ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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魔術競技祭

魔術競技祭当日。

学年次ごとのクラス対抗戦で行われるこの魔術競技祭で今回は二年次のみに限り、女王陛下自ら表彰台に立ち、優勝クラスを直接下賜するという帝国民ならば誰もが羨むような名誉。

その中でテラスがいる二年次二組だけが全員参加という注目を浴びるなかで、誰もが奇異な目で見ては期待はしていなかったのだが…………。

『そして、さしかかった最終コーナーッ! 二組のロッド君がぁ、ロッド君がぁああ―――――ぬ、抜いた――――ッ!? どういうことだッ!? まさかの二組が、まさかの二組が――――来れは一体、どういうことだぁああああ――――ッ!?』

魔術の拡声音響術式による実況担当者、魔術競技祭実行委員会のアースが実況席で興奮気味の奇声を張り上げている。

それは『飛行競争』でグレンの担当クラスである二組が―――。

『そのまま、ゴォオオル―――――ッ!? なんとぉおおお!? 「飛行競争」は二組が三位! あの二組が三位だぁ――――ッ! 誰が、誰がこの結果を予想したァアアアアアア―――ッ!?』

誰もが予想していない奮闘ぶりに注目の的となっていた。

「うそーん…………」

「それ、心の中で言ってくださいよ、先生」

目を点にして呆然としているグレンにテラスは半眼を作る。

「ペース配分の練習をしろと言っていたのは先生ではないですか?」

「そりゃ、そうだが…………まさかな……」

「それに他のクラスと違い、僕達のクラスは一回の競技で全力を出せれるという強みもあります。それが後押しにもなったのでしょう」

全員参加の二組とは違い、他のクラスは成績上位者を使い回しにしている為に次の競技のことも考慮しておかなければならないが、二組にはその必要がない。

一つの競技のみに集中して行えることが出来る。

「まぁ、まぐれでも勝ちは勝ちですし。良しとしましょう。…………ところで、どうして日を追うごとにやつれているんですか?」

「…………ほっといてくれ」

グレンは力なくはぐらかした。

それからも二組の快進撃は続いた。

セシルの『魔術狙撃』、ウェンディの『暗号解読』も好成績を収めて会場も盛り上がっている中で午前の最後の競技―――『精神防御』が始まろうとしていた。

「ふぅ~」

『精神防御』。白魔【マインドアップ】と呼ばれる自己精神強化の術を用いて耐えるという形で競わされる。

そして、少しずつ受ける精神汚染呪文の威力は上がっていき、最終的に正常な精神状態を保って残った者が勝者となる敗者脱落方式の耐久勝負。

その競技に出場するルミアは緊張を誤魔化す様に深呼吸をしていた。

「大丈夫?」

「テラス君…………少し、ううん、結構緊張してるよ」

声をかけてきたテラスにルミアは苦笑で返した。

「【マインドアップ】は素の精神力を強化させるだけの呪文。元々の精神制御力が強い者ほど、大きな効果がある。だから先生はルミアをこの競技に選んだと思う」

「うん…………」

「だから僕はルミアに関しては何の心配もしていない。少なくとも学生内でルミアを上回る精神力を持つ人はいないと断言できるほどだよ」

「う~ん、少しは心配して欲しかったな…………」

励ましてくれているのはわかるけど、そこは少しは心配してくれる素振りを見せて欲しいという乙女心のおの字も理解していない魔術馬鹿吸血鬼は言葉を続ける。

「まぁ、無理しない程度に頑張ってね」

「…………それはテラス君には言われたくないよ」

唇を尖らせるルミアに苦笑する。

「さて、それじゃあ僕はそろそろ皆のところに戻るよ」

「うん。皆で勝とうね」

「そうだね」

そこでルミアと別れて二組がいる場所に戻る。

「あ、テラス。ルミアは?」

「フィールドに行ったよ。調子も良さそうだったし大丈夫だと思うよ」

親友であるルミアを心配するシスティーナを安心させる。

だが、システィーナはフィールドにいるルミアを心配そうに見つめていた。

「ねぇ、テラス…………今からでもルミアと貴方が変わらない?」

「どうして?」

「だって、こんな過酷な競技、あの子には無理よ。それに他のクラスの出場者は皆、男の子じゃない! 女の子はルミアだけよ!」

システィーナの指摘通り、いかにも精神的にタフそうな男子生徒達が揃い踏みする中、ルミアだけが紅一点だ。

「だから、今からでも先生に言って貴方と変われば…………ッ!」

「その必要はないよ、ルミアは勝つからね」

それが当たり前のように断言した。

「精神の強さに見た目も性別も関係はないよ。一見弱そうに見える人でも、そういう人が実は強いなんてことはある。ルミアはまさにそれだよ。さっきルミアにも言ったけど、学生内でルミアを上回る精神力を持つ人は…………どうしたの?」

言葉の途中でシスティーナが嬉しそうというか微笑ましいというか慈愛の眼差しをテラスに向けながら笑みを浮かばせていた。

「…………ルミアのことよく見てるのね」

「まぁ、よく話もするし………よくよく思い返せば転入した日から話さない日なんてなかったような…………って、どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「なんでもないわよ。ルミアを泣かせたら承知しないんだからね」

「よくはわからないけど、努力するよ」

「…………はぁ、鈍感」

「?」

溜息を吐きながら小声で何か呟いたような気がするが、それよりも『精神防御』の競技が始まる歓声にフィールドに視線を向ける。

『ではでは、今年もこの方にお出まし願いましょう! はい! 学院の魔術教授、精神作用系魔術の権威! 第六階梯(セーデ)、ツェスト男爵です!』

「ふっ、紳士淑女の皆さん、御機嫌よう。ツェスト=ル=ノワール男爵です」

伊達姿の中年男性―――ツェストは一礼する。

「さて、それでは早速、競技を開始しよう。選手諸君、今年はどこまでこの私の華麗なる魔技に耐えられるかな…………?」

『それでは第一ラウンド、スタート! ツェスト男爵お願いします!』

「それではまず、小手調べに恒例の【スリープ・サウンド】の呪文あたりから始めてみようか…………いくぞ!」

こうして『精神防御』の競技が始まった。

ツェスト男爵の白魔術に生徒達は対抗呪文(カウンター・スペル)として白魔【マインド・アップ】で耐えていく。

だが、威力が上がって行く精神汚染の白魔術に脱落する生徒達も増えていく中で、テラスの予想通りにルミアは残っている。

「う、うそ…………」

「だから言ったでしょう?」

唖然とするシスティーナの隣で当然のように言い放つ。

しかし、それでもテラスでも一つだけ予想外だったのは五組のジャイルという魔術師らしからぬ風貌を醸し出している男子生徒の存在だ。

ルミアと一騎打ちになるまで生半可な精神汚染呪文は出ていない。

テラスの予想ではもう勝敗はルミアが勝っていてもおかしくはないと踏んではいたが、ジャイルという男子生徒もよほどの修羅場を潜っているように見える。

(ここから【マインド・ブレイク】…………やめておこう)

ルミアを勝たせる為にこの場所からジャイルに【マインド・ブレイク】を与えようと一考したが、それがバレてルミアが失格になったら元の子もない。

(頑張れ、ルミア…………)

ただ、心の中でルミアを応援する。

 

 

 

 

 

 

 

ツェスト男爵の【マインド・ブレイク】を耐えたルミアだったが、額から脂汗が浮いており、今もやせ我慢で立っているようなものだ。

洪水のような歓声と嵐の拍手の中、ジャイルがルミアに声をかける。

「ふん。お前…………女のくせにやるじゃねえか。ここまで気合の入っているやつは野郎でも、めったにいやしねえ」

「そ、そうかな?」

「へっ。だが、そろそろきついんじゃねえか? 脂汗浮いているぜ?」

「あ、あはは…………わかる? うん、実は結構、きついかも…………今も一瞬、くらっとしちゃったし…………」

「棄権したらどうだ? 三日昏睡は嫌だろ?」

「心配してくれてありがとう、ジャイル君。でも…………だめ。私だって負けるわけにはいかないんだ」

気丈に笑うルミアにジャイルはやれやれと肩を竦める。

「はっ…………わからねえな。どいつもこいつもが自己顕示欲と名誉欲にまみれたこのクソくだらねえ競技祭ごときに…………一体、何がお前をそこまでさせている?」

「…………信じてくれている。私が勝つことに疑わないで信じてくれているんだ」

観客席にいる親友であるシスティーナの隣にいるテラスに視線を向ける。

「だから、それに応えたいの…………」

自分の勝利を疑わずに信じてくれている。それを裏切らずに応えたい。

その本心を聞いたジャイルは小さく口角を上げた。

「なるほど、男か」

「ち、違うよ!?」

慌てて否定するもその顔は赤く染まり、ジャイルの呆気ない一言にルミアに精神は簡単に揺さぶられた。

それからもラウンドが重なるごとに威力が上がって行く【マインド・ブレイク】に耐えていく二人の膠着状態は続くも、第三十一ラウンドでルミアの身体がぐらりと傾いた。

それに対してジャイルは全く動じず仁王立ちしたまま。

「大丈夫かね、君…………ギブアップかね?」

「…………いえ」

少し意識が朦朧としていたらしい。

返答にラグが数秒あったが、ルミアは頭を振って気丈に顔を上げ、立ち上がった。

「…………大丈夫です。まだ、行けます!」

力強く言い放つその言葉と目にはまだまだ力が灯っている。

『な、なんとぉおおおおおお―――――ッ!? 続行です、続行――――ッ!? まだまだ勝負の行方はわからない――――――ッ!?』

実況のアナウンスに観客が総出で大歓声を上げた。ここまでくれば誰もが見てみたいのだろう。可憐な少女が屈強な男に勝つその光景を。

「棄権だ!」

だが、突然上がったその叫びに、会場は水を打ったように、しん、と静まり返った。

「…………え? 先生?」

その声にルミアが振り返る。

そこには、いつの間にかやってきたグレンが立っていた。

「二組は三十一ラウンドで棄権だ。何度も言わせんな」

微妙な沈黙が競技場全体に流れていく。

『な、なんと…………二組ルミアちゃん、棄権…………これはまた、あっけない幕切れ…………』

実況が残念そうに呟いた、次の瞬間。

嵐のような大ブーイングが観客席から巻き起こった。

ふざけんな、最後まで勝負させてあげろ、ひっこめ馬鹿教師!

そんな大ひんしゃくの空気の中で競技場の中央の空に爆発が巻き上がる。

「黙れ」

指先を空に向けたまま静かに口を開いたテラスの異様な気配に誰もが口を閉ざした。

魔術で強引に観客を黙らせたテラスはルミアに労いの言葉を送る。

「お疲れ、ルミア」

はっと我に返り、ルミアはグレンに抗議する。

「そ、そんな、先生! 私はまだ…………」

「いーや、もういい。本当はお前、わかってんだろ? 今が限界だって。次はないって」

「…………そ、それは……その…………」

「それにな、俺じゃなくてもこいつが強引にでも止めに入るぞ?」

「ごめん、ルミア。ルミアならと慢心してた」

ルミアなら余裕で勝てると思い、相手を見誤った。

「ルミアが負い目を感じる必要はないよ。僕と先生の采配ミスだから。それに無理をしてルミアを三日間も昏睡状態にしたらシスティーナにタコ殴りにされそう」

やや冗談交じりに告げるその言葉にグレンは同意するように頷いていた。

「そういうことだ。マジですまん」

「ううん、そんなことないです、先生、テラス君。楽しかったですよ? 負けちゃったのはちょっと悔しいけど…………私も皆のために戦えているんだって気持ちになれたから」

「…………そうか」

『えー、それでは、去年に続いて見事、「精神防御」の勝負を制した五組代表ジャイル君。何か一言お願いします』

「ふっ、流石だね、ジャイル君。…………ん? …………ジャイル君?」

呼びかけても、まったく微動だにせず終始無言を貫くジャイルを不審に思い、ツェスト男爵がジャイルの顔を覗き込んだ。途端に、その顔色が変わる。

『おや? どうかしましたか? 男爵』

「じゃ、ジャイル君はすでに―――」

『え? ジャイル君がどうしたんですか?』

「た、立ったまま気絶している―――――」

『……………………は? えーと、ということは…………?』

「…………ルミア君の勝ちだろう。棄権したとはいえ、第三十一ラウンドをクリアできなかったジャイル君に対し、ルミア君は一応、クリアはしたからね」

数瞬の間。そして―――

『……な、なんとぉおおおお――――――ッ!? なんというどんでん返し! この勝負を制したのは紅一点、二組のルミアちゃんだったぁあああ――――――ッ!?』

爆音のような大歓声が渦巻いた。

「おめでとう、ルミア」

「うん! テラス君!」

何一つ曇りも憂いもない、花のような笑顔だった。

 

 


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