
クルルル、と腹が鳴る彼は食事をする為に動き出す。
吸血鬼になったばかりなのにもう身に染みているかのように彼の背中から蝙蝠の翼が出現して彼は空を飛び、匂いを辿る。
匂いを辿って彼はそこに辿り着くと複数人の男性に一人の金髪な少女が泣いていた。
美味しそうな匂いの正体はその少女。
彼は少女から血を少し貰おうとそこに飛び降りた。
突然空から現れた彼に男性達も少女も驚き、男性達は何かを唱えると指先から一閃の雷光が迸り、彼の身体を貫いた。
それを見た少女は小さい悲鳴を上げた。
男性達は自分達の攻撃が彼を貫いて倒したと安堵するも束の間、貫かれた傷は消え、彼は爪を伸ばして振るう。
爪は鋭利な刃物のように男性達の身体を容易く切り裂いた。
血塗れの空間に彼は少女に視線を向ける。
―――お願い、殺さないで…………。
―――殺さないよ? 少し血が欲しいだけ。それよりもどうして泣いてるの?
命乞いをする少女は涙を流していた。
―――何かあるなら話してごらんよ? 僕でよければ聞いてあげるよ?
少女と目線を合わせて優しく語りかけるように話しかける彼に少女は半分ヤケクソ気味に自分の中に溜め込んでいる物を彼に吐き出した。
全ての話を聞いた彼は少女に告げる。
――それがどうしたの? 不満や文句があるなら言えばいいと思うし、別に一人でも生きていけるよ?
傷心の少女にかけるとは思えないほど思いやりのない言葉だった。
――それに一人でいるのが辛いのなら仲間を作ればいいよ。そういうのは人間の得意分野だろう? 誰かいないの? 君の傍にいてくれそうな人、君のことを少しでもなんとかしてあげようとする人。今の君は情緒不安定だから周りが見えていないだけで実は近くにいることだってあるよ。
それでも、と彼は少女に手を差し伸ばす。
――世界中の誰もが君のことを嫌っているのなら僕が君を助けてあげるよ。対価は君の血でいいかな?
その言葉に少女は泣き止む。すると、彼はピクリと何かに反応する。
――誰か来たみたいだから僕は消えるね。君の血はまた今度頂くから。
翼を広げて羽ばたく彼に少女は尋ねた。
―――貴方は何者なんですか?
その問いに彼は笑みを浮かばせて答えた。
「僕は吸血鬼。ただの怪物だよ」
それだけを言って彼は飛び立った。それと同時に少女の下に一人の青年が駆け付けた。
少女は彼の飛び立った空を見ていた。