魔術競技祭の午前と午後の部に分かれた、小一時間ほどの昼休みの間にシスティーナ達と昼食を共にしていたのだが。
「まったく、もう! あいつったら…………ッ!」
「まぁまぁ、システィ」
弁当を持ってくるまでの間に何かあったのか、システィーナはお冠だ。
その隣ですでに見慣れた光景のようにルミアがシスティーナを宥めている。
(またグレン先生か…………)
システィーナが怒っている原因を容易に察して何も言わず、何も聞かずに黙々と弁当を食べる。
(そういえばセラ姉さんも来てたな…………)
『テラス君! グレン君とルミアちゃんの為でもあんな風に魔術を使っちゃダメ!』
出会い頭に説教を受けてしまった。
テラスの応援にきたらしいが、まさか説教まで受けるとは思いもしなかった。
軽く説教をして自分の昼食にどこかに行ったセラはとりあえず置いておく。
「あ、テラス君が出る種目は午後からだったよね? 頑張ってね」
「まぁ、貴方なら問題ないでしょう」
「一応任せて」
テラスが出る種目『乱闘戦』。
簡単に言えばバトルロイヤル。代表選手の生徒が出場して戦い、最後まで立っていた生徒に得点が入る種目。
しかし、二人はテラスが負けるとは微塵も思ってはいない。
それほどの実力を持っているからだ。
「それじゃ、私はこれをグレン先生に届けてくるね」
昼食を食べ終えるとルミアは布包みを抱えてグレンのところに小走りでこの場から離れていく。
「いいの? 自分で渡さなくて」
「べ、別に誰が渡したって同じよ!」
素直じゃない。
テラスはそう思いながらも立ち上がる。
「じゃ、僕もその辺りを適当にぶらついて時間を潰してから戻るよ」
「わかったわ。ちゃんと戻ってきなさいよ」
「はいはい」
テラスの時間まで適当に時間を潰そうとその辺りを歩いていると。
「そこの貴方。少し、よろしいでしょうか?」
「はい? …………え?」
声をかけられ、振り返るとテラスは目を見開いた。
何故なら自分のすぐ後ろには女王陛下―――アルザーノ帝国女王アリシア七世がそこにいた。
「じょ、女王陛下…………ッ!」
「貴方はエルミアナ…………ルミアの友人ですよね?」
優しい微笑みを見せるアリシアにテラスは足元を見るとなにかしらの魔術がアリシアに施されているのがわかった。
護衛一人も付けずにたった一人でここまでお忍びで来るその理由。
「ルミア、エルミアナ王女を探しておられるのですか?」
「ええ、どこにいるかご存じないかしら?」
娘に会いに来た。そのことを肯定したアリシアは少し困ったように笑みを見せる。
恐らくはこの昼休みという僅かな時間、それも護衛の目を欺いてとなれば会える時間は本当に数分程度だろう。
「では、護衛も兼ねて御案内しましょう。ご安心を、並大抵の者なら容易にあしらえますので」
「ふふ、それではお願いしますね」
流石は親子、笑った顔がルミアそっくりだ。
そんなことを思いながらルミアの匂いを辿りつつ女王陛下をルミアの下へ案内する。
「あの子の学院での生活はどうかしら? 楽しんでいるのならいいのですが」
「ご安心を。ルミアには親友とも呼べる良き友人と毎日楽しい学院生活を送っております。それに彼女自身も分け隔てなく周囲と接し、友人も多く、多くの人達に慕われております」
「そうですか。それはなりよりです」
安心するように胸を撫でおろしたアリシアはテラスにルミアの学院生活について訊いてきた。
その質問の一つ一つが娘であるルミアのことを想っているというのはテラスでもわかる。
「あ、おりましたよ」
ルミアとグレンを発見し、二人はその近くまで歩み寄る。
「グレン、ですよね? あの…………少し、よろしいですか?」
「はいはい、全然よろしくありませーん、俺達、今、すっごく忙し―――って、ぇええええええええええええええええええ――――ッ!?」
「不敬ですよ、グレン先生」
正体を知るなり、素っ頓狂な声を上げるグレンに呆れた。
「じょ、じょ、じょ、女王陛下――――ッ!? ど、ど、どうしてアナタのような高貴なお方が、下々の者のたむろするこのような場所に、護衛もなしで――――ッ!?」
「護衛はおりますよ? この子に護衛をお願いしましたので」
微笑みながら告げるアリシアにグレンはひたすら恐縮だ。
「あ、いえ、その、さっきの無礼なことを言って申し訳ございませんでした―――ッ!」
いつもの横柄で傍若無人な態度はどこへやら。
グレンは畏まって片膝をつき、その場に恭しく平伏する。
「そんな、お顔を上げてくださいな、グレン。今日の私は帝国女王アリシア七世ではありません。帝国の一市民、アリシアなんですから。さぁ、ほら、立って」
「いや、そうは言ってもその…………し、失礼します……」
恐る恐るグレンは立ち上がると、今度はアリシアが目を伏せて謝った。
この国の為に尽くし、不名誉な形で宮廷魔導師団を除隊させたことについての謝罪を述べるもグレンはアリシアの謝罪を固辞する。
「女王陛下。失礼ながらお時間の方が」
「そうでしたね」
時間を確認し、時刻が迫っていることを伝えるとアリシアは呆然と立ち尽くしているルミアに視線を向けた。
「…………お久しぶりですね、エルミアナ」
「……………………」
そんなルミアに優しく語りかけるも、ルミアは目を伏せた。
「元気でしたか? あらあら、久方見ないうちに、ずいぶんと背が伸びましたね。ふふ、それに凄く綺麗になったわ。まるで若い頃の私みたい、なぁんて♪」
「……………ぁ……ぅ…………」
「フィーベル家の皆様との生活はどうですか? 何か不自由はありませんか? 食事はちゃんと食べていますか? 育ち盛りなんだから無理な減量とかしちゃだめですよ? それと、いくら忙しくても、お風呂はちゃんと毎日入らないとだめよ? 貴女は嫁入り前の娘なのですから、きちんとしておかないと……」
「……………………ぁ……そ、その…………」
硬直するルミアをよそに、アリシアは本当に嬉しそうに言葉を連ねていく。
「あぁ、夢みたい。またこうして貴女と言葉を交わすことができるなんて…………」
そして、感極まったアリシアは、ルミアに触れようと手を伸ばす。
「エルミアナ…………」
だが―――。
「…………お言葉ですが、陛下」
ルミアはアリシアの手から逃れるように、片膝ついて平伏した。
「!」
「陛下は……その、失礼ですが人違いをされておられます」
ルミアのぼそりと呟いた言葉に、今まで嬉しそうだったアリシアが凍りついた。
「私はルミア。ルミア=ティンジェルと申します。恐れ多くも陛下は私を、三年前にご崩御されたエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下と混合されておられます。日頃の政務でお疲れかと存じ上げます。どうかご自愛なされますよう……」
「…………」
慇懃に紡がれるルミアの言葉に、気まずそうに押し黙る。
「……そう、ですね」
そして、アリシアは寂しそうに薄く微笑み、目を伏せた。
「あの子は…………エルミアナは三年前、流行病にかかって亡くなったのでしたね…………あらあら、私ったらどうしてこんな勘違いをしてしまったのでしょう? ふふ、歳は取りたくないものですね……」
「勘違いとはいえ、このような卑賤な赤い血の民草に過ぎぬ我が身に、ご気さくにお声をかけていただき、陛下の広く慈愛あふれる御心には感謝の言葉もありません……」
しばらくの間、重たい沈黙が周囲を支配する。
ルミアは何も言わない。アリシアは何かを言おうとして口を開きかけ…………そして、諦めたように口を閉ざす。その繰り返しだ。
そして―――
「…………そろそろ、時間ですね」
未練を振り切るように、アリシアはグレンを振り返った。
「グレン。エル―――…………ルミアを、よろしくお願いしますね?」
「…………わかりました。陛下」
次にテラスに視線を向ける。
「あの子の傍にいてあげてくださいね?」
「はい」
アリシアは静かに去って行く。
その場に平伏したままのルミアはついぞ一度も、去り行くその背中に目を向けることはなかった。
魔術競技祭、午後の部が始まった。
午後の部最初の競技は念動系の物体操作術による『遠隔重量上げ』だった。白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で鉛の詰まった袋を触れずに空中へ持ち上げる競技である。
アリシアとの密会の後、消沈するルミアを連れて競技場に戻り、テラスはクラスの指示だし、助言を行っている間、グレンは上の空だった。
ぼんやりと考えていることは、当然、ルミアとアリシアのことだ。
ルミアの正体とその身の上の複雑な事情を政務上層部から極秘に聞かされた者の一人。だから、二人の気持ちは理解はできても、どうしたらいいのかわからない。
「…………先生」
むぅ~っ、と不機嫌そうにむくれたシスティーナが、突然グレンに声をかけてきた。
「うお!? な、なんだよ、白猫!? やんのかコラ!?」
昼休みのやりとりを思い出し、グレンは思わず拳闘の構えで身構える。
「…………ルミアがいなくなったんだけど」
「は、はぁ!?」
「考えてみれば、あの子…………先生に会いに行って、帰って来てから、ずっと様子がおかしかった」
「あれ? 何でお前、俺がルミアと会っていたこと知ってるんだよ?」
「うるさい!」
「ひゃい! ごめんなさい!?」
ぴしゃりと切り返され、グレンは情けなく縮こまる。
「午後の部には、もうあの子の出番はないけど、だからと言ってサボるような子じゃない
だから、何も言わずに姿を消したのはおかしいなって、思って」
「…………まぁ、そうだな」
システィーナもグレン同様に、ルミアの身の上を知る数少ない一人だ。
だからグレンは何が起きたかを知った方がいいと、判断し、昼休みのことを話した。
「そんなことが……じゃあ、あの子がいなくなったのって…………」
「十中八九、お前の想像通りだろうな。そんな状況、俺だって一人になりたいわ」
やれやれ、とグレンは溜息をついた。
「だが、一人になりたい気分はわかるが、一人になり過ぎるのもよくないな。なんの解決にもならんが、仲間達と一緒に騒いでいた方が気も幾ばくか紛れるだろ。どーせ、一人で塞ぎ込んで解決する話でもねーし。探して、連れ戻して来てやるよ」
頭を掻きながら面倒くさそうに物言うと、グレンは席から立ち上がった。
「白猫。お前も来るか?」
「そうね、私も―――」
と、システィーナが反射的に首肯しかけて…………
「――――ううん、ここはあいつに行かせましょう」
助言しているテラスに歩み寄ってシスティーナはルミアを迎えに行くようにテラスに告げるとテラスは困ったように頬を掻く。
「それはいいけど…………こういう時って人間は一人になりたいものじゃないの? それに行くなら僕じゃなくて親友であるシスティーナの方が」
「親友同士だからこそ、よ。こんな時…………あの子が誰に一番そばにいて欲しいくらいわかるの」
「そんなものなの?」
「そんなものよ」
テラスもテラスなりにルミアを気遣っているつもりだ。
一人になりたいのなら一人にさせておくし、傍にいて欲しいのなら傍にいる。
「わかったよ。僕の競技までまだ時間はあるし、少し行ってくるよ」
「ええ、ルミアの事をお願いね」
「わかった」
テラスは競技場の外へ向かって歩き始める。
「何を見てるの?」
「テラス君…………」
木々の木陰にいたルミアは何かを見つめているのを見て、テラスは声をかけた。
ルミアの小さな手の中には簡素な作りのロケット・ペンダントがあった。ルミアはその蓋を開いて、その中をじっと見つめているようだった。
「このロケットにはね、何も入ってないの…………」
テラスの接近に察したルミアは、ぱちんとロケットの蓋を閉じ、それを握りしめた。
「昔は、誰か大切な人達の肖像が入っていたような気がするのだけど……いつの間にかなくなちゃって」
ルミアは寂しげに笑い、ロケットの鎖を首後ろで繋ぎ、ロケット本体を胸元から衣服の中に落とし込んだ。
「これ自体、特に価値があるものでもないのに…………変だよね。こんなものを今でも大事に肌身離さず持ち歩いているなんて」
「まぁ、変だよね。僕なら躊躇いなく捨てるよ」
ルミアの言葉を肯定するように答えたテラスだが。
「でも、ルミアには違うんでしょ? 捨てられない理由があるのなら、それには何か大事な何かがあるんじゃないの?」
「…………テラス君は知ってるんだよね? …………私と女王陛下の関係を」
「前の事件後に無理矢理政府の人に聞かされたよ」
一か月前の事件の後に政府の上層部から極秘に聞かされたテラスだが、そんなものどうでもよかった。
「ルミアが何者だろうと僕には関係ないよ。ルミアはルミアだ。王女だろうと異能者だろうと僕にとってはルミアはこの世界でただ一人だ。戻ろう? 魔術競技祭の午後の部はもう始まってるよ?」
くすり、と。ルミアはほんの少しだけ微笑んだ。
「ここは落ち込んでいる女の子に、何か優しい言葉をかけてあげる場面だよ?」
「生憎と、これまでの人生で誰かを励ましたことはなくてね」
そんなテラスを見て、ルミアはクスクスと含むように笑う。
「じゃあ……もう少しだけ私の話に付き合ってくれないかな?」
「いいよ」
とつとつとルミアは語り始めるのは実に取り留めのないことだ。
まだ、自分が王女だった頃の話。日々の政務で忙しい中、それでも時間を作って遊んでくれた優しい母親。いつも自分の面倒を見てくれた優しい姉。王室直系の娘として何一つ不自由なく、王室直系の娘としてやはりどこか不自由だった日々。それでも、確かに幸せと呼べた在りし日の記憶――――。
「…………私はどうすればよかったんだろう?」
一通りの思い出語りが終わると、ルミアはテラスに静かに問う。
「陛下が私を捨てた理由…………わかるの。王室のために、国の未来のためにどうしてもやらなければならない必要なことだったって。それでも…………私は心のどこかで陛下を許せなかった…………怒っていると、思う…………」
「人間のそういう感情は理屈じゃないからね」
「だけど、あの人を再び母と呼びたい、抱きしめてもらいたい……そんな思いも、どこかにあるの…………ずるいよね…………私…………」
「そうかな? いったって人間らしい考えだ」
「でも、あの人を母って呼んだら、私を引き取って、本当の両親のように私を愛してくれたシスティのお母様やお父様を裏切ってしまうようで…………それが申し訳なくて…………」
「別に裏切ってはないでしょう?」
「だから、私、わからないの。どうしたらいいのか、どうしたらよかったのか…………」
目を伏せるルミア。
「なら、本音を女王陛下にぶつければいい。怒りも不満も寂しさも悲しさも自分の胸の中にあるもの全部をぶつけたらいい。その上でお母さんって呼べばいいと思うよ?」
「そ、そんな簡単に言わないでよ…………」
「簡単だよ。というよりもそれしかない。人間って生物は勝手に都合を合わせて、勝手に自己完結する。それが後悔するようなことでもこれでいい、と思い込ませる。ルミア、今の君はそれだ。ここは理屈など体裁など気にせず感情のままに動いてみることをお勧めするよ」
「で、でも…………私…………自分の心がわからなくて…………」
「それは嘘だよね? ルミアはもう気付いている、自分の気持ちに。なら、それを言えばいい」
「私…………怖いの」
消えそうな声でぽつりと呟く。
「私を追放した前日まで、あの人はとても優しかった。でも、私を追放されたあの日、あの人に呼び出されたら、国の偉い人達が険しい顔で沢山集まっていて…………あの人は凄く冷たい目で私を見つめていて…………まるで別人のように豹変していて…………」
「…………」
「さっきのあの人はとても優しかったけど…………また、いつ私に対して、突然、あの冷たい目を向けてくるかと思うと…………怖くて…………だから…………その…………」
「傍にいるよ。ルミアの気が済むまで僕が君の傍にい続ける。こんな怪物でよければ、だけどね」
「本当に…………?」
「嘘はつかないよ」
二人の間に流れる穏やかで気安い空気。
魔術でも吸血鬼の能力を使ってでもルミアを女王陛下に会わせてあげようと考えていた。
―――だが。
「…………あれは王室親衛隊だっけ?」
こちらに向かって歩いて来ている軽甲冑に身を包み、緋色に染め上げた陣羽織を羽織り、腰には
帝国軍の中でも精鋭中の精鋭であり、最も女王陛下に忠義厚い者達で構成された王室一族を何よりも優先して護衛する、王室の守護神―――それが王室親衛隊。
興味本位でグレンから王室親衛隊を聞いていたテラスはそれがすぐにわかると同時に頭を悩ませた。
女王陛下の警邏と護衛を務めているはずの王室親衛隊がどうしてこんなところにいるのかを。
すると、王室親衛隊はテラス達の前で足を止め、二人を囲むように、音もない足捌きで素早く散開した。
「ルミア=ティンジェル………だな?」
二人の正面に立った、その一隊の隊長格らしい衛士が低い声で問いかけてくる。
「…………ルミア=ティンジェルに間違いないな?」
「え? は、はい…………そ、そうですけど…………」
念を押す様に再び重ねられた問いかけに、ルミアは戸惑いながら答える。
ルミアが返答した次の瞬間。
衛士達は弾けたバネのように一斉に抜剣し、ルミアにその剣先を突きつけていた。
「何の真似ですか?」
そんなルミアを庇うように前に立つテラスは静かに問いかける。
「傾聴せよ。我らは女王の意思の代行者である」
一隊の隊長格らいし衛士は、そんなテラスを忌々しそうに一瞥し、朗々と宣言した。
「ルミア=ティンジェル。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、もはや弁明の余地なし! よって貴殿を不敬罪および国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手討ちとせよ。これは女王陛下の勅命である!」
あまりにも現実離れした、その現実にルミアは凍りつくしかなかった。
「わ…………私が…………陛下の暗殺をたくらんだ…………? 手討ち…………?」
ルミアは呆然と、肩を震わせていた。
「少しお待ちを。何かの間違いではありませんか? 彼女はそのようなことをする人物ではありません」
「証拠は挙がっている。情状酌量の余地も弁明の機会もない。大人しく我が剣の露となってもらう」
「それなら証拠もしくは罪状の開示を。それにいくら罪人といえど裁判もせずに処刑とあればそれこそ女王陛下の顔に泥を塗る行為ではありませんか?」
「もう一度告げる。これは我ら女王陛下の勅命だ。それに部外者に開示義務はない。これはお前のような一般市民が触れてはならぬ、高度な政治的な問題だ」
「…………高度な政治的問題だとしても即手討ちとはどういう意味ですか? 仮にも人の命を一方的に奪う貴方方の行為で何かしらの問題が発生することも考慮しているのですか? 王室親衛隊が罪人を一方的に手討ちにしたなどという問題が世間に知らされたら国の信用問題になるのでは?」
「ここで法解釈議論を行うつもりはない。どこの馬の骨か知らぬが、これ以上、その重罪人を庇い立てするようならば、貴様も共犯者としてこの場で処刑するが?」
剣先がテラスに向けられる。
それでもテラスは真っ直ぐと王室親衛隊を見据えながら尋ねた。
「…………どうしてもルミアを殺すのですか?」
「そうだ」
「…………そうですか」
肩を竦め、力を抜いて目を伏せるテラス。
「なら、死ね」
伸びた爪が鋭い刃のように王室親衛隊を瞬く間に切り裂いた。
「な、んだと…………?」
血を流し、地面に崩れ落ちる王室親衛隊を見下しながらテラスは爪を元に戻す。
「…………無意識に致命傷を避けましたか。流石といいましょう。ですが、たった五人で怪物を相手にできるわけがないでしょう?」
嘆息しながら告げるテラスは隊長格の衛士に言葉を投げる。
「ルミアを殺すというのなら不老不死の怪物が敵に回ると思ってください。まぁ、これから死ぬ貴方に言っても無駄なことですが」
爪を伸ばし刺突で喉を突き刺して絶命させる。
「ダメ!!」
そのつもりだったが、ルミアが唐突に抱き着き、狙いが逸れた。
「何を考えてるの!? こんなことをしたら、も、もう…………ッ!」
「国家反逆罪になる? それがなに? そもそも怪物なんて全世界、全人類を敵に回している存在だ。それが公になっただけのことだから何も問題はないよ。それに」
テラスがルミアを守るように抱き寄せる。
「こんなふざけたことでルミアを死なせるぐらいなら、僕は喜んで世界を敵にするよ」
はっきりとそう告げた。
「いたぞ――――ッ!? あそこだ―――――ッ!?」
突如、新たなる第三者の怒声が響き渡った。
見れば向こうから、新手の衛士がこちらに向かって駆け寄って来ていたのを見て、テラスは頭を掻く。
「殺してもいいけど、ルミアの前ぐらいは控えようか」
ばさっと翼を広げてルミアを抱きかかえるとテラスは空を飛んで逃走を決断する。
「追え! 逆族を逃がすな―――――ッ!」