アルザーノ魔術学院自爆テロ未遂事件から数日してグレン、システィーナ、ルミアはテラスの住処に足を運んでいた。
「ここだな…………」
「ここですね」
「ここだよね」
テラスから渡された地図を見ながら到着した一軒家はありきたりに言えば普通だ。
特にこれということもない普通の家。
「…………」
グレンはその家をじっと見据える。
ここにセラがいる。そう思うだけで何とも言えない気持ちになる。
「先生? どうかしたのですか?」
「いんや、なんでもねえよ」
はぐらすように誤魔化してその家の扉を叩く。すると、中から小走りで走ってくる足音が聞こえてくる。
「はーい、どちら様でしょう…………か…………」
「え? システィ?」
「え、ええ?」
扉を開けて出てきたのはシスティーナと瓜二つの姿をした女性――セラが目を丸くしながらグレンから眼を離さなかった。
「グレン…………君…………?」
「セラ…………なのか? やっぱ…………」
二人の間に何とも言えない空気が漂う。
「いらっしゃい」
セラの後ろからテラスが顔を出してグレン達を中に入れる。
「…………」
「…………」
グレンもセラも何も言わず、ただ重苦しい空気が漂る。
互いに思うことがあり、何を言えばいいのかわからない。ただ、顔を俯かせて表情を曇らせている。
「それじゃ、システィーナ、ルミア。僕の部屋に来てくれる?」
「そ、そうね」
「う、うん」
二人にさせよう。二人はテラスが言いたいことを察してその場から離れていく。
三人が離れてからも互いに口を開かず、無言になるなか、無言に耐え切れなくなったグレンが先に口を開いた。
「あー、その、なんだ。生きていてくれてよかった。正直、なんつーの? また会えてよかったぞ、セラ」
「…………うん、私もまたグレン君と会えて嬉しいよ」
ぶっきら棒に言葉を紡ぐグレンにセラも答える。
「大体の事情はあいつから聞いた。こうしてまたお前と会えるなんて思ってもみなかった」
「そうだね、私がこうしていられるのはテラス君のおかげだよ」
グレンはセラが吸血鬼になっていることを知っている。
テラスからある程度の事情を聞いたうえでここに来た。
「…………一年前、俺はお前を―――」
「違うよ! 私がグレン君を守りたかったの!」
守れなかった。
グレンを庇って、身代わりとなったセラ。
自分のせいで守れなかったことを悔やみ、謝ろうとするもセラが首を横に振った。
もし、あの場にテラスがいなければセラは確実に死んでいた。
「吸血鬼になっちゃったけど私は今は幸せだよ? こうしてもう一度グレン君にも会えたんだから」
「セラ…………」
「と、こんな感じで僕とセラ姉さんは出会い、僕はセラ姉さんから魔術を教わったんだ」
「…………そういうことがあったのね」
自室にてテラスは自分の素性、これまでの経緯を二人に隠すことなく話すとシスティーナは納得するように頷く。
「でも、今でも信じられないは貴方が本当に吸血鬼ってことよ」
話を聞いて疑ってはいないが、それで全部を納得しろというのはまた別の話になる。
それは流石のテラスも承知済みだ。
「まぁ、すぐに信じてというのも難しいよね…………」
「あ、それじゃあテラス君が私の血を吸ってみるのはどうかな? 対価もまだだったし」
「ちょっ!? ルミア!?」
笑顔で血を提供してくれるルミアに驚くシスティーナ。
「だってシスティ、このままだとテラス君が誰構わず血を求めて人を襲っちゃったら大変でしょ?」
「…………ルミア、僕はむやみやたらに人間を襲ったりは…………たまにしかしてないよ」
「そこは堪えなさいよ!? 魔術でもなんでも抑制すればいいでしょうが!?」
「できるけど、下手に抑制すると反動が酷いからね…………」
セラに出会う前は腹を空かしたら男女問わずに血を飲んできたが、セラから吸血行為は控えるように言われて控えている。
だけど、テラスは吸血鬼。
どうしても生き血を求めてしまう。最悪の場合は理性が働かずに血を求める獣のように動く。
一度、それで外道魔術師が干物になるまで血を飲みほしたことがあるが、黙っておいた。
「それに…………テラス君なら私いいよ」
「ルミア…………」
頬を僅かに赤くなっているルミアに同じ女性であるシスティーナは察知する。
当の本人は首を傾げてはいるが。
「ルミアが血をくれるのなら僕も嬉しいけど…………本当にいいの?」
「うん、でもあまり痛くはしないでね?」
「勿論」
歩み寄ってルミアの首筋を噛みやすい場所――ルミアの背後に回る。
髪をどかしてうなじを見せるルミアから香るのは女性特有の甘い匂いと穢れを知らない白い肌にドクンドクンと鼓動が高まる。
うずく、吸血鬼としての本能。剥き出しになる鋭い犬歯。
システィーナから見て、それは物語に出てくる
テラスの牙がルミアの肌に触れ、噛みつく。
「…………ふ、んん…………」
痛みはさほどない。
あるのは妙にくすぐったい感覚と血が抜けている感じ。
慣れていない感覚にルミアの口から艶のある声が漏れる。
(なに、これ…………)
ルミアの血を吸っているテラスは驚愕に包まれていた。それはルミアの血があまりにも極上だったからだ。
美味、で片づけられるものではない。
これまでに味わったことのない極上の味が口に広がり、喉を潤していく。
こんなにも美味しい血が存在していたのか。そう思わされるほどにルミアの血は美味しかった。
「ちょ、ちょっと! いつまで吸ってるのよ!?」
「あ、ごめん…………」
システィーナの声をかけられるまで我を失っていたテラスはルミアの肌から牙を抜いて噛んだ跡をぺろりと舐める。
「ひゃ!?」
「なに舐めてるのよ!?」
「へぶ!?」
システィーナの拳がテラスの顔面を捉え、殴る。
「ちょっと待って! 最後のは不可抗力! というより今のは噛み跡を消すために必要な行為なんだ!?」
「え…………? あ、傷がない」
噛まれた場所に手を当てるも噛まれた跡も傷も残っていない。
「吸血鬼は高い再生能力を持っていて、傷を消すために必要なことなんだよ」
「…………まぁいいわ。それで納得してあげる」
拳を収めるシスティーナにふぅと安堵するテラス。
「これで僕が吸血鬼だって納得してくれた?」
「……ええ、流石に今のを見たら嫌でも納得するわ」
しぶしぶ、といった感じで取りあえずは納得してくれたシスティーナ。
「えっと、それで私の血は美味しかった?」
「言葉にできないぐらいに美味しかった。正直、ルミアの血の味を知ったら他の血なんて求められないほど」
「そうなんだ、ふふ…………」
自分の血の感想に嬉しそうに微笑む。
「それで? 貴方はこれからも学院に通うのかしら?」
「その為にグレン先生やシスティーナに僕の正体を明かしたんだよ。今後の事を考えて動きやすくするためにもね」
テロリストがルミアを狙い続けている可能性がある以上は協力者は多い方がいい。
その為にも信頼できる二人に正体を明かした。
「…………それと関係ないことんだけど。ここ、魔術関係ばかりね?」
改めて部屋中を見渡すと部屋中いたるところに魔術に関わるものばかりがある。
分厚い本から論文、魔術公式がびっしり描かれた羊皮紙。
部屋を見たら魔術馬鹿の部屋だと一目でわかる。
「いや、自分でも予想以上に魔術にはまって…………」
趣味に没頭するとそれ以外に周りが見えなくなる。テラスはその典型的だ。
「テラス君は魔術のことが大好きなんだね」
「まぁ、使えたら便利だしね。《ほら・こんな・感じ》」
白魔【サイ・テレキネシス】で机の上に置いてある本を手元に持ってくる。
息をするような呪文改変に二人はもう驚きの声も出ない。
「システィーナもすぐにこれぐらいの呪文改変はできるようになるよ」
「そう、なのかしら? 自分ではわからないわ」
「少なくても風の魔術との相性はいいと思うよ? それにシスティーナは天性的な素質はある。後必要なのは精神的な強さだと思うし、そこを鍛えれば即興改変も容易になると思う」
システィーナの長所と短所を語り始め、そこから魔術のうんちくを語り始めるテラスに二人は心情は一致した。
((これは長くなるやつだ…………))
二人は苦笑しながらテラスの話を聞いた。