『魔術競技祭』。
アルザーノ帝国魔術学園で年に三度に分けて開催される、学院生徒同士による魔術の技の競い合い。
その競技祭にテラス達二年次二組も種目を決めようとしているのだが。
「はいー、『飛行競争』の種目に出たい人、いませんかー?」
壇上に立ったシスティーナがクラス中に呼びかけるが、誰も応じない。
それどころか、無反応と呼べるぐらいに静まり返っている。
「…………じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」
誰も手を上げない。
「…………ねぇ、ルミア。どうして皆は種目に参加しないの? 祭りなんだから特に難しく考える必要はないと思うけど?」
「えっとね…………それが」
隣にいるルミアからその理由を聞いた。
魔術競技祭は毎年、クラスの成績上位陣が出場してくる。
めったなことじゃ魔術の技比べができないこの学院で誰が本当に一番優れた魔術の技を持っているのか。それを学院の卒業生のアピールするチャンスでもあるし、成績下位陣を出して恥をかきたくはないということもある。
故に毎年魔術競技祭になると成績上位陣だけが出場するようになった。
「祭りを楽しむではなく、将来を見据えて自分の土台を構築するチャンスでもあるのか。なるほど、本当に無駄な誇りと威厳を優先するよね、人間は」
「テラス君も人間だよ? それにテラス君も何か出場してみようよ」
種目参加を催促してくるルミアだが、正直全種目に出ても勝てるテラスにとってそれは皆の出番も取ってしまい、一人無双してしまう。
それは流石に悪いと思っているテラスは余りものに参加しようと考えていた。
しかし、皆が参加しないのにはもう一つ理由がある。
それは女王陛下が賓客として御尊来になる。
女王陛下の前で無様な姿をさらしたくはない。
「ん~僕は余りものでいいからね。それにそろそろ来るよ?」
ドタタタタ――――と、外の廊下から駆け足の音が迫ってきたかと思えば…………次の瞬間、ばぁんっ! と、派手な音を立てて教室前方の扉が開かれた。
「話は聞いたッ! ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生様にな――――ッ!」
「ロクでなし講師が…………」
謎のポーズを決めたグレンを見て嘆息する。
「…………ややこしいのが来た」
システィーナもテラスと同じ心情だった。
「喧嘩はやめるんだ、お前達、争いは何も生まない…………何よりも――――」
グレンはきらきらと輝くような、爽やかな笑みを満面に浮かべて――――。
「俺達は、優勝という一つの目標を目指して共に戦う仲間じゃないか」
(―――キモい)
その瞬間、クラス一同の心情が見事に一致した。
「まぁ、なんだ。なかなか種目決めに難航しているようだな、お前達。ったく何やってんだ、やる気あんのか? 他のクラスの連中はとっくに種目を決めて、来週の競技祭に向けて訓練してんぞ? やれやれ、意識の差が知れるぜ」
「やる気がなかったのは先生でしょ!?」
「『お前らの好きにしろ』ってと言って教室から出て行ったのは誰ですか?」
「…………え? 俺、そんなこと言ったっけ? いや、マジで覚えがないんだけど」
「《思い出せ・この・ロクでなし》」
三節の呪文改変での【ショック・ボルト】を放ったテラスにグレンは容易に躱した。
「ふっ、今の俺には当たらん! そして、そんな血の気の多いお前には『乱闘戦』に出て貰おうか? お前なら楽勝だろう?」
「まぁ、負ける気はしませんが…………はぁ、もうそれでいいですよ」
諦念の声を出して肩を落とすテラスはグレンの采配で次々と種目が決まって行く。
それもクラス全員が出場できるように。
「あ、テラス。お前、全員の指導、補助を頼むな」
「わかりましたよ…………」
「カッシュ。先生も言っていたが、君は使える呪文は少ないけど、持ち前の運動神経と状況判断がいい。とはいえ、手の内が少ないのは痛手だ。その場合は焦らず、相手を観察し、隙を伺うように気にかけておく。冷静さを欠けない様に」
「お、おう! やってみるぜ!」
中庭で二組は競技祭に向けて訓練を行う中でテラスはクラスメイトに助言を行っていた。
ここにいない先生の代わりに。
ここにいないグレン先生の代わりに。
ここに影も形も存在していないグレン=レーダス大先生の代わりに。
「勝つ気があるのなら自分で指導して欲しいよ…………」
「アハハ…………」
溜息をもらすテラスの隣で『精神防御』に出場するルミアは苦笑していた。
「あ、あの…………テラス君、いいかな?」
「どうしたの? 何かあった?」
「あ、あのね、『変身』の種目に使う魔術なんだけど…………」
「ああ、それなら【セルフ・イリュージョン】の変身魔術がいいかな? 同じ変身魔術の【セルフ・ポリモルフ】とは違い、光を操作してそう見せかけているだけだから、後は変身するもののイメージトレーニングを欠かさなければ大丈夫だよ。あれは術者のイメージに反映する術式が組み込まれているから」
「そ、そうなんだ…………」
「そう。例えばこんな感じかな? 《変身》」
呪文改変で【セルフ・イリュージョン】を使い、テラスの周囲の空間が一瞬、ぐにゃりと揺らいで…………テラスの姿の焦点があやふやになり…………再び焦点が結像した時。
「シ、システィーナ…………ッ!?」
そこにはテラスではなく変身魔術によってシスティーナに姿を変えたテラスがいた。
「イメージを固められれば見分けがつけにくい。ついでに声真似をすれば…………リン、私の変身魔術はどうかしら?」
「す、すごい…………違和感がないよ」
「うん、あそこにシスティがいなかったら私も騙されていた」
「…………と、こんな感じでイメージトレーニングを積んでいたら問題はないよ。参考になった?」
「うん、ありがとう。テラス君」
「どういたしまして」
自信がついたリンは変身に使うものを探しに入ると、ルミアが急に袖を引っ張る。
「ねぇ、テラス君。私にはなにかないかな? 心構えとか、そういうのでいいの」
「え? う~ん、別段ルミアは必要ないから考えてなかったんだけど…………ルミアなら負ける要素なんてないし、負けるとも思ってないから」
「…………え?」
腕を組んで頭を悩ませるテラスの呟きにルミアはたじろぐ。
「ルミアなら万が一もないから大丈夫だよ。だってこんな怪物を恐れないほどの胆力を持っているなんてルミアぐらいだよ」
「もう! またそんなこと言って!」
自分を怪物という度にルミアはこうして怒る。
「さっきから勝手なことばかり…………いい加減にしろよ、お前!」
突然、激しい怒声が耳に飛び込んでくる。
見ると、カッシュと別のクラスの男子で何か言い争っているとグレンがそこに介入してきた。
「…………おーい、何があったんだ?」
「あ、先生!? こいつら、後からやってきたくせに勝手なことばかり言って―――」
「うるさい! お前ら二組の連中、大勢でごちゃごちゃ群れて目障りなんだよ! これから俺達が練習するんだから、どっか行けよ!」
「なんだと――――ッ!?」
「はいはい、ストップ~」
グレンは取っ組み合いを始めたカッシュと男子生徒の首根っこを掴んで、左右へ強引に引き剥がした。
「あがが…………く、首が…………痛たた……」
「うおお…………い、息が…………く、苦し…………」
「ったく、くっだらねーことで喧嘩してんじゃねーよ……お前ら沸点低過ぎるだろ」
大人しくなったのを確認してグレンが手を離す。
「えーと? そっちのお前ら…………その襟章は一組の連中だな。お前らも今から練習か?」
「え…………あ、はい。そうです…………その……ハーレイ先生の指示で場所を……」
「ふーん、そう……」
がりがりと頭を掻きながら、周囲を見渡す。
「うーん、まぁ、確かに俺ら、場所取り過ぎか…………悪かったな。全体的にもちっと端に寄せるからさ、それで手打ちにしてくんね?」
「ば、場所を空けてくれるなら、それで……」
なんとなく丸く収まりそうな雰囲気で、様子を見守っていた生徒達は安堵するが―――。
「何をしている、クライス! さっさと場所を取っておけと言っただろう! まだ空かないのか!?」
怒鳴り声と共に二十代半ばの男。この学園の講師を務めているハーレイがやってくる。
「あ、ユーレイ先輩、ちーす」
「ハーレイだ! ハーレイ! ユーレイでもハーレムでもないッ! ハーレイ=アストレイだッ! グレン=レーダス、貴様、何度、人の名前を間違えれば気が済むのだ!? てか、貴様、私の名前を覚える気、全ッ然! ないだろッ!?」
ハーレイは物凄い形相で詰め寄った。
「…………で? ええと、ハー……なんとか先輩のクラスも今から競技祭の練習っすか?」
「…………貴様、そこまで覚えたくないか、私の名前」
離れたところから見ているテラスも流石にそれはないだろうと内心でぼやいた。
ハーレイが怒るのも無理はないと同情の眼差しを向ける。
拳を震わせるハーレイはグレンとは付き合いきれないといわんばかりに話を進め、ハーレイが指導している一組も優勝を目指している。
まぁ、それはどこも同じだろうとテラスは聞き流して今度はテレサの様子を見ておこうと動こうとした時。
「何を言っている? お前達二組のクラスは全員、とっととこの中庭から出て行けと言っているのだよ」
その一方的な物言いに流石のテラスも足を止めた。
更には。
「勝つ気のないクラスが、使えない雑魚同士で群れ集まって場所を占有するなど迷惑千万だ! わかったならとっとと失せろ!」
その酷い言い草にテラスは溜息を出した。
「いますよねーそうやって上から目線で他人を見下し、碌に知りもしないくせに勝手に決めつける傲慢な人間」
「テラス君…………ッ!」
わざとらしく大声で話すテラスにルミアが声を飛ばしてくるが今はそれはいい。
「何だと!?」
怒りの形相で睨み付けるハーレイにテラスは歩み寄りながら話す。
「というよりも今のは教育者としてどうなんですか? 生徒を雑魚だの、迷惑など、教育者失格だと思いますが?」
「…………貴様は。フン、なるほど。どうやら図に乗っているらしいな。学士講師などとふざけた呼び方をされているようだが、自分の立場も弁えない者は引っ込んでいろ」
「…………なるほど、グレン先生が名前を覚えない理由がわかりましたよ。道端に転がっている石ころをわざわざ覚える馬鹿はいませんね」
「貴様…………ッ! 調子に乗るのも大概にしろ!!」
「他人は雑魚呼ばわりする癖に自分がそういう風に言われると怒るとは。やれやれ、沸点の低さに呆れを通り越して感動すら覚えますよ? ハードゲイ先生」
「ハーレイだ! 学生の分際で講師である私に楯突く気か!?」
「おや、今度は講師としての権利まで振るうとは。自分の力では生徒には勝てないと自分で証明しましたね? ご苦労様です」
一触即発状態。
二人を見守る生徒達は困惑しているなかでハーレイが左手の手袋をテラスに投げ放つ。
「そこまで言うのであれば、それなりに自信があるのだろうな? なら、その手袋を拾ってみせろ! 私との決闘を受けるというのなら特別に貴様の得意なルールで相手をしてやろう!」
「はぁ、言い負かされて、権利も振るおうとして、最後は力づくですか? 本当にわかりやすい人間ですね、ハードボイルド先生は」
嘆息して、テラスは手袋を拾う。
「いいでしょう。その決闘受けて立ちます。ルールは何でもありの相手に降参と宣言させた方の勝ちです」
「フン! 望むところだ!」
「怪物に決闘を申し込んだこと、地獄で後悔させてあげますよ」