「もう! バカバカバカ! どうしてあんなこと言うの!?」
「痛い痛い痛い、ごめんったら」
ハーレイとの決闘を受けたテラスはルミアに中庭の隅まで引っ張られて胸をぽかぽかと叩かれていた。
「ハーレイ先生の言い方にも嫌だったけどそれでテラス君が決闘を受ける必要はないでしょ!? それにまた自分のこと怪物って言うし!」
「いや、流石にハーザン先生の言葉にはイラっときて…………まぁ、大丈夫だよ」
ご立腹のルミアをなんとか宥める。
頬をぷくーと膨らませていかにも私、怒っています。の顔を見せるルミアに苦笑い。
「ハボルト先生の位階は
集めた情報の範囲だと、ハーレイは魔術戦ではなく研究の方に力を入れている魔術師。実戦経験はテラスほどなくてもこの学院の講師を務めている以上は並み以上の戦闘は期待できる。
「…………無理は駄目だからね」
「わかったよ、無理しない程度に頑張る」
ルミアに心配されながらもテラスは中庭の中心で待ち構えているように仁王立ちしているハーレイの前に足を動かす。
「フン、やっと来たか。てっきり私の恐れて逃げたのかと思ったぞ?」
「冗談は頭だけにしてください、ハゲ先生」
「ハーレイだ! グレン=レーダスといい、貴様といい…………まぁいい! 私が勝てば立場と身分を弁えることだ! 貴様が勝てば私を煮るなり焼くなり好きにしろ!!」
「それで構いませんよ」
「よし、では二人とも準備はいいな?」
「…………いや、なんでお前がいるんだよ? セリカ」
「何を言う? お前の大事な教え子が戦うんだ。こんな面白いことに首を突っ込まないでいつ突っ込めばいい?」
二人の中心に立ち、審判役を引き受けたセリカにグレンは肩を竦める。
「それに私自身も興味があるんだ、中々優秀のようだしな」
「ありゃー優秀を通り越した天才だぜ?」
「ええいっ! いつまでくっちゃべっている!? さっさと始めんか!?」
いつまでも始まらないことにハーレイは怒声を響かせた。
「はいはい、わかったよ。では、始め!」
セリカの決闘の合図と同時にテラスは予め呪文を唱えていた【ショック・ボルト】を
しかし、これはあくまで牽制だ。
ハーレイはこの【ショック・ボルト】を【トライ・バニッシュ】で打ち消し、それから
ハーレイは自身の面子も気にして、生徒相手に本気を出して大人げないと言われない為に初等魔術でテラスを仕留めに来るだろう。
だが、テラスはハーレイが攻撃を行う前に白魔【フィジカル・ブースト】の呪文詠唱を今のうちに取り掛かる。
テラスなら《強化》と切り詰めた一節詠唱で身体能力を
しかし、ハーレイはそれを読んでいるかもしれない。
テラスと同じように
それでもテラスは実行する。
それでハーレイの実力の片鱗を知れば上々。そうでなくても得意な魔術を見極めて―――。
「ああああああああああああああああああああッッ!!!」
「へ…………?」
【フィジカル・ブースト】の呪文詠唱に入ろうとした瞬間、悲鳴が中庭に響いた。
その悲鳴は牽制用で放った【ショック・ボルト】を受けたハーレイだった。
ばたり、と前のめりに倒れたハーレイに空気が固まる。
テラスだけでなく二人の決闘を見守っていた生徒達も言葉がでなかった。
「あー、つまらん結果になったものだ。うん、テラスの勝ち」
愚痴りながら勝敗を告げるセリカの言葉に二組が歓声を上げ、一組は驚きの声を上げるなかでテラスだけは戸惑いを隠せれなかった。
「え…………? 終わり…………?」
「あー、テラス。お前もしかして今の【ショック・ボルト】を牽制用だったのか?」
「はい、あれぐらい簡単に回避すると思いまして…………」
特務分室という数多の死線を潜り抜けてきたグレンは戸惑うテラスの考えを察して声をかけてきた。
「実戦的に考えれば次の一手を用意しておくのは悪くはねえが、お前、普通に考えてみろ?
「そ、それでも予測するぐらいはできるでしょう?」
「俺やセリカみたいな魔術戦に長けた奴ならともかくハーレクイン先輩は魔術の研究が専門だ。そりゃ、多少は戦闘は出来るだろうが、生徒が初手から
頭をぼりぼりと掻きながら説明をするグレンにテラスは茫然としたまま頷いた。
「…………ま、結果はどうであれ、お前の勝ちだ。少しは誇ったらどうだ?」
慰めるように肩に手を置くグレン。
すると、二組のクラスメイト達が駆け寄ってきた。
「凄ぇな、テラス! ハーレイ先生に勝つなんて!! でも、それ以上にスカっとしたぜ!」
「驚きましたわ。私達と同じ歳でそれほどの技量を持ち合わせておられるなんて」
「学士講師、その名に恥じない実力見させて貰いました。ぜひ、私にも競技祭での助言が欲しいのですが」
クラスメイトに囲まれて褒めちぎられるテラスを少し離れたところでルミアはほっと安堵していた。
「まったく、もう驚きもしないわね…………」
「システィ…………」
「ほら、ルミアからも何か言ってあげたら? きっとあいつも喜ぶわよ?」
「そうかな?」
「そうよ、むしろ喜ばなかったら私が許さないんだから!」
「ふふ、ありがとうシスティ」
親友であるシスティに背中を押されて二人もテラス達がいる輪の中に入って行く。
「あ、ルミア。無理せず勝ったよ」
「うん」
近づいてきたルミアに気付いて軽く手を上げるテラスにルミアは微笑んで返した。
「さて、と《そろそろ・起きて・ください》」
「ぬあああああああああああああああああああああああッッ!!?」
「容赦ねぇーーー」
気絶しているハーレイに【ショック・ボルト】で強制的に目覚めさせるテラスは地に伏せているハーレイの前に歩み寄る。
「ハザクラ先生、言わずともわかると思いますが貴方の負けです」
「―――くっ」
「今の気分はいかがですか? ご自身から決闘を申し込んだ上に負けた言い訳でもしますか? 別にいいですよ? 負け犬は負け犬らしくお好きなだけ遠吠えしてください」
辛辣な言葉をすらすらと並べるテラスにハーレイはただ悔しそうに歯を噛み締める。
「ですが、その前に二組に謝罪を要求します。足手まとい、使えない雑魚と教育者とは思えない言動を撤回して謝ってください」
決闘でのルールに則って二組の謝罪を要求する。
「この競技祭に向けて勝ちに行く姿勢については悪く言うつもりもありませんし、成績上位陣で種目を固めることについても何も言いません。ですが、勝ちに行こうと努力している生徒を成績下位者という理由で陥れるのは流石に黙認できません。ですので謝罪を」
「……………………すまなかった」
二組に頭を下げて謝罪するハーレイはすぐに立ち上がり、テラスを指す。
「今回は勝ちを譲ってやる! だが、競技祭では勝てると思わないことだ!!」
「はいはい」
負け惜しみを置いて去って行くハーレイにどうでもよさそうに応えるテラスは溜息が出た。
(セラ姉さんの説教癖がうつった…………)
ハーレイの言葉に苛立ったのは本当で決闘を受けたのもいいが、最後の説教は完全にセラと同じだった。
常日頃から説教を聞いていたら説教癖もつくものなのか…………?
そんな疑問が脳裏を過る。
すると、
「お前、今の説教の仕方セラにそっくりだったぞ?」
グレンが呆れるようにそう言ってきてテラスは内心で頭を抱えた。
その後すぐにシスティーナのあおりにクラスメイト達はより練習に力を入れて、テラスは皆の練習にとことん付き合わされた。
魔術競技祭までの一週間、休む暇もなく皆の練習に振り回された。